108、梟雄(きょうゆう)現る
永禄四年(1561年) 十二月上旬 河内国 高屋城 伊勢虎福丸
三好が兵を挙げる。そんな話が出ている。標的は若狭の武田家だ。赤松よりも弱そうだからというのがその理由らしい。
「これは罠だな」
呟くと家臣たちが頷いた。分かりやすい陽動だ。京を留守にして六角・畠山の挙兵を促す。ついでに赤松も挙兵をするかもしれない。
三好は窮地に陥る。
密書に目を落とす。瑞穂からだ。高島越中守が動いている。鉄砲を買い集め、射撃訓練を行っているという。高島は高島七頭の筆頭である近江高島郡の国人だ。
「狙いは朽木か」
朽木竹若丸。伊勢家と友好関係にある弱小国人だ。高島は朽木領を狙っている。それなりに金を持っている朽木が狙われるのも道理だ。だが……。
「朽木は伊勢の商いに欠かせぬ。高島越中守のいいようにされてたまるか」
堤三郎兵衛と三上秀長を朽木の援軍に送った。二人には秘策を授けてある。高島は朽木を叩きのめすことはできなくなる。
「六角は戦を始めますか。これで三好も逃げ出すでしょう」
窪庄九郎が言う。剣の腕が立つ男だ。槍も使える。いざという時の護衛として連れてきた
「だといいがな。畠山と六角の挟み討ちよ。伊勢は勝った方につく」
家臣たちが返事をする。皆、緊張しているようだ。決戦が始まるのかもしれん。京は守りにくい。決戦の場所はどこになるのか……。
畿内の情勢は目まぐるしく変わる。義輝の野心が事を大きくしている。
「庄九郎、供をせい。市中を見て回る」
外に出ることは自由だ。ただ畠山の監視がつく。どうもここに閉じ込められたようだ。ま、思惑通りだ。畠山は利用させてもらおう。
永禄四年(1561年) 十二月上旬 河内国 高屋城 伊勢虎福丸
俺は高屋城の城下町にある寺に連れてこられた。がっちりした筋肉質の男が立ち上がって頭を下げる。
「安見美作守にござる。虎福丸殿、お初にお目にかかる」
安見美作守、河内国の実力者だ。畠山と戦を繰り返していたが、三好に対抗するために一時的に手を結んでいる。
だが、この男、評判は悪い。畠山家中の大粛清を行ったからな。女子供も殺したと言われる。梟雄だな。宇喜多直家よりもこいつのほうがよっぽど怖い。
俺の後ろから畠山尾張守高政がついてくる。外には安見と畠山の大軍がいる。ただ不気味な程、外は静かではある。
「伊勢伊勢守が孫、虎福丸にござる。猛将・安見美作殿の勇名はかねがね……」
血塗られた極悪人としてな。ま、それは言わんが……。
「フフ、嬉しいですな。畿内では女子供を殺したと外道と言われておりますから。そうですか。勇ましいと評されていますか。この俺もまだまだ捨てたものではない」
言いようのない気持ち悪さを感じる。独裁者ってこういう奴なんだろう。信長にはなぜか感じなかったな。得体が知れないというか。話していて本心が見えない。
「美作殿、虎福丸殿は従軍される。義は我らにある。公方様も密書で励まして下さった」
尾張守が言う。そうなんだよなあ。ま、俺に拒否権はない。斬られるのは嫌だし、尾張守に従う他ない。三好が勝ったら、無理やり参加させられたと弁明しよう。
「御高名な虎福丸殿が我らに味方するとは……。もはや我らの勝ちは見えたも同然でござるな……」
美作守が勝ち誇ったように言う。尾張守も美作守も勝利を疑っていない。十河讃岐守が死んだせいで三好も弱くなっている。この上、史実通りに三好豊前守も討たれるなら大変なことになるだろう。三好はまた四国に逃げざるを得ない。
「天は我らに味方し申した! これで勝てる!」
美作守が大声を出した。元気だねぇ。尾張守が笑みを深くする。畠山と安見が手を組んだ。三好は苦しい戦いになる。
俺は漁夫の利をいただくとするか。これは好機でもあるしな。




