104、公方を導く童子
永禄四年(1561年) 十一月下旬 京 伊勢貞孝の屋敷 伊勢虎福丸
三好が赤松を摂津から追い払った。というより、赤松は本気で戦う気はなかったようだ。六角・畠山が動くと踏んでいたのだろうが、動かなかった。讃岐の香川もだ。三好が陣を敷くと、すたこらさっさと逃げた。良く言えば、戦力を温存したってところか。
三好筑前守義長は胸を張って京に凱旋した。見たけど、貴公子然としていたな。女たちから黄色い悲鳴も上がった。筑前守は男を上げた。義輝は面白くないだろう。
新体制は着々と整いつつある。ただ六角・畠山もいる。それに越前の朝倉家もいる。讃岐でも香川たちが不穏な動きを見せている。まだまだ火種は多い。
また御所に呼ばれた。
「虎福丸、予は義満公を手本としたいのだ」
義輝が開口一番そう言った。無精髭が生えて、目も充血している。
「義満公も大夫我慢なされました。細川頼之を追い落とし、山名・大内を抑えることにもご苦労なされました。そして明との交易に取り組まれた。この国にとって、義満公は泰平を招いた偉大な御方にござりましょう」
「そうじゃ、義満公は偉かった。ただ義政公の時に躓いた。細川も山名も一色も頼りにならぬ。その内、細川の家臣に過ぎぬ三好一党が出てきた。三好修理大夫長慶よ。ただ修理大夫も年だ。義満公を見習って細川頼之のように引退に追い込みたい」
「三好修理大夫殿はすでに隠居の身にございます」
「形の上だけであろう? このまま三好修理大夫と筑前守の親子に頭を押さえつけられたままではな……。三好修理大夫があと四十年生きればどうなる? その時、予は征夷大将軍といっても飾りばかりであろう。待てぬ。待てぬのだ。三好の力を削いでおかねば」
「焦っては三好を刺激しまする。ここは穏便に済ませましょう」
「三好は余を殺すか?」
沈黙が流れた。義輝の目は真剣だ。
「赤松の尻を叩いたのだ。報いを受けよとも思っていよう」
義輝の声が低くなった。義輝なりに危機感が感じているのだろう。史実では三好長慶とその息子三好義興が死んだことで三好家は分裂。三好義継、松永久通、三好三人衆は義輝を襲撃し、殺害する。
そして義輝の弟、義昭は難を逃れて、最終的には信長を頼ることになる。
「殺すでしょうな。三好豊前守義賢という男、危のうございます」
義輝が息を呑んだ。心当たりがあったのだろう。三好の大黒柱で野心家でもある男だ。
「ならば予は死ぬ、か……」
ぽつりと言った。無念を滲ませている。
史実だと三好豊前守は畠山との戦で命を落とす。ただこの世界だと簡単には死なないだろう。
「殺される前に六角か、畠山の所に逃げようか」
義輝が独り言を言っている。プッツンすることの多い六角の若当主に文武両道の名将・畠山高政か。六角も畠山も戦上手だ。義輝が頼れば、簡単には負けないだろう。その内、武田と決着をつけた上杉が京に舞い戻る。史実は確実に変わっていくだろう。
「虎福丸。予は簡単には討たれぬぞ」
義輝は笑みを浮かべていた。まあ、とにかく俺を巻き込んでくれるな。足利は諦めが悪い。あの鎌倉執権北条の下で息を殺して生き残った家だ。義輝の目が爛々(らんらん)と輝いてくる。また余計な知恵を与えてしまったかな。やれやれ。




