100、妙案
永禄四年(1561年) 十一月上旬 摂津国 三田城 伊勢虎福丸
三田城に尊性尼を保護することにした。このまま政略の具にするのは忍びない。とにかく赤松出羽守は駄目だ。出羽守は父親を追放し、赤松家当主になった。人望はなく、国人衆の不満が高まっている。そんなところに嫁いだら、尊性尼の命が狙われかねない。もっと安全な嫁入りを考えるべきだ。
俺が尊性尼を三田城に留め置いたのに義輝は何も言ってこない。幕臣の中には伊勢討伐を言う者もいるが義輝は乗って来ないようだ。母上からは俺のことを心配する文が届いた。
俺は心配ないと文を返した。噂によると、赤松出羽守は怒っているという。出羽守は俺を討伐すると息巻いたが、家臣たちに止められたそうだ。嫌だねぇ、怒りっぽい男は女子に嫌われるぞ。
俺を討伐するだと? やれるものならやってみろ。三好は味方だし、幕臣たちも力がない。播磨も赤松出羽守と家臣たちの一部が揉めている。家臣の一人・宇野下総守政頼は赤松に愛想を尽かし、俺に使者を寄越した。俺と誼を通じたいらしい。
赤松も内部がガタガタだ。義輝と六角によって一旦は征服されたが、赤松出羽守が三好べったりなので宇野下総守のように赤松に見切りをつけている者もいる。そのために近衛の姫である尊性尼を娶りたかったのだろうが、その目論見も失敗する。俺が尊性尼を渡さなければ、出羽守の鬱憤も溜まっていくだろう。
瑞穂が部屋の中に入ってきた。
「城下に怪しき者たちが何人か。赤松の忍びと思われまする」
赤松の忍びか……。
「斬りますか」
瑞穂がこちらを窺うような目つきになる。
「いや、手を出すな。赤松出羽守がこちらに攻め込んでくる度量のある男だと思うか?」
「いえ、家中すらまとめ切れぬと思います。赤松の当主という誇りだけあるのでしょうが」
誇りか。それは義輝も持っている。そしてその誇りが邪魔をする。足利も赤松もそのために衰退したのだ。
「出羽守も足元がおぼつかぬ。この上、伊勢の領地には攻め入らぬだろう」
瑞穂を下がらせ、与次郎を呼んだ。
「与次郎よ。尊性尼様の嫁入り先を見つけたぞ。三好筑前守のところだ。これなら皆、文句あるまい」
「それは……妙案にございますな。良き御思案かと思いまする」
与次郎が顔を綻ばせた。三好家当主の嫁を世話する。近衛家の娘だ。六角も駄目。赤松も駄目だとするともう三好しかいない。幸い、三好義長には正室がいない。縁談相手には申し分ない。
「俺はこれから芥川山城と滝山城に行く。三好修理大夫と松永弾正少弼にこの話をする。三好筑前守殿にはそれから話を持っていこう。最後が公方様と近衛家よ」
「筑前殿は受け入れましょうか?」
「受け入れるさ。尊性尼様は美しい御方だ。しかも関白の御息女。三好には過ぎたる姫だぞ」
与次郎が息を呑む。さて、忙しくなるな。縁談をまとめに行くか。
永禄四年(1561年) 十一月上旬 山城国 京 御所 伊勢虎福丸
「筑前守は承知したのか?」
「はい。三好修理大夫殿、松永弾正少弼殿、三好豊前守殿、安宅摂津守殿。皆様、縁談はご承知との返事をもらっておりまする」
義輝が口元を結んだ。不満そうだな。
「赤松出羽守は怒っておろうな」
「怒ってはいますが何もできませぬ。父親を追放したことで重臣たちは出羽守殿の所業に納得できぬ、と」
「出羽守は孤立しているか」
「はい。追放された父親を戻そうという動きもございます。三好への反感もありましょう」
赤松出羽守は播磨では親三好方と知られる。三好に反発している重臣たちは細川晴元とつながり、出羽守を裏切ろうとしている。
「父親が……左京大夫が戻った方が良いな。播磨が三好の者たちにいいようにされるのは好かぬ」
「では赤松の家中を乱れさせますか。宇野下総守らを唆せば、あるいは」
「宇野か。赤松親族衆の中では力を持っておろうな」
「はい。出羽守にとって代わることもできましょう。ただ、公方様。尊性尼様のことですが、三好への輿入れ、承知していただけるでしょうか」
義輝が小さく頷いた。
「良かろう。赤松のこと、任せたぞ。三好の力は少しでも落としておきたい」
「御意」
俺は笑みを見せる。フフフ。三淵弾正め、これで俺に逆らえんだろう。せいぜい悔しがることだな。
これで畿内は少しは静かになる。幕臣たちも大人しくしているだろう。




