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拙者、お客様は神様だと申したはず! ~令和のバイトリーダー、うっかり江戸で天下泰平(主に接客面で)を目指す~  作者: ストパー野郎
第一部 ~バイトリーダー、城下を騒がす! おもてなし改革と七転八倒の毎日~
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第九話 疫病神は退散願います! ~謙信流パンデミック対策最前線の巻~

 筆頭家老・大和田常政ら保守派による、目安方筆頭・栗田謙信の罷免を求める弾劾は、評定の場での謙信の魂のプレゼンテーションと、岩田権左衛門や若手藩士たちの勇気ある擁護、そして何よりも藩主・相馬昌胤の「栗田の罷免は許さん。目安方の活動も継続させる。ただし、今後は評定で十分に議論し、慎重に進めよ」という、ある意味で玉虫色の、しかし謙信にとっては実質的な勝利とも言える裁定によって、辛くも退けられた。


 この一件は、藩内に大きな波紋を広げた。謙信の型破りな改革に対する保守派の抵抗が依然として根強いことを示すと同時に、謙信の存在感と影響力が、もはや藩主や一部の家臣だけでなく、多くの藩士や領民にまで及んでいることを、改めて浮き彫りにしたからである。


 評定の後、謙信は、目安方執務室(通称:イノベーション・ハブ兼メンタルヘルス・クリニック兼権左衛門専用ストレス過積載ステーション)に戻るなり、まるで何事もなかったかのように、いや、むしろ先日の死闘でアドレナリンが過剰分泌されたかのように、目をギラギラと輝かせ、次なる改革プランの策定に没頭し始めた。


「権左衛門殿! 新兵衛君! 小平太君! 先日の評定での皆様の熱きご支援、この栗田謙信、生涯忘れませんぞ! あの感動を胸に、我々はさらなる高みを目指し、この相馬中村藩を、日の本一、いや、世界に冠たる『ドリーム・ドミニオン(夢の藩国)』へと飛翔させるのでございます! そのための次なる一手は、もちろん『教育改革』! 我が藩の未来を担う子供たち、そして向上心に燃える全ての藩士たちのための、画期的かつ感動的な『アクティブラーニング型・エデュケーショナル・トランスフォーメーション・プログラム』の導入で…」


「待て、栗田。待たんか、馬鹿者」


 謙信の、いつものように壮大かつ胡散臭い計画発表を、岩田権左衛門が、珍しく低い、そして有無を言わせぬ声で遮った。


「お主のその…その底なしの情熱と、常軌を逸した行動力には、もはや感服を通り越して、ある種の畏怖すら覚える。だがな、殿からも釘を刺されたであろう。『慎重に事を進めよ』と。そして、水野巡検使殿からも、我が藩の財政や藩士の規律について、厳しいご指摘があったではないか。まずは、それらの足元の課題に、真摯に、そして着実に取り組むのが先決ではないのか? いきなり『きょういくかいかく』などと、また大風呂敷を広げる前に、やるべきことがあるはずだ」


 権左衛門の、至極もっともな、そして珍しく冷静な意見に、謙信は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「ふふふ…権左衛門殿、さすがは我が目安方の副長(いつの間にかそんな役職が与えられていた)、頼りになるお言葉、痛み入ります! もちろんでございますとも! 水野様からのご指摘事項、すなわち『財政帳簿の透明化と適正化』『藩士の綱紀粛正と武士道精神の再徹底』は、目下、最優先課題として取り組んでおります! 渋沢勘定奉行様とも、日々、血と汗と涙の『予算折衝バトル・シーズン3』を繰り広げている真っ最中でございますれば!」


 実際、謙信は、評定での騒動の後、渋沢勘定奉行の元へ日参し、水野忠清から指摘された帳簿の不備について、具体的な改善策を提案し続けていた。渋沢は相変わらず「若造が、知ったような口を…」と渋面を作ってはいたものの、以前のような問答無用の却下ではなく、謙信の提案に渋々ながらも耳を傾け、一部は採用を検討するような、微妙な変化が見られ始めていた。


「まあ、それならば良いのだが…」権左衛門は、まだ半信半疑といった表情だ。


 そんな、藩内に一時の平穏、あるいは嵐の前の静けさが訪れていたかのように見えた矢先。新たな、そしてこれまでとは質の異なる、見えざる恐怖の影が、相馬中村藩に静かに、しかし確実に忍び寄ってきていた。


 その異変は、まず、城下の外れにある貧しい長屋や、近隣のいくつかの小さな村々で、ポツポツと報告され始めた。


「なんだか、体がだるくて熱っぽいだ…ただの風邪だとは思うんだが…」


「うちの爺様が、ひどい咳と高熱で寝込んじまってな…年のせいかもしれんが、ちと心配だ…」


 最初は、季節の変わり目によくある、ただの風邪や体調不良と思われていた。しかし、数日もすると、同様の症状を訴える者が、一人、また一人と増え始め、その広がりは、明らかに尋常ではなかった。特に、老人や幼い子供が罹ると、症状は急速に悪化し、高熱と激しい咳、そして全身の痛みに苦しみ、中には命を落とす者まで出始めたのだ。


 藩の医師たちも、この未知の病の前に、なすすべもなく立ち尽くしていた。これまでに経験したどんな風邪とも、あるいは他の流行り病とも症状が異なり、薬草を調合し、様々な治療を試みるものの、一向に効果が見られない。


「これは…一体何という病じゃ…? ただの風邪にしては、あまりにも進行が早く、そして症状が重すぎる…」


 医師たちは、顔を見合わせ、首を傾げるばかりであった。


 領民たちの間には、次第に不安と恐怖が広がり始めた。情報が錯綜し、「これは西国から来た恐ろしい疫病だ」「いや、隣藩の者が呪いをかけたに違いない」「特定の井戸の水を飲んだ者が罹るらしい」といった、根も葉もないデマや憶測が、あっという間に城下中に飛び交い始めた。中には、神仏にすがり、怪しげな祈祷師に大金を払って祈祷を依頼したり、あるいは、病の原因と噂された者を村八分にしたりといった、哀しい騒動も起こり始めていた。


 藩の上層部、すなわち藩主・昌胤や家老たちも、当初は事態を静観し、「まあ、よくある季節性の風邪であろう。そのうち治まる」と高を括っていた。しかし、病の拡大が日増しに深刻化し、死者まで出始めたという報告を受けるに及び、さすがに看過できないと判断し、緊急の対策会議を開いた。


 しかし、その会議もまた、紛糾するばかりで、一向に有効な手は打てなかった。


 渋沢勘定奉行は、「薬草の購入や、医師への手当ても結構だが、その費用は一体どこから出すのだ? 藩の財政は依然として厳しいのだぞ」と、いつものように予算の壁を強調し、筆頭家老・大和田常政は、「武士たるもの、病などにうろたえるでない! 気合と精神力で打ち勝つのだ! 領民にも、もっと気丈に振る舞うよう、厳しく指導すべきである!」と、相変わらず時代錯誤な精神論を振りかざすばかり。他の家老たちも、具体的な対策案を出すこともできず、ただただ顔を見合わせ、ため息をつくばかりであった。



 そんな絶望的な状況の中、一人、この未知の病に対し、誰よりも強い危機感を覚え、そして具体的な対策の必要性を痛感していた男がいた。言うまでもなく、目安方筆頭・栗田謙信である。


 謙信は、領内の各所から目安箱に寄せられる、病に関する切実な訴えや、医師たちからの報告、そして自ら城下を歩き回って集めた情報を総合的に分析し、その病の症状や、人から人へと広がるその様相から、前世で経験したインフルエンザの大流行や、あるいはもっと致死率の高い他の感染症のパンデミックの記憶を、鮮明に呼び覚ましていた。


(この咳、この高熱、この全身倦怠感…そして、この異常なまでの感染の広がり方…これは、ただの風邪などでは断じてない! 間違いなく、何らかの強力な感染症だ! このまま放置すれば、我が相馬中村藩は、あっという間に病魔に飲み込まれ、それこそ藩の存亡に関わる、未曾有の『パンデミック(感染爆発)』を引き起こしかねない…! 今こそ、前世で学んだ公衆衛生の知識と、危機管理の経験を総動員し、この国難に立ち向かう時だ!)


 謙信は、いても立ってもいられず、藩主・昌胤と家老たちが集う対策会議の場へと、文字通り転がり込むようにして駆けつけた。


「殿! 皆様! 緊急事態でございます! 今、我が藩に広がりつつあるこの病は、決して侮ってはなりませぬ! これは、極めて感染力の強い、未知の疫病である可能性が非常に高い! 今すぐにでも、藩を挙げての、断固たる、そして包括的な対策を講じなければ、手遅れになりますぞ!」


 謙信は、顔面蒼白で、しかし切迫した声で訴えた。そして、矢継ぎ早に、現代の公衆衛生の知識(もちろん、「ウイルス」や「細菌」といった言葉は避け、「目に見えぬ小さな病の種」などと巧みに言い換えながら)に基づいた、具体的な対策案を提言した。


「まず第一に、病の『感染経路』を特定し、それを遮断すること! そのためには、『手洗い』『うがい』そして『咳をする際の口元の覆い』を、全領民に徹底させることが肝要です! 第二に、病の蔓延を防ぐため、人の『密集』『密閉』『密接』、いわゆる『三つの密』を極力避けること! 不要不急の集まりは中止し、家々の換気を良くし、他人との不必要な接触を控えるよう、強く推奨すべきです! 第三に、すでに病に罹った方々への適切な対応! 軽症の方は自宅での安静と隔離を徹底し、家族への感染を防ぐための具体的な注意点を指導する! そして、症状の重い方や、家族に高齢者や幼子がいる場合は、専用の『隔離療養施設』を速やかに設置し、そこで集中的な治療と看護を行うべきです! さらに、全ての領民に対し、栄養価の高い食事と十分な睡眠を奨励し、免疫力を高めるための啓蒙活動も…」


 しかし、謙信の、あまりにも具体的で、そしてこの時代の常識からはかけ離れた対策案の数々は、家老たちの失笑と嘲笑を買うだけであった。


「馬鹿馬鹿しい! 手を洗い、うがいをし、口を覆ったくらいで、疫病が防げるものか! それに『三つの密』とは何だ、また栗田の戯言か!」


「隔離療養施設だと? 病人を一箇所に集めれば、それこそ病がさらに広がるだけではないか! 馬鹿も休み休み言え!」


「そもそも、足軽上がりの若造が、医術の何を知るというのだ! 生意気にも程があるわ!」

 大和田常政を筆頭とする保守派の家老たちは、口々に謙信を罵り、その提案を一蹴した。渋沢勘定奉行も、「そのような対策に、一体どれほどの費用がかかると見積もっておるのだ。薬草の確保すらままならぬというのに…」と、冷ややかに呟く。


 藩主・昌胤も、「うーむ、栗田の申すことは、何やら小難しくてよう分からんが…まあ、あまり大騒ぎせぬ方が良いのかもしれんな。病は気から、とも申すしな」と、どこか及び腰であった。


 謙信は、必死でその非科学的な反論に食い下がろうとしたが、結局、彼の声が聞き入れられることはなかった。評定は、何の具体的な対策も決まらぬまま、空しく散会となった。


(駄目だ…このままでは、本当に手遅れになる…! こうなれば、もはや正規のルートで藩を動かすのは不可能に近い…! やむを得ん、こうなれば、目安方の権限を最大限に(そして若干越権気味に)活用し、非公式ながらも、実質的な対策本部を立ち上げ、動ける範囲で、できることから始めるしかない!)


 謙信は、唇を噛み締め、固い決意を胸に、目安方執務室へと駆け戻った。そして、権左衛門、新兵衛、小平太ら目安方のメンバーを集め、ここに、相馬中村藩の運命を左右するかもしれない、栗田謙信率いる「相馬中村藩・疫病対策緊急事態本部(自称、略称:SEHET、セヘット。もちろん、この名称と略称を理解しているのは謙信一人である)」が、誰にも知られず、そして誰の許可も得ないまま、ひっそりと、しかし力強く産声を上げたのであった。


 権左衛門は、謙信の、いつにも増して真剣で、そして鬼気迫る表情を見て、「おい栗田…まさかとは思うが、お前、また何かとんでもないことを一人で始めるつもりではあるまいな…? 今度ばかりは、本当に藩を追放されるかもしれんぞ…?」と、顔面蒼白で問い詰めたが、謙信は「権左衛門殿、これは遊びではございません! 我が藩の存亡がかかった『戦』なのでございます! 皆の者、拙者に続け!」と、有無を言わせぬ迫力で一喝。


 新兵衛と小平太は、謙信のその気迫に圧倒され、そして何よりも、領民を救いたいという純粋な想いに共感し、「組長! 我ら、どこまでもお供いたします!」と、力強く応じた。権左衛門は、もはや諦めの境地で、「…分かった、分かったよ…どうせ俺は、お前の無茶に付き合わされる運命なんだろうさ…ただし、もし本当に追放されるようなことになったら、お前一人で野垂れ死にしろよ…俺は知らんからな…」と、ぶつくさ言いながらも、結局、謙信の無謀な戦いに、またしても巻き込まれていくのであった。


SEHETセヘット」の最初の活動は、正確な情報収集と状況分析であった。

「敵(疫病)を知り、己(藩の医療体制と領民の状況)を知れば、百戦危うからず! まずは、この疫病の『感染状況マップ』を作成し、『ホットスポット(感染集中地域)』と『感染拡大経路(推定)』を特定するのでございます!」


 謙信は、目安方の若い衆を総動員し、城下や近隣の村々を隈なく調査させた。罹患者の症状、発症時期、年齢、性別、職業、家族構成、最近の行動履歴などを、一件一件丁寧に聞き取り、それを巨大な藩内地図の上に、色分けした印(赤は重症者、黄は軽症者、青は回復者など)でプロットしていった。その作業は困難を極めた。領民たちは、役人の聞き取りに警戒心を示し、なかなか本当のことを話してくれない。中には、「疫病神が来た!」と塩を撒かれることもあった。しかし、新兵衛や小平太たちは、謙信から叩き込まれた「お客様(領民)に寄り添う心」で、粘り強く、そして誠実に聞き取りを続け、貴重な情報を集めていった。


 数日後、完成した「感染状況マップ」は、衝撃的な実態を白日の下に晒した。病は、特定の井戸や食べ物が原因なのではなく、明らかに「人から人へ」と、飛沫や接触を通じて広がっており、特に人口が密集し、衛生状態の悪い城下の貧しい長屋街や、人の往来の激しい市場周辺で、爆発的に感染者が増加していることが判明したのだ。


「やはり…これは、典型的な『飛沫感染・接触感染型』の疫病…! しかも、潜伏期間も短く、感染力も極めて強い…! このままでは、本当にまずいことになる…!」

 謙信は、マップを睨みつけ、顔をこわばらせた。一刻の猶予もない。彼は、すぐさま具体的な予防策の徹底へと動き出した。


「手洗い・うがい・咳エチケット励行!クリーン相馬大キャンペーン!」


 謙信は、まず、最も基本的な、しかし最も効果的な予防策である「手洗い・うがい」の重要性を、領民に徹底的に叩き込もうと考えた。


「病は手から口から、そして飛沫からやってくる! 皆の者、家に帰ったら、食事の前には、必ず石鹸(石鹸がない場合は灰や米ぬかでも代用可)で手を洗い、そして水でうがいをするでござる! 咳やくしゃみをする時は、手や袖で口と鼻を覆い、飛沫を飛ばさぬよう心がけるべし!」


 謙信は、自ら手本を示しながら、そのやり方を懇切丁寧に指導した。さらに、目安方の若い衆と共に、手作りのポスター(「洗え!清めよ!病魔退散!」「咳一つ、命取り!エチケットで守る、我が命、人の命!」といった、少々過激だがインパクトのある標語と、分かりやすい(?)絵が描かれている)を、城下町の辻々や、村々の掲示板に、これでもかと貼り出して回った。


 最初は、「何を馬鹿なことを」「面倒くさい」と、なかなか実践されなかったが、謙信が、まるで街頭の辻説法師のように、毎日毎日、町の広場や市場で、手洗いうがいの重要性を熱心に説いて回り、時には子供たちを集めて「手洗いソング(謙信作詞作曲の珍妙な歌)」を歌いながら一緒に手を洗うといったパフォーマンスまで行った結果、徐々にではあるが、領民たちの間にその習慣が浸透し始めた。



「三つの密(密集・密閉・密接)を避けるべし!ソーシャルディスタンス(社会的距離)確保令(という名の、あくまで推奨)」


 次に謙信は、人混みを避け、換気を良くし、他人との不必要な接触を控えるよう、領民たちに呼びかけた。


「皆の者! 疫病は、人が集まるところ、空気が淀むところ、そして人と人とが触れ合うところを好むのじゃ! 故に、当面の間は、不要不急の寄り合いや、人の多く集まる場所への出入りは極力控え、家の中にいる時も、こまめに窓を開けて空気の入れ換えを行い、そして他人と話す時は、腕一本分くらいの間隔を空けるよう心がけるべし! これぞ『ソーシャルディスタンス(社会的距離感)』という、最新の…いや、古来より伝わる疫病対策の極意なのでございます!」


 この「三密回避令」は、特に商人たちからは「商売上がったりだ!」と猛反発を受けたが、謙信は「命あっての物種でございます! 今は耐える時!」と、粘り強く説得を続けた。祭りや寄合が中止となり、町から賑わいが消え、領民たちの間には不満も募ったが、病の恐怖も相まって、多くの者は謙信の呼びかけに従った。



「自家製手ぬぐいマスク着用推奨!~飛沫を防いで、お洒落も楽しむニューノーマル~」


 そして、謙信が最も力を入れたのが、「マスク着用」の推奨であった。もちろん、この時代に現代のような不織布マスクなど存在しない。そこで謙信が考案したのが、「自家製手ぬぐいマスク」であった。


「皆の者! この手ぬぐい一枚あれば、誰でも簡単に、飛沫を防ぐ『魔法の盾』を作ることができるのじゃ! こうして、こう折って、紐をつければ、あっという間に完成! これを口と鼻に当てれば、自分が病の種をまき散らすのも防げるし、他人からの飛沫を吸い込むのも、ある程度は防げるはず! しかも、手ぬぐいなら、毎日洗って清潔に使えるし、色柄も豊富だから、お洒落も楽しめる! これぞ、疫病と戦う現代武士の『ニューノーマル(新常態)』スタイルでございますぞ!」


 謙信は、自ら様々な色柄の手ぬぐいで作ったマスクを着用し、その効果(「飛沫感染防止効果は、正直、限定的かもしれませんが、しないよりは遥かにマシです!何よりも、予防意識が高まります!」)と手軽さを、面白おかしく、そして熱心に説いて回った。


 最初は、「何だその怪しい覆面は!まるで盗人ではないか!」「息苦しくてかなわん!」「みっともなくて外を歩けんわ!」と、領民たちからは散々な不評で、特に若い女性たちからは猛烈な拒否反応を示された。


 しかし、謙信は諦めなかった。目安方の若い衆と共に、様々な柄の手ぬぐいで「お洒落マスク」の試作品を大量に作り、町の有力者や、流行に敏感な若者たちに無料で配布し、「これは江戸で最新流行の兆しを見せている『健康装束』ですぞ!」などと、適当なことを言って宣伝した。


 さらに、お駒ちゃん(江戸のアンテナショップから、何故かこのタイミングで応援に駆けつけていた)が、その江戸っ子らしいセンスで、手ぬぐいマスクに可愛らしい刺繍を施したり、リボンをつけたりといったアレンジを加え、「あら、これなら結構イケるかも!」と、若い娘たちの間で少しずつ人気が出始めた。


 そして、実際にマスクを着用していた者が、病に罹りにくかった(という、あくまで個人の感想レベルの)事例がいくつか報告されるようになると、その効果を信じる者も増え、城下では、手作りの手ぬぐいマスクを着用する人々の姿が、徐々にではあるが目立つようになっていった。


 権左衛門も、最初は「こんなもの、気休めにしかならんわ」と馬鹿にしていたが、謙信から「権左衛門殿スペシャル・鬼瓦柄マスク」を無理やりプレゼントされ、毎日着用させられる羽目になった。


 これらの予防策の徹底と並行して、謙信は、すでに病に罹ってしまった人々への対応にも、全力で取り組んだ。


 まず、「軽症者自宅療養と厳格なる家庭内隔離の徹底指導」。


「病に倒れたとて、慌てるでない! まずは落ち着いて、家でゆっくりと養生するのじゃ! ただし、家族に病をうつさぬよう、最大限の注意を払うこと! 病人は別の部屋で寝起きし、食器や手ぬぐいも必ず分ける! 看病する者は、必ず口と鼻を覆い、こまめに手を洗い、そして病人の部屋の換気を怠らぬこと! これらを徹底すれば、家庭内での感染拡大は必ず防げるはず!」


 謙信は、目安方の若い衆と共に、罹患者の家を一軒一軒回り、これらの注意点を、懇切丁寧に、そして時には厳しく指導して回った。


 次に、「重症者及びハイリスク者専用・臨時隔離療養所の緊急設置」。


 自宅での療養が困難な重症者や、家族に高齢者や乳幼児がいて家庭内感染のリスクが高い人々のため、謙信は、城外の使われていない古寺や、空き家となっていた大きな庄屋の屋敷などを、藩主や家老たちに内緒で(!)半ば強引に借り上げ、急遽、隔離療養施設を数カ所設置した。


 もちろん、そこには医師も看護人もいない。謙信は、藩の数少ない医師たちに頭を下げて協力を取り付け(ただし、医師たちも自分の治療で手一杯で、なかなか手が回らない)、さらに、目安方の若い衆や、運動会で結束を深めた各部署の有志の藩士たち、そして城下の気骨のある女性たちに「人助けボランティア隊」への参加を呼びかけ、寝食も忘れて看病に当たる体制を、まさにゼロから作り上げた。


「皆様! 今こそ、武士の、いや、人としての真価が問われる時! 己の身の危険を顧みず、病に苦しむ同胞を助けることこそ、最高の『徳』を積む行いでございますぞ! 我らが流す一滴の汗が、一人の命を救うやもしれんのです!」


 謙信の熱い呼びかけに、多くの者が心を動かされ、危険を承知でボランティアに参加した。彼らは、謙信の指示のもと、慣れない手つきで病人の世話をし、薬草を煎じ、食事を作り、そして何よりも、不安に苛まれる病人を励まし続けた。


 そして、「栄養強化と免疫力アップ!SEHETセヘット特製・病人食提供プロジェクト」。


 謙信は、旧知の(そして最近では謙信の奇行にも慣れつつある)料理頭・饗庭与一に再び協力を依頼し、消化が良く、栄養価が高く、そして何よりも病人の食欲をそそるような「究極の病人食」の開発を依頼した。


「饗庭様! 病との戦いは、体力勝負! 栄養こそが最大の武器なのでございます! どうか、あなたの神の腕で、病魔を打ち破る、奇跡の病人食を!」


 饗庭は、最初は「また面倒なことを…」と渋い顔をしていたが、謙信のあまりの熱意と、そして実際に苦しんでいる領民たちの姿を目の当たりにし、ついに重い腰を上げた。そして、数々の試行錯誤の末、米と数種類の雑穀をじっくり煮込んだ滋養粥、すりおろした野菜と豆腐で作った消化の良いすり流し汁、そして何よりも、鶏ガラと数種類の薬草を煮込んで作った、香り高く滋味深い「命のスープ(と謙信が勝手に命名)」などを開発。これらの病人食は、療養所や自宅療養中の人々に、毎日届けられ、彼らの体力回復に大きく貢献した。



 さらに、謙信が重視したのは、「デマ対策と正確な情報発信によるパニック抑制」であった。


 疫病の流行時には、必ずと言っていいほど、不正確な情報や悪質なデマが流布し、人々をさらなる不安と混乱に陥れる。謙信は、それを防ぐため、目安箱や町の掲示板、そして触れ回りなどを通じて、疫病に関する正確な情報(現在の感染状況、正しい予防法、症状が出た場合の相談窓口、療養所の受け入れ状況など)を、毎日、繰り返し領民に伝え続けた。


「皆の者! 根拠のない噂話や、怪しげな治療法に惑わされるでないぞ! 正しい知識こそが、己と家族の命を守る最大の武器となる! 不安なこと、分からないことがあれば、いつでも目安方、あるいはこの栗田謙信に相談するのじゃ! 我々は、決して皆さんを見捨てたりはせぬ!」


 謙信の、力強く、そして誠実な呼びかけは、不安に怯える領民たちの心を、少しずつではあるが確実に落ち着かせ、パニックの発生を未然に防ぐことに繋がった。



 もちろん、これらの謙信流「パンデミック対策」は、決して順風満帆に進んだわけではない。


 謙信の提唱する様々な対策、特に「マスク着用」や「自宅隔離」といった、これまでの常識にはない考え方に対しては、領民や一部の保守的な藩士たちから、強い反発や無理解の声が上がった。「そんなもので、本当に疫病が防げるというのか!」「まるで罪人扱いではないか!人権侵害だ!(という言葉はなかったが、それに近い感情)」「栗田殿は、我々をモルモットか何かと勘違いしておるのではないか!」といった、厳しい批判や、時には罵詈雑言が、謙信の元へ容赦なく浴びせられた。


 薬草や食料の不足も深刻だった。病人が増えるにつれ、薬草の需要は急増し、藩の備蓄はあっという間に底をついた。食料も、流通が滞り始め、価格が高騰し、貧しい人々は日々の糧にさえ事欠く状況に陥り始めた。謙信は、その度に渋沢勘定奉行の元へ駆け込み、「緊急対策費用」の捻出を懇願したが、渋沢は「藩庫は空じゃ!無い袖は振れん!」と、頑として首を縦に振らない。両者の間で、連日、怒号と涙(主に謙信の)が飛び交う、壮絶な予算折衝バトルが繰り広げられた。


 藩の医師たちとの連携も、最初は困難を極めた。医師たちは、医学の素人である謙信が、あれこれと口出ししてくることを快く思わず、彼の提言を「足軽上がりの若造の、根拠のない戯言」と一蹴し、まともに取り合おうとしなかった。


 しかし、謙信が、不眠不休で病人の情報を集め、分析し、そして実際に効果を上げ始めた様々な対策(特に衛生管理の徹底や隔離策)を目の当たりにするにつれ、そして何よりも、謙信の、私利私欲のかけらもない、ただひたすらに領民の命を救おうとする真摯な姿に触れるにつれ、徐々にではあるが、彼を見る目が変わり始め、中には「栗田殿の言うことにも、あるいは一理あるやもしれん…」と、密かに協力する者も現れ始めた。(ただし、依然として「生意気な若造め」と敵意を燃やす頑固な古参医師も少なからずいたが)。


 そんな中、最も心身ともに疲弊しきっていたのは、間違いなく岩田権左衛門であった。彼は、防疫の最前線で、文字通り身を粉にして働く栗田謙信を、心の底から心配し、その健康を気遣いつつも、その常軌を逸した無茶な指示と、次から次へと巻き起こるトラブルの尻拭いに、昼夜を問わず振り回され、もはや心身ともに限界寸前であった。


「栗田…お前は、本当に鉄人か何かか…? それとも、ただの馬鹿か…? 少しは休めと言っておるのに…! お前が倒れたら、この騒動は一体誰が収拾をつけるのだ! 俺か!? 俺なのか!? 無理だ!断じて無理だ!」


 権左衛門の悲痛な叫びは、しかし、使命感に燃える謙信の耳には、なかなか届かなかった。


 田中新兵衛や結城小平太、そして江戸から何故か応援に駆けつけ(「店長が心配で、居ても立ってもいられなかったんだよ!」とお駒ちゃんは言っていたが、本当は江戸の店が暇だっただけかもしれない)、防疫ボランティアに志願したお駒ちゃんら、目安方の若いメンバーたちも、それぞれの持ち場で、感染の恐怖と戦いながらも、領民のために、そして何よりも謙信の期待に応えるために、必死で奮闘していた。彼らの若く、そして純粋な献身は、暗く沈んだ藩内に、一条の光を投げかけるかのようであった。


 そして、何よりも辛く、悲しいのは、実際に家族や親しい友人が、この未知の病に倒れ、苦しみ、そして時には命を落としていくのを、ただ無力に見守るしかない藩士や領民たちの姿であった。彼らの深い悲しみや、やり場のない怒り、そして先の見えない不安に対し、謙信は、ただただ寄り添い、共に涙し、そして「必ず、必ずこの戦いに打ち勝ちましょうぞ…!夜明けの来ない夜はないのですから…!」と、声を嗄らしながら励まし続けることしかできなかった。



 数週間、いや、一月にも及ぶ、藩を挙げての、そして栗田謙信率いる「SEHETセヘット」の、文字通り死に物狂いの戦いの結果、徐々に、本当に徐々にではあるが、疫病の猛威は衰えを見せ始め、新規の罹患者の数は目に見えて減少し、臨時隔離療養所からも、回復した人々が、家族の元へと笑顔で退所していく姿が見られるようになっていった。


 城下の辻々で、領民たちが、謙信や目安方の若い衆、そしてボランティアの者たちを見かけると、「目安方様、ありがとう!」「お侍様、本当にご苦労様でした!」と、深々と頭を下げ、涙ながらに感謝の言葉を口にする光景が、あちこちで見られるようになった。

 そして、ついに、その日はやってきた。


 ある晴れた朝、藩の医師たちが、藩主・昌胤の元へ参上し、「殿、ご報告申し上げます。城下及び近隣の村々において、この一週間、新たな疫病の罹患者は一人も確認されておりません。これをもって、今回の疫病、完全に終息宣言を出しても差し支えないものと、判断いたします」と、厳かに報告したのだ。


 その言葉を聞いた瞬間、評定の間にいた全ての者が、堰を切ったように歓声を上げ、抱き合い、涙を流して喜びを分かち合った。藩主・昌胤も、目頭を押さえながら、「うむ…うむ…皆、本当に、本当によくやってくれた…! この相馬中村藩の歴史に、燦然と輝く勝利じゃ…!」と、声を震わせた。


 その日の午後、城下の広場には、多くの領民たちが集まり、ささやかながらも、疫病終息を祝う宴が開かれた。その中心には、もちろん、この国難を救った最大の功労者、栗田謙信の姿があった。


「目安方様! この度は、本当に、本当にありがとうございました! あなた様がいなければ、わしらは今頃どうなっていたか…!」


「栗田様は、我らの命の恩人じゃ! このご恩は、末代まで忘れませぬぞ!」


 領民たちは、口々に謙信への感謝の言葉を述べ、彼を胴上げしようとしたり、酒を無理やり飲ませようとしたり(謙信は下戸である)、あるいは彼の周りで勝手に踊り始めたりと、お祭り騒ぎとなった。


 謙信は、そんな領民たちの心からの笑顔と感謝の言葉に、照れながらも、しかし最高の笑顔で応えていた。


 その様子を、少し離れた場所から、岩田権左衛門と、酒井忠助、そして渋沢監物、大和田常政ら、藩の重臣たちが見守っていた。


「…やれやれ。とんだお祭り騒ぎじゃな。だがまあ、あれだけの大仕事をやった後だ。少しは羽目を外すのも許してやらねばなるまい」権左衛門は、呆れたような、しかしどこか誇らしげな顔で呟いた。

 酒井忠助も、穏やかな笑みを浮かべて頷く。「うむ。栗田殿の、あの…『ぱんでみっく対策』とやらは、誠に見事なものであった。彼の知識と行動力がなければ、今頃、我が藩は壊滅的な被害を受けていたやもしれん」


 渋沢勘定奉行は、腕を組み、厳しい表情を崩さずにいたが、その口元には、ほんのわずかな、しかし確かな称賛の色が浮かんでいた。「…ふん。確かに、あの若造のやり方は型破りであったが、結果として多くの人命を救い、藩の危機を回避したことは、認めねばなるまい。ただし、あの対策にかかった莫大な費用は、後日、きっちりと精査させてもらうがな」


 筆頭家老・大和田常政も、苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、ぼそりと呟いた。「…武士の風上にも置けぬ、と思っていたが…あの状況下で、あれだけの采配を振るえるとは…あるいは、あれもまた、一つの『武士のあり方』なのかもしれんな…」


 当初は謙信を批判し、そのやり方に真っ向から反対していた保守派の家老たちも、今回の謙信の、身を挺して藩と領民を守り抜いたその手腕と、何よりもその純粋な献身ぶりを目の当たりにし、その評価を(渋々ながらも、そして内心では複雑な思いを抱えながらも)改めざるを得なくなっていたのだ。


 栗田謙信の名声は、この一件で、相馬中村藩において、もはや絶対的なものとなったと言っても過言ではなかった。「目安方様は、我らが藩の守り神じゃ!」と、領民たちから心からの尊敬と信頼を寄せられるようになったのである。



 疫病という、藩の存亡を揺るがすほどの大きな試練を、藩主、家臣、そして領民が一丸となって乗り越えた相馬中村藩。その中心には、常に、前世の知識と、不屈の精神、そして何よりも「お客様(藩と領民)第一主義」の熱い心を燃やし続けた、栗田謙信の姿があった。


 藩内に立ち込めていた暗雲は完全に消え去り、そこには、これまでにないほどの強い絆と、未来への明るい希望、そして確かな一体感が生まれていた。


 謙信は、そんな藩の姿を、満足げに、しかしどこかホッとしたような表情で見つめながらも、一息つく間もなく、すでに次なる、そしてさらに壮大な改革の構想を練り始めていた。


(よし! 疫病という名の『共通の敵』を倒したことで、藩の結束力は格段に高まった! この勢いを借りて、次は、水野巡検使殿からもご指摘のあった『財政帳簿の近代化と透明化』、そして何よりも、我が藩の未来を真に豊かにするための『教育改革と人財育成戦略』に、本格的に着手するぞ! 我が藩の子供たち、そして向上心に燃える全ての藩士たちの持つ無限のポテンシャルを最大限に引き出し、この相馬中村藩を、日の本一、いや、世界に冠たる『知的人財輩出藩』へと変貌させてご覧にいれる!)


 朝日を浴びながら、新たな決意に目を輝かせる謙信の傍らで、岩田権左衛門は、「もう…本当に…頼むから…少しは休んでくれ…俺の胃袋が、もう持たない……」と、本気で涙目になりながら、しかしどこか、この破天荒な上司の次なる一手を楽しみにしているかのような、複雑な表情で空を見上げていた。


 相馬中村藩の、波乱万丈、予測不能、しかし希望に満ちた明日は、まだまだ始まったばかりである。



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