第六話 江戸で一旗揚げろ! ~相馬藩アンテナショップ「相馬屋」疾風怒濤録の巻~
栗田謙信が目安方筆頭として断行した「藩士満足度(ES)向上↑↑福利厚生カーニバル」は、長らく沈滞ムードに覆われていた相馬中村藩に、革命的とも言える変化の風を吹き込んだ。美味しくてボリューム満点の昼餉は、藩士たちの乾いた胃袋と心を満たし、「目安方お悩み駆け込み寺」は、彼らが抱える様々な苦悩を吐き出し、一時の安らぎを得るための貴重な駆け込み寺となった。
そして、栄誉ある「月間MVP制度」は、日々の地道な努力にも光が当たることを示し、藩士たちの間に健全な競争意識と、自らの仕事への誇りを芽生えさせた。かつては、澱んだ空気が重く垂れ込め、不平不満と諦念が渦巻いていた藩内は、まるで長い梅雨が明け、待ち望んだ太陽が燦々と降り注ぐかのように、活気と笑顔、そして「何か面白いことが、また起こるのではないか」という、漠然とした、しかし確かな期待感に満ち溢れるようになっていたのである。
「素晴らしい! 実に、実に素晴らしいですぞ、皆様! 我が相馬中村藩の『ソフトパワー』、すなわち藩士一人ひとりの『人財としての価値』と、組織全体の『シナジー効果(相乗効果)』は、この数ヶ月で見違えるほどに、いや、天変地異レベルで向上いたしました! これぞまさに、拙者が提唱する『ポジティブ・スパイラルアップ戦略』による『コア・コンピタンス超絶強化』の輝かしい賜物でございます!」
目安方執務室(通称:イノベーション・ハブ兼メンタルヘルス・クリニック兼権左衛門専用ストレス増幅装置)で、謙信は、壁一面に貼り出された「藩士モチベーション&エンゲージメント指数推移グラフ(もちろん手作りで、赤い折れ線グラフが天井を突き抜け、宇宙にまで到達しそうな勢いで描かれている)」を、誇らしげに指し示しながら、岩田権左衛門と目安方の若きエース(という名の、謙信の無茶ぶりに日々健気に、そして時々白目を剥きながら付き合う、不憫な子羊たち)である田中新兵衛、結城小平太らに、いつものように目を、いや、もはや全身をキラキラと、いや、ギラギラと、後光が差すかのように輝かせながら力説していた。
「だがな、栗田。藩士たちの腹が満たされ、日頃の鬱憤が多少なりとも晴れ、不満が減ったのは大いに結構なことだ。それはわしも認めよう。しかしだ、肝心の、そして最も重要な藩の財政状況は、依然として火の車、いや、もはや燃え尽きる寸前の藁にも等しい状態ぞ。むしろ、お主が次から次へと打ち出す奇想天外な福利厚生改革で、昼餉の材料費だの、MVPの副賞だの、駆け込み寺の茶菓子代だので、余計な支出が雪だるま式に増えておるではないか。このままでは、いくら藩士たちの士気が天元突破したとて、いずれは全員仲良く共倒れ、路頭に迷うのが関の山だぞ」
権左衛門は、謙信の、もはや宗教的とも言える熱狂に、冷水を頭から浴びせるように、しかし極めて的確かつ冷静な指摘をする。彼の胃痛は、最近、質の良い昼餉と、駆け込み寺での(主に謙信への)愚痴吐き出し効果で、ほんの少しだけマシになっていたが、それでも謙信の次なる「一手」を常に警戒するあまり、予備の胃薬と頭痛薬を懐に複数忍ばせるのが、もはや生活習慣の一部と化していた。
「権左衛門殿、ご心配には及びません! それも全て計算済み、織り込み済み、『計画的かつ戦略的な先行投資フェーズ』でございます! 充実した『ソフトパワー(人財)』は、我が相馬中村藩の強力無比な『ハードパワー(経済力)』を生み出すための、必要不可欠かつ絶対的な土台なのでございます! そして今こそ、その強固な土台の上に、我が藩の輝かしい未来を末代まで支える、太く逞しく、そして黄金に輝く『収益の大黒柱』を、ドーンと、バーンと、ズドーンと打ち立てる時が、ついに、ついに到来したのでございます!」
謙信は、ドンと大きく胸を叩き、まるで天下でも取ったかのような、不敵かつ自信満々の笑みを浮かべた。
「すなわち! 我が相馬中村藩の誇るべき、そしてまだ世に埋もれたる珠玉の特産品――新生相馬焼(モダン&キュートバージョン)、間伐材フル活用プロジェクトによるエコ&クールな木工品、そして母なる大地と父なる海が育んだ、滋味溢れる海の幸山の幸――を、日の本最大の巨大マーケット、花の都・大江戸で大々的に、かつ戦略的に販売し、莫大な、それこそ笑いが止まらぬほどの利益を上げるのでございます! そのための最重要戦略的拠点として、江戸日本橋の目抜き通り(の、一本裏に入った、知る人ぞ知る超一等地、と謙信は信じている)に、我が相馬中村藩の『情報発信ステーション兼フラッグシップ・ショールーム兼ダイレクトマーケティング店舗兼文化交流サロン』、すなわち、究極の『アンテナショップ』を開設するのでございます! 店名は仮称『相馬屋~陸奥の至宝、江戸に見参!刮目して待て、江戸百万の民よ!~』! これで、流行に敏感な江戸っ子たちの度肝を抜き、その心を鷲掴みにし、そして何よりも、彼らの財布の紐を、もはや存在しないかのようにユルユルにしてご覧にいれますぞ!」
謙信の口から、まるで機関銃のように、あるいは決壊したダムのように、次から次へと飛び出した、またしても壮大かつ無謀極まりない計画に、新兵衛と小平太は「おおーっ!江戸に我らの店が!さすがは組長でやす!」「組長!某も江戸で一旗揚げとうございます!」と、目を少年漫画のヒーローのようにキラキラと輝かせたが、権左衛門は「江戸に…我が藩の店を出すだと…? しかも日本橋…? 馬鹿も休み休み言え…いや、もはやこいつは馬鹿を通り越して、何か別の生き物に進化したのかもしれん…」と、その場で卒倒しそうになるのを、必死で、本当に必死でこらえた。彼の脳裏には、すでに、江戸で待ち受けるであろう数々の苦難と、自身のさらなる胃痛の日々が、走馬灯のように駆け巡っていた。
当然のことながら、この「相馬藩江戸アンテナショップ『相馬屋』超絶怒涛の開設プロジェクト」は、後日、城の本丸大書院で開かれた臨時評定の場で、大論争、いや、もはや大合戦、阿鼻叫喚の大紛糾を引き起こした。
「江戸に、我が藩の店を出す、じゃと? 栗田、お主、今度は本気で何を血迷うたことを申しておるのじゃ? それも、よりによって日の本経済の中心地、日本橋の一等地(と謙信は、あくまでそう主張していたが、実際には、日本橋の賑やかな大通りから数本裏に入った、昼なお暗く、人通りもまばらな、古びた長屋の一角にある、今にも崩れそうな小さな空き店舗を、すでに目星をつけていた)に、じゃと? 馬鹿を申せ! 開店資金、内装費、人件費、江戸までの商品の輸送費、そして何よりも、江戸の高い高い店の家賃! それらの、天文学的とも言える莫大な費用は、一体全体、どこから捻出するつもりじゃ! 申し訳ないが、我が藩の財政に、そのような大博打に使う金など、それこそ一文たりとも、いや、半文たりとも残ってはおらんぞ!」
勘定奉行・渋沢監物は、謙信が自信満々に提出した『相馬屋・江戸出店超絶黒字化事業計画書(初期投資は最小限、売上予測は驚異的な右肩上がり、投資回収期間はわずか半年、という、もはやファンタジーとしか思えない夢のような数字が、美しい(と謙信は信じている)グラフと共に高らかに並んでいる)』を、まるで江戸の巷で流行っているという、疫病神でも見るかのような、心底から眉間に皺を寄せた、険しい表情で一瞥し、いつものように、いや、いつも以上に激しい雷を、評定の間に轟かせた。
筆頭家老の大和田常政も、「左様、左様! 全くもって渋沢殿の仰る通りじゃ! 東北の片田舎の、名も知れぬ貧乏小藩が、何を勘違いして、花の都・大江戸に、それも日本橋などに、しゃしゃり出て店を構えたところで、物慣れた江戸の者共の物笑いの種になるのが関の山じゃ! それこそ、我が相馬中村藩の、かろうじて保ってきた武家の威信とやらを、泥沼に叩き落として地に貶める、許されざる愚行中の愚行! 断じて、断じて許すわけにはいかん!」と、渋沢勘定奉行に全面的に同調し、まるで目の仇を見るかのように謙信を睨みつけ、激しく反対の狼煙を上げる。
他の家老たちからも、「栗田殿、江戸の商いは、そう甘いものではないと聞き及ぶぞ。百戦錬磨の江戸商人を相手に、我らのような田舎侍が太刀打ちできるものかのう」「万が一、失敗した場合の責任は、一体誰が、どのように取るというのだ。目安方筆頭の首一つで済む話ではあるまいぞ」「そもそも、江戸で大々的に売れるような、それほど立派な、胸を張れる特産品が、今の我が藩に、本当に、本当にあるのかのう。相馬焼も、まあ、悪くはないが…」といった、至極もっともな、そして極めて現実的な懸念や批判、あるいは単なる冷やかしが、次から次へと、まるで梅雨時の雨のように、謙信の頭上に降り注いだ。
評定の間は、謙信に対する非難と嘲笑、そして「また栗田が何か突拍子もないことを言い出したぞ」という、ある種の諦めにも似た好奇の嵐に包まれた。
しかし、謙信は、そんな完全アウェイ、四面楚歌、絶体絶命の状況にも、微塵も怯むことなく、むしろその逆境をエネルギーに変えるかのように、堂々と胸を張り、張りのある声で、理路整然と(本人はそう思っている)反論を開始した。
「皆様、数々のご懸念、ごもっとも! しかし、お言葉ではございますが、これは決して単なる道楽や、一時の気の迷いなどではございません! 我が相馬中村藩の、百年、いや千年の未来を賭けた、極めて重要かつ戦略的な『先行投資』なのでございます! 江戸にアンテナショップを構えることは、単に物を売って利益を上げる以上の、計り知れないほど大きな意味と価値を持ちます! それは、我が藩の豊かな文化、卓越した技術、そして何よりも『相馬中村ここにあり! 我ら陸奥の魂、侮るなかれ!』という、熱く燃える不屈の気概を、日の本経済の中心地である江戸から、日本全国津々浦々へ、いや、ゆくゆくは海を越え、遠く異国の地へまでも発信する、強力無比な『情報発信戦略プラットフォーム』となるのでございます! そして、江戸での成功は、我が藩の『ブランド・イメージ』と『プレステージ』を飛躍的に高め、他の特産品の新たな販路拡大や、魅力的な観光資源の開発による観光客誘致、さらには有能な人財の獲得にも繋がり、まさに『正のスパイラル効果』を生み出す、計り知れないほどの『波及効果』をもたらすのです!」
謙信は、またもやどこからともなく取り出した、自作の巨大な絵図――「江戸アンテナショップ開設による経済効果及びブランド価値向上予測(風が吹けば桶屋が儲かる的な、都合の良い連想ゲームと、薔薇色の未来予測だけで構成されている、もはや宗教画に近い代物)」と、「江戸っ子たちの心を鷲掴みにする!相馬屋・感動体験型店舗デザインコンセプト案(何故か最新のテーマパークのアトラクションのような、奇抜で楽しげな内装図。店の真ん中に巨大な馬のオブジェが描かれている)」――を、評定の間の床に所狭しと広げ、いつものように、そして今日はいっそう熱を込めて、身振り手振りを交え、熱弁をふるう。
「開店資金につきましては、先日開催いたしました『藩内リサイクルオークション』で得た、予想を遥かに上回る売上金の一部と、渋沢勘定奉行様に先日ご承認の方向でご検討いただいております(と謙信は勝手に解釈している)『間伐材活用プロジェクト』の初期試験予算の一部を、こちらに戦略的かつ柔軟に『コンバージョン(用途変更)』させて頂ければと…! 人件費につきましては、拙者と、我が目安方が誇る文武両道の精鋭(田中新兵衛、結城小平太、そしてもちろん岩田権左衛門殿!)が、藩命による『江戸駐在・特別任務』という形で赴任し、現地で若干名の、やる気と笑顔に満ち溢れた『アルバイト・スタッフ(日雇い契約)』を雇用することで、人件費は最小限の『スリム体制』で抑えます! 商品の輸送につきましても、江戸への定期的な参勤交代の折の、大名行列の荷駄の『デッドスペース』を最大限に有効活用させて頂ければ、輸送コストはほぼゼロに近づけることが可能! そして最も懸念されております江戸での高い家賃も、日本橋とは申しながら、実は大通りからほんの数本裏に入った、知る人ぞ知る、通好みの『隠れ家的穴場物件』を、奇跡的とも言える破格の条件で、すでに見つけて交渉中でございます! まさに『ローリスク・ハイリターン』、いや『ノーリスク・メガトンリターン』な、鉄板の事業計画と、この栗田謙信、絶対の自信を持ってご提案申し上げる次第でございます!」
謙信の、どこまでが真実でどこからが壮大なハッタリなのか、もはや誰にも判別不能な、しかし妙な説得力と、聞いているだけで何故かワクワクしてくるような自信に満ち溢れたプレゼンテーションに、あれほどまでに反対の声を上げていた家老たちも、次第に反論する気力さえ失いかけ、ただただ呆気に取られて謙信の顔を見つめるばかりであった。
そして、最後に、まるで待ってましたとばかりに鶴の一声を発したのは、やはりこの男、我らが藩主・相馬昌胤であった。
「うむ! 江戸に我が藩の店とな! それは誠に、誠に、実に面白そうではないか! わしが若い頃には、それこそ夢のまた夢、考えもつかなかったような、奇想天外、大胆不敵な奇策じゃ! 相馬焼や、わしが先日こっそり絵付けした、あの…何とも言えぬ味わいの器(まだ誰にも見せていないが、実は自信作なのだ)が、江戸の物知りの者共の間で、もしかしたら大評判になるやもしれんと思うと、胸が躍るのう! よし、栗田! その『そうまや』とやら、思う存分やってみるが良い! 失敗を恐れていては、何も新しいものは生まれん! 費用については、渋沢、まあ、何とか…その…よしなに工面してやってくれ。わしも、内緒で奥に頼んで、わしのへそくりを少しばかり…いや、ドカンと出すとしよう。そして、その店がめでたく開店した暁には、わしも時々、町人に変装してお忍びで江戸へ下り、こっそり店番でもして、江戸っ子たちの生の声を聞いてみたいものじゃ。はっはっはっは!」
昌胤の、あまりにも楽観的で、そして藩主としての責任感がどこか欠落しているのではないかと疑いたくなるような(しかし、藩主の命令は絶対なのである)許可に、渋沢勘定奉行は「と、殿ぉー!お戯れも大概に!そのような道楽に、藩の大事な財産を…!」と、顔面蒼白で悲鳴に近い声を上げ、大和田筆頭家老は「お、恐れながら、殿!今一度、ご再考を…!」と、震える声で何か言いかけたが、もはや後の祭り、後のフェスティバルであった。酒井忠助と岩田権左衛門は、顔を見合わせ、深々と、そして揃って、もはや諦観と絶望の色が濃く浮かんだ、長いため息をついた。
こうして、「相馬藩江戸アンテナショップ『相馬屋』開設プロジェクト~目指せ江戸ナンバーワン!~」は、嵐のような、いや、もはやハリケーンのような評定の末、栗田謙信の常軌を逸した熱意と、藩主・相馬昌胤の鶴の一声(と、多くの家老たちの無力感と諦め)によって、強引に、そして有無を言わさずGOサインが出されたのであった。相馬中村藩の未来は、ますます混沌と、そして何やら面白そうな方向へと、猛スピードで突き進み始めた。
それからの数週間は、まさしく戦争、いや、合戦のような、目まぐるしくも過酷な日々であった。謙信は、目安方筆頭としての藩内業務のほとんどを、岩田権左衛門に(「権左衛門殿なら大丈夫!信頼しておりますぞ!」という甘い言葉と共に、ほぼ丸投げ状態で)押し付け、自らは江戸出店の準備に、文字通り寝食を忘れて奔走した。その姿は、もはや改革者というより、何かに取り憑かれた狂人のようであったと、後に権左衛門は語っている。
まずは、最重要課題である、江戸での店舗物件の確保である。謙信は、権左衛門(「お前が行かねば誰が行く!」という藩主の厳命により、泣く泣く同行)と、江戸の地理に少しだけ詳しいという怪しげな触れ込みの(しかし実際は、ただ単に江戸見物に行きたいだけだったことが後に判明する)田中新兵衛、そして万が一の際の用心棒として(あるいは、謙信の常軌を逸した暴走を物理的に止めるための最後の砦として、藩主直々に密命を受けた)剣術遣いの結城小平太を「江戸出店先遣隊・プロジェクトチーム“ドラゴン(仮称)”」と勝手に命名し、引き連れ、一路、夢と希望と危険がいっぱいの、花の都・大江戸へと向かった。
江戸に着いた一行は、まず、藩の江戸屋敷に挨拶もそこそこに、宿屋に荷物を置くと、早速物件探しを開始した。謙信が「日本橋の喧騒を離れた、通好みの隠れ家的穴場物件」と、事前に江戸の商人から聞きつけていたのは、実際には、日本橋の華やかな大通りから、迷路のように入り組んだ数本の裏路地を抜けた先にある、昼なお薄暗く、人通りもまばらで、どぶ板の匂いが微かに漂う、古びた長屋の一角に、まるで忘れ去られたようにひっそりと佇む、今にも雨漏りで崩れそうな、小さな小さな空き店舗であった。
しかも、前の店子(古着屋だったらしいが、三月ももたずに夜逃げしたという)が残していったという、薄汚れた暖簾が風に揺れ、中からは何やらカビ臭い匂いが漂い、近所の噂では、夜な夜な女のすすり泣く声が聞こえるとか、誰もいないはずなのに二階で足音がするとかしないとか、何やら曰く付きの、いわゆる「事故物件」の香りがプンプンする代物であった。
「く、組長…本当に…本当にここで店をやるんでやすか…? 何だか…じめっとしてて、薄気味悪くて、それに…何か変な匂いもしまやすぜ…お化けとか出そうで…」新兵衛は、薄暗く、蜘蛛の巣が張った店内を恐る恐る見回し、顔を引きつらせながら、不安そうに震える声で呟く。
「新兵衛君、これは『逆張り思考』に基づく『ニッチ市場開拓戦略』です! 人通りの多い表通りは、確かに集客力はありますが、その分、家賃も法外に高く、大手老舗ひしめく競争も熾烈を極めます! しかし、この一見寂れた裏路地こそ、我々のような新参者にとっては、まさに『ブルーオーシャン』! 口コミで評判が徐々に広まれば、わざわざ遠方からでもお客様が 찾아오는(チャジャオヌン:韓国語で探しに来る、という意味だと謙信は力説しているが、誰も理解していない)『知る人ぞ知る隠れ家名店』となる無限のポテンシャルを秘めているのです! いわば『デスティネーション・ストア戦略』と『アンダードッグ効果』の相乗効果を狙う、高度なマーケティング戦術ですな!」謙信は、根拠のない、しかし揺るぎない自信に満ち溢れた目で、淀みなく力説する。
物件の持ち主である大家の老婆・お辰は、いかにも江戸っ子といった風情の、歯に衣着せぬ物言いの、しかしどこか憎めない、背中の曲がった小柄な老婆であった。年は七十を越えているというが、その眼光は鋭く、口ぶりも達者で、並大抵の者では太刀打ちできそうにない雰囲気を醸し出していた。
「へっへっへ。お侍様がた、こんな掃き溜めみてえなボロ家に、よくぞまあお越しくだすったねえ。お目が高いんだか、物好きなんだか、あるいはよっぽど銭に困ってらっしゃるのかねえ。この物件はねえ、確かにちいとばかし古いが、前の店子はねえ、ここで大儲けして、今じゃ日本橋の表通りに、そりゃあ立派な大店を構えてるって話だよ。まあ、ちいとばかし…出るって噂もあるがねえ。夜中に、女のすすり泣く声がねえ…。まあ、もしかしたら福の神かもしれんがねえ。へっへっへっへ」お辰は、皺くちゃの顔に、意味深な笑みを浮かべて一行を見回す。
謙信は、お辰の、明らかに胡散臭く、そして何かを隠しているようなセールストークを、持ち前の「お客様第一主義(大家さんも大切なお客様です!)」の精神で巧みにかわしつつ、驚異的な粘り強さで家賃交渉を開始した。
「お辰様、この物件、確かに歴史と風格を感じさせる素晴らしい佇まいではございますが、いかんせん、この…えー…『ヴィンテージ感』溢れる状態では、すぐに商売を始めるのは難しいかと。つきましては、この家賃、もう少し…ほんの気持ちばかり…勉強していただけると、我々も大変助かるのですが…」
「へん、お侍様のくせに、銭のこととなると細かいねえ。まあ、いいよ。お前さんたち、何だか面白そうだし、それに、こんなボロ家、借り手なんざ他にいやしねえからねえ。最初の三ヶ月は、家賃、半額でいいよ。ただし、その代わり、店が繁盛したら、わしに毎日、美味い団子でも持ってきな。それと、夜中に何か出ても、わしは一切知らねえからね。そのつもりでいなよ」
お辰の、ぶっきらぼうだがどこか温かい言葉に、謙信は「ありがとうございます! お辰様! 必ずやこの店を江戸一番の繁盛店にしてみせます! そして、毎日、日本一美味い団子をお届けいたしますぞ!」と、深々と頭を下げた。権左衛門は、「おい栗田、家賃半額はいいが、幽霊はどうするのだ…あと、団子の代金は誰が払うんだ…」と、新たな心配の種を抱え込み、頭痛を悪化させていた。
こうして、幾多の(主に精神的な)困難を乗り越え、謙信たちは、江戸の裏路地に、ささやかな、しかし大きな夢を乗せた拠点を確保することに成功したのであった。
次に待ち受けていたのは、想像を絶する過酷な店舗改装作業であった。「和モダンでインスタ映えし、かつミニマルな空間に、サステナブルな素材を多用し、お客様の五感を刺激するエクスペリエンス・デザインを施し、ローコストオペレーション可能なフレキシブル・レイアウトを実現する」という、謙信の口から発せられる、もはや呪文か暗号としか思えない、意味不明かつ矛盾だらけの指示のもと、相馬藩から急遽呼び寄せられた、腕は確かだが石頭で古風な大工の棟梁・源さん(お春ちゃんの父親である大工の源五郎の、さらに腕の良い弟弟子という、ややこしい設定がいつの間にか追加されていた)と、数名の若い職人たちが、途方に暮れながらも、腕を振るうことになった。
予算は、雀の涙どころか、もはや雀の涙の痕跡すらないほどにカツカツである。そのため、内装材のほとんどは、先の藩内リサイクルオークションで奇跡的に売れ残った古材や、城内で「これはもう使い道がないだろう」と打ち捨てられていた年代物の建具などを、謙信が「宝の山だ!」と叫びながら、文字通り根こそぎ江戸まで運んできたものであった。
壁は、謙信が「これが今、江戸で一番イケてる最新のトレンドです! ミニマル&クール!」と言い張る、漆喰風の真っ白な壁(実際には、ただの安価な白い土を水で溶いて、謙信と目安方の若い衆が、素人仕事でムラだらけに塗りたくったもの)に、床は、長年使い込まれて飴色に変色した古板を、一枚一枚丁寧に磨き上げ、それをパッチワークのように敷き詰め、そこに、謙信が源右衛門と共同開発した(というより、謙信が一方的にデザインし、源右衛門が「こんなもん作れるか!」と激怒しながらも、何とか形にした)相馬焼のモダンな絵付けが施されたタイル(試作品のB級品)を、アクセントとしてランダムに埋め込むという、手作り感と生活感と、そして若干の貧乏臭さが満載ながらも、どこか素朴で、温かみのある、不思議な空間を目指した。
しかし、現場では、予想通り、いや予想を遥かに超えてトラブルが続出した。江戸の気難しい左官屋の親方と、相馬藩から来た田舎大工の源さんが、壁の塗り方一つ、柱の立て方一つで、「江戸の粋なやり方はこうでえ!」「いやいや、相馬の堅実なやり方はこうだべ!」と、方言丸出しで掴み合い寸前の大喧嘩を始めたり、謙信が「お客様の五感を刺激するために、ここに『癒しのせせらぎ(竹筒と小石で作った貧相なもの)』と『マイナスイオン発生装置(ただの炭の塊)』を設置してください!」と、またも訳の分からない横文字で指示を出し、源さんを「あいらんどの次は、せせらぎか!? おめえは一体、ここで何屋を始めるつもりだ! 川魚でも売るんか!」と、本気で激怒させたりと、現場は常に一触即発、いつ爆発してもおかしくない、危険な雰囲気に包まれていた。
権左衛門は、その度に、両者の間、あるいは謙信と職人たちの間に入り、「まあまあ、源さん、江戸の職人さんの言うこともごもっとも。ここは一つ、江戸のやり方で一つ穏便に…」「栗田、お前の理想が高いのは分かるが、もう少し現実と予算と、そして職人さんたちの気持ちも考えろ!第一、その『まいなすいおん』とやらは、どう見てもただの炭だぞ!」と、必死で、本当に必死で仲裁役と通訳(謙信語→江戸職人語)を務めた。彼の胃痛は、江戸に来てからというもの、もはや慢性化し、常に鈍い痛みを伴うようになっていた。それでも彼は、部下たちのために、そして何よりも謙信の暴走を少しでも食い止めるために、けなげに奮闘し続けるのであった。
それでも、数週間にわたる、血と汗と涙と罵声と、そして時折の爆笑が入り混じった悪戦苦闘の末、店舗は何とか、本当に何とか形になった。白く塗られた(ムラだらけの)壁と、磨き上げられた(傷だらけの)古木の温もりが、不思議な調和を見せる店内には、謙信が「これが究極のミニマル・デザインです!」と胸を張る(実際は予算不足でそうなっただけの)シンプルな陳列棚が並び、奥には、小さな上がり框と、これまた古畳を敷き詰めただけの、しかし何故か落ち着ける「おもてなしリラックススペース(試飲・試食コーナー兼お客様無料休憩所兼謙信の昼寝場所)」も設けられた。看板は、藩主・昌胤が、江戸までお忍びでやってきて(そして大騒ぎになった)、自ら「相馬屋」の三文字を、味のある(というか、かなり下手な)筆文字で揮毫してくれたものが、誇らしげに(しかし少し傾いて)掲げられた。その下手な字が、逆に「素朴で良い」「味がある」と、一部の好事家に妙な評判を呼ぶことになるのだが、それはまた別の話である。
商品選定と江戸への輸送もまた、一筋縄では、いや、百筋縄でもいかないほどの困難を極めた。
相馬焼は、謙信が源右衛門と丁々発止、時には取っ組み合い寸前の大喧研を繰り返しながら共同開発した(という名の、謙信が一方的に奇抜なアイデアを出し、源右衛門が「こんなもん、武士の使うもんじゃねえ!だが…面白いかもしれん…」と、ブツブツ文句を言いながらも、何故か徹夜で試作品を作り上げてしまうという、不思議な共同作業)、「モダン&キュート江戸ガールズコレクション」と名付けられた、パステルカラーの釉薬を使った小皿や蕎麦猪口、そして例の「ビジネスマン向け開運招福・昇進間違いなし!黄金の馬絵付け筆立て(純金風塗装)」などが主力商品となった。
間伐材活用プロジェクトによる木工品は、まだ本格的な生産体制には程遠い試作品段階ではあったが、謙信がデザインした、子供向けの可愛らしい動物の組木パズル(何故かカピバラやアルパカといった、江戸時代には存在しない動物のものが多数含まれていた)や、女性向けの繊細で美しい寄木細工のコンパクトな小物入れ(「江戸小町御用達・秘密の恋文入れ」という煽情的なキャッチコピー付き)などが、数点ずつではあるが用意された。
その他、相馬藩の豊かな自然が育んだ、選りすぐりの海の幸(日本海で獲れた極上のスルメイカの一夜干し、磯の香り豊かな最高級焼き海苔、藩主も唸ったという秘伝のタレにじっくり漬け込んだイカの塩辛など)、山の幸(藩主献上米「相馬の誉」、家老たちも奪い合うという幻の天然キノコの塩漬け、三百年の伝統を誇る手作り味噌「相馬秘伝」など)、そして藩が誇る数種類の地酒(キレのある辛口純米「夢幻」、芳醇な香りと旨みが特徴の純米吟醸「相馬誉」、そして何故か謙信が勝手にブレンドして作った「目安方スペシャルブレンド・謎の上善如水(アルコール度数不明)」など)が、藩内の腕利きの商人たちから、半ば強引に、いや、ほとんど恐喝に近い形で(謙信の涙ながらの熱意と、藩主・昌胤の無言の圧力によって)集められ、江戸へと送られることになった。
これらの、藩の命運を賭けた貴重な商品を江戸まで運ぶのは、主に藩の公用の飛脚や、江戸詰めの藩士が定期的に国元へ帰る際の便を利用したが、道中では、荷馬車が雨でぬかるんだ道にはまって立ち往生し、身動きが取れなくなったり、険しい山道で屈強な山賊の一団に襲われかけたり(この時は、用心棒として同行していた結城小平太が、愛刀「村正」を抜き放ち、鬼神のごとき剣技で山賊たちを瞬く間に撃退し、謙信と新兵衛はその勇姿にただただ震え上がっていた)、あるいは単に、運ぶべき荷物が多すぎて、屈強なはずの運び手たちが次々とへばってしまい、謙信自らが先頭に立って荷物を担ぎ、汗だくで峠を越えたりと、スリルとサスペンスと、そして若干のコメディに満ちたトラブルが絶えなかった。
謙信は、その度に、江戸と国元を、まるで風のように何度も往復し、不眠不休で陣頭指揮を執った。その異常なまでの体力と、常識外れの行動力は、もはや人間離れしていると、藩の内外でまことしやかに噂されるようになっていた。
そして、いよいよ、アンテナショップ「相馬屋」の命運を左右する、店舗スタッフの選考と、地獄の(と後に呼ばれることになる)特訓教育である。
店長はもちろん、企画立案者であり、最高責任者であり、そしておそらくは一番のトラブルメーカーである栗田謙信。副店長には、本人は「断じてお断り申す!俺は武士だ!商人の真似事などできるか!」と最後まで頑なに固辞したものの、他に江戸の商いの内情に少しでも詳しい(と思われている)者がいないという、消極的かつ絶望的な理由で、岩田権左衛門が(藩主の厳命と、謙信の涙ながらの懇願、そして酒井忠助の「まあ、権左衛門殿なら大丈夫でしょう、はっはっは」という無責任な太鼓判により、半ば強制的に)就任させられた。
販売員として、相馬藩からは、例の「フラッシュモブもどき大作戦」での大失敗と、その後の意外な展開を経て、少しだけ世慣れし、そして何よりもお春ちゃん(団子屋の看板娘)との文通(謙信が代筆指導)を通じて、女性の扱い(というより、女性に優しくされる喜び)をほんの少しだけ学んだ(かもしれない)田中新兵衛と、剣術だけでなく、謙信の口車に乗せられ、接客術や商売にも何故か興味を示し始めた(と謙信が勝手に思い込んでいるだけで、本人はただ単に江戸の町で美味いものを食い歩きたいだけかもしれない)結城小平太が、期待と不安を胸に派遣された。
さらに、江戸で「急募!相馬藩アンテナショップ『相馬屋』オープニングスタッフ!時給は雀の涙だが、夢と感動とスキルアップは保証します!未経験者大歓迎!笑顔と元気に自信のある方、集まれ!」という、あまりにも怪しげで、かつ労働基準法スレスレ(というより完全にアウト)な求人広告(謙信手書きの、派手な絵と踊るような文字で書かれた立て札)を見て応募してきた、数少ない奇特な人物の中から、お調子者だが機転が利き、江戸っ子特有の人懐っこさと、ちゃっかりした性格を併せ持つ町娘・お駒ちゃん(自称・花の十七歳、ただし実年齢は誰も知らないし、本人も忘れているらしい)が、謙信の独断と偏見による面接(「あなたの夢は何ですか?」「お客様を笑顔にするために、あなたは何ができますか?」といった、暑苦しい質問ばかりだったという)を経て、めでたく採用された。
謙信は、この、およそアンテナショップのスタッフとは思えぬ、武士と町娘の寄せ集め、凸凹カルテットとも言うべきメンバーに対し、開店までの残された数日間、自らが魂を込めて編み出した、門外不出の接客バイブル「相馬屋・究極おもてなし接客マニュアル~お客様の心と財布の紐を同時に鷲掴みにする、感動と爆笑の七十七の秘技奥義~」と題した、あまりにも分厚く、そして内容のほとんどが精神論と根性論と、時々意味不明の横文字で構成されている、謎の手引書を配布し、スパルタ式の、いや、もはや拷問に近いとすら言える、壮絶な接客研修を開始した。
「良いですか、皆さん! お客様は神様です! いや、神様は時々気まぐれですが、お客様は常に絶対! 我々『相馬屋』の崇高なる使命は、単に物を売ることではありません! お客様に、我が相馬中村藩が誇る素晴らしい商品を通じて、感動と、喜びと、そして生涯忘れ得ぬ、珠玉の『おもてなし体験』を提供することなのでございます! そのためには、まず第一に笑顔! どんな時でも、たとえ心の中で号泣し、世界を呪っていても、お客様の前では、常に太陽のような、向日葵のような、満面の笑みを絶やさぬこと! いいですか、口角をあと五ミリ上げて! 目は三日月形に! そう、その感じです! 次に挨拶! お客様の魂の奥底まで届くように、腹の底から、そして全身全霊を込めて『いらっしゃいませ!本日もご来店、誠にありがとうございます!』『ありがとうございました!またのお越しを、スタッフ一同、心より、心の底より、お待ち申し上げております!』と、叫ぶように、いや、もはや祈るように、感謝の言葉を申し上げるのです! そして最も重要なのが商品知識! 我が藩の誇るべき商品の数々、その歴史、製法、特徴、そして何よりも、その商品に込められた作り手の熱い想いと汗と涙の物語を、よどみなく、熱く、情熱的に、そして時には感極まって涙ながらに語り、お客様の『欲しい!』『買わなきゃ損だ!』という購買意欲を、これでもかというほど最大限に刺激し、覚醒させるのです! さらに、忘れてはならないのがクレーム対応! お客様からのいかなる苦情やご不満も、それは神様からの有り難い『改善のヒント』であり『成長の機会』と心得るべし! 誠心誠意、相手が恐縮し、感動で打ち震えるくらい徹底的に謝罪し、そしてお客様の期待を遥かに上回る『神対応』『ネ申対応』で、絶体絶命のピンチを、一発逆転満塁ホームラン級のビッグチャンスへと華麗に変えるのです!」
謙信の、まるで戦場に赴く兵士を鼓舞するかのような、異常なまでの熱血指導は、来る日も来る日も、早朝から深夜まで、容赦なく続けられた。ロールプレイング研修では、謙信が「金は払わんが態度はデカい超絶クレーマーの客」「何も買ってくれない上に店員に説教を垂れる冷やかしの暇人客」「目にも止まらぬ早業で商品を懐に入れる万引き常習犯の客(ただし捕まると逆ギレするタイプ)」など、およそこの世に存在する全てのタイプの「困ったお客様」を、まるで何かが憑依したかのように、完璧に、そして恐ろしいほどリアルに怪演し、新兵衛や小平太、そしてお駒ちゃんは、その凄まじいまでの迫力と、次から次へと繰り出される無理難題に、震え上がり、涙目になり、時には失神しかけながらも、必死で、本当に必死で対応しようと四苦八苦した。権左衛門は、そのあまりの異様な、そして傍から見れば完全にカルト集団の洗脳儀式にしか見えない光景に、「ここは…本当に武家屋敷の一角なのか…? 俺は一体、何の罪で、こんな地獄の責め苦を受けねばならんのだ…?」と、何度も、本気で現実逃避しかけ、故郷の妻子の顔を思い浮かべては、遠い目をするのであった。
そして、ついに、数々の血と汗と涙と、そして大量の胃薬と気付け薬の結晶として、江戸日本橋の片隅に、小さな、しかし大きな夢と希望と、そして一抹の不安を乗せた灯火、「相馬屋~陸奥の至宝、江戸に見参!刮目して待て、江戸百万の民よ!~」が、産声を上げる日がやってきたのであった。
開店初日。店の前には、謙信の指示で、赤、青、黄、緑、紫と、色とりどりの、しかしどこか統一感のない幟旗が、まるで戦国の合戦場のように勇ましくはためき、手作りの、そして若干歪んだ派手な看板が、今にも落ちてきそうな勢いで掲げられ、そして何故か、店の入り口では、江戸の街角で日銭を稼いでいたという、食い詰めた元役者たちで構成された、素人チンドン屋(謙信が「これが最新の江戸のトレンド!『ゲリラ・マーケティング』ですぞ!」と、破格の待遇でスカウトしてきた)が、賑々しくもどこか物悲しい、そして致命的に下手な音楽を、朝から晩まで延々と奏でている。
謙信自身は、もちろん店長として、例の金ピカ星月太陽刺繍入りの、もはや正装なのか仮装なのか判別不能な羽織を颯爽と(本人はそう思っている)身にまとい、竹筒メガホン(先端の朝顔ラッパはさらに巨大化し、風が吹くとブォーブォーと不気味な音を立てる仕様)を片手に、店の前で、まるで大道芸人か何かの如く、声を枯らさんばかりに張り上げて呼び込みをしていた。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 本日ここにグランドオープン! あの相馬中村藩が、藩の総力を挙げ、満を持してお届けする、陸奥の秘宝と、感動と、そして人生を変えるかもしれない体験! 『相馬屋』にようこそ、おいでませ! ここでしか手に入らない、門外不出の逸品珍品の数々! 見るだけ、聞くだけ、冷やかすだけでも大歓迎! ただし、何も買わずにお帰りになるのは、ちょいと、いや、かなり寂しいではございませんか! さあ、勇気を出して、その一歩を中へ! 新しい世界の扉が、今、あなたの目の前で開かれる!」
その、あまりにも奇抜で、胡散臭く、そして何よりも騒々しい店構えと、謙信の、もはや宗教勧誘か何かにしか聞こえない、暑苦しい呼び込みに、道行く江戸っ子たちは、最初は遠巻きに、「何だありゃ?」「また新しい見世物か?」「目安方の旦那、今度は何をしでかしたんだ?」と、興味津々、あるいは嘲笑半分で眺めたり、指を差して笑ったりはするものの、なかなか勇気を出して店の中へ入ろうとはしない。
「く、組長…こ、これ…本当に…本当に今日中にお客様、一人でも来るんでやすかね…? 何だか…遠くから指差されて笑われているだけで、誰も近づいてこないんでやすが…」新兵衛は、開店から一刻(二時間)経っても客が一人も入らない店の惨状に、顔面蒼白になりながら、不安そうに震える声で呟く。
「大丈夫です、新兵衛君! 全て計算通り、想定の範囲内! これも『ティーザー広告戦略』の一環! まずは江戸の皆様の『好奇心』と『興味』を最大限に引きつけ、そして焦らしに焦らした上で、ドカンと起爆剤を投入するのです! 見ていてください、今からが本当の勝負! さらに強力無比な『戦略的販促キャンペーン・フェーズ2』を連続して仕掛け、江戸っ子たちのハートと、そして財布の紐を、根こそぎガッチリと掴んでご覧にいれますぞ!」
謙信は、全く悪びれる様子もなく、むしろ不敵な笑みを浮かべ、すかさず「開店記念!赤字覚悟!店長号泣!涙の大盤振る舞い!怒涛のタイムセール開催!今から半刻(一時間)、なんと全品衝撃の二割引!早い者勝ち!売り切れ御免!」と、メガホンで絶叫し、さらに「店長と真剣勝負!炎のじゃんけん大会!三回勝負で見事店長に勝利したお客様には、なんと!相馬藩が誇る幻の特産干し柿一年分…は、さすがに藩が傾きますので、大盤振るる舞い一袋を、涙ながらにプレゼント!」といった、次から次へと、もはやヤケクソとしか思えない奇抜な企画を、間髪入れずに打ち出した。
その、あまりの必死さと、どこか哀愁すら漂う捨て身のキャンペーンが功を奏したのか、あるいは単にチンドン屋の音楽が下手すぎて、近隣の住民から「うるさくて仕事にならん!一度くらい入ってやるから静かにしろ!」という苦情が殺到した結果なのかは不明だが、少しずつ、本当に少しずつではあるが、物好きな江戸っ子たちが、恐る恐る、あるいは冷やかし半分で、店の中へと足を踏み入れ始めたのであった。
店内では、緊張でガチガチになり、顔を引きつらせ、まるで処刑台にでも向かうかのような悲壮な面持ちの新兵衛と小平太、そして持ち前の愛嬌と江戸っ子気質で、何とか場を繋ごうと必死で笑顔を振りまいているお駒ちゃんが、謙信から地獄の特訓で叩き込まれた「究極おもてなし接客術」を、汗だくになりながら、必死で、本当に必死で実践しようとしていた。
「い、い、いらっしゃいませで、ご、ございまする! こ、こちらの商品は、我が相馬中村藩が誇る、伝統と革新の融合、匠の技が光る逸品、し、新生相馬焼でございます! 丈夫で長持ち、ご飯も三倍美味しく炊ける…かもしれませんし、そうでないかもしれません!」(田中新兵衛、緊張のあまり商品説明が迷走)
「こ、こちらの間伐材を有効活用して作りました、環境にも優しいエコな組木細工の玩具は、お子様の知的好奇心と創造力を育み、将来はノーベル賞…いえ、天下の大将軍にもなれるやもしれぬという、素晴らしい知育効果が期待できる…と、目安方筆頭である栗田組長が、熱く、そして涙ながらに語っておられました! た、多分、そうだったと思います!」(結城小平太、謙信の受け売りを必死で思い出そうとするも、記憶が曖昧)
「へい、らっしゃい! お姐さん、今日も一段とお綺麗だねえ! そんな美人さんには、この相馬藩の秘蔵の地酒『夢幻』なんてどうだい? キリッと冷やして一口飲めば、日頃の憂さも悩みも、みーんな夢の彼方へ飛んでっちまうよ! あたしが保証するからさ、ね、一杯どう? え、仕事中? そりゃ残念だねえ!」(お駒ちゃん、持ち前のフレンドリーさで客に話しかけるも、時々暴走気味)
権左衛門は、そんな彼らの、見ていてハラハラドキドキ、手に汗握る、あまりにもぎこちなく、そして時折、致命的なミスを犯す接客ぶりを、店の隅の帳場(という名の、古びた文机)で胃を押さえ、青い顔をしながら見守り、時折「おい、新兵衛!もっと大きな声で、自信を持って話さんか!」「小平太!背筋をシャンと伸ばさんか!武士の心得はどうした!」「お駒!お客様に馴れ馴れしすぎる上に、勝手に酒を勧めるとは何事だ!後で説教だ!」と、普段の道場での稽古よりも厳しい、鬼のような形相で、小声で、しかし鋭く指示を飛ばしていた。
そんな中、いかにも目利きといった風体の、しかしどこか皮肉屋で意地が悪そうな、小太りの文化人風の男が、店に入ってくると、商品を一つ一つ、まるで虫でも探すかのように手に取り、フンと鼻で笑いながら、周囲に聞こえよがしに辛辣な批評を始めた。
「ふん、これが噂の相馬焼とな? 東北の片田舎作りの、野暮ったく、垢抜けぬ代物よのう。こんなものが、目の肥えた江戸の者共の間で、本当に売れるとでも思うてか。笑止千万」「この木工品も、細工は稚拙で雑だし、使っている木の質も最悪じゃ。江戸の指物師の足元にも到底及ばんな。銭の無駄じゃ、銭の無駄」
そのあまりにも無遠慮で、かつ悪意に満ちた言葉に、新兵衛や小平太は顔を真っ赤にして怒りに震え、お駒ちゃんもムッとした表情を隠せない。権左衛門も、思わず立ち上がりかけたその時、店の奥から、まるで後光でも差したかのように(実際は逆光だっただけだが)、店長の栗田謙信が、満面の、そしてどこか悟りを開いた聖者のような(本人はそう思っている)笑みを浮かべて、すーっとその男の前に進み出た。
「お客様! 本日は、数ある江戸の店の中から、我らが『相馬屋』にご来店いただき、誠に、誠に、ありがとうございます! そしてまた、我らが商品に対する、率直かつ貴重なご意見、痛み入ります! お客様のような、真贋を見抜くお目が高い方にこそ、我が藩の商品の、見た目だけでは決して分からない、奥深い真の価値と、そこに込められた作り手の熱い魂を、ぜひともご理解いただきたいと、切に願っております! どうか、こちらの当店自慢の相馬焼でお茶を一杯、そしてこちらの手触りの良い組木パズルを、ほんの少しだけでもお試しいただけませんか? 見た目だけでは分からない、その手触り、温もり、そして何よりも、我が藩の職人たちの、愚直なまでの誠実な魂が、そこには確かに、確かに込められておりますので!」
謙信の、あまりにも低姿勢で、どこまでも謙虚で、かつ異常なまでの熱意のこもった、まるで説法のような対応に、文化人風の男は一瞬たじろいだが、結局、謙信の巧みな話術と、有無を言わさぬ不思議なオーラに巻き込まれ、店の奥の「おもてなしリラックススペース」へと案内され、そこで相馬藩特産の極上煎茶と、素朴だが味わい深い手作り菓子(謙信が昨夜、徹夜で試作したもの)を、延々と振る舞われる羽目になった。そして、一時間後、すっかり謙信のペースに取り込まれ、何故か一番安い、しかし一番かさばる干し柿の大袋を、「これは…なかなか…その…滋味深い…」などと呟きながら買わされて、店の外へと送り出されていった。その疲れ果てた背中に、謙信は「ありがとうございましたー! お客様のまたのお越しを、スタッフ一同、心より、心の底より、首を長ーくして、お待ち申し上げておりますー!」と、いつまでも、いつまでも深々と頭を下げていた。権左衛門は、その光景を見ながら、「あいつは…もしかしたら、本当に神か仏の化身なのかもしれん…あるいは、ただのたちの悪い詐欺師か…」と、本気で混乱していた。
開店初日は、まさに嵐のような、いや、もはやハリケーンと大地震と雷が同時に襲来したかのような、壮絶な一日であった。
朝一番で並べたはずの人気商品(謙信が目玉商品と位置付けていた、モダンな絵付けの相馬焼の小皿セット)は、開店後わずか半刻で、江戸の流行に敏感な若い女性たちの一団にあっという間に買い占められ、その後、「品切れとはどういうことだ!わざわざ日本橋まで来たのに!田舎者はこれだから困る!」と、別のお客様から大目玉を食らって大騒ぎになったり、輸送中に一部破損していたことが発覚した、藩主・昌胤が絵付けしたという貴重な(しかし下手な)相馬焼の大壺を、謙信がお客様の目の前で、まるで歌舞伎役者のように派手に土下座せんばかりに平謝りし、そのあまりの必死さに、逆に客が恐縮して許してくれたり、昼の休憩時、店の裏でこっそり握り飯を頬張っていた田中新兵衛の懐から、商品であるはずの、藩で一番高価な最高級干し柿(桐箱入り)がポロリと落ち、それを目撃した権左衛門に「貴様ー!つまみ食いかー!」と鬼のような形相で問い詰められ、「ち、違います!これは…その…お客様にお出しする前に、毒味を…いや、味見を…その…品質管理の一環で…」と、顔を真っ赤にしてしどろもどろに言い訳し、結局、その日の給金から天引きされることになったり、さらには、どこからどう見ても怪しい風体の、浪人風の屈強な男が、店で一番高価な地酒「相馬誉・純米大吟醸」の大きな一升瓶を、目にも止まらぬ早業で懐に入れ、代金も払わずに韋駄天走りで逃げ出そうとするのを、用心棒として控えていた結城小平太が、持ち前の神速の剣術の心得(と、大運動会で鍛え上げられた驚異的な脚力)で瞬く間に追いかけ、店の前で、まるで時代劇のクライマックスシーンのような、派手な捕物帳を繰り広げたり(結局、その男は、小平太の竹刀の一撃で気絶し、権左衛門の雷のような厳しい説教と、謙信の「彼もきっと、生活に困窮し、止むに止まれぬ事情があったのでしょう…これも何かのご縁、武士の情けです」という、あまりにも甘すぎる言葉と共に、売れ残りの干し芋と古漬けの小分けを持たされて、すごすごと帰ってしまい、後日、権左衛門から「お前はどれだけお人好しなのだ!盗人にも施しをする気か!」と、こっぴどく大目玉を食らった)と、息つく暇もないほど、トラブルとハプニングと、そして時折の小さな奇跡の連続であった。
しかし、そんな壮絶なドタバタの中でも、謙信と、新兵衛、小平太、お駒ちゃん、そして権左衛門ら「チーム相馬屋」のメンバーたちは、必死で、そして何よりも、不思議と楽しそうに、生き生きと働いていた。彼らの、どこかぎこちないが、ひたむきで誠実な姿と、相馬藩の、決して洗練されてはいないが、素朴で、実直で、そして作り手の温かい心が込められた商品は、少しずつ、本当に少しずつではあるが、目の肥えた、そして人情に厚い江戸の人々の心に、何か温かいものを残し始めていた。
夕刻、ついに閉店時間を迎え、疲れ果てて、店の床に、まるで打ち上げられた魚のようにへたり込む謙信たちの元へ、大家のお辰が、いつものように杖を突きながら、ひょっこりと顔を出した。
「へっへっへ。お侍様がた、それに威勢のいい娘さん。なかなかどうして、大した賑わいじゃったじゃねえか。こりゃあ、本当に、この古家に福の神の幽霊でも取り憑いたかねえ。まあ、明日も怪我なんかしねえように、せいぜい頑張りなよ」
そう言って、お辰は、何も言わずに、売れ残っていた相馬焼の、一番地味で、一番安そうな湯呑みを一つ、黙って買って帰っていった。その、ぶっきらぼうだが、どこか孫を見守るような優しい眼差しに、謙信は、何故だか胸の奥がジーンと熱くなるのを感じた。
相馬屋の評判は、良い意味でも、そして悪い意味でも、江戸八百八町の隅々にまで、少しずつ、しかし確実に広まり始めていた。特に、謙信が毎日、店の軒先で、飽きもせず、懲りもせず、全力で繰り広げる「店長オンステージ・スペシャルパフォーマンス(相馬藩のど自慢民謡を、腹の底から、しかし致命的に音程を外して熱唱したり、手作りの、絵は下手だが妙に迫力のある紙芝居で、相馬藩の特産品の誕生秘話や、藩主・昌胤の隠れた美談(主に捏造)を、涙ながらに語ったり、時には、来店したお客様の悩み相談にまで、親身に、しかしトンチンカンなアドバイスで乗ったりする)」は、一部の物好きな江戸っ子たちの間で、カルト的な、いや、もはや宗教的なまでの人気を博し、「日本橋の目安方様」「歩く目安箱」「相馬屋の珍獣(褒め言葉)」などと、様々な、ありがたいような、ありがたくないようなあだ名で呼ばれるようになっていた。
また、謙信が、前世の記憶を頼りにデザインし、源右衛門が苦虫を噛み潰しながらも形にした、モダンで可愛らしい絵付けが施された相馬焼の小皿やコーヒーカップ(もちろん当時はそんなものはないので、取っ手付きの湯呑みとして売られた)は、江戸の流行に敏感な若い女性たちの間で、「あら、これ、何だか素敵じゃない?」「新しいけど、どこか懐かしい感じがするわね」「お武家様の考えることって、時々面白いわね」と、口コミでじわじわと評判となり、少しずつではあるが、確実に売上げを伸ばし始めた。間伐材で作った、カピバラやアルパカといった、江戸の子供たちにとっては見たこともない、しかし何故か愛らしい動物の組木パズルや、手のひらサイズの木の置物も、子供への珍しい土産物として、あるいは大人の癒しグッズとして、意外な人気が出た。
しかし、課題もまた、エベレストのように高く、マリアナ海溝のように深く、山積していた。遠く陸奥の相馬藩からの、商品の安定的な供給は、輸送手段の未熟さや、生産量の限界もあって、常に困難を極め、人気商品はすぐに品切れを起こし、お客様からの苦情とため息が絶えない。江戸での人件費(お駒ちゃんの時給と、新兵衛・小平太へのささやかな手当)や、破格とはいえ決して安くはない家賃は、容赦なく店の経営を圧迫し、薄利多売ではなかなか思うように利益が出ない。そして何よりも、日の本最大の巨大市場、江戸という、百戦錬磨の猛者たちがひしめく戦場で、「相馬屋」という、生まれたばかりの、名もなき小さな店の存在を、どうやって確固たるものとして認知させ、生き残っていくのか。それは、謙信にとって、これまでのどんな改革よりも困難で、そしてやりがいのある挑戦であった。
ある夜、閉店後の薄暗い店内で、一人、山のような帳簿と格闘し、眉間に深い皺を刻んでいた謙信の元へ、いつものように、岩田権左衛門が、徳利と猪口、そして簡素な肴(焼きおにぎりと沢庵)を持って、静かにやってきた。
「栗田、少しは休め。お前が不眠不休で働いて、もし倒れでもしたら、この店は、いや、目安方は、そして相馬藩は、一体どうなるのだ。元も子もないとは、まさにこのことだぞ」
「権左衛門殿…かたじけない。ありがとうございます。しかし、まだまだ課題が山積で…このままでは、国元で待つ藩主様や酒井様、そして何よりも、あの鬼の渋沢勘定奉行様に、合わせる顔がございませぬ…」謙信は、疲れ果てた顔で、弱音を吐いた。
「まあ、そう焦るな。お前が、この大江戸で、これだけの店を構え、日々奮闘しているだけでも、それはもう、大したもんだと、この俺は思うぞ。それに、見ろ。田中新兵衛も、結城小平太も、ここへ来てからというもの、顔つきも態度も、まるで別人のように逞しく、そして頼もしくなったではないか。江戸の町娘のお駒も、お調子者で口は悪いが、根は真面目でよく働いてくれる。お前には、そういう…何というか、人を惹きつけ、そして知らず知らずのうちに成長させる、不思議な力があるんだろうよ」
権左衛門は、ぶっきらぼうに、しかしどこか温かい目でそう言うと、謙信の持つ、欠けた相馬焼の湯呑みに、なみなみと酒を注いだ。
「『お客様は神様です』、と、お前は来る日も来る日も、まるで念仏のように唱えているがな。この大江戸に来て、そのお前の言葉の意味が、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけだが、分かったような気がするよ。江戸のお客様という神様は、時に優しく、時に気まぐれで、時に理不尽で、そして時に、とんでもなく厳しい試練を、我々のような田舎者に容赦なく与えてくる。だが、それに真正面から、誠心誠意向き合っていれば、いつかきっと、必ずや、道は開けるのかもしれんな。そう思わねば、やってられんわな、こんな商売」
珍しく、そして驚くほど殊勝なことを言う権左衛門に、謙信は一瞬、目を丸くしたが、すぐに、疲れも吹き飛ぶような、満開の向日葵のような笑顔で、力強く破顔一笑した。
「権左衛門殿…! まさに、まさにその通りでございます! 我らが『相馬屋』の戦いは、まだ緒に就いたばかり! この大江戸という、巨大にして魅力的な市場で必ずや成功を収め、我が相馬中村藩の財政を、V字、いや、UFOのように天高く回復させ、そして、いつの日か、あの鬼の渋沢勘定奉行様をギャフンと言わせてご覧にいれるその日まで、この栗田謙信、我が魂の全てを賭けて、『おもてなし道』の究極を、とことんまで突き進む所存でございます!」
謙信は、湯呑みを高々と掲げ、夜の静かな江戸の町並みを見下ろした。その瞳には、これまでの数々の困難を乗り越えてきた者だけが持つ、揺るぎない自信と、そして未来への限りない希望の光が、まるで満月のように、力強く、そして明るく輝いていた。
「江戸での成功なくして、我が藩の輝かしい未来はあり得ません! この『相馬屋』を、日の本一の、いや、いずれは世界をも席巻する、伝説のアンテナショップへと育て上げてご覧にいれますぞ! そのためにはまず、明日の新商品の目玉として、『カピバラさん組木パズル・江戸限定バージョン』の企画書を…!」
その夜、日本橋の片隅で、小さな店の窓から漏れる灯りが、いつまでも、いつまでも、こうこうと夜空を照らしていたという。相馬中村藩の、そして稀代のトリックスター・栗田謙信の、波乱万丈、抱腹絶倒、そして時々ちょっぴり感動の、江戸での新たな挑戦の物語は、まだ、本当に始まったばかりなのである。
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