第十話(第二部最終話):KAIZENの魂よ、江戸の空へ!~謙信流未来塾、日の本を照らす!?そして伝説へ…(きっと!)~
幕府の役人・水野内記忠清が再び相馬中村藩をお忍びで訪れ、栗田謙信にもたらした「内々の打診」。
それは、謙信の類稀なる「KAIZEN」の才を一藩の枠を超え、日の本全体の公益のために活用する道を探りたいという幕府上層部の一部の意向を伝えるものであった。
その言葉は、謙信の心に大きな、そして複雑な波紋を広げていた。
相馬中村藩への深い愛着。苦楽を共にしてきた権左衛門や目安方の仲間たちとのかけがえのない絆。
そして何よりも、自らが種を蒔き、ようやく藩内で少しずつ確実に芽を出し始めた「教育改革」という未来への大きな夢への責任感。
それら全てが、彼の心を強く引き留めようとする。
しかし同時に、より大きな舞台で自らの信じる「KAIZEN」の力を試し、もっと多くの広範囲の人々の「お客様(神様)」の笑顔を創り出す。
この日の本全体をほんの少しでも良くしたいという、抑えきれない純粋な情熱もまた、彼の心の奥底で活火山のように熱く激しく燃え盛っていたのだ。
「うーむ…これは拙者の人生における最大の、そして最も困難な『KAIZEN選択』かもしれませんな…藩に残るか、それとも江戸へ、いや日の本というさらに大きなKAIZENの荒波へとその身を投じるか…」
目安方執務室で一人、窓の外のどこまでも青く澄み渡った秋空を眺めながら、謙信は珍しく深いため息と共にそう呟いた。
その顔にはいつものような自信満々の笑みはなく、代わりに深い思索とほんの少しの迷いの色が浮かんでいた。
そんな謙信のこれまでにないほどの葛藤と苦悩を、誰よりも敏感に察していたのは、やはり長年彼に振り回され続ける。
その胃袋をもはや修復不可能なレベルまでズタズタにされながらも、常にその傍らで文句を言いながらも彼を支え続けてきた岩田権左衛門であった。
「…栗田よ。お前が一体何をそんなに、らしくもなく思い悩んでおるのか、この俺には正直なところ見当もつかん。どうせまた、常識では考えられない、そして俺の胃にこれ以上ないほど悪いことでも真剣な顔で考えておるのであろうが…」
権左衛門は、いつものようにぶっきらぼうな口調で、しかしその目には深い懸念の色を浮かべて謙信を見つめた。そして、意を決したように続ける。
「まあ、一つだけ、この際だからはっきりと言っておく。もし、お前が、この、どうしようもないほど居心地の良くなってしまった相馬の地を離れ、もっと大きな、もっと面倒くさい場所へ行くというのなら、この俺も…まあ、仕方ねえからな。どこまでも、それこそ、あの世の果て、いや、地獄の釜の底までも、お前にとことんまで付き合ってやらんでもない」
権左衛門は、そこで一旦言葉を切り、ふんと鼻を鳴らしてから、しかしその声には隠しきれない真剣さを込めて付け加えた。
「ただし!江戸での、馬鹿みたいに高くて、そして全く効き目のない胃薬代だけは、絶対に幕府持ちにしてもらうからな!それだけは、この岩田権左衛門、断じて譲れんぞ!」
権左衛門は、憎まれ口をこれでもかと叩きながらも、その言葉の奥には、栗田謙信という、どうしようもないが見捨てられない男への、どこまでも深く、そして不器用なまでの変わらぬサポートの意志が、確かに、そして力強く込められていた。
謙信は、そのあまりにも権左衛門らしい何よりも温かい言葉に、またしても目頭がじわりと熱くなるのを感じていた。
藩主・相馬昌胤もまた、謙信の心の揺らぎをその鋭敏な感性で察していたのかもしれない。
彼はある日謙信を自らの居室へと珍しく酒も肴も用意せずに呼び出し、大きな瞳の奥には大きな期待とほんの少しの寂しさを滲ませながら、まるで諭すかのように語った。
「栗田よ。わしはお主があの嵐の夜にどこからともなく、まるで天からの遣いかあるいはただの酔っ払いのようにこの相馬中村藩にやって来てくれて本当に良かったと心の底から思っておる。お主のおかげで長年退屈で先の全く見えなかった我が藩はまるで生まれ変わったかのように見違えるほど生き生きとし、そして何よりもこのわし自身が毎日腹を抱えて笑い転げ明日が来るのがこんなにも楽しみで仕方がないほど面白く刺激的なものになった」
謙信の顔を見つめる。
「…お主はもはやこの相馬中村藩というちっぽけな浅い池の中だけでは到底泳ぎきれぬ、大きな天をも衝くかのような力強い龍なのかもしれんな…。もしお主がより大きな果てしない空へ、そしてより広くどこまでも深い海へとそのKAIZENの翼を広げて羽ばたきたいとそう心の底から願うのなら、このわしは決してそれを止めはせぬ。むしろ心からの惜しみないエールを送ろうぞ。ただしこれだけはゆめゆめ忘れるでないぞ栗田。いつでもどんな時でもこの相馬中村藩がお前の、そしていつも胃を痛めている権左衛門の帰るべき温かいかけがえのない大切な故郷であることを、ゆめゆめ忘れるでないぞ…」
昌胤の、藩主としての、そして一人の人間としてのどこまでも温かく海のように懐の深い、そして何よりも心のこもった言葉に、栗田謙信はもはや堪えきれずその場でまるで子供のように声を上げて男泣きに泣き崩れたのであった。
そんな栗田謙信の心が大きな困難な決断へとゆっくりとしかし確実に傾き始めていたまさにその最中。
江戸のあの有力版元「江戸書林堂」の主人・松葉屋総右衛門から、相馬藩江戸屋敷を通じて栗田謙信宛に一通の極めて丁重な、その内容はこれまでのどんな申し出よりも驚くべき、そして謙信の運命をさらに大きく劇的に変えるかもしれない途方もない提案が記された書状が届けられた。
それは先般江戸の知識人や教育関係者の間で大きな話題となった相馬中村藩のあまりにもユニークで効果絶大(と噂される)教育メソッドと、そして何よりもあの「ちびっこKAIZEN学習成果発表会」での子供たちの生き生きとした感動的な姿に、版元の松葉屋自身が心の底から深く感銘を受けていた。
「ぜひともその素晴らしい未来への希望に満ちた教育の成果と、そしてその根底にある栗田謙信殿の革新的で何よりも人間味あふれる教育理念を、江戸の、いやこの日の本中のより多くの全ての子供たちの未来を真剣に願う人々に知っていただくためのまたとない機会を、我が江戸書林堂がその全ての財力と人脈と出版にかける情熱を賭けて全面的に後援し総合的に演出する形で大々的に華々しく開催してはくれまいか。具体的には江戸のそれも多くの人々が身分や貧富に関わらず気軽に集まることができるような場所で、『江戸出開帳!相馬流KAIZEN未来塾~子供たちの無限の可能性と太陽のような笑顔がこの国をそして世界の未来を明るく力強く変える!~』と銘打った数日間にわたるこれまでにないほど大規模な、そして何よりも『心温まる』催しを開き、そこで相馬中村藩の未来を担う子供たちにその素晴らしいKAIZENの成果と大きな夢を思う存分発表していただきたい。そしてもちろん栗田謙信殿にはその『KAIZEN未来塾』の輝かしい塾長として、そして時代の寵児教育界の英雄として、その熱き熱きKAIZEN教育論を江戸の民に、そしてあわよくば幕府のお歴々にも高らかに感動的にご披露いただきたい」という、まさに破格の、そして謙信にとっては渡りに船、いやもはや宇宙戦艦ヤマトとしか言いようのない夢のようなあまりにもタイミングの良すぎる申し出であった。
謙信は、そのあまりにも出来すぎた、そして運命的としか思えない書状を読むなり、それまでのほんの僅かな悩みや葛藤が、まるで春の雪解け水のように、あるいは夏の夜空に咲いた花火のように、あっという間に綺麗さっぱりと吹き飛んでしまったかのようであった。その大きな目を、これまでにないほど、それこそ百万ワットの電球のようにキラキラと輝かせ、拳を固く握りしめると、天を仰いで高らかに叫んだ。
「これだ!これこそが天が、いや、この日の本に生きる全ての、そして未来を担う子供たちという名の『お客様(神様)』が、この栗田謙信に与えてくださった最高の、そして最もエキサイティングで、何よりも『KAIZENのし甲斐のある』究極のミッション!」
謙信は、まるで目の前にその輝かしい未来が見えているかのように、熱っぽく続ける。
「我が、そして愛すべき相馬中村藩のKAIZEN教育の、その揺るぎない真価を、日の本の中枢、花の都・大江戸のど真ん中で、天下に、そして未来に、高らかに、そして感動的に問い、そのあまりの素晴らしさを、これでもかと、嫌というほど証明する、またとない、これ以上ないほどの絶好の機会!そして、これは、あの水野内記様からの、極めて重要かつデリケートな『内々の打診』に対する、この栗田謙信からの、最も明確で、最も力強く、そして最も情熱的な『KAIZEN的回答』ともなるはず!」
その言葉には、もはや一片の迷いもなく、彼のKAIZEN魂が、江戸という大舞台で炸裂することへの揺るぎない確信だけが満ち溢れていた。傍らでその様子を見ていた権左衛門は、またしても始まった上司の暴走に、深々とため息をつき、そっと懐の胃薬に手を伸ばす。
しかし、そんな権左衛門の心労などどこ吹く風、謙信は松葉屋総右衛門の書状を力強く握りしめると、決然とした表情で宣言した。
「やりますぞ!やらせていただきますぞ、松葉屋総右衛門様!この栗田謙信、必ずや、必ずや、この『KAIZEN未来塾』を、空前の、そして日本の歴史に、いや、世界の歴史に燦然と輝き続けるであろう伝説的な大成功へと導き、そして江戸の、いや、この日の本の教育界に、革命的な、そして感動のKAIZENの嵐を、情熱的に、そして美しく巻き起こしてご覧にいれます!」
こうして、栗田謙信のその心の中にあった、ほんの僅かな、しかし無視できないほどの迷いは、完全に、そして跡形もなく消え去った。彼の、そして相馬中村藩の、さらには白河藩の、そしてもしかしたら、この日の本全体の運命を、大きく、そして劇的に左右するかもしれない、壮大なる「江戸出開帳!相馬流KAIZEN未来塾~子供たちの笑顔が日本を変える!~」の開催が、ここに電光石火の速さで、そして栗田謙信の、いつもの、そして手に負えないほどの独断と偏見と、ほんの少しの、しかし致命的な勘違いによって、即断即決されたのであった。
岩田権左衛門は、そのあまりにも急な無謀な、そして何よりもまたしても自分の胃袋にこれ以上ないほどの負担を強いるであろう決定に、またしてもいつものように頭を抱えそして懐の胃薬の残量を涙目で確認するのであったが、もはやこの一度走り出したら誰にもそれこそ神仏にさえも止めることのできない規格外の上司(のはずだがもはやどちらが上でどちらが下なのか彼自身にもよく分からなくなってきていた)の暴走を止めることなど到底不可能であることを心の底から絶望的に悟っていた。
「江戸出開帳!相馬流KAIZEN未来塾~子供たちの笑顔が日本を変える!~」の準備は、栗田謙信を総監督兼総合プロデューサー兼メイン司会兼時々雑用係兼カリスマ塾長(自称)とし、岩田権左衛門(もちろんその全ての無茶ぶりの尻拭い担当兼全てのクレーム対応担当兼全ての予算管理担当兼全ての胃薬常備及び服用担当)。
そして目安方の若きエース田中新兵衛(主に相馬藩から参加する子供たちの引率責任者と膨大な量のそしてほとんどが謙信の落書きに近い手作り資料の作成及び運搬担当、そして何よりもお春ちゃんへの江戸での活躍を伝えるための感動的な手紙書き担当)。
結城小平太(会場全体の警備責任者と子供たちのための安全かつ楽しい武術体験コーナーの企画運営担当、そして何故か謙信の強い要望でカピバラの可愛らしい(と謙信だけが信じている)着ぐるみショーのメインアクター担当も半ば強制的に兼務させられることになった)。
さらには江戸でのこの一大イベントの華々しい成功のためには絶対に欠かすことのできない強力なプロデュース能力と、そして何よりも江戸っ子ならではのその卓越した広報宣伝活動そして子供たちの心を一瞬にして鷲掴みにする太陽のような明るさとカリスマ性を併せ持つあの江戸っ子町娘お駒ちゃん(彼女はこの「未来塾」の噂を聞きつけ「面白そうじゃないか!江戸のことはこのお駒様に任せときな!あたしにも一枚いや十枚くらい噛ませな!」と江戸の「相馬屋」の店番を何故か臨時で手伝いに来ていた大家のお辰っつぁんに半ば強引に有無を言わさず押し付け嵐のように目をキラキラと輝かせながら駆けつけてきていた)。
彼、彼女らが中心となり、まさに不眠不休電光石火七転八倒そして時々爆笑の凄まじい勢いで進められた。
会場は、江戸で多くの人々が身分や貧富の差に関わらず日常的に気軽に集まることができる、あの有名な浅草寺。その広大な境内の一角を、浅草寺の貫主様から特別な、まさに異例中の異例の許可を得て、奇跡的に借り上げることができた。
(貫主様は、実は謙信が以前江戸城への言上の際に振る舞った「かぴばらハッピーどら焼き」の隠れた大ファンであったという、まことしやかな噂もある。もちろん、その許可の裏には、栗田謙信の例の神仏さえも丸め込むと噂される「おもてなしKAIZEN交渉術」と、ほんの少しの効果絶大な袖の下…いや、真心からの大量の「お布施」、さらには今後浅草寺の境内で「KAIZENかぴばら饅頭」を独占販売する権利を約束するという、何とも胡散臭い密約があったとか、なかったとか…)
こうして確保された会場で、数日間にわたる、これまでにないほど大規模な、そして何よりも「参加する全ての人々が主役となれる」体験型のイベントとして、その詳細な内容が次から次へと、それこそ湯水のように企画されていった。
相馬中村藩からは、藩校「明倫館」と領内各地の寺子屋の生徒代表たちが選ばれた。彼らは、先の「ちびっこKAIZEN学習成果発表会」で特に心に残る素晴らしい発表をし、何よりもその小さな胸の内に熱く燃える「KAIZEN魂」を秘めた子供たちだった。(男女合わせて総勢十名ほど。もちろん、あの鬼の渋沢勘定奉行の目に入れても痛くないほど可愛い孫娘・小夜ちゃんや、先の事件で隠居した元筆頭家老・大和田常政のこれまた利発な孫(男の子)も、謙信の強い、若干政治的な意図を含んだ推薦により、その輝かしい代表メンバーの中にしっかりと、かつちゃっかりと含まれていた。)
選ばれた子供たちは、目をこれまでにないほどキラキラと輝かせながら、大きな期待と心地よい緊張感を胸に、保護者や教師たちに見送られ、江戸へとその小さな、しかし希望に満ちた足でやって来た。
彼らは江戸に着いてからも、栗田謙信や、目安方の今や兄や姉のような存在となった若い衆たちから、あの江戸城での栗田謙信の伝説のプレゼンテーションにも匹敵するほどの熱く厳しい指導(しかし、その厳しさの中にも常に温かい愛情とほんの少しのユーモアが込められていた)を受けた。
そして、自分たちの言葉で日々のささやかな尊い学びや小さな素晴らしいKAIZEN活動の成果、何よりも未来への大きな夢を、江戸の、そして日の本の多くの大人たちを前に堂々と感動的に発表するための、最後の最も重要な練習に、必死で、そして心の底から楽しそうに励んでいたのであった。
そしてついに「江戸出開帳!相馬流KAIZEN未来塾~子供たちの無限の可能性と太陽のような笑顔がこの国をそして世界の未来を明るく力強く変える!~」の輝かしい歴史的な初日の幕が、秋晴れのどこまでも高く青く澄み渡った江戸の空の下華々しく高らかに上がった。
浅草寺の境内にはこの日のために特設された大きな手作り感満載だがどこか温かみのある野外ステージと、そして様々な見るだけでもワクワクするような体験型の展示ブースや親子で楽しめるワークショップコーナーが所狭しと設けられた。
朝早くからその噂をどこからか聞きつけた江戸の知識人進取の気性に富む商人教育熱心な私塾の先生、そして何よりも我が子の未来を誰よりも案じ期待する多くの親たちが、それこそ黒山の人だかりいやもはやこの世の全ての人間がここに集結したのではないかと思われるほどの人の津波のように怒涛の勢いで大挙して押し寄せていた。
そのあまりの人の多さと熱気に会場整理にあたっていた目安方の若い衆や臨時で雇われた江戸の町火消したちは嬉しい悲鳴を上げながらも額に汗して目を回しながら対応に追われていた。
そしてその雑踏の中にはお忍びでしかしその鋭い眼光だけは隠しようもなく明らかに何かを探るような値踏みするかのような視察に来ている諸藩の藩主やあるいはその腹心の重臣、そして幕府のいかめしい顔つきの役人たちの姿もそこかしこにまるで隠れん坊でもしているかのようにしかしバレバレの雰囲気でちらほらと見受けられたのであった。
発表会の内容はまさに圧巻そして感動の連続であった。
いよいよ相馬中村藩からやって来た「ちびっこKAIZEN戦士」たちの発表が始まった。
日に焼けた快活な少年・太一は仲間たち数名と共に手作りの大きな漁網の模型と様々な魚の絵が描かれた板を持って登壇した。少し緊張した面持ちだったが深呼吸一つすると張りのある声で話し始めた。
はい、承知いたしました。少年・太一の長いセリフを、地の文を挟むなどして分割し、読みやすく修正します。
日に焼けた快活な少年・太一は、仲間たち数名と共に、手作りの大きな漁網の模型と、様々な魚の絵が描かれた板を持って登壇した。少し緊張した面持ちだったが、深呼吸一つすると、張りのある声で話し始めた。
「おらたち、相馬の浜の者だ!今日はおらたちがやった『網仕事KAIZEN』について話すべ!」
太一はまず、以前の浜の状況を説明した。
「以前はよ、破れた網を直すのに、古株の漁師の爺さんたちが、勘と経験だけで時間も手間もかかってやってたんだ。若い衆は、見て覚えろって言われるだけでなかなか上手くならねえ。それに、どんな魚がたくさん獲れるかは、その日の運次第だったんだ」
そこで、彼らは目安方の栗田先生(謙信のこと。子供たちは何故かそう呼んでいた)から「KAIZEN」を教わり、事態は変わり始めたという。太一は少し得意げに続ける。
「そこで、おらたちは、栗田先生から教わった『KAIZEN』で考えた!まず、網の破れやすい場所を、みんなで絵図に書き出して『見える化』したんだ。そしたら、いつも同じような所が破れてるって分かった」
太一は、次にどうしたかを、身振りを交えて熱っぽく語る。
「次に、どうしてそこが破れるのか『なぜなぜ分析』をしてみた。網の引き方か?岩に引っかかるのか?それとも、もしかして…海の化け物か!?」
会場から笑いが起こると、太一はにっこりして続けた。
「色々調べて、網の編み方や、引き上げる時の角度を少し変えるだけで、破れにくくなる『KAIZEN策』を見つけたんだ!それから、栗田先生に教わった『データ収集』もやった。毎日、どんな魚が、どこで、どれだけ獲れたか、記録をつけ始めたんだ。そしたら、潮の流れや月の満ち欠けで、獲れる魚が変わってくるのが、だんだん分かってきた!」
太一は、胸を張って成果を報告する。
「今では、若い漁師の兄ちゃんたちも、おらたちの作った『漁場予測KAIZENマップ』を見て、大漁間違いなし!って喜んでる!網の修理も早くなってみんな笑顔だ!」
最後に、太一は力強く宣言した。
「おらたちのKAIZENは、まだ始まったばっかりだ!もっともっとKAIZENして、相馬の浜を、日本一の豊かな浜にしてみせるぞ!ご清聴、ありがとうございました!」
太一たちの何よりも自分たちの手で村を良くしようという熱意に満ちた発表に会場からは大きな拍手と「たいしたもんだ!」「相馬の子供はしっかりしてる!」といった声が上がった。
続いて舞台に上がったのは山間の冬には深い雪に閉ざされるという小さな村の寺子屋からやって来た年の頃八つほどの少しはにかみ屋だがその澄んだ瞳には利発な光を宿す少女お静であった。
彼女は数人の村の子供たちと共に手には自分たちで作ったという村の冬の暮らしを描いた大きな絵巻物と何やら小さなカラクリが仕込まれた家の模型を抱えている。
「こ、こんにちは!わ、わたくしたちは相馬藩の山の中の冬にはこーんなに雪が積もる(と両手を大きく広げてジェスチャーする)さむーい村からやってまいりました!今日はわたくしたちが目安方の栗田先生(子供たちはいつの間にか謙信のことを親しみを込めてそう呼んでいた)に教えていただいた『KAIZEN』で村の冬の暮らしをちょっぴりちょっぴりだけ良くしたお話をさせていただきます!」
お静は最初は緊張で声が震えていたが舞台袖で力強く頷く謙信の姿と会場からの温かい眼差しに勇気づけられたのか次第に落ち着きを取り戻しはっきりとした声で話し始めた。
「わたくしたちの村の冬は本当に長くてそして厳しいのでございます。雪が深すぎて家から出るのも一苦労。子供たちは外で遊ぶこともできず家の中でただただ春を待つばかりでした。それに冬の間は新鮮な野菜も手に入りにくく保存食ばかりの毎日で病気になる人も多かったのです」
お静は絵巻物の一場面を広げそこには雪に閉ざされた家の中で退屈そうにしている子供たちや寒さに震えるお年寄りの姿が素朴だがリアルなタッチで描かれていた。会場からは思わず同情のため息が漏れる。
「そこでわたくしたちは栗田先生の『KAIZENヒント』を元に『雪国ハッピーKAIZEN大作戦!』を考えました!まず一つ目は『あったか雪ん子カマクラ・秘密基地プロジェクト』です!家の周りに積もった雪を利用してみんなで力を合わせて大きな大きなカマクラを作るのです!そしてそのカマクラの中に小さな囲炉裏を作りそこで、おじいちゃんやおばあちゃんから昔話を聞いたりあるいはみんなで持ち寄った本を読んだり手習いをしたりするのです!カマクラの中は雪のおかげで風も通さず意外と温かくそして何よりも自分たちだけの秘密基地みたいでとっても楽しいのです!」
お静が家の模型の横に小さなカマクラの模型を置くと子供たちから「わー!楽しそう!」という歓声が上がる。
「二つ目は『冬野菜KAIZEN!雪の下で甘くなる魔法』です!村のお年寄りから雪の下で冬を越した大根や白菜は寒さで甘みが増してとっても美味しくなるという知恵を教えてもらいました。そこで秋に収穫した野菜の一部を特別な方法で雪の中に埋めて保存し冬の間もみずみずしくて甘い野菜を食べられるように工夫しました!これで冬の間の食事も少しだけ豊かになり風邪も引きにくくなったような気がします!」
実際に雪の下で保存されたという丸々と太った大根の絵が描かれた板が掲げられると会場の主婦たちから「まあそれは良い知恵だねえ」という感嘆の声が上がった。
「そして三つ目は『雪上KAIZEN五輪!~寒さを笑い飛ばせ!~』です!謙信先生が相馬藩でやったという『大運動会』の話を聞いてわたくしたちも雪の中でできる楽しい遊びをたくさん考えました!例えば『カピバラ型ソリ引き競争』や『雪だるまKAIZEN発表会』、『雪合戦・戦略的陣取り』などです!これなら冬の間も思いっきり体を動かして遊べるし村のみんなの心もポカポカと温かくなります!」
お静たちのその具体的で何よりも厳しい自然環境の中で子供たち自身が知恵と工夫を凝らし日々の暮らしを少しでも楽しく豊かにしようとする健気で力強い姿に会場は先程の太一たちの発表とはまた質の異なる深い感動に包まれた。多くの人々がその小さな挑戦者たちに惜しみない心からの温かい拍手を送っていた。
三番手に登場したのは城下町にほど近い比較的裕福な武家や商人の子供たちが多く通う格式高いと評判の寺子屋(以前は「鬼婆先生」と恐れられた老女が師匠をしていたが謙信の「褒めて褒めて褒めまくれKAIZEN作戦」により今では「仏のお梅先生」と評判になっている)の代表年の頃十一歳ほどのいかにも利発そうでちょっぴり悪戯っぽさをその瞳に宿した少年賢太郎であった。
彼は数名の仲間と共に何やら複雑なカラクリが施された大きな江戸の町のジオラマ模型を自信満々の表情で舞台の中央に据え付けた。
「へい!お待ちどうさまでした!日本一の未来都市江戸の皆さん!あっしたちは相馬中村藩が誇るKAIZEN英才教育の総本山(とうちの栗田先生だけは信じている)『明進塾(寺子屋の名前もいつの間にかKAIZENされていた)』からやって来た未来の江戸をデザインするKAIZEN特攻野郎Aチームでござんす!今日はあっしたちが寝る間も惜しんでそして時々栗田先生のあの…奇妙なKAIZEN夜食(カピバラ饅頭入り味噌煮込みうどんとか)に耐えながら考え抜いた『未来の江戸・超絶安心安全快適エコKAIZEN都市計画・バージョン2.11』についてちょいとばかし江戸っ子も真っ青になるような景気の良い発表をさせてもらいやすぜ!よっ!日本一!」
賢太郎のそのあまりにも大人びた小気味の良い啖呵とどこかあの栗田謙信の口上を彷彿とさせるような自信満々の態度に会場からはどっと大きな笑いと「待ってました!」と言わんばかりの期待の拍手が巻き起こる。
「まず今のこの素晴らしい江戸の町が抱える喫緊の看過できない問題点!それは何と言ってもあの江戸の華とまで言われしかし一旦起これば全てを焼き尽くす恐ろしき『火事』!そして隅田川をはじめとする川々のその…正直あまり綺麗とは言えない『水の汚れ』!さらには日の出と共に始まるあの日本橋のそして主要な街道のもはや風物詩と化してしまった絶望的なまでの『交通大渋滞』でござんす!これらを放置していてはいくら江戸が日の本一の大都市だと言っても真の『お客様(江戸庶民)満足度ナンバーワン都市』には未来永劫なれやしませんぜ!そこで、あっしたちKAIZEN特攻野郎Aチームが知恵と勇気とほんの少しの悪戯心と大量のカピバラ愛を込めて考案した未来の江戸を救う奇跡のKAIZEN三本の矢はこれだ!」
賢太郎がそう言ってジオラマ模型の何やら怪しげなスイッチを自信満々にポンと押すと、模型の中のこれまでゴチャゴチャとしていた道がまるで生きているかのようにスルスルと動き出し小さな人や馬そして駕籠などのミニチュアが以前とは比べ物にならないほどスムーズに効率的にまるで美しいシンクロナイズドスイミングでも見るかのように流れていく様子が見事に再現された。会場からは思わず「おおーっ!」という驚嘆と興奮の声が上がる。
「まず第一の矢!『交通渋滞撲滅!江戸KAIZENハイウェイ構想』!主要な街道の道幅を思い切って今の倍に広げ時間帯による一方通行規制を大胆に導入!さらに全ての辻という辻には目安方のあの…田中新兵衛先生や結城小平太先生のような若くてイケメンでそして何よりもKAIZEN魂に燃えるお侍様方を『KAIZEN交通整理奉行(手には赤と青のピカピカ光るカピバラ型誘導灯を装備!)』として配置し交通の流れを24時間体制で完璧にスマートにコントロール!これで朝のあの絶望的なまでの大渋滞は嘘のように一気に解消!物流もこれまでの三倍いや五倍のスピードで超絶スピードアップ!その結果江戸の経済効果はなんと年間百万両いやもしかしたら一千万両(もちろんその数字の根拠は賢太郎のその時の気分と謙信先生からのほんの少しの効果絶大な入れ知恵だけであったが、まあ子供の夢と希望はいつだって青天井なのだ)も夢じゃない!」
「そして第二の矢!『火事恐るるに足らず!江戸KAIZEN防火不死鳥シティプラン』!各町内に雨水を効率的に溜めていつでも大量に再利用できる巨大な『KAIZEN地下貯水タンク(見た目はただの大きな肥溜めにしか見えないかもしれないがその効果は絶大!)』と、そして子供たちがカピバラ算術ドリルで学んだテコの原理を応用し少ない力でしかし驚くほどの勢いで大量の水を放出できる『超強力KAIZEN人力ドラゴンポンプ(もちろんポンプの先端は勇壮な龍の頭の形をしている!)』をこれでもかと設置!さらに全ての家々の屋根は燃えにくい見た目も美しい特殊な瓦葺き(相馬焼の技術を応用したKAIZEN耐火瓦!)にすることを義務付け、そして家と家の間には延焼を防ぐための分厚い『KAIZEN防火壁(これもまた相馬藩特産の燃えにくい特殊な土壁に白河藩の漆喰技術を融合させたまさに陸奥の二つの星の結晶!)』を必ず必ず設置!これであの江戸の町を何度も焼き尽くしてきた恐ろしき火事の恐怖からも完全に未来永劫おさらばでござんす!」
はい、承知いたしました。ご提示の賢太郎のセリフ「そして最後の最も重要な第三の矢!…」の部分を、内容の要点を保ちつつ、より短くまとめます。
賢太郎は自信満々に、未来の江戸を救うKAIZEN三本の矢の最後を語り始めた。
「そして最も重要な第三の矢!それは『隅田川きらめきKAIZEN!江戸アクア・パラダイス計画』でございます!まず、各家庭や商家から出る生活排水は、町内ごとに設置した『KAIZEN自然循環型・超高性能浄化槽』を通し、隅田川を蘇らせます!この浄化槽には、炭や砂利に加え、謙信先生が蝦夷地から持ち帰った(持ち帰っていない)という、水を綺麗にする不思議な力を持つ謎の巨大昆布や、カピバラのフン(本当は牛のフン)を乾燥させて作ったという、これまた怪しげな活性炭がぎっしりと詰まっているとか、いないとか!」
賢太郎は、さらに声を張り上げ、計画の核心に触れる。
「さらに、川底に長年堆積し、悪臭と汚染の原因となっているあの忌まわしきヘドロは、定期的に、そして効率的に『KAIZENハイパー浚渫船』で根こそぎ徹底的に取り除きます!この船もまた、子供たちが地元の船大工の知恵を借りながら、水車の力と、そして何故かカピバラの愛くるしい顔を動力源として(嘘つけ!)、独自に設計し手作りしたという、小型で小回りの利く、しかし驚くべきパワーを秘めた船なのでございます!」
そして、計画のもう一つの目玉を、得意げに発表した。
「そしてなんと、その厄介者でしかなかったはずのヘドロは、これまた謙信先生直伝の謎のKAIZEN発酵技術によって、近郊の農村で喉から手が出るほど欲しがられる『超高級KAIZEN有機肥料』へと華麗なる大変身!これを農村へ格安で、あるいは物々交換で販売することで、新たな歳入源まで確保いたします!これぞまさに一石二鳥、いや三鳥、もはや数え切れないほどの鳥が江戸の空を喜び勇んで乱舞する、究極の感動のエコKAIZENなのでございます!」
賢太郎たちのそのあまりにも具体的で子供ならではの常識にとらわれない柔軟なそして時に大人顔負けの鋭い発想に満ち溢れた壮大なる「未来江戸KAIZEN都市計画」は、会場にいた多くの本当に多くの江戸の大人たちを心底から唸らせ深く感心させた。特に幕府の都市計画や治水事業を担当する役人たちはそのいくつかのあまりにも斬新で意外なほど実現可能性の高そうなアイデアに真剣な驚嘆の表情で必死にメモを取っていたという。
発表の最後賢太郎はニカッとまるで小さな栗田謙信がそこにいるかのような悪戯っぽく自信に満ちた笑みを浮かべそしてこう高らかに締めくくった。
賢太郎は、自信満々の笑みを浮かべ、一呼吸置くと、さらに威勢良く続けた。
「まあ、こんな感じで、あっしたちKAIZEN特攻野郎Aチームの、江戸を、いや、日の本を、そしていつかは世界を救うKAIZENは、まだまだ、まだまだ始まったばっかりでござんす!いつか、この江戸の町を、いや、この日の本全体を、もっともっと面白く、もっともっと住みやすく、そして何よりも、そこに生きる全ての、全ての人々が、心からの、太陽のような笑顔で一杯の、そんな最高の場所に、必ずや、必ずやしてみせやすんで!」
そこで賢太郎は、会場の旦那衆やべっぴんの姐さん方に、悪戯っぽくウィンクしてみせる。
「ですから、そこにいる旦那方、そしてべっぴんの姐さん方、どうぞ、どうぞ、首を長ーくして、そしてお財布の紐をユルユルにして、楽しみに、楽しみに待ってておくんなせえ!」
そして最後に、ちゃっかりと、しかしどこか憎めない表情で、こう付け加えた。
「そして、もし、万が一にも、この、あっしたちの、あまりにも壮大で素晴らしい計画に、心の底から賛同してくれるっていう、奇特な、そして何よりも金払いの良い、太っ腹なお大尽様が、この会場のどこかにいらっしゃいましたら、そちらの、目安方の旦那が、またしても勝手に設置した『未来へのKAIZEN投資・目安箱(大口歓迎!匿名可!領収書は出ません!)』に、どーんと、それこそ蔵が傾くほどのご寄付を、何卒、何卒よろしくお願いいたしやすぜ!あっしたちの、そしてこの国の、輝かしい夢の実現のためにね!へへっ!まいどありー!」
そのあまりにも子供らしからぬどこまでも抜け目のないしかし何故か憎めない聞いているだけで元気が出てくるような素晴らしい締めの一言に会場は再びこれまでにないほどの大きな大きな笑いと温かい温かい万雷の拍手に包まれたのであった。
栗田謙信自身もまた「KAIZEN教育の炎のカリスマ伝道師(といつの間にか江戸のそして全国の瓦版屋が面白半分でしかしどこか本気でそう勝手に命名しその名はもはや一人歩きを始めていた)」として満を持して割れんばかりの拍手と歓声の中ステージに颯爽と(しかしその足取りは何故かほんの少しだけおぼつかなかったがそれはおそらく連日の徹夜と極度の緊張と興奮のせいであろうと権左衛門だけが密かに気づいていた)登壇した。
栗田謙信自身もまた、「KAIZEN教育の、炎のカリスマ伝道師(と、いつの間にか江戸の瓦版屋が勝手に命名し、その名は一人歩きを始めていた)」として、満を持して、割れんばかりの拍手と歓声の中、ステージに颯爽と(しかし、その足取りは何故かほんの少しおぼつかなかったが、それは連日の徹夜と極度の緊張と興奮のせいであろうと、権左衛門だけが密かに気づいていた)登壇した。
彼が語り始めたのは、「子供たちの、そのまだ見ぬ無限に広がる可能性という名のかけがえのない宝の山を最大限に、効果的に引き出し、そして彼らが自らの素晴らしい頭で考え、自らの熱く燃える心で感じ、自らの逞しい足で未来という名の希望に満ちた大地へと力強く高らかに歩み出していく、その何物にも代えがたい『生きる力』そのものを、愛情と情熱とほんの少しのユーモアとKAIZENで育む」という、彼が信じる教育の神髄についてであった。
「これぞまさに21世紀の、いや未来永劫のスタンダードとなるべき奇跡の、感動のKAIZEN教育メソッドの、その驚くべき神髄!」
謙信はいつものように、いや、今日はその会場の熱気に当てられたのか、あるいはただ単にいつも以上にネジが数本緩んでいたのか、輪をかけて暑苦しく熱弁をふるった。
その言葉は、何故か聞いているだけでこちらの涙腺までが緩み、魂が心の奥底から激しく震えるほど、そして人生観すらも変わってしまうかもしれないほどの説得力があった。空前絶後の、そしておそらくは歴史に残るであろうその熱弁は、それこそ一刻(二時間)ぶっ通しで続いたのである。
(途中、権左衛門が何度か「栗田、もういい加減にしろ!お客様が飽きているぞ!」と、小声で必死で制止しようとしたが、完全にゾーンに入ってしまった謙信の耳には、もはや馬の耳に念仏、糠に釘、カピバラに算盤であった。)
会場内に特設された「相馬屋名物!KAIZEN体験ワールド」では、「君もカピバラ算術マスターになれる!驚異の九九暗唱KAIZENドリル・タイムアタックチャレンジコーナー(もちろん参加賞はカピバラ饅頭詰め放題!)」や、「江戸の未来は君の手に!目安方特製・KAIZENかるた(読み札はもちろん『KAIZENは一日にして成らずされど千里の道もKAIZENの一歩から!』『お客様はやっぱりどう考えてもいつだってどこだってそしてどんな時だって絶対に絶対に未来永劫神様なのでございます!』など謙信のありがたいようなどうでもいいような名言(迷言)集。
そして取り札の絵はもちろん全てあの、一度見たら忘れられない強烈なインパクトを持つカピバラの様々な愛らしい(と謙信は信じている)イラストで埋め尽くされている)』光速早取りデスマッチ大会(優勝者には純金製カピバラ像…の代わりに謙信直筆サイン入りカピバラ手ぬぐいを贈呈!)」、「親子で挑戦!夢と希望の未来江戸KAIZENデザインコンテスト(優秀作品は目安方が責任を持って幕府のあの土岐頼房様に直接熱意を込めて提言しその実現を強く強く働きかけます!たぶん!きっと!おそらくは!)」といったユニークで奇抜でそして何よりも参加するだけで大人も子供も誰もが心の底から楽しめる参加型の体験企画もまた、江戸の好奇心旺盛な子供たちとその教育熱心な親たちから爆発的なそれこそ社会現象を引き起こしかねないほどの熱狂的なまでの大人気を博した。
江戸っ子町娘のお駒ちゃんがその持ち前の太陽のような明るさと誰からも好かれる気風の良さ、そして何よりも子供たちの心を一瞬にして鷲掴みにする天性のカリスマ性とリーダーシップを遺憾なく発揮し、会場のそれこそ何百人もの腕白な子供たちをまるで手練れの羊飼いが羊の群れを導くかのように巧みに楽しげにまとめ上げ、そして会場全体をこれ以上ないほどの笑いと歓声と熱気でこれでもかと盛り上げる。
田中新兵衛と結城小平太もまた最初は、そのあまりの人の多さと子供たちの予測不能なエネルギーにただただ戸惑い右往左往するばかりであったが、子供たちのその純粋で一点の曇りもない笑顔と学ぶことへのキラキラとした真剣な眼差しに日々触れるうちに、いつしか運営スタッフとしてのその重要な役割を心の底から楽しみ大きな誇りを持って果たしていたのであった。
そして、この「未来塾」の、そのあまりの、そして信じられないほどの噂を、どこからか風のように聞きつけた人物がいた。奥州白河藩の、あの聡明にして熱血漢の藩主・松平忠昭公である。忠昭公は、立花左近に対し、「ぜひとも、我が白河藩の、ささやかながらも確実なKAIZENの成果も、この機会に、江戸の民に、そして何よりも幕府のお歴々に、力強くアピールしてまいれ!そして、相馬の栗田殿との、その熱き友情の絆を、さらに、さらに深めてくるのだ!」という熱き特命(と、大量の白河藩自慢の薬草を使った試供品、そして左近が徹夜で書き上げたという『白河藩KAIZENレポート・ダイジェスト版』)を授けた。
その特命を帯び、はるばる奥州白河の地から、友情とKAIZEN魂を胸に、応援に駆けつけてくれたのが、あのクールで知的なエリート藩士・立花左近であった。
彼もまた、自藩のあの奇跡の薬草園再生プロジェクトで、試行錯誤の末に開発に成功したという、様々な驚くべき効能を秘めた品々を、惜しげもなく、そして自信満々に引っ提げて登場した。例えば、「KAIZENハーブティー(飲むと、何故か頭がシャキーンとスッキリし、KAIZENの素晴らしいアイデアが、それこそ泉のように、いや、もはや火山のように湧いて出てくるとか、こないとか…)」や、「お肌つるつるすべすべ!奇跡の若返り!健康薬草石鹸(これを使うと、何故か不思議とカピバラのように、誰からも愛され、モテモテになるという、恐るべき、そして魅惑的な副作用の噂も、一部ではまことしやかに囁かれているとか…?)」などである。
左近は、会場の一角に「みちのくKAIZENハーブ&ビューティー無料体験教室」を急遽、華々しく特設した。(講師はもちろん、イケメンにして博識、誠実な人柄で、江戸の奥様方に絶大な人気を博した立花左近先生!ただし、時折背後から、あの白河藩が誇る謎の薬草師・薬師寺玄庵先生の、何やら不気味な、そして効果絶大な(かもしれない)遠隔指導と念力が飛んでくるという、戦慄の噂もあったが…)
さらには、「あなたの、その頑固な肩こりも、腰痛も、そして心の悩みも、全てまとめてKAIZEN!健康お悩み無料相談ヒーリングコーナー」なども設け、これがまた、江戸の、健康と、そして何よりも美容に関心の高い多くの奥方衆や、あるいは体のどこかに長年の深刻な不調を抱える多くのご隠居衆などから、驚くべき、そして熱狂的なまでの大好評を博したのであった。
会場では相馬藩の子供たちとそして白河藩からやって来た(立花左近がこれまた謙信の真似をして無理やり数名連れてきていた)子供たちが何の垣根もなくごく自然に心の底から楽しそうに交流し、互いの「KAIZEN」について目をキラキラと輝かせながら学び合うそんなどこまでも微笑ましく未来への大きな希望を感じさせる光景もあちこちで見られた。
このもはや社会現象いや歴史的事件とすら呼べるかもしれない前代未聞にして空前絶後そして何よりも「KAIZEN」に満ち溢れた「江戸出開帳!相馬流KAIZEN未来塾」の、そのあまりの熱狂と想像を遥かに超える大成功の様子は、江戸中のそれこそ全ての瓦版屋がまるで狂ったようにそれこそ号外を雨霰のようにいやもはやマシンガンのように乱発し、連日連夜それこそ他のどんな大事件やスキャンダルよりも優先して全ての紙面を使い果たさんばかりの勢いでトップ記事として大々的にセンセーショナルに報じられた。
「陸奥相馬藩に恐るべきそしてこの国のいや世界の未来を根底から劇的に変えるかもしれない奇跡のKAIZEN教育あり!その謎に満ちた神のごときカリスマ指導者・栗田謙信はまさにこの混迷の時代の一筋の光明を差す先覚者、教育界のいやもはやKAIZEN界のニューヒーローいやもはや生き神様歩くパワースポットKAIZENの神そのものなり!」と、栗田謙信の名声は江戸八百八町にいやもはや日の本全土にそれこそ雷鳴のように轟き渡るのであった。
他の多くの様々な深刻な問題を抱える藩々から相馬中村藩に対しその画期的な教育改革の具体的な指導を求める切実な涙ながらの声や、あるいはこの際いっそのことあの謎のしかし何やら凄そうな「みちのく応援団(仮)」にぜひともぜひとも加盟させていただき共にて手を取り合ってKAIZENの輝かしい希望に満ちた道を歩みたいという熱烈な感動的な共同プロジェクトの申し出が、それこそ引く手数多いやもはや目安方執務室のその小さな文机の上には収まりきれないほど殺到するというまさに驚天動地そして笑いが止まらない(主に謙信だけが)事態となったのであった。
「未来塾」のそのあまりの熱狂と想像を遥かにいやもはや宇宙の彼方まで超える空前絶後の大成功の興奮がまだ江戸の町にまるで熱病のようにあるいは心地よい二日酔いのように冷めやらぬまさにその数日後のことであった。
ついに相馬中村藩に幕府のそれも最高意思決定機関である老中首座あの切れ者にして新しいものへの理解も深くそして何よりも先の江戸城での謙信のプレゼンテーションとその後の「かぴばらハッピーどら焼き」の味に個人的に密かにいたく感銘を受けていたという噂もある、土岐頼房その人の名で、正式なこれまでにないほど厳粛なそして何よりも藩のいや謙信個人の運命を根底から劇的に左右するであろう重大な使者が数名のいずれも屈強でいかめしい顔つきの供侍を伴い到着した。
その使者が、藩主・相馬昌胤と、今やこの国の教育界、いやKAIZEN界の時の寵児となりつつあった栗田謙信に対し、評定の間の居並ぶ全ての家臣たちの前で恭しく口上を述べた。その一言一句に絶対的な重みと幕府の揺るぎない権威を込めて伝えられた「お召し」の内容は、まさに青天の霹靂であった。それは、日本の歴史を良くも悪くも劇的に、そしておそらくは面白おかしく塗り替えるかもしれない、前代未聞にして超弩級の破格と言えるものであった。
その使者が、藩主・相馬昌胤と栗田謙信に対し、評定の間の居並ぶ全ての家臣たちの前で恭しく、そして幕府の揺るぎない権威を込めて伝えた「お召し」の内容は、以下の通りであった。
「目安方筆頭・栗田謙信殿。その常識では到底測りきれない、神仏の領域にすら達するやもしれぬ類稀なる才覚と、そして他にこの日の本広しといえども、いや世界中を探してもおそらくは例を見ないであろう、まさに神業のごときKAIZENの手腕。特に、この国のかけがえのない未来を担うべき次代の人財育成における、そのあまりにも斬新な、革命的な手法と、江戸の酸いも甘いも知り尽くした民をも一瞬にして熱狂の渦に巻き込んだ驚くべき輝かしい実績の数々、誠に見事であると、我ら幕閣一同も、深く、そして心の底から感服いたしておりまする」
使者はそこで一呼吸置き、さらに言葉を続ける。
「つきましては、今後そなたには、この幕府直属の、そして新たに創設される『日の本教育大改革断行及び全国諸藩藩政KAIZEN刷新・特命最高御用掛(その権限は、老中首座であるこの土岐頼房直属とする、まさに前代未聞、破格中の破格の特命職)』にご就任いただき、その、我々のちっぽけな想像力などでは到底及びもつかない比類なき知恵と、そしておそらくは前世からのものとしか思えぬ無限にして深遠なる経験を、存分に振るっていただきたく存じます」
そして、その新たな役職の具体的な任務について、使者は厳粛に告げた。
「その任は、この日の本全国の全ての藩の学制大改革、そして喫緊の最重要課題である産業の大振興、さらには、そこに生きる全ての民の日々の暮らしの安寧と安定、そして何よりも、これからの輝かしい日の本をその双肩に担うべき、全ての若き、無限の可能性を秘めた才能の発掘と育成のために、いかなる常識や、いかなる前例、いかなる抵抗勢力にも一切囚われることなく、大胆不敵に、そしてKAIZENの限りを尽くしていただくこと。至急、江戸表へご出府願いたい」
最後に、待遇と、そしてもう一人の召し出しについて触れた。
「就任の暁には、当座の役料として金子百両を、幕府より特別に支給いたす。また、年間の俸禄としては百五十俵を、破格の待遇をもってお与えする。なお、その用務に必要な、ありとあらゆる諸経費につきましては、別途、遠慮なく申し付くように。そして…栗田殿の抑え役として、話に聞く相馬中村藩目安方次席・岩田権左衛門殿についても、ご一緒にご出府願うところである」
使者からの、あまりにも破格にして途方もない「お召し」の内容が、栗田謙信の(いつものように暑苦しい)快諾の言葉と共に評定の間に響き渡り、藩主・相馬昌胤が「うむ!さすがは我がKAIZEN侍!日の本をKAIZENしてまいれ!」などと無責任に目を輝かせている一方で、城代家老・酒井忠助は、その場に立ち尽くしたまま、そっとこめかみを押さえていた。
(…特命最高御用掛…日の本教育大改革…全国諸藩藩政KAIZEN刷新…年俸百五十俵に役料百両…)
酒井の脳裏で、幕府の使者が読み上げた言葉が、まるで壊れたからくりのように何度も繰り返される。その一つ一つが、およそ陸奥の小藩の、元足軽上がりの目安方筆頭に与えられるには、あまりにも不釣り合いで、現実離れしているとしか思えなかった。
(幕府は…一体、栗田殿の何を、どこまで理解しておられるというのだ…?)
酒井は、栗田謙信という男の、常識では測りきれない能力と、時に奇跡的とも思える成果を上げてきたその手腕を、誰よりも間近で見てきた一人である。目安箱の設置、藩士大運動会、疫病対策、そして江戸の「相馬屋」…。そのどれもが、型破りな発想と、周囲を強引に巻き込む行動力、そして何よりも「お客様は神様です」という、あの独特の信念に支えられていた。
しかし、それらは常に、この相馬中村藩という、ある意味で閉鎖的で、そして藩主・昌胤の寛大さという特殊な土壌があってこそ、かろうじて成り立ってきたものではないのか。あの、意味不明の横文字の羅列、カピバラをこよなく愛する奇行、そして何よりも、その知識の源泉である「前世の記憶」とやら…。
(幕府のお歴々は、まさか、あの「KAIZEN未来塾」で子供たちが見せた輝きや、「かぴばらハッピーどら焼き」の美味さだけで、栗田殿を万能の改革者とでもお思いなのではあるまいな…?あの男の「KAIZEN」は、確かに時に神がかり的な成果を生む。しかし、その過程には、岩田権左衛門の、もはや限界を超えた胃痛と、周囲の者たちの、筆舌に尽くしがたい混乱と、そして何よりも、数え切れぬほどの、紙一重の幸運が常に伴っておるのだぞ…)
酒井は、ふう、と誰にも気づかれぬよう、深く、そして重いため息をついた。
その脳裏には、江戸城の、あの厳粛な大広間で、居並ぶ幕府の重臣たちを前に、例の金ピカKAIZEN羽織を翻し、巨大な絵巻物を広げ、腹話術人形「ゴンちゃん」を片手に、「お客様(将軍様)は神様です!日の本丸ごとKAIZENいたしましょうぞ!」などと、いつもの調子で熱弁をふるうであろう栗田謙信の姿が、あまりにも鮮明に、そしてありありと浮かんでいた。
(…幕府は、大きな、そして取り返しのつかない勘違いをしておられるのではないか…?あの男は、確かに稀代の逸材やもしれぬ。じゃが、それは劇薬にも等しい。扱いを誤れば、日の本全体を、とんでもない混乱に陥れかねん…)
酒井忠助の心には、栗田謙信という規格外の男への期待と、それ以上に、その予測不能な未来に対する、深い、深い憂慮の念が、まるで暗雲のように立ち込めていたのであった。
これは栗田謙信という一介のそれも元足軽上がりのどこから来たのかも分からぬ男へのこれ以上ないほどの日本の歴史上おそらくは前例のないほどの大抜擢であると同時に、彼がこれまでただひたすらに愚直なまでにこの小さな貧しい相馬中村藩で行ってきたあの暑苦しいまでの「KAIZEN」の取り組みの全てが、ついに幕府から公にそして何よりも最大限の計り知れないほどの評価と期待を込めて認められたことを何よりも雄弁に劇的に物語っていたのであった。
このあまりにも壮大で責任重大な、そして何よりも一歩間違えば自らの命すらもそしてもしかしたらこの国の運命すらもあっけなく無残に危うくしかねないとてつもない「お召し」に対し、藩内は再びいやこれまでにないほどの驚天動地阿鼻叫喚そして喜びと不安と期待とほんの少しの無視できない嫉妬とがまるでハリケーンのように入り混じったカオスなカオスな大騒ぎとなる。
栗田謙信は藩主・相馬昌胤とそして苦楽をそして多くの筆舌に尽くしがたいほどの胃痛を共にしてきたかけがえのない盟友・岩田権左衛門や目安方の今や家族同然の誰よりも信頼できる愛すべき仲間たち、さらには彼を信じ支え時にはその常軌を逸した奇行に腹を抱えて笑い転げながらもしかし常に温かく見守ってくれた全ての相馬中村藩の領民たちの未来への熱き想いを、その大きなどこまでも純粋な胸の奥底に深く永遠に刻み込み、ついにこの国の歴史における最も大きな最も重要なそして何よりもエキサイティングな決断を、静かにしかしその瞳には一点の曇りもない鋼のような強い意志を宿らせて力強く下すのであった。
「拙者栗田謙信!このあまりにも未熟で何の取り柄もなく、ただただKAIZEN魂だけは誰にも負けないと信じているこの身ではございますが、この愛すべき我が第二のいやもはや真の故郷とも言うべき相馬中村藩で学び育てていただいた、この熱く激しく燃えるKAIZEN魂の全てを、今度はこの日の本という、どこまでも大きく、どこまでも尊いお客様(神様)とそして、そこに生きる全ての未来輝く子供たちのかけがえのない太陽のような笑顔と希望に満ち溢れた素晴らしい未来のために、心の底からの誇りを持って捧げる覚悟でございます!必ずやこの日の本中を希望と勇気と、そして何よりも愛と笑顔とKAIZENの光で隅から隅までそれこそ銀河の果てのそのまた果てまでこれでもかと満たしてみせますぞ!」
藩を挙げてのそれは盛大な送別会が三日三晩にわたり盛大に賑々しく開かれる。
藩主・相馬昌胤は「栗田よ、そして権左衛門よ、達者でそして思う存分行ってこい!そしてこの日の本中に相馬の、いやお前たちのそのどこまでも暑苦しいほどの、しかし何故か憎めないKAIZENの風を思う存分、そして遠慮なくこれでもかと吹かせてこい!だが、これだけはゆめゆめ忘れるでないぞ。いつでもどんな時でもこの相馬中村藩が、お前たちの帰るべき心安らぐかけがえのない大切な故郷であることを、ゆめゆめ忘れるでないぞ!」と涙ながらに(しかしその瞳の奥はどこかこれから始まるであろうさらなる大騒動への期待でキラキラと輝いていたような気もするが)そして力強く二人の背中を思いっきり容赦なく押すのであった。
栗田謙信は岩田権左衛門と共に、多くの心からの愛と感謝とほんの少しのいやかなりの心配と不安に満ちた人々に見送られながら、希望と不安とそして何よりも尽きることのないさらにパワーアップしたKAIZEN魂をその熱き胸に抱きしめ、新たなさらに大きくそしておそらくはさらに困難でしかし何よりもエキサイティングな戦いの舞台花の都・大江戸へと再び高らかに旅立つのであった。
権左衛門は出発前に「仕方ねえなあ…もうどうにでもなれ…ただし江戸での新しい住まいは、せめてもう少し日当たりが良く、隣近所が静かで、そして何よりも貴様のあの聞いているだけで頭がおかしくなりそうな奇声が、近隣住民に、そして幕府のお歴々に響き渡らないような、完璧な防音設備のしっかりとした、できれば広い庭と温泉でも付いているような、そういう少しはマシなところを幕府にきっちりと断固として、それこそ切腹も辞さぬ覚悟で要求しろよ!それと俺のこのもはや限界を超えてボロボロになった胃袋のための、最高級の胃薬代だけは絶対に未来永劫幕府持ちにしてもらうからな!それだけは何があっても譲れんぞ!」と山のような、それこそ富士山よりも高くエベレストよりも険しいほどの量の胃薬と、ほんの少しの無視できないほどの期待と、そして大部分のもはや諦観に近い絶望をその大きな懐にこれでもかと詰め込んで、今回もまた否応なく涙ながらに、どこかもうどうにでもなれという自暴自棄な表情で語った。
江戸に到着した栗田謙信を待ち受けていたのは老中首座のこれまでにないほど真剣な期待に熱く燃えるような眼差しでの、そしてこれ以上ないほどの驚きと想像を絶するほど複雑怪奇で魑魅魍魎がそれこそそこら中に跋扈し、利権と陰謀がまるで闇鍋のようにあるいは地獄絵図のように渦巻く幕府中枢という「究極のそして最も困難でしかし最も最もKAIZENのし甲斐のある最高にして最強のお客様(神様)」であった。
彼にその場でそして有無を言わさぬ断ることの許されない形で与えられた最初のそしてあまりにも重すぎる任務は、例えば「長年幕府内でもそのあまりの救いようのないほどの腐敗と絶望的なまでの化石のような硬直化でもはや誰もそれこそ神仏でさえも手をつけられず持て余されてきたとある日の本を代表する巨大な権威だけは無駄に高い教育機関の抜本的な多くのそれこそ血の雨が降ることも厭わぬほどの徹底的な容赦のない意識改革と奇跡の感動の運営KAIZEN」。
あるいは「財政破綻寸前で領民の不満はもはやいつ爆発してもおかしくないほど危険なレベルに達し一揆すらももはや時間の問題と江戸中のいや日の本中の噂好きの間でまことしやかに囁かれるまさにいつどこで誰が爆発してもおかしくない極めて不穏な空気に包まれているとあるしかし幕府にとってはその存亡に関わるほど極めて重要な天領の、そこに生きる全ての民の心からの涙ながらの信頼回復と誰もがそれこそ神様でさえも不可能だととっくの昔に諦めていた奇跡の感動のそして何よりもKAIZENに満ち溢れた経済再生」。
といったこれまでの、ある意味では牧歌的でどこかほんの少しだけ微笑ましい(主に岩田権左衛門にとっては全く微塵もそして金輪際そうではなかったが)相馬中村藩でのあの数々の愛すべき騒動の数々が、まるで子供の可愛らしい無邪気な砂遊びのように、あるいは春の日のうららかな陽気の中での平和な昼寝のように、霞んで見えるほどの超弩級の、そしてまさに国家のいやこの日の本のそしてもしかしたら世界の存亡を賭けたあまりにも困難なあまりにも重すぎる難題のオンパレードであった。
そして、そのあまりにも華々しい異例中の超弩級の異例の大抜擢のその輝かしい光の背後には、栗田謙信のそのあまりにも急すぎる常識外れの多くの人々の長年守り通してきた既得権益を容赦なく無慈悲に脅かす。
その危険極まりない出世とそしてそのあまりにも型破りで予測不能な常識というものをまるで親の仇か何かのようにことごとく、徹底的に無視したやり方を心の底から本気で快く思わず、彼の一日も早い失脚を虎視眈々と蛇のように執念深く、何よりも粘着質に狙う幕府内の巨大で強力なそして何よりも恐ろしい鉄壁の保守勢力。
あるいは彼のそのあまりにも効果的すぎる恐るべき「KAIZEN」が自らの藩のあるいは自らの長年にわたり巧妙に築き上げてきた、決して手放したくない既得権益を無残にも根こそぎ跡形もなく脅かすことを心の底から本気で恐れる、他の腹黒い抜け目のない有力大名たちの見えざるしかし確実に執拗にどこまでも陰湿に存在する妨害や巧妙な卑劣極まりない陰謀の、黒くどこまでも不気味な底なし沼のような影がチラリとしかし確実に容赦なく何よりも粘着質に忍び寄るのであった。
「ふっふっふ…これはこれまさしくKAIZENのこれ以上ないほどの最高の究極のし甲斐があるというもの!お客様は我々に最高の最もエキサイティングでそしてそれを乗り越えた時のあの何物にも代えがたい筆舌に尽くしがたいほどの感動がそれこそ宇宙規模で計り知れないほどの試練と、そしてそれを見事このKAIZEN魂で華麗に感動的に乗り越えた時の最高の究極のそして何よりもプライスレスな感動と魂からの達成感を惜しげもなく無限に与えてくださるのでございますからな!」
振り返って、満面の笑顔で言う。
「さあ岩田権左衛門殿!我らが新たなるさらにさらに壮大なるそしておそらくはさらにさらに多くの胃薬と数え切れないほどの伝説を生み出すであろうKAIZEN伝説の輝かしいそしておそらくはとてつもなくとてつもなく波乱万丈の抱腹絶倒の第一ページを、この江戸のいやこの日の本の中枢から高らかに華々しくそして何よりも最高の最高の笑顔と共に今こそ始めましょうぞ!」
どこまでも、それこそ宇宙の果ての、そのまた果ての、さらにその向こう側まで前向きで、それこそ太陽の中心核の、そのまた中心核よりも暑苦しい、栗田謙信の希望と野望とほんの少しの致命的な周囲を破滅に導きかねない勘違いに、ギラギラとメラメラと燃える一点の曇りもないある意味神々しいまでの笑顔。
そして、その隣でもはや仙人のような、あるいは全ての苦悩から完全に解き放たれ悟りを開いた偉大なる聖者のような、不思議な虚無的な諦観の境地にようやく達しつつある権左衛門は
しかし、それでもなお確実に恐ろしいほどの勢いで、その残り少ない貴重な寿命が縮み、そして胃薬の消費量がおそらくは、ギネス世界記録を大幅に未来永劫誰にも破られることのないレベルで更新し続けているであろう、岩田権左衛門のその深さを測ることすら不可能となった、芸術の域にまで達した魂からの血を吐くようなため息と、そしておそらくはもう未来永劫金輪際帰ることのできないであろうあの平和で穏やかで、そして何よりもこの栗田謙信という歩く天変地異、いやもはや生ける最終破壊兵器、あるいはただの迷惑千万な大馬鹿者のいない、美しい懐かしい故郷のあのカピバラとかいう気味の悪い得体の知れない化け物のいない、本当に静かな山の麓にいつの日か必ずや建てられるであろう、小さくとも何よりも安らかな「俺のそして俺だけの墓」のことをただひたすらに切実に涙ながらに思い描く。
「…もうどうにでもなれ……。ただし俺のその…ささやかな最後の願いである墓だけは、本当に頼むからせめて忌まわしいカピバラとかいう気味の悪い不吉な化け物の、その姿もそしてその名前すらも微塵もかけらも存在しない、本当に静かな山の麓にひっそりとそして誰にも誰にも知られることのないようにそして安らかに眠れるように建ててくれ…頼む…後生だから…」と力なくしかしどこか心の底から切実に涙ながらに呟く姿があった。
かくして陸奥の小藩に突如として現れた令和のコンビニバイトリーダーの魂を持つ男栗田謙信と、その常軌を逸したKAIZENに振り回され続ける不憫なる岩田権左衛門、そして彼らを取り巻くあまりにも個性的でどこか愛すべき愉快な仲間たちが繰り広げた波乱万丈七転八倒抱腹絶倒そして時々ちょっぴりの感動に満ちた前代未聞にして空前絶後の「おもてなし藩政改革」の物語はひとまずここで大きな大きな区切りを迎えるのであった。
――これにて栗田謙信と岩田権左衛門そして愉快な仲間たちの物語『拙者、お客様は神様だと申したはず! ~令和のバイトリーダー、うっかり江戸で天下泰平(主に接客面で)を目指す~』堂々の完結!
……か、どうかは、このあまりにも冗長で、行き当たりばったりで、そして何よりも作者自身がいつどこでどのようにして終わらせれば良いのか、全く微塵も金輪際見当もつかないこの壮大なるKAIZEN物語のその真の結末を、果たして全知全能の神様が、あるいは我らが目安方の神をも恐れぬ旦那様が、そして何よりもこのあまりにもふざけた物語を、ここまでここまで辛抱強く、そして海よりも深い宇宙よりも広大な温かい心で、読み続けてくださった偉大なるかけがえのない「お客様」(読者の皆様)次第なのかもしれない。
一旦、この物語は完結となります。
本当に疲れました。
気が向いたら、第三部を書くかもしれません。
どうもありがとうございました。
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