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拙者、お客様は神様だと申したはず! ~令和のバイトリーダー、うっかり江戸で天下泰平(主に接客面で)を目指す~  作者: ストパー野郎
第二部:KAIZEN旋風、江戸を席巻し、日の本を揺るがす!?~目安方筆頭、次なるステージへ~
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第九話:学び舎は未来の灯台! KAIZENの波、藩境を越えて~謙信流教育、江戸の町で思わぬ大評判!?~

 江戸城での、あの前代未聞にして空前絶後の「KAIZENプレゼンテーション大作戦」から数ヶ月。栗田謙信は、幕閣たちからの(玉虫色ではあったが、決して否定的ではなかった)反応と、大奥で「かぴばらハッピーどら焼き」が大絶賛されたという(お駒ちゃん経由の若干信憑性に欠けるが、聞いているだけで嬉しくなる)情報を胸に、意気揚々と相馬中村藩に帰還していた。


 幕府からの正式な沙汰はまだない。


 しかし謙信の心は、すでに次なる、そして最も重要と彼が信じる改革――「教育改革」――へと、夏の野火のように燃え盛っていた。


「お客様(幕府の皆様)の心には我がKAIZENの種は確実に蒔かれた!その種が芽を出し大きな花を咲かせるためには、まず足元である我が相馬藩をさらに素晴らしい『人財育成KAIZEN藩』へと進化させねばならぬ!」謙信はそう固く決意していたのである。


 藩校「明倫館」と領内寺子屋の抜本的教育改革、「学び舎KAIZEN大作戦・ネクストステージ」は、渋沢勘定奉行との血で血を洗う予算折衝と、保守派家老たちからのネチネチとした抵抗を、謙信流「おもてなしKAIZENネゴシエーション」で何とか乗り越え、ついにその輝かしい第一歩を踏み出した。


 藩校「明倫館」では、旧態依然とした詰め込み暗記教育から脱却。生徒一人ひとりの個性と自主性を育む「アクティブラーニング・メソッド」が導入された。


 謙信プロデュースの「漫画でわかる!楽しい相馬藩の歴史」や「カピバラ先生と学ぶ!わくわく算術ドリル」は子供たちに大人気。


 当初は反発していた教師陣も、子供たちの生き生きとした変化と謙信の熱意に触れ、徐々に考えを改めていた。


 校庭には目安方の若い衆が手作りしたアスレチック遊具が設置され、子供たちの歓声が絶え間なく響き渡った。


 そして謙信の「KAIZEN」の情熱は藩校だけに留まらなかった。彼は岩田権左衛門と結城小平太をお供に(お駒ちゃんと田中新兵衛は江戸「相馬屋」での教育グッズ販売準備のため一時江戸へ)、再び「寺子屋KAIZEN行脚」に出立。領内各地の寺子屋を巡り、師匠たちの悩みを聞き、子供たちと触れ合い、「カピバラ先生ドリル」と「目安方特製・KAIZEN教育セット」を配布して回ったのだ。


 その道中、以前訪れた浜通りの漁村の寺子屋では嬉しい変化が待っていた。師匠の風外和尚が、謙信の助言通りに「風外和尚と行く!地引網体験&浜焼き寺子屋ツアー」を企画・実行していたのだ。


 謙信たちが再訪した日、寺子屋の前の浜辺は近隣の村々から集まった多くの親子連れでかつてないほどの賑わいを見せていた。


 子供たちは目をキラキラと輝かせ、風外和尚や地元の漁師たちに教わりながら一生懸命に地引網を引いている。「よいしょー!こーらしょー!」可愛らしい掛け声と力いっぱいに網を引く小さな背中。やがて網の中にはピチピチと跳ねる色とりどりの魚が姿を現し、子供たちからは大きな歓声が上がった。

「すごい!おっきな鯛だ!」「こっちはヒラメだ!僕が捕まえたんだぞ!」


 風外和尚はそんな子供たちの輪の中心で満面の笑みを浮かべていた。「はっはっは!お前たちなかなかの腕前じゃわい!この魚はなこうやってエラを締めて…」と、魚の締め方やそれぞれの魚の名前、生態などを巧みな話術で子供たちに教えている。その姿はまさに生き字引、海のKAIZENマスターそのものであった。


 獲れたての魚はその場で豪快に浜焼きにされた。新鮮な魚介類の香ばしい匂いとパチパチと爆ぜる焚火の音、そして子供たちの楽しげな笑い声が浜辺一杯に広がっている。謙信がちゃっかりと「相馬屋」から持参してきた「カピバラ饅頭(浜焼きバージョン、表面にうっすら焼き目がついている)」も振る舞われ、子供たちは「美味しい!」「カピバラさんだ!」と大喜び。


 近隣の村から参加した親たちも、「いやあ、風外和尚の寺子屋はただ読み書きを教えるだけじゃないんだな。こんなに楽しい体験ができるなんてうちの子もぜひ通わせたいもんだ」「うちの村の寺子屋の先生にもこの話を聞かせたいわい」と口々に感嘆の声を上げていた。おかげで風外和尚の寺子屋には新しい生徒が何人も増えることになったという。


 謙信はその光景を目を潤ませながら見つめていた。


「素晴らしい!これぞまさに『体験型エデュテインメントKAIZEN』!子供たちの五感を刺激し学びへの好奇心を無限に引き出す!風外和尚様、あなたは真のKAIZENマスターですぞ!」


 権左衛門はそんな謙信の隣で新鮮な焼き魚を頬張りながら、「まあ子供たちが楽しそうで美味い魚が食えるなら、たまにはお前の奇策も役に立つこともあるのかもしれんな…」と珍しく素直な感想を漏らし謙信を驚かせた。


 次に一行が訪れたのは、山間の冬には深い雪に閉ざされるという小さな村の寺子屋であった。以前訪れた際、ここの若い師匠は病弱な妻に代わって一人で子供たちを教えていたが、自信のなさからか授業もどこかおどおどとしており子供たちも集中力を欠いている様子だった。


 しかし今回、謙信たちが寺子屋の戸をそっと開けるとそこには驚くべき光景が広がっていた。


 以前のあの気弱で自信なさげだった若い師匠が、まるで別人のように背筋をピンと伸ばし張りのある楽しげな声で子供たちに何かを問いかけている。


「さあ皆の者!昨日のカピバラ算術ドリルの続きじゃ!この大きなカボチャを村の五軒の家で喧嘩にならないように皆がハッピーになるように分けるにはどうすれば良いかのう?ただ等分するだけではKAIZENが足りんぞ!何か良いアイデアはないか?」


 すると子供たちが我先にと手を挙げ、「はい!はい!先生!まず一番大きなカボチャは一番人数の多い大家族のところに!」「でもお年寄りだけの家には柔らかく煮てあげた方がいいと思います!」「そうだ!余った種は来年のために取っておいてみんなで育てればもっとたくさんのカボチャが食べられます!」といった活発な意見が飛び交っているではないか。


 師匠はそんな子供たちの意見一つ一つに笑顔で頷き、「うむ、素晴らしいアイデアじゃ!それこそがKAIZENじゃ!ではそのアイデアを絵図にして次の目安箱に投書してみようではないか!」と子供たちの自主性を巧みに引き出している。


 謙信たちの姿に気づいた師匠は顔を輝かせ深々と頭を下げた。「栗田殿!権左衛門殿!小平太殿!よくぞお越しくださいました!ご覧ください!栗田殿のあの『KAIZENデモンストレーション授業』と『カピバラ先生』のおかげで子供たちも、そして何よりもこの私も学ぶことの教えることの本当の楽しさをようやく知ることができました!今では村の子供たちから『KAIZEN先生!』と呼ばれて毎日が楽しくて仕方ありませぬ!」


 その顔には以前のような不安の色はなく、代わりに自信と教育への情熱が力強く輝いていた。寺子屋の壁には子供たちが作った「雪国の暮らしKAIZENアイデア集(例えば『カマクラを改造した天然冷蔵庫』『動物の足跡で学ぶ雪上ナビゲーションシステム』などユニークなものばかり)」の色鮮やかな絵図が誇らしげに貼られていた。


 謙信はその光景にまたしても感涙にむせびそうになりながら、「素晴らしい!素晴らしいですぞKAIZEN先生!先生ご自身が最高のKAIZENを成し遂げられたのですね!これぞまさに『人財育成による持続可能な地域活性化モデル』の完成です!」といつものように大袈裟な賛辞を送った。


 権左衛門もさすがにこの変化には驚きを隠せず、「…まああの時のお前のあの…常軌を逸した授業は確かにほんの少しは、いやかなりマトモだったのかもしれんな…」と珍しく本当に珍しく素直な感想を漏らし、謙信とそしてKAIZEN先生をさらに感激させたのであった。


 そして一行が最後に訪れたのは、城下町にほど近い比較的裕福な武家や商人の子供たちが多く通う格式高いと評判の寺子屋。


 ここの師匠は古くからの伝統と規律を何よりも重んじる厳格な老女で、以前謙信が訪れた際にはそのあまりの奇抜な教育改革案に激怒し、「小生意気な若造めが!この神聖なる学び舎を汚すな!」と箒で殴りかかられんばかりの勢いであった、あの「鬼婆先生(と陰では子供たちや親たちから恐れられている)」である。


 謙信と権左衛門は正直この寺子屋だけはできれば避けて通りたかったのだが、酒井忠助から「鬼婆先生のところも必ず顔を出すように。


 あの方の理解なくして真の教育改革は成し遂げられぬぞ」と固く釘を刺されていたため、重い足取りでその門をくぐった。


 しかしそこに待ち受けていたのはまたしても予想を遥かに超える、そしてある意味最も衝撃的な光景であった。


 以前のまるで葬式のように静まり返り子供たちの顔からは笑顔が消え、ただただ師匠の厳しい視線に怯えるばかりであったあの息の詰まるような雰囲気とは打って変わり、寺子屋の中からは子供たちの明るく楽しげな話し声や時折師匠の以前よりはるかに穏やかでどこか優しい響きを帯びた声が心地よく聞こえてくるではないか。


 恐る恐る中を覗くとそこには謙信が以前提案した「寺子屋KAIZENアートギャラリー」と称して、子供たちの個性あふれる習字や絵の作品が生き生きと誇らしげに飾られている。


 以前はただ壁に無造作に何の工夫もなく貼り付けられていただけだったそれらの作品が、今は謙信が「これぞエコ&KAIZENクラフトですぞ!」と熱心に作り方を伝授した古新聞や使い古しの和紙、木の枝などを使って手作りされた素朴だが温かみのある額縁もどき(一部には子供たちが拾ってきたドングリや綺麗な小石で装飾まで施されている)に入れられている。


 そして何よりもその一つ一つの作品には師匠である「鬼婆先生」からの具体的で心のこもった温かいコメント(例えば「〇〇君のこの『龍』という字はまるで天に昇る龍のように力強く勇壮で大変よろしゅうございます。もっともっと自信を持ってその素晴らしい個性を伸ばしていきなさい」「△△さんのこの野に咲く花の絵はその優しい細やかな心が見事に表れていますね。素晴らしいです。次はもっと大きな絵にも挑戦してみましょうか」など、以前の彼女からは到底考えられない具体的で一人ひとりの長所を的確に褒める言葉)が美しい筆文字で添えられているではないか!


 さらにその日は月に一度の「お楽しみKAIZENレクリエーション・デー」とかで、子供たちが主体となって企画運営するという「百人一首KAIZENカーニバル(読み手が何故か江戸で流行っているというラップ調で上の句を読み上げ、下の句の絵札にはこれまた何故かカピバラやアルパカといった珍獣の絵が可愛らしく描かれているという恐ろしくも斬新なもの)」や、「昔話KAIZEN紙芝居コンテスト(例えば桃太郎が鬼と戦うのではなく話し合いとKAIZENで和解し共に村おこしに励むという感動的な結末に改変されているものなど子供たちの自由な発想が爆発している)」といったユニークで何よりも楽しそうな催しが和気藹々とした雰囲気の中で行われている。


 そして何よりも驚くべきことに、あの眉間に皺を寄せ常に厳しい顔つきをしていたはずの「鬼婆先生」が、子供たちの輪の中心で一緒になって手を叩き声を上げて笑い、時には自らもその奇妙なゲームに参加し子供たちと一緒になって心の底から楽しんでいるではないか!


 栗田謙信と岩田権左衛門はそのあまりの信じられないほどの変貌ぶりに、ただただ言葉もなく口をあんぐりと開けてその光景を呆然と見つめるばかりであった。


 やがて謙信たちの存在に気づいた「鬼婆先生」は、以前のような人を射殺さんばかりの険しい顔ではなく、ほんの少しだけ本当にごく僅かではあるがその口元をまるで春先の雪解けのようにほんのりと緩ませ、そしてこれまで聞いたこともないような穏やかでどこか照れくさそうな声でこう言った。


「…まあ目安方の栗田殿に岩田殿。…よくぞ参られた。見ての通りじゃ。…お主の言うあの…『とにかく褒めて褒めて褒めまくれ作戦』とやら、そして『子供たちの自主性と創造性を尊重する』とかいうあの…何とも甘っちょろい武家の教育とは程遠いと思っていたやり方じゃが…まああながち全てが全て間違いではなかったやもしれぬな。確かに子供たちのあの…目が以前とは比べ物にならんほど生き生きとキラキラと輝いておる。そして…何よりもこの老婆自身が毎日この子らと共に過ごすのが以前よりはほんの少しだけ、本当にほんの少しだけではあるが楽しくなったような気もするからのう。…礼を言うぞ栗田殿。そして岩田殿もご苦労であったな」

 とぶっきらぼうながらもその言葉の端々には確かな心の底からの感謝の念が込められていた。


 栗田謙信はそのあまりにも意外な感動的な言葉に、「先生…!そのお言葉この栗田にとって何よりの最高のKAIZENでございます!ありがとうございます!本当に本当にありがとうございます!」とまたしても感涙にむせび、そしてその場で嬉しさのあまりお約束のKAIZENダンス(今回は何故か盆踊り風のアレンジバージョン)を高らかに情熱的に踊り始めてしまった。


 岩田権左衛門はそのあまりの信じられないほどの光景と目の前でまるで何かの妖怪変化のように踊り狂う上司の姿に、もはやこれが現実なのか夢なのか、あるいは自分はついに長年の過労とストレスで頭がおかしくなってしまったのではないかと本気で疑い始め、「…鬼の目にも涙…いや鬼婆の目にもKAIZENか…そして俺の目にはただのどうしようもない大馬鹿者が嬉しそうに踊っているようにしか見えんのだが…ああもうどうにでもなれ…」ともはや全ての思考を放棄し、ただただ遠い遠い目をしてそのカオスなしかしどこか温かい光景をぼんやりと力なく眺めているだけであった。


 こうして栗田謙信による「寺子屋KAIZEN行脚」は各地で様々な予測不能なドラマと多くの人々の笑顔(と権左衛門の胃痛)を生み出しながら、確実に力強くその成果を上げつつあった。


 道中、様々な個性とそれぞれに異なる深刻な問題を抱えた寺子屋を巡り、多くのそれぞれに異なる悩みや未来への大きな希望を持つ師匠たちや、キラキラとダイヤモンドのように輝く瞳をした子供たち、そしてそのかけがえのない子供たちの未来を誰よりも何よりも真剣に願っている。


 そして応援する親たちと出会い語り合い、時には共に笑い時には共に涙する中で、栗田謙信はこの相馬中村藩の教育というものがその根底に抱える様々な根深い問題点や乗り越えるべき大きな課題を、その鋭い観察眼と共感力をもって肌で心で感じ取る。それと同時にその奥底にまるで地中深くに眠る金脈のように、あるいはまだ磨かれていないダイヤモンドの原石のように秘められた無限の計り知れないほどの可能性と、そして何よりも子供たちの輝かしい未来を心の底から真剣に願い応援する全ての人々のどこまでも温かく燃えるように熱い想いに深く激しく触れ、彼のこの「教育KAIZEN」という壮大にして果てしない道のりへの、そしてこの愛すべき相馬中村藩への途方もないどこまでも純粋な情熱は、ますます天をも焦がし大地をも揺るがすかのように激しく力強くどこまでも美しく燃え盛るのであった。


 そしてそのあまりにも暑苦しい、しかし何故か不思議と人を惹きつけてやまない規格外の予測不能な男の傍らでは、岩田権左衛門が日に日にその顔から人間らしい生気と健康的な血の気が失われ、まるで長年塩漬けにされた干物かエジプトのピラミッドから発掘されたミイラのようにやつれ果て生気を失っていく。


 その一方で何故か栗田謙信のその常軌を逸した人類の理解を超えた奇行に対する的確かつ時に芸術的なまでに冷静沈着なツッコミのキレと、そしてもうこの世の全てはどうにでもなれというある種の究極の諦観の境地からくるブラックでどこか深いペーソスと哀愁を漂わせる独特のユーモアのセンスだけは、ますます天下の名工が鍛え上げた鋭利にして美しい名刀のごとく磨きがかかっていくという、実に奇妙でどこか哀れな傍から見ている分には非常に面白い現象が静かに否応なく起こっていたのであった。


 その頃江戸のアンテナショップ「相馬屋」では、若女将のお駒ちゃんと副店長代理の田中新兵衛が、国元から続々と送られてくる謙信の指示(という名のほぼ無茶ぶりとしか思えない指令書)と、そして何よりもあの「カピバラ算術ドリル」や「KAIZENかるた」といった奇想天外な教育グッズの試作品の数々に頭を抱えながらも、持ち前の江戸っ子気質と真面目さで店の運営と、そして何よりも「相馬藩KAIZEN教育メソッド」の江戸における広報活動に健気に必死で取り組んでいた。


 お駒ちゃんはその天性のコミュニケーション能力と江戸八百八町の隅々にまで張り巡らされた独自のゴシップ情報ネットワークを駆使し、「ねえねえ聞いた?お隣の相馬藩じゃあね子供たちが、あの難しい算術をカピバラと一緒に歌って踊って笑い転げながら覚えちまう魔法みたいなドリルがあるんだってさ!しかもそれを考えた目安方の旦那様ってのがそりゃあもう前代未聞の面白くて優しくてちょっぴり(かなり?)変わったとんでもないお方らしいよ!」といった実に巧みで聞く者の好奇心を刺激せずにはおかない噂を、江戸中の井戸端会議や茶飲み話の席で効果的に戦略的に流布し始めていた。


 田中新兵衛もまた店の常連客や物珍しそうに訪れる教育熱心な武家の奥方、あるいは私塾の師匠といった人々に対し、国元の「ちびっこKAIZEN発表会」の感動的な様子や子供たちの生き生きとした学びの姿を朴訥ながらもその実直な言葉で熱心に心を込めて語り伝えていた。


 その結果江戸の知識人や子供の教育に関心の高い親たちの間で、「陸奥相馬に何か新しい画期的な教育の風が吹いているらしい」「あの目安方の栗田謙信という男ただの変わり者ではない、もしかしたらこの国の教育を根底から変える真の天才教育者なのかもしれない」といった驚きと期待とほんの少しの疑念が入り混じった噂が、まるで春先のそよ風のように静かにしかし確実に広まり始めていた。


 そしてついにあの江戸で最も大きな力と影響力を持つと言われる老舗にして革新的な気風も併せ持つ大手版元「江戸書林堂」の、いかにも切れ者といった風貌の主人・松葉屋総右衛門の耳にもその噂は届いたのであった。


「ほう…相馬藩の栗田謙信…そしてカピバラ算術ドリルとな…?ふむこれはなかなかどうして面白い匂いがするわい…よし一度その相馬屋とやらに使いの者をやって詳しく話を聞いてみるか…もし本当に江戸の子供たちの度肝を抜き親たちの財布の紐を緩ませるような代物ならば、これは大きな商いになるやもしれんからのう…ひっひっひ…」

 松葉屋総右衛門は、その抜け目のない商人の目でニヤリと意味深な笑みを浮かべた。その動きはやがて相馬中村藩の、そして栗田謙信の運命をさらに大きく予測不能な方向へと揺り動かす新たな風となるのかもしれない。


 時を同じくして奥州白河藩では立花左近が、藩主・松平忠昭公のこれまでにないほどの全面的な信頼とバックアップを受け、相馬中村藩での衝撃的な「KAIZEN研修」の成果と、そして何よりもあの栗田謙信という規格外の男から叩き込まれた(あるいは無理やり植え付けられた)「お客様(領民)第一主義」と「KAIZENあるのみ!」の精神を胸に、自藩における藩政改革を着実に力強く推進していた。


 先のあの「白河藩薬草園・奇跡の再生プロジェクト」の大成功は藩内に大きな自信と希望を与え、それまで改革に懐疑的あるいは公然と反対していた保守派の重臣たち(筆頭家老・阿部修理亮でさえも最近では謙信の噂を耳にするたびに何故か遠い目をして「…あの男は嵐じゃ…しかし時には嵐もまた恵みの雨をもたらすのかもしれんな…」などと意味不明なことを呟くようになったという)をも少しずつではあるが沈黙させ、あるいはその一部を味方につける力となっていた。


 左近は定期的に、あるいは何か大きな問題に直面するたびに相馬中村藩を訪れ(あるいは謙信がまた何か新しい奇策でも思いついたと白河藩まで押しかけ、その度に阿部筆頭家老の胃痛と頭痛とそして血圧が危険水域を突破し寝込むというもはや恒例行事と化した噂もあったが)、謙信に自藩でのKAIZENの進捗状況(例えば目安箱の設置とそこから吸い上げた領民の声に基づく小さなしかし具体的な生活改善策の実施。あるいは藩士たちの意識改革のための「KAIZEN研修会(もちろん講師は特別ゲストとして招かれた栗田謙信。そのあまりの暑苦しさと意味不明の横文字のオンパレードに多くの白河藩士が卒倒寸前になったという伝説もある)」の開催。


 さらには先の薬草園で開発された新しい薬草や健康茶の品質向上とその安定供給体制の確立、そしてその藩外への販路拡大の模索など)を、その涼やかなしかし最近ではどこか謙信に似た熱い輝きを宿すようになった目で生き生きと報告し、そして改めて栗田謙信という常識では到底測りきれないしかし誰よりも信頼できる盟友への揺るぎない感謝と深い尊敬の念を示すのであった。


 両藩の具体的な特産品共同開発プロジェクトも着実に熱気を帯びて進んでいた。


 相馬焼のあの頑固一徹な巨匠・源右衛門と白河漆器のあの孤高にして内向的な若き天才・会津屋清十郎は、互いの工房にそれこそ何日も泊まり込み(その間言葉少ない二人の代わりに何故かいつもお駒ちゃんが江戸の最新ゴシップネタと大量の差し入れの団子と煎餅を持って現れその場の空気を良くも悪くもかき回し続けていたという噂もある)、互いのその全く異なる素材と技法そして美意識を激しく時には取っ組み合い寸前の大喧嘩をしながらも、しかし最後には互いの才能を心の底から認め合い刺激し合い融合させ、ついにあの息をのむほどに美しくこれまでに誰も見たことのない革新的な「相馬焼胎白河漆仕上げ・日月山水図夫婦湯呑み(もちろんその内側にはあの謙信のそして今や東北のKAIZEN界の守り神となりつつある愛すべきカピバラとその親友であるアルパカの可愛らしいというよりもはや前衛芸術としか思えないしかし何故か見る者の心を和ませる不思議な金蒔絵がこれみよがしにしかしこっそりと施されている)」の完璧な歴史に残るであろう試作品を完成させた。


 また相馬の「食の将軍」饗庭与一と白河の「炎の料理人」湯本勘助もまた、連日連夜それぞれの厨房で互いのプライドと、そして何よりもそれぞれの藩の誇るべき最高の食材と長年磨き上げてきた料理の技術を賭けて火花散る湯気立ち上る、壮絶なしかしどこか楽しげな、そして何よりも美味そうな「料理開発バトル」を繰り広げていた。時には食材の、あるいは調味料の、はたまた厨房の場所の奪い合いで、本気の子供のような取っ組み合い寸前の大喧嘩になりかけ、その度に権左衛門と左近が必死で涙目で仲裁に入るという、もはや日常茶飯事と化した光景もあった。


 その激闘の末、ついに両藩の料理の粋を集めた究極の逸品が完成し、既に江戸の「相馬屋」では看板商品として売り出され、食通たちの間で大きな話題を呼んでいた。その名も「相馬白河・みちのくKAIZENまんぷく弁当(数種類)」である。


 この弁当は、相馬産の新鮮な海の幸を使った香ばしい焼き魚や、白河産の滋味豊かな山の幸をふんだんに使った煮物、両藩秘伝の味噌で味わう季節の野菜、そして饗庭・湯本両料理頭が知恵を絞った創作KAIZENおかずが、彩り豊かに詰められている。


 もちろん、白米は両藩自慢の米をブレンドした特製「KAIZENあいがけ米」を使用。添えられた小さな木札には、謙信直筆(という体だが、実際は新兵衛が代筆していることが多い)の、ありがたいような、どうでもいいような「本日のKAIZEN名言」まで書かれているという、至れり尽くせりの内容であった。


 この「みちのくKAIZENまんぷく弁当」は、その見た目の美しさと、一口食べるごとに新しい発見がある奥深い味わい、そして何よりも「一度で二つの藩の味が楽しめる」というお得感から、江戸の食いしん坊たちの胃袋をがっちりと掴み、昼時には店の前に長蛇の列ができるほどの人気を博していた。中には、あまりの美味さに毎日通い詰め、全種類の弁当を制覇しようと目論む猛者まで現れる始末であった。


 栗田謙信と立花左近の間では、さらに壮大で野心的な、新たな共同プロジェクトのアイデアが夜を徹して熱く、建設的に話し合われていた。時折、そのあまりの壮大さに二人して笑い転げることもあった。


 例えば、両藩の将来を嘱望される志熱き若手藩士たちを対象とした「みちのくKAIZEN武者修行・国境なき人財交換研修制度(略称:KAIZEN留学、あるいは目安方ブートキャンプ・地獄のサバイバル編)」の設立構想。これは、互いの藩に若者を派遣し、異なる環境での実務経験やKAIZEN手法を学ばせることで、次代を担う人財育成を加速させようというものであった。


 また、東北全体の喫緊にして共通の重要課題解決も議題に上がった。頻発する河川の氾濫を防ぐための大規模な治水共同事業や、いつまた起こるとも知れない深刻な飢饉対策のための戦略的食糧備蓄ネットワークシステムの構築など、一藩だけでは成し遂げられない大きな課題に、共同で取り組む必要性を二人は熱く語り合った。


 そして、話はさらに北へと広がる。その北方に広大にして未知なる大地として横たわる謎の地・蝦夷地。そこに眠る計り知れない無限の可能性に対し、共同での調査と対策を行うための、藩という垣根を完全に超えた超党派ならぬ「超藩派・みちのくKAIZENシンクタンク(合同最高戦略研究機関)」の発足といった、壮大な構想までもが、二人の間で真剣に、そして目を輝かせながら検討されていたのである。


「みちのく応援団(仮)」のその輝かしい波乱万丈の構想もまたこの二人の熱く燃えるKAIZEN同志のその常識外れのしかし何故か人を惹きつける強力なリーダーシップと尽きることのない情熱の手によって着実に力強く、そして何よりも多くの人々の期待とほんの少しの不安を乗せて前へ前へと進み始めていたのであった。


 そんな相馬中村藩の、そして栗田謙信の、そして今やその影響が藩というちっぽけな枠をまるで堰を切った奔流のように軽々と超え江戸のそして東北の他の藩々にまで良くも悪くも劇的に波及し始めた。そんな相馬中村藩のそして栗田謙信の藩というちっぽけな枠を軽々と超えた目覚ましい時にあまりにも常識外れで周囲を困惑させる活躍の噂が、江戸のそして幕府中枢の鋭敏なアンテナに届かないはずがなかった。


 ある冬の日、相馬中村藩に幕府の役人・水野内記忠清が再び、しかし今回は供の人数も最小限にまるで私的な極秘の旅行でも装うかのようなお忍びの形で何の公式な予告もなく忽然と嵐のように姿を現した。


 藩主・相馬昌胤や城代家老・酒井忠助、そしてもちろん栗田謙信は、そのあまりにも突然で意外な訪問に驚きを隠せない。特に栗田謙信は以前江戸城で水野内記から「その情熱を決して間違った方向に使うでないぞ。もしそうなればこの水野内記忠清が容赦なくお主を断罪する」と背筋も凍るような厳しい釘を刺されたこともあり内心穏やかではなかった。


(まさか…何か江戸での私のあの…ほんの少しだけハメを外しすぎたKAIZENプレゼンテーションや、あるいはあの『日の本丸ごとKAIZEN計画書(おまけの参考資料)』の内容がついに水野様の逆鱗に触れ今度こそ本当に打ち首獄門の刑に処せられるのでは…!?いやいやそんなはずはない!お客様は神様です!きっと何か素晴らしいKAIZENのヒントを授けに来てくださったに違いない!そうに決まっている!)謙信の顔からサッと血の気が引きそして次の瞬間には無理やりいつもの超絶ポジティブシンキングへとその思考回路を強制的に切り替えた。


 しかし水野内記は相変わらずのあの氷のように冷徹な、しかしその奥にほんの僅かな隠しようのない人間味を隠したような複雑な表情で、藩主・昌胤と謙信に対し極秘裏に単刀直入にこう切り出したのであった。


「…相馬の殿、そして目安方の栗田殿。…先般の江戸城での栗田殿のあの…何とも形容しがたい忘れ得ぬ言上、そしてその後のこの相馬中村藩における教育改革とやらの目覚ましい注目すべき成果、さらには江戸のアンテナショップ『相馬屋』のあの…常識では到底測れぬしかし無視できないほどの評判と藩境を越えた影響力。それらは全て我が幕府中枢においても大きな、様々な意味での無視できぬ反響を呼んでおる」


 水野はそこで一度まるで値踏みするかのように言葉を切り、栗田謙信のその大きな一点の曇りもない(ように見える)瞳を真っ直ぐに何かを探るようにじっと見据えながら続けた。 「特に目安方筆頭・栗田謙信。そなたのあの…常識というものが全く微塵も通用しないしかし類稀なる『KAIZEN』の才覚と、それを現実に目に見える形で藩政に活かしそして民のそれも身分や貧富に関わらず全ての民の心を巧みに力強く掴むというその驚くべき恐るべき手腕、そして何よりもその…底なしのどこか狂気すら感じさせる『おもてなしの心』とやらは、我が幕府内の一部の進歩的な、そしてこの国の未来を本気で真に憂う者共の間で極めて高く評価され始めておる。そして…これは内密に願いたいが、さるお方におかれましても、そなたの型破りな手腕と、そのもたらす結果には、並々ならぬご関心をお寄せになっておられると、この水野、聞き及んでおりますのだ」


 水野内記の口から放たれた「さるお方」という言葉の重みは、その場の空気を一瞬にして凍てつかせた。藩主・相馬昌胤は、驚きに目を見開き、ゴクリと息を呑む。その表情には、自藩の家臣が幕府の最高権力者から注目されているという、にわかには信じがたい事態への困惑と、同時に、ほんの少しの誇らしさが浮かんでいた。


 岩田権左衛門に至っては、その言葉を聞いた瞬間、顔面からサッと血の気が引き、まるで幽霊でも見たかのように真っ青になった。彼の脳裏には、これまでの謙信の数々の奇行と、それが引き起こしてきた大小様々な騒動が走馬灯のように駆け巡り、「(さ、さるお方…と仰せになったか…?ま、まさか…いや、しかし、この水野様がそこまでおっしゃるからには…ああ、もう駄目だ…栗田の奴は、ついに、ついに日の本で一番面倒くさいお方にまで目をつけられてしまったのか…我が藩の、いや、俺の胃袋の命運も、もはや風前の灯火…!)」と、絶望的な未来図が、克明に、そして無慈悲に描き出されていた。その場で卒倒しなかったのが不思議なくらいであった。


 一方、当の栗田謙信は、最初こそ「さるお方…?どなたのことでしょう?もしかして、江戸で評判の、あの団子屋の隠居のご主人とか…?」などと、いつものように見当違いなことを呟き、権左衛門の眉間の皺をさらに深くさせていたが、水野内記の、その射るような、そして有無を言わせぬ眼差しと、藩主・昌胤の尋常ならざる緊張した面持ちから、その「さるお方」が、この日の本の、まさに頂点に立つ人物であることを瞬時に悟った。


 その瞬間、謙信の全身に、まるで雷に打たれたかのような衝撃が走った。しかし、それは恐怖や畏怖といった感情よりも、むしろ、これまでに感じたことのないほどの、途方もない興奮と、そして抑えきれないほどの、燃えるような「KAIZEN魂」の覚醒であった。


「(さ、さるお方…!そ、それはつまり…ま、まさか、あの上様が…!?この栗田謙信の、そして我が相馬中村藩のKAIZENの成果と、そして何よりも、あの『かぴばらハッピーどら焼き』の、そのあまりの美味さとKAIZEN的可能性に、ついに、ついに日の本の頂点が気づかれたというのか!これは…これは、まさに青天の霹靂!いや、千載一遇のビッグチャンス!この日の本全体を、お客様(神様)の笑顔で満たすための、究極の、そして最も困難で、しかし最もKAIZENのし甲斐のあるステージへの、輝かしい招待状に違いありませんぞ!)」


 謙信の瞳は、もはや子供のように、いや、何か新しい、そしてとてつもなく面白い玩具を見つけた狂人のように、ギラギラと、そしてどこか危険な光を宿して輝き始めた。その顔には、これからの、さらなる波乱万丈、そして予測不能なKAIZEN道への、揺るぎない決意と、そしてほんの少しの、しかし致命的な勘違いが、力強く刻まれているのであった。


 そして水野はさらに声を、それこそ誰にも聞かれてはならぬとでも言うように極秘の重大な国家機密でも打ち明けるかのような、しかしその瞳には確かな真剣な光を宿らせて衝撃的な歴史を揺るがすかもしれない言葉を続けた。

「…これはまだあくまで内々の極めて非公式な他言無用の話ではあるが…。実は我が幕府は現在全国各地で頻発する財政の破綻や綱紀の著しい緩み、あるいは一向に解決の糸口が見えぬ藩同士のあるいは領民同士の根深い紛争などで深刻な解決困難な状況に直面しておる他の多くの重要な藩やあるいは幕府直轄の天領に対し、そなたのような『外部の新しい劇薬ともあるいは起死回生の妙薬ともなり得る未知なる風』を試験的にではあるが極秘裏にではあるが導入することを真剣に極めて慎重に検討し始めておるのだ」

 謙信たちは静かに息をのむ。


「そしてもし目安方の栗田殿にそのお気持ちと、そして何よりもこの沈滞しきった日の本全体を『KAIZEN』したいという途方もないある意味正気の沙汰とは思えぬほどのしかし無視できないほどの大きな覚悟がおありになるならば、幕府として何らかのおそらくはこれまでの歴史上前代未聞にして空前絶後の形でそなたのその類稀なる底知れぬ才を、この相馬中村藩というちっぽけなしかし無限の可能性を秘めた一藩の枠を大きく大胆に超え『より大きなそしてこの日の本全体の全ての民の公益のために』そして何よりもこの国の輝かしい未来のために効果的に最大限に活用していただくための新しい道筋を探りたいと、そう真剣に考えておる幕府内の有力な進歩的なお歴々も実は少なからずいやかなり多くそして日増しに増え続けておられるのだ…」


 その水野内記忠清からのあまりにも突然で重大すぎる、そして何よりも栗田謙信の相馬中村藩の運命を根底から劇的に揺るがしかねない「内々の打診」は、謙信にそしてその場にいた全ての者たちにこれまでにないほどの経験したことのない種類の大きな衝撃と、ほんの少しの確かな無視できないほどのある種の興奮と計り知れないほどの動揺を与えた。


 それは明らかに栗田謙信というどこからともなく現れた規格外の予測不能な男の存在と、そしてその常識では到底測りきれない恐るべきKAIZENの能力が、もはや一藩の一地方の枠には到底収まりきらず幕府にとってそしてこの日の本の未来にとって無視できない何か大きなとてつもない変化と波乱を巻き起こす可能性を秘めた極めて重要な存在となりつつあることを、何よりも雄弁に劇的に物語っていたのであった。


 栗田謙信のその数奇な運命の歯車が今まさに彼自身の、そしておそらくはこの物語の作者の予想すらも遥かに超える壮大で予測不能な、そしておそらくはさらなる波乱万丈と抱腹絶倒の冒険へと続く未知なる方向へと大きく力強く否応なく回り始めようとしていた。


 その時岩田権左衛門の長年連れ添ったもはや彼自身の一部と化した胃袋が、これまで聞いたこともないような奇妙などこか新しい時代の幕開けを告げるファンファーレのようにも、あるいはただ単にもう限界だという悲痛な叫びのようにも聞こえる不思議な不吉な音を、高らかに力強く立てたのを、栗田謙信だけは確かにニヤリと聞き逃しはしなかった。



次話は6月14日(土)0時10分に投稿します。

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