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拙者、お客様は神様だと申したはず! ~令和のバイトリーダー、うっかり江戸で天下泰平(主に接客面で)を目指す~  作者: ストパー野郎
第二部:KAIZEN旋風、江戸を席巻し、日の本を揺るがす!?~目安方筆頭、次なるステージへ~
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第二話:寺子屋だってビッグビジネス!~子供たちの笑顔はプライスレス、されど…~

 藩校「明倫館」における教育改革という、相馬中村藩の、いや、もはや日の本の歴史上、前代未聞にして空前絶後、そして多くの関係者の胃に深刻なダメージを与えること必至の「KAIZEN」プロジェクトが、あの鉄壁にして鬼神のごとき渋沢勘定奉行からの、血も凍るような、しかしよくよく吟味すればほんの僅かな、それこそ針の穴ほどの希望の光が差し込む「条件付き予算承認」という、綱渡りのような、そしていつ断ち切られてもおかしくない蜘蛛の糸のような形で、ようやくその困難極まる第一歩を踏み出した、まさにその数日後のことであった。


 目安方執務室は、相変わらず栗田謙信の、聞いているだけでこちらのHPとMPがゴリゴリと削られていくような奇声と、岩田権左衛門の、もはや彼の魂そのものと化した深いため息、そして時折、藩の行く末を案じる酒井忠助城代家老の、疲労困憊しきったような、しかしどこか諦観にも似た穏やかな咳払いが、絶妙なハーモニー(という名の不協和音)を奏でる、カオスながらもどこか奇妙な、そして底知れない活気に満ち溢れた空間と化していた。


「いやあ、権左衛門殿!そして酒井様!どうかご覧ください!この、我が藩の、いや、日の本の輝かしい未来を担う、愛すべき子供たちの、キラキラと、それこそダイヤモンドダストのように輝く最高の笑顔!そして、この、彼らの無限に広がる知的好奇心を、優しく、そして的確に刺激し、その内に秘められた、まだ見ぬ無限の可能性を、ぐいぐいと、それこそロケットの打ち上げのように引き出す、画期的な、そして何よりも楽しい、『相馬藩共通学力向上ドリル・カピバラ先生と学ぶ、わくわくドキドキ算術&国語アドベンチャーワールド!(初級・中級・そしていずれは上級者向け超難解パズル編も発行予定!)』の、あまりにも感動的なまでの、そして涙なしには語れない、驚異的な完成度を!」


 栗田謙信は、またしてもどこから調達してきたのか、あるいは夜なべをして手作りしたのか、大量の、それこそ小山のような和紙の束に、例の、およそ武家屋敷の、それも藩政の中枢を担うべき目安方の執務室には、全くもって似つかわしくない、しかし何故か一度見たら忘れられない、強烈なインパクトと、そしてある種の愛嬌を兼ね備えた、独特のタッチで描かれたポンチ絵と、踊るような、しかし所々、勢い余って墨が飛び散り、ミミズがのたくったような、あるいは何かの暗号か古代文字のようにしか見えない文字でびっしりと埋め尽くされた、手作りの「ドリル」らしきものの束を、満面の、そして一点の曇りもない、それこそ生まれたての赤子のような、あるいは何か新しいオモチャを見つけた子供のような、純粋無垢な笑顔で、岩田権左衛門と酒井忠助の目の前に、バーン!と、これまたお約束の効果音がつきそうな、ものすごい勢いで広げてみせた。


 その、お世辞にも美しいとは言えない、しかし何故か異様なまでの熱量だけは伝わってくるドリルの表紙には、あの、一部の熱狂的なファン(主に謙信自身と、何故か藩主の奥方)の間でカルト的な人気を博しているという、南蛮渡りの珍獣(という触れ込みだが、その実態は誰も知らない)「かぴばら」が、何故か賢者の象徴である博士帽をちょこんと被り、小さな、しかし妙に本格的な算盤を、その短い前足で健気に持ち、そして片目をパチクリと得意げにウィンクしているという、極めてシュールで、そして一度見たら三日は夢に出てきそうな、強烈なインパクトを放つ絵が、これでもかと大きく描かれているのであった。


「…栗田。貴様は、また何か、妙ちきりんな、そしてどう見てもろくでもないものを、こしらえておるな…その…『かぴばら先生』とかいう、ふざけた名前のものは、一体全体、何者なのだ?新しい妖怪の類か、それとも南蛮渡りの、何かよからぬ呪術の類か?それに、その…あまりにも幼稚で、そしておよそ学問の厳粛な香りとは程遠い、ふざけきった絵柄と、およそ子供たちの教育に良い影響を与えるとは到底思えぬ、軽薄な題名は、本当に、心の底から、子供たちの健全な育成と学力向上に繋がるものなのか、この権左衛門、はなはだ、いや、もはや絶望的に疑問なのだが…そして何よりも、その莫大な量の紙と墨、一体どこから調達してきたのだ?まさかとは思うが、また勘定方の戸倉屋殿を言いくるめて、ツケで仕入れたなどということはあるまいな…?」


 岩田権左衛門は、眉間に、もはやグランドキャニオンというよりは、日本海溝の最深部、チャレンジャー海淵のごとき、深く、暗く、そして絶望的な色合いを帯びた皺を刻み込み、心底うんざりしきったような、しかしどこか、この目の前の規格外の男の、常軌を逸した行動パターンを、ある程度予測し、そして諦観の境地に至ってしまったかのような、そんな複雑な声で、そう力なく呟いた。


 彼の、長年の相棒であり、そして最大の苦痛の種でもある胃は、この数ヶ月、栗田謙信の巻き起こす、常識破りの、そして胃に悪すぎる数々の「KAIZEN」騒動のせいで、もはや限界点を遥かに通り越し、ある種の悟りを開き、彼岸の向こう側へと旅立ちつつあるのかもしれない。あるいは、単に、昨日飲みすぎた安酒のせいで、二日酔いが酷いだけなのかもしれないが。


 酒井忠助もまた、その、あまりにも奇妙で、そして見ているだけで頭痛と目眩と、そしてほんの少しの吐き気を催しそうな、強烈な個性を放つ「かぴばら先生ドリル」の山を、苦虫を百匹ほど丸ごと噛み潰し、それをさらに青汁で流し込んだかのような、極めて複雑怪奇な表情で見つめながら、重々しく、そして諭すように口を開いた。


「栗田。先の藩校『明倫館』改革の件、あの鬼の渋沢勘定奉行からも、あれほどまでに厳しく、そして血の滲むような釘を刺されたばかりであろうが。まずは、そちらの、あまりにも現実離れした計画を、地に足のついた、そして実行可能な、具体的なものへと、血反吐を吐く思いで修正し、そしてそれを、一つ一つ着実に実行に移していくことこそが、今の栗田がなさねばならぬ、最も重要な務めではないのか?その上で、今度は『領内全ての寺子屋の抜本的改革』とやらまで、一度に手を広げようというのは、あまりにも性急に過ぎるのではないか?そもそも、領内に点在する寺子屋は、それぞれに長い歴史と伝統を持ち、そして独立した運営がなされておるものであって、藩が、その細かな内容にまで、直接的に口を出すというのは、いささか…いや、明らかに差し出がましいというか、越権行為と取られかねんのではないかと、この酒井は危惧するのじゃが…」


「酒井様!そして、権左衛門殿!甘いですぞ!甘すぎます!まるで、まだ蜜も餡もかかっていない、ただの白玉団子のごとく、あるいは、収穫前の、まだ青臭いだけの西瓜のごとく、あまりにも甘すぎますぞ!KAIZENとは、すなわち『スピード』!『大胆不敵なる決断力』!そして何よりも『お客様(この場合は、相馬中村藩の、全ての、全ての愛すべき子供たち)への、限りなく深く、そしてどこまでも広がる、マリアナ海溝もかくやというほどの、熱きパッションと、宇宙規模の愛』なのでございます!藩校改革と寺子屋改革は、いわば、我が藩の教育という名の、天翔けるペガサスの両翼!どちらか一方だけでは、そのペガサスは、決して未来という名の大空へとは力強く羽ばたけず、それどころか、地面をヨタヨタと這いずり回る、ただの翼の折れた駄馬と成り果ててしまうのでございますぞ!それに、拙者が、不眠不休、七転八倒、時には血尿を出しながら(それはただの疲労と水分不足であろうと権左衛門は心の中で冷静にツッコミを入れた)行った、極秘かつ緻密なマーケティングリサーチによりますと、我が藩の、将来有望な金の卵である子供たちの、実に七割以上が、藩校『明倫館』ではなく、領内各地に点在する、地域密着型の小さな寺子屋で、その学びの輝かしい第一歩を踏み出しておるのでございます。ならば、その、まさに教育の最前線である寺子屋の教育水準を、藩全体で、強力に、そして戦略的に底上げし、全ての子供たちに、その生まれや育ち、家柄や身分に一切関わらず、等しく、そして最高品質の教育機会を、惜しみなく提供することこそが、真の、そして究極の『教育KAIZEN』であり、そして何よりも、我が君・相馬昌胤様が、日夜、それこそ寝食を忘れて目指しておられる『民に寄り添い、民と共に歩む、感動と笑顔の藩政』の、最も重要にして、そして最も強固なる礎となるのではございませんか!」


 栗田謙信は、いつものように、一度口を開けば止まらない、立て板に水、あるいは決壊したダムのごとき勢いでそう熱弁を振るうと、再び、懐から、例の、もはや彼のトレードマークとなりつつある、見る者のSAN値を確実に削り取るポンチ絵が、これでもかと満載された巻物を取り出し、今度は「相馬中村藩・全寺子屋KAIZENネットワーク構想!~目指せ、子供たちの笑顔と学力、日の本一!寺子屋だって、やり方次第では、藩を潤すビッグビジネス!(になるかもしれないし、ならないかもしれないけど、夢は大きく持とうぜ!)プラン~」と題された、またもや恐ろしく壮大にして、そして多くの関係者の、特に権左衛門の頭痛と胃痛と、そして人生そのものを根底から揺るがしかねない、危険な香りに満ち溢れた計画を、その目を、まるで新世界の神にでもなったかのように、キラキラと、いや、もはやギラギラと輝かせながら、意気揚々と説明し始めた。


 その、あまりにもぶっ飛んだ計画たるや、

 曰く、「領内全寺子屋の、時代遅れで画一的なカリキュラムを、即刻KAIZEN!藩認定の、楽しくてためになる、そして何よりも子供たちが夢中になる『カピバラ先生ドリル(算術・国語・理科・社会・そしてもちろんお客様満足学編!)』シリーズと、目安方特製の『寺子屋共通KAIZEN教科書(藩内完全統一デジタル版、ただしこの時代にデジタルなど存在しないので、とりあえずは大量の和紙と墨と、そして気合と根性で何とかする!)』を、全ての寺子屋に無償配布!」


 曰く、「領内全ての寺子屋の師匠たち(おじいちゃん先生もおばあちゃん先生も、みんなまとめて!)のための、定期的かつ実践的な『最新教育メソッド&モチベーションアップ爆上げ研修会(もちろん講師は、この教育界の風雲児、栗田謙信!参加費無料!ただし、研修後の懇親会費は、きっちり実費徴収!)』を、藩内各地でキャラバン開催!」


 曰く、「年に一度、藩主・相馬昌胤様ご臨席のもと、成績優秀な寺子屋及び生徒、そして何よりも『最もKAIZENされた寺子屋師匠』を表彰する、感動と涙の『相馬藩KAIZEN教育大賞』授与式と、その後の『藩を挙げての盛大なる大祝賀会(という名の、ただのどんちゃん騒ぎ)』を開催!もちろん、豪華賞品は、目安方特製『純金製カピバラ像(ただし予算の都合上、実際にはただの木彫りに金色のペンキを塗っただけになる可能性大)』や、『饗庭与一料理頭が腕によりをかけて作る、幻のKAIZENフルコースディナーご招待券(ただし材料費は自己負担)』などを予定!」


 曰く、「領内各地の寺子屋間の、閉鎖的で旧態依然たる壁を打ち破り、活発な情報交換と、切磋琢磨による教育レベルの相互向上を目指すための『相馬藩寺子屋KAIZENネットワーク情報交換会議(略して寺子屋ネット!月一回、藩内各地の持ち回りにて開催、もちろん毎回、会議後の懇親会と二次会は必須!)』を、即刻設立!」


 そして、その極めつけは、「将来的には、この、我が藩が誇るべき、世界最先端の寺子屋ネットワーク・システムを、『相馬藩エデュケーショナル・フランチャイズ・パッケージ(略してS・E・F・P!)』として、その革新的な教育ノウハウと、感動的な成功事例(これから作る予定だが)を、日の本全国の、教育に悩める全ての藩へと、高値で、いや、友情価格で輸出!我が相馬中村藩の、新たな、そして莫大な財源確保と、ひいては、日の本全体の教育水準の劇的向上と、それによる国際競争力の強化に、大きく、大きく貢献するという、まさに一石三鳥、いや、もはや五鳥、十鳥、いや、数え切れないほどの鳥が乱舞する、壮大にして、感動的で、そして何よりも儲かりそうな(あくまで謙信の個人的な希望的観測だが)ビッグビジネス・ドリーム・カムズ・トゥルー・プロジェクト!」


 といった、どこまでが本気で、どこからがただの妄想で、そしてどこからが単なる悪ふざけなのか、もはや栗田謙信自身にも、そしておそらくは、この物語を読んでいる読者の皆様にも、皆目見当もつかないであろう、奇想天外にして、荒唐無稽なアイデアが、それこそ満漢全席、あるいは闇鍋のごとく、これでもか、これでもかと、無秩序に、そして熱狂的に詰め込まれていた。


「…栗田。貴様は、本気で、心の、それこそ魂の底の底から、そんな、まるで子供の絵空事のような、馬鹿げたことが、この、現実という名の、厳しく、そして冷酷な世界で、本当に実現できると、そう信じているのか…?それに、その…『ふらんちゃいず』とかいう、気味の悪い横文字は、一体、何なのだ?新しい魚の、何か、こう…三枚におろして、さらに細かく切り刻むような、新しい調理法か何かか…?」


 岩田権左衛門は、もはや、まともにツッコミを入れる気力すら、その枯れ果てた精神の中から絞り出すことができなくなったかのように、遠い、遠い目をしながら、まるで魂の抜け殻のように、そう力なく呟いた。


 彼の脳内では、既に、新たな、そしておそらくはこれまでの比ではないほどの量の仕事の山と、それに伴うであろう、壮絶な胃痛のビッグウェーブが、まるで巨大な津波のように、無慈悲に、そして確実に押し寄せてくるのが、はっきりと、そして極めて鮮明に、見えていた。


 彼の長年の相棒である胃袋は、もはや悲鳴を上げることすら忘れ、ただただ静かに、そして確実に、その機能を停止させようとしているかのようであった。


 酒井忠助もまた、その、あまりにも現実離れし、そして何よりも、藩の財政と秩序を根底から破壊しかねない、危険極まりない計画の数々に、深い、深いため息を、もはや一日に何百回ついているか分からないほどつきながらも、しかし、心のどこかで、本当に、本当にほんの僅かではあるが、「あるいは…この、常識というタガが完全に外れてしまった男ならば…もしかしたら、本当に、何か、我々の想像を遥かに超えるような、とんでもない、そして馬鹿げた、しかし何故か、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、この国の未来を明るく照らし出すような、そんな奇跡を、またしても起こしてしまうのかもしれない…」という、極めて危険で、そして魅惑的な、しかしどうしても、どうしても消し去ることのできない、小さな、小さな、そして厄介な好奇心の炎が、チロチロと燻り始めているのを、自覚せざるを得なかった。


 なぜなら、あの栗田謙信という、得体の知れない、そして底の知れない男は、これまでも、常に、彼らの、そして世間の常識の、遥か斜め上を行く、奇抜な発想と、そして常識では考えられないほどの、異常なまでの行動力で、不可能を可能に(あるいは、可能だったはずのものを、一度は不可能のどん底に叩き落としながらも、最終的には、何故か、摩訶不思議な力で、より良い形で丸く収めて)きた、まさに規格外の、そして予測不能な、しかし何故か、不思議と憎めない、そして目が離せない、そんな奇妙な魅力を持った男だったからである。


「酒井様!そして、権左衛門殿!『案ずるより産むが易し』!『当たって砕けろ、砕けたら、最強の瞬間接着剤と、熱いパッションで、より強固に、そして美しくくっつけろ』と、前世の、尊敬するコンビニのカリスマ・エリアマネージャーも、会議中に突然、意味不明な、しかし何故か妙に説得力のあることを、よく大声で叫んでおられました!まずは、この栗田、領内各地に点在する、我が藩の未来の宝である寺子屋の、リアルな、そしてありのままの現状を、この目で、この足で、そしてこの熱き心で、徹底的に、そして愛を持ってリサーチさせていただきたく存じます!そして、そこに通う、愛すべき『お客様(子供たちと、その師匠たち、そして保護者の皆様)』の、生の、そして魂からの声、心の奥底からの叫びに、真摯に、そして全身全霊で耳を傾け、彼らが本当に何を求め、何に悩み、そして何に困っているのかを、正確に、そして共感をもって把握することから、この壮大なる『寺子屋KAIZENプロジェクト』の、輝かしい第一歩を、踏み出したいのでございます!どうか、どうか、ご許可いただけますでしょうか!」


 栗田謙信は、いつになく真剣な、そしてその瞳の奥に、まるで少年のような、純粋な好奇心と、そしてこの藩の未来を何とかしたいという、燃えるような使命感を、ギラギラと、いや、もはやメラメラと燃え上がらせながら、酒井忠助に向かって、深々と、そして力強く頭を下げた。


 酒井忠助は、しばらくの間、その、あまりにも真っ直ぐで、そして熱すぎる謙信の視線を受け止めながら、難しい顔で腕を組み、天井のシミでも数えるかのように、長々と沈思黙考していたが、やがて、ふっと、まるで何か大きな決断を下したかのような、あるいは、もはや何もかもどうでもよくなったかのような、そんな複雑な、しかしどこか吹っ切れたような表情で、小さく、そしてほとんど聞こえないような声で、しかし確かに、頷いた。


「…よかろう、栗田。そこまで言うのなら、まずは、その…『りさーち』とやらを、存分に試してみるが良い。ただし、これは厳命じゃ。くれぐれも、領内各地の寺子屋の師匠たちや、その親たち、そして何よりも、まだ幼い子供たちに、無用な混乱や、あらぬ不安を与えるようなことだけは、決して、決してしてくれるな。言動には、細心の、それこそ針の穴に糸を通すような注意を払うのだぞ。そして、何よりも、決して、決して、藩の大切な銭を、一文たりとも、いや、一厘たりとも、この酒井の許可なく、勝手に使うでないぞ。もし、そのようなことが、万が一にもあった場合には、その時は、この酒井、たとえ殿のご命令であろうとも、そして貴様がどれほど領民に人気があろうとも、容赦なく、貴様を叩き斬って、目安箱の横に、カピバラの干物と一緒に、仲良く晒し首にしてくれるわ。よいな?心に刻みつけておけ」


 その言葉は、いつになく、そしてこれまでにないほど厳しく、そして本気の、それこそ背筋が凍るような殺気が込められていたが、しかし、栗田謙信には、それが、酒井忠助という、この藩を誰よりも愛し、そして心配している男なりの、最大限の、そして不器用な激励と、そしてほんの少しの、しかし確かに感じられる信頼の証であるように、そう思えてならなかった。


「ははっ!ありがとうございます、酒井様!この栗田謙信、必ずや、酒井様のご期待に、いや、そのご期待を、遥か、遥か斜め上に超える、素晴らしい、そして感動的な『りさーち結果』と、そして目から鱗が百枚は落ちるであろう、画期的な『寺子屋KAIZENプラン・ネクストステージ』を、お土産満載でお持ち帰りすることをお約束いたしますぞ!」


 謙信は、再び、太陽のような、そして全ての不安を吹き飛ばすかのような、力強い笑顔を浮かべると、まるで風のように、弾かれたように目安方執務室を飛び出していった。その背後には、なぜかいつの間にか、大量の「カピバラ算術ドリル(もちろん試作品、しかもまだ誤植だらけ)」と、「眠眠打破(超濃縮煮出し番茶・権左衛門スペシャルブレンド)」の入った、ひょうたん型水筒を、まるで自分の分身のように、いや、もはや体の一部であるかのように、しっかりと抱えた岩田権左衛門が、まるで忠犬ハチ公のように、しかしその顔には、深い、深い絶望の色と、そしてほんの少しの、本当にほんの少しの、諦めきれない期待の色を浮かべながら、とぼとぼと、しかし確実に、ついて行く姿があったという。


 かくして、栗田謙信の、次なる、そしておそらくは、さらにカオスで、そして珍騒動に満ち溢れたであろう「KAIZEN」の舞台は、藩校「明倫館」という、比較的閉じられた空間から、領内各地に点在する、より多様で、そしてより複雑な事情を抱えた、小さな「寺子屋」たちへと、大きく、そして否応なく移ることになった。それは、相馬中村藩の、教育の根幹を、そしてそこに生きる人々の心を、文字通り揺るがし、そして未来を、良くも悪くも、大きく左右するであろう、新たな、そして予測不能な、そしておそらくは、権左衛門の胃袋にとっては、最終戦争アルマゲドン級の、壮絶なる冒険の、まさに始まりの鐘が、高らかに、そしていささか不安げに、鳴り響いた瞬間であった。



 栗田謙信と、その忠実なるお供(という名の、ほぼ荷物持ち兼ツッコミ役兼胃袋破壊担当兼時々ツッコミが追いつかないほどの奇行の目撃者)、岩田権左衛門による、「相馬中村藩・全領内寺子屋リアル実態把握&KAIZENの種まきキャラバン~子供たちの笑顔は地球を救う!ついでに藩財政も救ってほしいなツアー!(謙信命名、権左衛門は、もはやそのあまりの長さに、そしてふざけきった内容に、ツッコミを入れる気力すら失い、ただただ遠い目をするばかりであった)」は、まず、城下から最も近い、浜通りの、潮風が香る小さな漁村にある、古びた寺子屋から、その輝かしい(と謙信だけが思っている)第一歩を踏み出した。


 その寺子屋は、かつては網元として栄えたという、大きな旧家の、今は使われなくなった納屋を改造した、実に質素な、しかしどこか、長年子供たちの声が響き渡ってきたのであろう、温かみのある、そして懐かしいような佇まいであった。


 中からは、子供たちの、元気いっぱいの、しかしお世辞にも上手いとは言えない、そして時折、奇声や笑い声が混じる、習字の練習をする声や、書物を声を揃えて素読する声が、潮騒の音に混じって、朗らかに聞こえてくる。


 その寺子屋の師匠は、年の頃六十をいくつか過ぎた、日に焼けた顔に、まるで海の仏様のような、好々爺然とした穏やかな笑みを常に浮かべている、元々は腕利きの漁師であったという、風外和尚ふうがいおしょうという、いかにも海の男らしい、細かいことには一切こだわらない、豪放磊落にして自由闊達な人物であった。


「おお、これはこれは、目安方の、あの、噂に名高い栗田様ではござらんか!そして、隣におわすは、いつも栗田様の奇行の尻拭いをされておると評判の、岩田様ですな!いやはや、こんな、陸の孤島のような、寂れた漁村の、それも網元の、今にも潰れそうな納屋のような寺子屋にまで、わざわざ、そのような重々しいお役人様方が、ご足労いただきまして、誠に、誠に恐縮至極に存じますわい。ささ、どうぞどうぞ、そのような埃っぽい戸口に立っておいでにならず、中へ、中へとお入りくだされ。子供たちも、お侍様が、それもあの『目安方様』が来たとあっては、きっと、大喜びで、質問攻めにすること間違いなしでござろうて、がっはっは!」


 風外和尚は、栗田謙信と岩田権左衛門を、まるで何十年も前からの旧知の親友か、あるいは遠い親戚でも迎えるかのように、実に気さくに、そして何のてらいもなく、その大きな、節くれだった手で、二人の背中をバンバンと叩きながら、寺子屋の中へと招き入れた。そのあまりのフレンドリーさと、そして何よりも、その手の力の強さに、権左衛門は、思わず「ぐえっ!」と、カエルの潰れたような呻き声を漏らし、早くも胃のあたりに不穏な鈍痛を感じ始めていた。


 寺子屋の中は、外観の古びた印象とは裏腹に、思ったよりも広く、そして南向きの大きな窓から差し込む陽光で、実に明るく、そして掃除も行き届いているのか、清潔な空気が流れていた。


 壁には、子供たちが描いたのであろう、色鮮やかな、そして生命力に満ち溢れた魚の絵や、力強い(しかし、よくよく見ると、漢字の止めやハネが、かなり怪しい箇所が散見される)習字の作品などが、所狭しと、しかし楽しげに貼られている。


 十数人の、年の頃も、そして身なりも、裕福な商家の子から、貧しい漁師の子まで、まさにバラバラな子供たちが、小さな、そして使い古された机に向かい、一生懸命に筆を動かしたり、あるいは声を合わせて、何やら難しそうな書物を読んだりしている。


 その目は、皆、真剣で、そして何よりも、学ぶことを、心の底から楽しんでいるかのように、キラキラと、それこそ夜空の星のように輝いていた。


(素晴らしい…!これは、まさに、拙者が理想とする、『お客様(子供たち)中心主義』に基づいた、そして『学びの喜び』に満ち溢れた、最高の学び舎ではございませんか!この、一見、ただの豪快な海の爺様にしか見えない風外和尚様こそ、実は、その内に、恐るべき『KAIZENマインド』と『エデュケーション・フィロソフィー』を秘めた、隠れた『KAIZENマスター』に違いありませんぞ!この出会いは、まさに天啓!神様、仏様、そしてコンビニの神様、ありがとうございます!)


 栗田謙信は、その、あまりにも理想的な光景に、早くも感動で胸を熱くし、その大きな目を、まるで子供のように潤ませ、そして風外和尚の手を、両手で、それこそ感謝と尊敬の念を込めて、がっしりと、力強く握りしめていた。


 しかし、風外和尚の話を、詳しく、そしてじっくりと聞いてみると、その、一見、理想的に見える寺子屋にも、やはり、この時代の、そしてこの土地ならではの、様々な、そして深刻な問題点や悩みがあることが、次第に明らかになってきた。


「いやあ、栗田様。お褒めの言葉、誠に恐れ入ります。じゃが、この寺子屋も、見ての通り、なかなかに、いや、はっきり言って、かなり厳しい状況でしてな。まず、何よりも、子供たちに教えるための教科書が、圧倒的に足りんのですわ。藩から、年に一度、ほんの申し訳程度に支給されるのは、古くて、内容も偏った、ほんの僅かな書物ばかりでしてな。あとは、わしが若い頃、それこそ鼻水を垂らして学んでおった、ボロボロの古い書物や、近所の、少しばかり物持ちの良い旦那衆から、頭を下げて譲り受けたものを、子供たち全員で、破かないように、汚さないようにと、それはそれは大事に、しかしどうにもこうにも使い回しておる、という哀れな始末。それも、もう何十年も前のものですからな、あちこちが擦り切れ、文字が読めぬ箇所も多く、子供たちも難儀しておりますわい。新しいものを、この村の子供たちのためにも、ぜひとも買ってやりたいのは山々なのでございますが、ご存知の通り、この小さな漁村の親たちは、皆、日々の暮らしを立てるだけで精一杯。とてもではございませんが、そのような、教科書代などという、彼らにとっては贅沢極まりないものにまで、銭を出す余裕など、どこにもござらんのです」


「それに、何よりも辛いのは、この寺子屋に通う子供たちの数が、悲しいことに、年々、一人、また一人と減ってきておりましてな。この村の若い者たちは、皆、少しでも多くの稼ぎを求め、そして広い世界を見たいと、次々と、この生まれ故郷の村を捨て、大きな町場や、遠い江戸の都へと出て行ってしまう。このままでは、この美しい海と、豊かな自然に恵まれた、わしらの愛する村も、そしてこの、子供たちの笑顔と元気な声が響き渡る寺子屋も、いずれは、誰からも忘れ去られ、静かに、そして寂しく消えてなくなってしまうのではないかと…それを思うと、この風外、夜もろくに眠れぬほど、心配で、心配でならんのでございますよ…」


 風外和尚は、いつもの、太陽のような豪快な笑顔を消し、その日焼けした顔に、深い皺を寄せ、遠い目をして、寂しそうな、そしてどこか切実な、魂からの叫びのような表情で、そうぽつりぽつりと語った。


 その、節くれだった大きな手は、いつの間にか固く握りしめられ、そしてその言葉の端々には、この小さな漁村と、そしてそこに生きる子供たちの未来を、心の底から憂い、そして何とかしたいと願う、深い、深い愛情が、痛いほどに滲み出ていた。


(なるほど…深刻な教科書不足と、そして何よりも、過疎化と後継者不足による、生徒数の減少…か。これは、奇しくも、拙者が生きていた令和の時代の、地方の小さな町や村が抱えていた、極めて深刻な、そして根深い問題点と、全く同じ構造ではございませんか…!しかし、だからこそ、だからこそ、ここに、我らが『KAIZEN』の、大きな、そして輝かしいチャンスが、燦然と輝いておる!そして、この、海のように広く、そして太陽のように温かい、風外和尚様の、熱き想いと、子供たちへの限りない深い愛情こそが、この困難な状況を打破し、奇跡の改革を成し遂げるための、最大の、そして最強の原動力になるはずだ!)


 栗田謙信は、風外和尚の、その魂からの言葉を、一つ一つ、真摯に、そして共感をもって受け止めると、再び、その大きな手を、今度は、励ましと、そして確固たる決意を込めて、両手で、それこそ力任せに、がっしりと、そして熱く握りしめ、いつものように、その大きな目を、まるで少年漫画の主人公が悪の組織に最終決戦を挑む直前のように、キラキラと、いや、もはやギラギラと輝かせながら、自信満々に、そして力強く語り始めた。


「風外和尚様!どうか、どうかご安心ください!その、あまりにも重く、そして深刻なお悩み、この、自称『令和の教育改革請負人』、そして『子供たちの笑顔クリエイター』、栗田謙信が、必ずや、必ずや、感動的に、そして劇的に、解決してみせますぞ!まず、その、あまりにも深刻な教科書不足の問題でございますが、これは、我が目安方で、現在、鋭意開発中の、画期的で、革新的で、面白くて、そして何よりも、超絶お求めやすい価格(というか、将来的には、藩内の全ての子供たちに、ほぼ無料で配布予定の太っ腹企画!)の、『カピバラ先生と学ぶ、わくわくドキドキ算術&国語アドベンチャーワールド!(もちろん、漁村の子供たちのために、特別に「海の幸・魚介漢字ドリル」と「潮の満ち引き・天気予測サイエンス編」も追加開発いたしますぞ!)』シリーズと、そして、いずれ藩内の全ての寺子屋でご活用いただく予定の『寺子屋共通KAIZEN教科書(藩内完全統一、フルカラー、挿絵満載、そして時々、隠れカピバラ探しクイズ付き!)』を、真っ先に、そして大量に、この風外和尚様の寺子屋にご提供させていただければ、まさに一発で、劇的に、そして感動的に解決間違いなしでございます!その内容も、従来の、ただただ退屈で、難解で、そして子供たちの眠気を誘うだけの古臭いものではなく、読み書き算盤といった基礎学力はもちろんのこと、この漁村で生きるために不可欠な、実践的な漁業の知識や、航海の技術、そして簡単な魚の目利きや商売の知識までを、ゲーム感覚で、そして仲間と協力しながら楽しく学べる、超絶実践的な、そして何よりも『明日からすぐに役立つ』ものでございますれば、子供たちの学習意欲も、間違いなく、それこそ打ち上げ花火のように、爆上がりすること、この栗田謙信、我がコンビニバイトリーダーとして培ってきた、全ての経験とプライドに賭けて、お約束いたしますぞ!」


「そして、その、あまりにも悲しく、そして深刻な、生徒数の減少問題でございますが、これは、この、風外和尚様の、太陽のような温かいお人柄と、そしてこの寺子屋の、他にはない素晴らしい魅力と個性を、もっともっと積極的に、そして何よりも戦略的に、藩内外へと『情報発信』することで、近隣の村々からも、いや、もはや江戸や京の都からも、さらには海の向こうの南蛮紅毛の国からすら、教育熱心な親子連れが、この小さな、しかし魅力溢れる漁村に、まるで巡礼者のように、観光バス(という名の、まあ、この時代であれば、牛車か、あるいは早馬か何か)を、それこそ何台も、何十台も連ねて、わんさか、わんさかと押し寄せてくるようにするのでございます!例えば、『風外和尚と行く!わくわくドキドキ地引網体験&とれたてピチピチ海の幸・浜焼きバーベキュー付き・涙と感動の一日寺子屋体験入学ツアー!(お土産は、もちろんカピバラ饅頭と、風外和尚直筆の色紙!)』などという、聞くだに心躍る、超絶魅力的なイベントを企画し、それを、我が目安方が、近々創刊を予定しておる『相馬藩KAIZENかわら版(仮称、月刊、フルカラー、そして時々、謙信のどうでもいいコラム付き)』で、これでもかと大々的に、そして感動的に宣伝すれば、きっと、きっと、この寺子屋は、生徒で溢れかえり、そしてこの漁村もまた、かつてないほどの活気と笑顔で満ち溢れる、まさに『教育立村』の、輝かしいモデルケースとなること、間違いなしでございますぞ!」


 風外和尚は、栗田謙信の、その、あまりにも突飛で、現実離れしていて、そして何よりも、その言葉の端々から、胡散臭さと、そしてほんの少しの詐欺師のような匂いすら漂ってくる、壮大すぎる提案の数々に、最初こそ、目を白黒させ、口をあんぐりと開け、ただただ呆然としていた。その顔には、「こ、この若造は、一体何を言っておるのだ…?頭でも打ったのか…?それとも、何か悪いものでも食ったのか…?」といった、困惑と、そしてほんの少しの恐怖の色すら浮かんでいた。


 しかし、やがて、そのあまりの熱意と、そして何よりも、その言葉の奥底から、ひしひしと感じられる、この村の子供たちの未来を、心の底から真剣に考え、そして何とかしたいと願う、一点の曇りもない、誠実な、そして温かい想いに、次第に、次第に心を動かされ、いつしか、その顔からは、困惑の色は消え、代わりに、まるで少年のような、好奇心と、そしてほんの少しの期待に満ちた、キラキラとした輝きが宿り始めていた。


 そして、最後には、

「がっはっはっは!いやあ、参った、参った!栗田様は、誠に、誠に、途方もなく面白いことをお考えなさるお方じゃ!まるで、わしが子供の頃に、胸を躍らせて読んだ、荒唐無稽で、しかし夢と冒険に満ち溢れた、あの南蛮渡りの冒険活劇物語の、若き日の主人公のようでござるな!よし、分かった!この風外、どうせ、この歳になれば、先はそう長くはないこの命じゃ。一度、栗田様の、その、あまりにも馬鹿でかく、そして常識外れの夢物語に、この老いぼれも、ちょいと一枚噛んで、乗ってみるのも、また一興かもしれんわい!この寺子屋と、そしてこの村の、愛すべき子供たちの未来を、この風外、栗田様に、そして目安方様に、お預け申す!どうぞ、存分に、そして思う存分、その『KAIZEN』とやらで、この寂れた漁村を、ひっくり返してくだされい!」

 と、腹の底から、それこそ船をも揺るがすかのような豪快な笑い声を響かせ、栗田謙信の、その常識破りの提案に、全面的に、そして心からの信頼と期待を込めて、協力することを、固く、固く約束してくれたのであった。


 その後も、栗田謙信と、その忠実なる(そして日に日にやつれていく)お供、岩田権左衛門による「寺子屋KAIZEN行脚」は、相馬中村藩領内の、様々な村や町へと、精力的に続けられた。


 山間の、雪深い小さな村では、病弱な妻に代わって、たった一人で、それも自分の子供を含めた十数人の、やんちゃ盛りの子供たちを、手作りの粗末な教材だけで教えている、人の好さだけが取り柄の、生真面目だがどこか頼りなく、そして自信なさげな若い師匠の、「子供たちが、なかなか私の言うことを聞いてくれず、授業に全く集中させることができないのです…私の力不足なのでしょうか…もう、どうすれば良いのか…」という、切実な悩みの相談に対し、謙信は、「それは、先生の、子供たちの心を鷲掴みにする『ティーチング・コミュニケーション・スキル』と、そしてクラス全体を一体化させ、学びの場へと変える『ダイナミック・クラスルーム・マネジメント能力』に、まだまだ、まだまだKAIZENの余地があるということでございますな!ご安心ください!まずは、子供たちの、ガチガチに固まった心と体の緊張を、一瞬で解きほぐし、笑顔とやる気を引き出す、魔法の『アイスブレイク・スーパーテクニック』と、そして、どんなに勉強嫌いの子供でも、思わず前のめりになって食いついてくること間違いなしの、『エンターテイメント要素満載・感動と笑いのKAIZEN授業プラン作成マニュアル』を、この、教育界の風雲児(自称)、栗田が、手取り足取り、そして時には厳しく、しかし常に愛を持って、直々に伝授いたしましょう!」と、またもや、聞いているだけで頭が痛くなりそうな、胡散臭い横文字専門用語を、自信満々に並べ立てる。


 おもむろに、その若い師匠に代わって教壇に立ち、歌あり、踊りあり、そして時折、かつてコンビニの年末年始応援セールで鍛え上げた、腹の底からの、それこそ山をも動かすかのような絶叫ありの、抱腹絶倒、しかし何故か、あれほどまでに騒がしかった子供たちが、水を打ったように静まり返り、目をキラキラと輝かせ、まるで魔法にでもかかったかのように、食い入るように聞き入る、まさに前代未聞、奇想天外の「KAIZENデモンストレーション授業」を、三日三晩にわたって繰り広げ、その若い師匠を、心からの感嘆と、そしてほんの少しの恐怖で、完全に心酔させた(のか、それとも、ただ単に、あまりの衝撃に、思考能力を完全に奪われてしまったのかは、定かではないが)。 


 また、城下町にほど近い、比較的裕福な武家や商人の子供たちが多く通う、格式高いと評判の寺子屋では、教育熱心なあまり、どこか高圧的で、そして子供たちの個性や自主性を一切認めようとせず、ただひたすらに厳しい規律と、大量の暗記ばかりを強いる、見るからに手強そうな、そして実際、手強かった老女の師匠(陰では「鬼婆おにばば先生」と恐れられているという噂)に対し、栗田謙信は諭すように言う。


「先生!子供たちは、決して、先生の仰ることを、ただ黙って聞くためだけの、魂のない操り人形ではございませんぞ!一人ひとり、それぞれに素晴らしい個性と、そして磨けば光る無限の可能性を、その小さな胸の内に秘めた、かけがえのない、そして何よりも尊い『お客様』なのでございます!その、まだ磨かれていないダイヤモンドの原石のような個性を、最大限に尊重し、小さなことでも良い、とにかく褒めて、褒めて、褒めまくって、自己肯定感を育み、そして彼らが、自らの頭で考え、自らの意志で行動し、そして自らの力で未来を切り拓いていく、その生きる力を育むことこそが、これからの時代の、真の教育者の、最も崇高なる使命なのではございませんか!?」


 その「鬼婆先生」の、どんな高名な武士でも震え上がるという鋭い眼光にも一切臆することなく、真っ向から、しかし最大限の敬意を込めて(のつもりで)熱弁を振るい、最初は「どこから来たか知らぬが、小生意気な、そして見るからに軽薄な若造めが!この神聖なる学び舎で、戯言を申すでないわ!さっさと失せよ!」と、それこそ鬼のような形相で激怒し、箒で殴りかかられんばかりの勢いであった鬼婆先生をも、その、あまりの熱意と、そして何よりも、その言葉の端々から滲み出てくる、子供たちの未来を真剣に思う、一点の曇りもない真摯な想い。


 最後には、「…ふん、まあ、貴様の言うことにも、ほんの、ほんの少しは、聞くべきところがあるやもしれんな…ただし、この寺子屋の、長年守り通してきた伝統と、そして厳格なる格式を、軽々しく、そして面白半分に汚すような真似は、この鬼婆、断じて、断じて許さんぞ!よいな!」と、渋々ながらも、そして多くの釘を刺されながらも、栗田謙信の提案の一部(例えば、生徒たちの、個性あふれる作品を、もっと多くの人に見てもらうための「寺子屋KAIZENアートギャラリー」の設置や、月に一度、生徒たちが主体となって企画運営する「お楽しみKAIZENレクリエーション・デー」の開催など)を、試験的にではあるが受け入れさせるという、まさに奇跡的(そして、権左衛門にとっては、寿命が数年は縮む思いの)な成果を上げたのであった。


 もちろん、全ての寺子屋で、栗田謙信の、そのあまりにもぶっ飛んだ「KAIZEN」が、そう簡単かつスムーズに受け入れられたわけでは、決してない。ある、山奥の、閉鎖的な村の寺子屋では、謙信の、その見るからに胡散臭い風体と、そしてその提案の、あまりの奇抜さと現実離れした内容に、師匠が「お侍様、お戯れも大概にしていただきたい。ここは、真面目に、そして静かに学問を修めるための、神聖なる場でござる。そのような、子供騙しの、そして騒々しいだけの戯言は、他所で、お好きなだけやってくだされ」と、けんもほろろ、門前払いを食らい、またある、プライドだけはエベレストよりも高い、しかし実際には生徒が数人しかいない、寂れきった寺子屋では、謙信が、自信満々で持参した、あの「カピバラ算術ドリル(初級編、もちろん誤植と間違いだらけの試作品)」を見た瞬間、師匠が「こ、こ、これは…何という、学問への冒涜!子供たちの、純粋で汚れなき心を汚し、そして愚弄する、まさに悪魔の書物じゃ!出て行け!鬼!悪魔!疫病神!二度とこの神聖なる学び舎の、清浄なる敷居を、その汚れた足で跨ぐでないわ!」と、まるで悪霊でも祓うかのように、大量の塩を、それこそ雪崩のように撒かれて追い出されるという、実に散々な、そしてしょっぱい目に遭うことも、一度や二度ではなかった。


 しかし、そんな、心が折れそうになるような、あるいは、普通の人ならトラウマになって二度と立ち直れないような、手酷い仕打ちを受けた時でさえ、栗田謙信は、決して諦めず、決して落ち込まず、それどころか、むしろ「おお!これは、素晴らしい!実に素晴らしい『お客様からの、極めて貴重な、そして愛のあるダメ出し』ですな!今後の商品開発と、そして拙者のプレゼンテーション能力向上のための、最高の、そして最高の参考にさせていただきますぞ!ありがとうございます!感謝感激雨霰でございます!」と、どこまでも前向きに(というより、ただ単に、異常なまでに打たれ強く、そして致命的に空気が読めないだけなのかもしれないが)それらを受け止める。


 そして、岩田権左衛門の「だから言わんこっちゃない…もう、いい加減にしろ、栗田…頼むから、もう、わしの目の前から消えてくれ…わしの胃は、もう、とっくの昔に限界を超えて、宇宙の彼方へと旅立ってしまったのだ…」という、魂からの、そして血を吐くような悲痛な叫びを、まるで心地よい子守唄か何かのようにBGMにして、次なる、まだ見ぬ「KAIZEN」の可能性を秘めた寺子屋へと、新たな、そしてさらなる珍騒動の予感を胸に、希望に燃えて、そして何故かいつも意気揚々と向かうのであった。


 道中、様々な個性と問題を抱えた寺子屋を巡り、多くの、それぞれに異なる悩みや希望を持つ師匠たちや、キラキラと輝く瞳をした子供たち、そしてその子供たちの未来を、誰よりも真剣に願う親たちと出会い、語り合い、そして時には共に笑い、共に涙する中で、栗田謙信は、この相馬中村藩の、教育というものが抱える、様々な、そして根深い問題点や課題を、その肌で、そして心で感じ取ると同時に、その奥底に、まるでダイヤモンドの原石のように秘められた、無限の可能性と、そして何よりも、子供たちの、輝かしい未来を真剣に願う、全ての人々の、どこまでも温かく、そして燃えるように熱い想いに触れ、彼の「教育KAIZEN」への、そしてこの藩への、途方もない情熱は、ますます、それこそ天をも焦がすかのように、激しく、そして力強く燃え盛るのであった。


 そして、その、あまりにも暑苦しい、しかし何故か人を惹きつけてやまない、規格外の男の傍らでは、岩田権左衛門が、日に日に、その顔から生気と血の気が失われ、まるで干物かミイラのようにやつれていく一方で、何故か、栗田謙信の、常軌を逸した奇行に対する、的確かつ冷静なツッコミのキレと、そしてもうどうにでもなれという、ある種の諦観の境地からくる、ブラックで、しかしどこかペーソス漂うユーモアのセンスだけは、ますます、それこそ名刀のごとく磨きがかかっていくという、実に、実に奇妙で、そして哀れな現象が、静かに、しかし確実に起こっていたのであった。



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