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拙者、お客様は神様だと申したはず! ~令和のバイトリーダー、うっかり江戸で天下泰平(主に接客面で)を目指す~  作者: ストパー野郎
第二部:KAIZEN旋風、江戸を席巻し、日の本を揺るがす!?~目安方筆頭、次なるステージへ~
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第一話 学び舎 KAIZEN 大作戦!~藩校は未来のテーマパーク!?~

第二部開幕です。




 

 相馬中村藩を揺るがした「藩士大運動会」と、それに続く「領民参加型・藩政改革未来共創プレゼンテーション大会(という名の、ほぼ栗田謙信オンステージの収穫祭)」の熱狂と興奮が、まるで昨日のことのように領民たちの記憶に新しい、実りの秋もいよいよ深まりを見せ始めた、ある日のことであった。


 目安方執務室は、いつものように、いや、収穫祭の後始末と、そこから派生した新たな陳情や相談事で、いつも以上に雑然とし、そしてある種の活気に満ち溢れていた。いや、正確に言えば、栗田謙信ただ一人が、その活気の源泉の九割九分を占めていると言っても過言ではなかった。


「ですから、酒井様!この『相馬藩・未来永劫きらめき☆人財育成プラン・ネクストジェネレーションズ!(仮称)』こそが、我が藩百年の計、いや、千年、万年先までも、燦然と輝き続ける未来を約束する、唯一無二にして絶対無敵の、そして何よりも『お客様(領民の皆様と、そのお子様方)第一主義』に貫かれた、感動と笑顔の光明なのでございますぞ!」


 相変わらずの暑苦しいまでの熱量で、身振り手振りを交え、目を少年漫画の主人公のようにキラキラと輝かせながら熱弁を振るうのは、もちろん我らが目安方筆頭、その魂の奥底に元熱血コンビニバイトリーダーのDNAを刻み込んだ男、栗田謙信その人である。


 その手には、またしても大量の、およそ武家屋敷の執務室には似つかわしくない、色鮮やかな図解(という名の、ほぼ漫画に近いポンチ絵)と、意味不明だが何やら最先端っぽく聞こえる横文字専門用語が、踊るような筆致でびっしりと書き込まれた巻物が、これでもかと握りしめられている。そして、その、もはやお家芸とも言える熱弁の矛先を一身に受け止め、眉間にグランドキャニオンもかくやというほどの深い、深い皺を刻み込み、こめかみをヒクヒクと無意識に痙攣させながら、しかし表情だけは必死で平静を装い、時折、痛むのであろう胃のあたりをそっと押さえているのは、相馬中村藩城代家老にして、藩主・相馬昌胤の最も信頼厚き懐刀、そして藩内きっての苦労人、酒井忠助その人であった。


「栗田…その…『みらいえいごうきらめきじんざいいくせいぷらん・ねくすとじぇねれーしょんず(かしょう)』とやらが、我が相馬中村藩の未来にとって、誠に、誠に重要であることは、まあ、百歩、いや、千歩譲って、この酒井、理解できなくもない。先の収穫祭での、殿の、あの…いささか勇み足ではなかったかと思われるご宣言もあったことじゃしな。しかしじゃ、栗田。その…巻物に描かれておる、あまりにも奇抜な、いや、もはや常軌を逸しておるとしか思えぬ内容の数々、そして何よりも、それに伴うであろう、莫大な、それこそ天文学的な規模の予算要求は、いかに殿のご意向とはいえ、この酒井が、そして何よりも、あの『鬼の渋沢』と恐れられる渋沢勘定奉行が、そう易々と首を縦に振るとは、到底、到底思えぬのじゃが…そこなところ、栗田は、一体、どのようにお考えかな?」


 酒井忠助の、穏やかな口調ながらも、その言葉の端々には、深い憂慮と、そしてほんの少しの諦観にも似た響きが滲んでいた。


 それもそのはず、謙信が今まさに、目を爛々と輝かせながら熱く語っているのは、先の収穫祭で、藩主・昌胤が、領民たちの熱狂的な支持を背に、半ば勢いで、しかし高らかに宣言してしまった「教育改革断行!」の、具体的な、そしてあまりにも具体的すぎる実施計画書だったのである。


 その中身たるや、酒井忠助が眩暈を覚えるのも無理からぬ、まさに驚天動地、奇想天外、抱腹絶倒、そして一部の保守的な家老衆が見れば卒倒しかねないような、斬新すぎるアイデアが、それこそ雨後の筍のごとく、これでもか、これでもかと、百花繚乱のごとく詰め込まれていたのだ。


 曰く、「藩校『明倫館』の大規模リニューアル!目指すは、生徒たちが目を輝かせ、夢と希望を胸に抱き、仲間たちと切磋琢磨しながら、未来を語り合う、江戸時代版エデュケーショナル・エンターテイメント・テーマパーク、略して『明倫館ランド(仮称)』の建設!」


 曰く、「旧態依然たる詰め込み暗記教育からの完全脱却!生徒一人ひとりの個性と自主性、そして何よりも『クリエイティビティ(創造性)』と『ホスピタリティ(おもてなしの心)』を育む、アクティブラーニング・メソッド(という名の、ほぼグループワークとディベートとプレゼンテーション大会と、時々、なぜか店舗での接客実習)の全面導入!」


 曰く、「教科書も大胆KAIZEN!古臭く難解なだけの四書五経は、まあ、ほどほどにして、これからの時代を生き抜くための実学重視!農業、商業、医学、そして何よりも、我が目安方の秘伝中の秘伝、『お客様満足学(CS学)』と『クレーム対応・炎上鎮火術』を必修科目に!」


 曰く、「教師陣も大胆リストラ&ヘッドハンティング!身分や家柄、年功序列は、もはや過去の遺物!若く才能と情熱に溢れた者、あるいは特定の分野で神業のごとき卓越した技能を持つ町人や農民、漁師、職人までも、積極的に『ゲストティーチャー』として登用!もちろん、時給は相談に応じますぞ!(ただし予算の範囲内で)」


 曰く、「藩校の、あの薄暗く、雑草だらけで、子供たちの笑顔が消え失せた陰気な校庭には、巨大な『かぴばらスライダー』と『アルパカふわふわトランポリン』、そして『目安箱型ジャングルジム』を設置し、子供たちの冒険心とチャレンジ精神を育成!さらに、校庭の隅には、いつでも採れたての新鮮野菜が収穫でき、食育にも繋がる『オーガニック体験学習農園・KAIZENファーム』を併設!」


 曰く、「待望の給食制度の導入!メニューは、我が藩が誇る料理頭、饗庭与一殿全面監修の、栄養バランス満点にして、美味なることこの上なしの、その名も『日替わりKAIZENランチ(デザートはカピバラ饅頭)』!」

 といった具合であった。


「酒井様、ご心配はごもっともでございます!しかし!拙者、この栗田謙信、伊達に令和の日本で、数多の修羅場をくぐり抜け、激戦区のコンビニ業界で『バイトリーダー・オブ・ザ・イヤー(もちろん自称ではございますが、その実力は折り紙つきと、当時の店長も太鼓判を押しておりました!たぶん!)』の栄誉に、三度も輝いたわけではございませんぞ!この計画には、ちゃーんと、緻密な計算と、大胆かつ柔軟な発想、そして何よりも、お客様(この場合は、未来を担う生徒たちと、その保護者の皆様、そしてひいては藩全体の皆様)への、熱く、深く、そしてどこまでも広がる宇宙のような愛が、これでもかと込められておるのでございます!予算に関しましても、どうかご安心ください!この『きらめき☆人財育成プラン』が軌道に乗り、我が藩から、それこそ日の本中、いや、もはや七つの海を越え、世界に羽ばたくような、素晴らしい『グローバル人財』が、毎年、毎年、それこそ雨後の筍のごとく、次から次へと輩出されるようになれば、その結果、藩の税収も、まるで昇り竜のごとくウナギ登り!初期投資など、あっという間に回収できるどころか、お釣りがジャブジャブ、ザブザブと、それこそ藩庫がパンクするほど舞い込んでくること、間違いなしなのでございます!まさに、『ハイリスク・ハイリターン』などという、時代遅れの言葉では生ぬるい!これは、確実にして盤石なる『ローリスク・スーパーメガトン・ハイパー・ウルトラ・リターン』が期待できる、夢と魔法と感動の、奇跡のKAIZENプロジェクトなのでございますぞ!」


(…その、どこから湧いてくるのか皆目見当もつかぬ、根拠薄弱にして自信過剰なまでの自信は、一体全体、何なのだ、この男は…そして、その『うなぎのぼり』とか『じゃぶじゃぶ』とか『ざぶざぶ』とかいう、およそ城代家老との会話には似つかわしくない、あまりにも品のない、そして幼稚な例えは、どうにかならんのか、この元コンビニバイトリーダーめ…)


 酒井忠助は、もはや何度目か分からない、しかしこれまでで最も深いであろうため息を、誰にも、そして自分自身にすら聞こえぬよう、しかし腹の底の、それこそ魂の底から絞り出すように、そっと、そして重く、そして長く長く吐き出した。


 その時、執務室の隅で、いつものように山のような目安箱への投書と格闘し、謙信の奇策の尻拭いに追われ、そして何よりも自らの胃痛と戦い続けていた、目安方次席(という名の、一番の苦労人)、岩田権左衛門が、おずおずと、そして心配そうな顔で口を挟んだ。


「おい、栗田。その…藩校の改革とやら、確かに、お前の言うことには、まあ、万に一つくらいは、面白いところもあるかもしれんが…今の藩校の先生方は、皆、それぞれに家柄も良く、長年、この藩の若者たちの教育に、真面目に、そして実直に、身を粉にして尽力されてきた、ご立派な方々ばかりだ。それを、いきなり『リストラ』だの、『あくてぃぶなんとか』だの、『お客様満足学』だのと、訳の分からん横文字を並べ立てて、頭ごなしにやり方を変えろと言われても、そう簡単に納得されるとは、到底思えんのだが…それに、新しい先生を、身分もわきまえぬ町人や農民から登用するなどということになれば、ただでさえお前のことを快く思っておらん、筆頭家老の大和田様をはじめとする、他の家老衆からの、それこそ嵐のような猛反発も必至であろう。もう少し、その…何というか、現実的なところから、順を追って、穏便に始めるというわけにはいかんのか…?いきなり『かぴばらスライダー』は、さすがに無理があると思うぞ、うん」


 権左衛門の、これ以上ないほど常識的で、そして至極もっともな、そして何よりも謙信の暴走を心底心配しているのが伝わってくる意見に、謙信は、いつものように太陽のような、いや、もはや太陽よりも眩しいのではないかと錯覚するほどの、ニカッとした笑顔を見せると、力強く、そして何故か自信満々に、ポンと権左衛門の肩を叩いた。


「権左衛門殿!ご心配は、誠にごもっとも!しかし、この栗田にお任せいただければ、万事OK、オールグリーン、結果オーライでございますぞ!拙者の辞書に、『不可能』の三文字は、もはや存在しないのでございます!(と、前世のコンビニのエリアマネージャーが、無理難題を押し付ける時によく言っていた、あまりありがたくない受け売りではあるが、今はそんなことはどうでもよい!)もちろん、既存の先生方への、最大限のリスペクトと感謝の気持ちは、決して忘れません!その豊富なご経験と、素晴らしいご見識を、新しい教育の場で、十二分に活かしていただきながら、そこに、ほんの少しだけ、新しい時代の風を、KAIZENのそよ風を、そっと吹き込ませていただくのでございます!そして、身分制度ですと?ふっふっふ、権左衛門殿、甘いですな。そのようなものは、令和のコンビニエンスストアでは『お客様の前では、店長もバイトも、社長もパートも、みーんな平等!お客様の笑顔こそが、我らが唯一絶対の正義!』というのが、もはや宇宙の真理、常識中の常識なのでございますぞ!いや、この際、この相馬中村藩の藩校『明倫館』内に限り、『身分制度完全撤廃・実力主義ドリーム特区』を、高らかに宣言し、真に才能と情熱のある者が、その生まれや育ち、身分や家柄に一切関わらず、自由に学び、そして自由に教えることができる、画期的で、革新的で、そして何よりも感動的な、奇跡の教育環境を整備するのでございます!大丈夫!きっと、先生も生徒も、そして藩の未来も、みんな、みんな、ハッピーになれますとも!なぜなら、お客様は神様だからです!」


(…ハッピー…ねえ…こいつの、その…常軌を逸した思考回路は、一体全体、どのような構造になっておるのだ…そして、なぜそうまで、根拠も何もなく、ただひたすらに、そしてある意味、狂信的とも言えるほど楽観的でいられるのだ…もはや、ある種の…新興宗教の教祖ではないのか、こいつは…)


 酒井忠助と岩田権左衛門は、顔を見合わせ、再び、いや、もはや何度目か分からない、しかしこれまでで最も深く、そして絶望的な色合いを帯びたため息を、誰にも、そして自分自身にすら聞こえぬよう、しかし腹の底の、それこそ魂の奥底から絞り出すように、そっと、そして重く、そして長く長く吐き出した。


 しかし、彼らもまた、これまでの謙信の、常識では到底考えられないような、そして説明不可能な数々の「奇跡」と「KAIZEN」を、嫌というほど目の当たりにしてきただけに、心の、本当に、本当にほんの片隅の、どこか麻痺してしまったような部分で、「もしかしたら、こいつなら、本当に、また何か、とんでもない、そして馬鹿げた、しかし何故か心を動かされるようなことを、しでかしてしまうのかもしれない…そして、その結果、本当に、この藩が、少しだけ、ほんの少しだけ、良くなるのかもしれない…」という、ほんの僅かな、そして極めて危険な、しかしどうしても消し去ることのできない、小さな、小さな期待感を、いまだに抱き続けてしまっているのもまた、紛れもない事実であったのである。


 かくして、相馬中村藩の未来を、そして何よりも子供たちの笑顔を賭けた、栗田謙信流「学び舎KAIZEN大作戦・驚天動地エデュケーションレボリューション編」の、長く、そしておそらくは珍騒動と胃痛と、時々ちょっぴりの感動に満ち溢れたであろう、波乱万丈の戦いの火蓋が、今まさに、高らかに、そしていささか不安に、切って落とされようとしていたのである。その輝かしい(と謙信だけが信じている)道のりの、第一関門として立ちはだかるのは、もちろん、あの「鬼の渋沢」と藩内外に恐れられる、鉄壁の守護神、渋沢勘定奉行との、一銭の無駄も許されぬ、血で血を洗う(かもしれない)、壮絶なる教育予算獲得折衝バトルのゴングが、今まさに、カーンと鳴り響こうとしていたのであった!


「と、いうわけでございまして!まずは、現在の藩校『明倫館』が、いかに大切なお客様(未来を担う生徒たち)の、キラキラと輝く知的好奇心と、無限の可能性という名のニーズに応えられていないか、その『問題点の徹底的見える化』と『改革への課題コンセンサス形成』から始めさせていただきたく、本日、藩校『明倫館』への『抜き打ちクオリティ・コントロール・チェック、兼、ミステリー・エデュケーション・ショッパー緊急調査(という名の、まあ、早い話が、ただの視察ですが、何か?)』を実施する運びと相成りました!つきましては、酒井様、そして権左衛門殿には、その豊富なご経験と、鋭いご慧眼をもって、忌憚のないご意見、ご感想を賜りたく、ご同行のほど、何卒、何卒よろしくお願い申し上げる次第でございます!」


 栗田謙信は、相変わらずの、聞いているだけでこちらの体温が一度か二度は上がりそうな、暑苦しいことこの上ないテンションで、しかしその瞳だけは、まるで獲物を見つけた肉食獣のように、あるいは、期限切れ間近の特売品を見つけた熟練主婦のように、ギラギラと、そして爛々と輝かせながら、酒井忠助と岩田権左衛門を、半ば強引に促した。


 相馬中村藩の藩校「明倫館」は、城下の一角に、古いがそれなりに格式を感じさせる、立派な門構えを見せていた。その扁額には、有名な書家によるものだという、力強く、そして流麗な「明倫館」の三文字が掲げられている。なるほど、外見だけを見れば、確かに、藩の若者たちの教育を司る、神聖なる学び舎としての威厳と風格は、十分に備わっているように見えた。


 しかし、一歩、その重厚な門をくぐり、敷地内へと足を踏み入れた瞬間、謙信の、そして同行した酒井忠助と権左衛門の目の前に広がったのは、彼らの想像を、いや、もはや悪夢を遥かに超える、驚くべき、そしてあまりにも残念な光景の連続であった。


 まず、校庭。本来ならば、若者たちが元気に走り回り、剣術や弓術の稽古に汗を流し、そして時には仲間たちと語り合う、活気に満ちた場所であるはずのそこは、手入れが行き届かず、見るも無残に雑草が生い茂り、雨水でできた大きな水たまりが、まるで天然の池のように所々に点在し、子供たちが安全に、そして楽しく活動するには、あまりにも危険で、そして何よりも、全体的に薄暗く、ジメジメとした、陰気な雰囲気が漂っている。まるで、打ち捨てられた廃寺の境内のようだ。


「むむむ…これは…まず、何よりも先に『労働安全衛生環境整備』と『5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の徹底』からのスタートですな…子供たちが、思わず裸足で駆け出したくなるような、明るく、安全で、そして何よりも、毎日通うのが楽しみで仕方なくなるような『ワクワク・ドキドキ・ドリーム・キャンパス』へと、早急にリニューアルする必要がありそうですぞ…例えば、ここに、太陽光を最大限に取り入れるための『サンシャイン・リフレクション・ミラー』を設置し、雨水を有効活用するための『エコ・レインウォーター・ハーベスティング・システム』を導入し、そして何よりも、子供たちの創造性と冒険心を刺激する、巨大な『かぴばら・アドベンチャー・スライダー(全長三十間、高低差五間、ゴール地点には温水カピバラ露天風呂完備!)』と、『アルパカ・ドリーム・ジャングルジム(雲まで届け!天空の城バージョン!)』を、校庭のど真ん中に、ドーンと設置し、校庭の隅には、いつでも採れたての新鮮野菜が、文字通り食べ放題で味わえる『オーガニック・ヘルシー・体験学習農園・KAIZENイートファーム』を…」


 謙信が、いつものように、現実と妄想の境界線を軽々と飛び越え、夢見心地で、そして目をキラキラと輝かせながら語り始めると、権左衛門が、すかさず、そしてもはや条件反射のように、その謙信の脇腹に、痛烈な肘鉄をゴツンと食らわせた。


「馬鹿者、栗田!ここは遊園地ではないと言っておろうが!それに、その『かぴばら』とか『あるぱか』とかいう、気味の悪い化け物のようなものは、一体全体、何なのだ、貴様、以前から気になっておったが!それと、露天風呂とは何事か!ここは藩校だぞ、藩校!温泉旅館ではないわ!」


 次に、謙信一行が足を踏み入れたのは、教室棟であった。

 外観こそ、それなりの歴史と風格を感じさせるものの、一歩中に入ると、そこには、さらに目を覆いたくなるような光景が広がっていた。薄暗く、埃っぽく、そして何やらカビ臭いような空気が漂う部屋の中に、窮屈そうに、そして何の楽しげもなく、ただ無表情に座らされている生徒たち。


 そして、その前には、白髪で、見るからに気難しそうな顔つきの老教師が、抑揚のない、まるで遠い国の呪文か、あるいはただの眠りを誘う子守唄のような声で、難解極まる漢籍の素読を、延々と、そして退屈極まりない様子で続けている。生徒たちの目は、そのほとんどが一様に虚ろで、半分以上は、カクンカクンと気持ちよさそうに船を漕いでいるか、あるいは、窓の外の、何も変わらぬ退屈な景色を、ただただぼんやりと眺めている。机の上には、古色蒼然とし、あちこちが擦り切れ、そして何やら得体の知れないシミがつき、さらには虫に食われたような穴まで開いている、およそ「教科書」と呼ぶにはあまりにもお粗末な書物が、無造作に、そして何の愛着も感じられないかのように置かれている。


「…これは…これは、あまりにも…あまりにも『お客様(生徒たち)のエンゲージメント(積極的関与)』が低すぎますぞ…生徒たちの、あの『学びたい!もっと知りたい!』という、宝石のように純粋で、そしてキラキラと輝くはずの知的好奇心を、完全に、そして無慈悲にスポイル(台無しに)してしまっている…!このままでは、我が相馬中村藩の、輝かしい未来を担うべき大切な若者たちが、ただの『指示待ち受け身体質・思考停止型人間』になってしまうではございませんか!早急に、生徒たちが主体的に、そして能動的に、喜び勇んで学べる、『アクティブラーニング(能動的学習)』と『PBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング:課題解決型学習)』、そして『ゲーミフィケーション(学習のゲーム化)』を、大胆かつ戦略的に導入し、彼らの内に秘められた無限の『クリエイティビティ(創造性)』と『クリティカル・シンキング(批判的思考力)』、そして何よりも『問題解決能力プロブレム・ソルビング・スキル』を、最大限に、そして効果的に引き出す必要が、今まさに、この瞬間にも、叫ばれておるのでございますぞ…!」


 またもや謙信が、令和の最先端教育コンサルタントも真っ青になりそうな、流暢な、しかしこの場の誰にも正確な意味が通じているとは思えない横文字専門用語を、得意満面に、そして自信満々に並べ立て始めると、それまで黙って厳しい表情で視察を続けていた酒井忠助が、そっと、しかし有無を言わせぬ威圧感を込めた咳払いをして、それを制した。


「栗田。その…熱い想いは、まあ、分からんでもないが、あまり大声で、そして聞き慣れぬ異国の言葉で騒ぎ立てると、授業の妨げになる。それに、あそこで教えておられる老先生は、荻生道斎(おぎゅうどうさい)先生と仰って、長年この藩校『明倫館』で教鞭をとってこられた、藩内でも屈指の碩学と謳われた、それはそれはご立派なお方じゃ。我らも、敬意を払わねばならん」


 しかし、その、酒井忠助が言うところの「碩学」にして「ご立派な」荻生道斎先生、一行が、そっと、そして息を殺すようにして教室の後ろから様子を窺うと、教壇にどっかと腰を下ろしたまま、口を半開きにし、時折、満足げな「クー、クー」という寝息のような音を立てながら、実に、実に気持ちよさそうに、そして何のてらいもなく、堂々と居眠りをこいているではないか。その手には、朱筆ではなく、何故か食べかけの干し柿が握られている。


「…………。」

 謙信、権左衛門、そして酒井忠助は、顔を見合わせ、そして言葉を失った。あまりの光景に、謙信ですら、得意の横文字もポンチ絵も、一瞬、頭の中から完全に消え去ってしまったかのようであった。


 さらに、他の教室の様子を覗いてみると、その惨状は、枚挙にいとまがないほどであった。

 ある教室では、別の老教師が、生徒たちに一方的に、そしてひたすら単調に知識を詰め込むだけの、あまりにも退屈極まりない講義が、まるで永遠に続くかのように延々と続けられ、生徒たちは、もはや生きる屍と化している。またある教室では、教師が「本日は所用により自習とす。静粛に書物を読むべし」という書き置きだけを残して不在であり、生徒たちは、その言いつけを良いことに、好き勝手に騒ぎ立て、紙つぶてを投げ合ったり、あるいは隅の方で賭博に興じたりしているという、まさに学級崩壊寸前。


 いや、もはや完全に崩壊してしまっているとしか思えない、無残な有様。武術の稽古場であるはずの道場では、数人の、見るからにやる気のなさそうな生徒たちが、気のない、そして形だけの素振りを、だらだらと繰り返しているだけで、それを指導するべき教師の姿は、どこにも見当たらない。その代わりに、道場の隅では、数人の上級生らしき者たちが、下級生に威張り散らし、何やら理不尽な命令を下しているような光景も見受けられた。


(こ、これは…これは、想像を、私の貧困な想像力を、遥かに、遥かに超えた…まさに『KAIZEN』の、広大無辺なるブルーオーシャン、いや、もはや『KAIZEN』をするしかない、という絶望的な、しかし同時に、私のコンビニバイトリーダーとしての血を、これ以上ないほど熱くたぎらせる、最高の、そして究極の『KAIZENチャレンジ・フィールド』ですぞ…!)


 栗田謙信は、そのあまりの惨状に、しかし、絶望するどころか、逆に、その両の目を、まるで獲物を見つけた飢えた狼のように、あるいは、期限切れ間近の大量の廃棄弁当を前に、どうやって売り切るかという至難のミッションに燃える、あの頃の熱血バイトリーダーの目に、完全に、そしてギラギラと切り替わっていた。彼の脳内には、既に、この絶望的な状況を打破するための、百や二百の「KAIZENアイデア」が、それこそ火山の噴火のように、次から次へと湧き上がり、溢れ出し、そして爆発しそうになっていた。


 藩校「明倫館」の、あまりにも衝撃的な視察を終え、重い足取りで目安方執務室へと戻った謙信は、早速、床に巨大な和紙を何枚も広げ、墨と筆を手に取り、例の、見る者が見れば芸術的とも言えるが、普通の人から見ればただの子供の落書きにしか見えないポンチ絵と、そして殴り書きのような、しかし何故か力強い文字で、「藩校『明倫館』KAIZEN・緊急アクションプラン(第一次草案・トップシークレット・超絶怒涛編!)」と題した、壮大にして、おそらくは前人未到の、そして多くの関係者の胃に穴を開けるであろう計画図を、一心不乱に、そして狂ったように描き始めた。その背後では、酒井忠助が、もはや言葉もなく、ただただ深いため息と共に、持病の頭痛をこらえるように、こめかみをぐりぐりと押さえ続け、岩田権左衛門が、新たな、そしておそらくはこれまでで最大級の胃痛の確実な予感に、そっと懐から、なけなしの銭で買い置きしておいた常備薬の反魂丹を取り出し、しかしそのあまりの絶望感に、もはやそれを飲む気力すら失いかけているという、そんな光景が繰り広げられていたのであった。



 数日後、栗田謙信は、藩主・相馬昌胤の「教育改革は、目安方筆頭たる栗田に、その全権を委任し、断固として推進すべし!」という、鶴の一声ならぬ、殿の一声(という名の、ほぼ丸投げに近いご命令)を錦の御旗として高々と掲げ、藩校「明倫館」の全教師陣を、目安方執務室へと丁重に、しかし有無を言わせぬ形で招集した。


 表向きは「今後の藩校教育のあり方に関する、忌憚のないご意見交換会」という、いかにももっともらしい名目であったが、その実態は、謙信による、一方的な「教育改革・熱血決意表明演説会」であり、そして、集められた老先生たちにとっては、まさに青天の霹靂、寝耳に水、そして何よりも迷惑千万な「意識改革強制セミナー・地獄の第一回」の、憂鬱な始まりのゴングが鳴り響いた瞬間であった。


 目安方執務室の、普段は謙信の奇声と、権左衛門のため息と、そして時折訪れる領民たちの困惑の声くらいしか響かない、狭く、そして雑然とした部屋に、その日は、異様なほどの緊張感と、そしてどこかピリピリとした敵意のようなものが充満していた。


 集められたのは、いずれも、この相馬中村藩内で、それなりの家柄と、そして長年培ってきた(と本人は信じている)学識を誇りとし、そして何よりも、その揺るぎない(そして時に硬直しすぎた)プライドだけは、エベレストよりも高く、マリアナ海溝よりも深いであろう、年の頃五十から七十代の、見るからに気難しそうで、そして融通の利かなさそうな老先生ばかり、十数名。


 彼らは、目安方という、最近になって突然できたばかりの、何やら得体の知れない、そしていかにも胡散臭い役職の、しかも、どこからどう見ても足軽上がりの、学も品もなさそうな若造に、呼びつけられたこと自体が、我慢ならないほど気に食わないといった様子で、腕を組み、厳しい顔つきで口をへの字に結び、謙信の一挙手一投足を、まるで値踏みするかのように、あるいは、何か粗相でも見つけ出して、即座に論破してやろうと待ち構えているかのように、鋭く、そして冷ややかに睨みつけている。


(うひゃあ…これはまた…先日の藩校視察で見た、あの…虚ろな目をした生徒たちとは、比較にならないほど、手強く、そして何よりも『扱いにくい』お客様ばかりですなあ…しかし、ここで怯んでいては、令和の熱血バイトリーダーの名が廃るというもの!まずは、拙者の、このほとばしる熱いパッションと、そして何よりも、この藩の輝かしい未来への、揺るぎないビジョンを、誠心誠意、そして心を込めて、しっかりとご理解いただかねば!)


 謙信は、内心の、それこそ小鹿のように震えるほどの緊張と、そしてほんの少しの恐怖を、いつもの、太陽のような、いや、もはや太陽そのものになり替わろうとしているかのような、ニカッとした満面の笑顔の仮面の下に完璧に隠し、まずは深々と、そしてこれ以上ないほど丁寧な角度で、老先生たち一同に向かって頭を下げた。


「皆様、本日は、ご多忙の中、そしてお寒い中、この粗末な目安方執務室まで、わざわざ足をお運びいただきまして、誠に、誠に、誠に、ありがとうございます!拙者、この度、恐れ多くも、我が君・相馬昌胤様より、この相馬中村藩の、そして日本の未来を左右すると言っても過言ではない、藩校教育改革という、身に余るほどの大役を仰せつかりました、目安方筆頭、栗田謙信と申します!以後、なにとぞ、なにとぞ、お見知りおきいただけますよう、そして、何卒、皆様の、長年にわたり培われた、その海よりも深く、山よりも高い、素晴らしいご経験と、そして太陽よりも明るく、月よりも清らかな、その深遠なる知恵とご見識を、この、何の取り柄もない、ただ元気とやる気と、そしてお客様への愛だけは誰にも負けないと自負しておる若輩者に、ほんの少しでもお貸しいただきたく、伏して、伏して、伏してお願い申し上げる次第でございます!」


 謙信の、あまりにも丁寧すぎて、しかしその実、どこか芝居がかっていて、そしてほんの少しだけ相手を小馬鹿にしているのではないかとすら思えるほど、大袈裟で、そして暑苦しい挨拶に、老先生たちの中から、ひときわ厳めしい顔つきをし、まるで能面のように表情を変えず、そしてこの藩校「明倫館」で、それこそ生き字引、歩く経書と恐れられ、この道五十年の大ベテランと藩内外にその名を(良くも悪くも)轟かせている、漢学の老大家、荻生道斎先生が、他の教師たちを代表するかのように、フンと、まるで虫けらでも追い払うかのように、冷たく鼻を鳴らして、重々しく口を開いた。


「…目安方の栗田、であったかな。…我らは、長年、この相馬中村藩の、将来を担うべき若者たちの教育に、それこそ身を削り、心を砕き、粉骨砕身、身を捧げてきたという、確固たる自負がある。それを、昨日今日、どこからともなく、まるで湧いて出たかのように現れた、貴様のような若造に、改革だの、新しい教育だのと、軽々しく、そしてしたり顔で口出しされる筋合いは、この荻生道斎、毛頭ないと思うがな。そもそも、栗田。貴様のような、およそ武士としての品格も、そして何よりも、学問を修めた者としての最低限の素養すらも疑わしいような者に、この、藩の未来を育む、神聖なる学び舎『明倫館』の何が、一体、分かると言うのか。お答え願おうか」


 荻生道斎先生の、その一言一句に、刺々しい棘と、そして底知れぬ敵意が込められた、冷たく、そして重い言葉に、他の教師たちも、待ってましたとばかりに、うんうん、もっと言ってやれと、力強く頷き、謙信を睨みつけるその視線は、ますます厳しさを、そして侮蔑の色を増すばかりであった。執務室の空気は、一瞬にして、真冬の陸奥の荒野よりも冷え切り、そして重苦しくなった。


(おおっと、これは…これは、いきなり『ラスボス級ハードクレーム』のお客様のお出ましですな…しかも、取り巻きの『中ボス軍団』付きとは…しかし、ここで感情的になったり、あるいは論破しようなどと考えては、それこそ三流、いや、四流のサービスマン失格!冷静に、そして誠意をもって、お客様の、その奥底に隠された『真のニーズ』と『満たされない想い』を、丁寧に、そして共感をもって掘り下げなくては…!)


 謙信は、そのあまりのプレッシャーに、一瞬、膝が笑いそうになるのを必死でこらえ、しかし、少しも怯むことなく、むしろその、まるで値踏みするかのような挑戦的な視線を真正面から受け止め、穏やかな、しかしその奥に確固たる信念を秘めた、そして不思議と相手の心に染み入るような声で、ゆっくりと、そして丁寧に語り始めた。


「荻生道斎先生。そして、先生方。お言葉、誠に、誠に、痛み入ります。拙者が、皆様方のような、長年にわたり、この藩の教育に多大なるご貢献をされてこられた、素晴らしいご経験と、そして海よりも深い学識をお持ちの先生方に比べれば、まさに、生まれたての赤子同然、何の知識も経験もない、未熟者であることは、重々、重々承知いたしております。しかし、そんな未熟な拙者ではございますが、拙者には、拙者なりの、この愛すべき相馬中村藩の輝かしい未来を、そして何よりも、この藩の、いや、日の本の宝である、子供たちの、無限の可能性に満ちた未来を、もっともっと明るく、もっともっと希望に溢れ、そしてもっともっと笑顔で満ち足りたものにしたいという、誰にも、それこそ天照大神様にも負けぬほどの、熱く、そして燃えるような想いが、この胸の中に、これでもかと詰まっておるのでございます!そして、そのためには、これまでの、もちろん素晴らしい伝統や、守るべき大切な慣習は最大限に尊重しつつも、しかし、時にはそれに甘んじることなく、新しい時代の到来に即した、新しい、そしてより効果的な教育の形を、先生方と、そして生徒たちと、さらには領民の皆様と、手と手を取り合い、心を一つにして、共に創り上げていく必要があると、この栗田、固く、固く信じているのでございます!」


 謙信は、そこで一旦、言葉を区切り、懐から、おもむろに、例の、見る人が見れば幼稚園児の作品展に紛れ込んでいてもおかしくないような、しかし本人は大真面目に、そして渾身の力作と信じて疑わない、ポンチ絵満載の「藩校『明倫館』KAIZEN計画書・夢と感動のネクストステージ・ドリームプラン(巻物バージョン、全長五メートル、オールカラー、フル手描き、一部立体模型付き!)」の巻物を、これみよがしに、そしていささか芝居がかった手つきで、老先生たちの前に、バーン!と、効果音がつきそうな勢いで広げてみせた。


「これが、拙者の、浅学非才なる頭脳を、それこそ三日三晩、不眠不休でフル回転させ、血と汗と涙と、そしてほんの少しの鼻血を滲ませながら、魂を込めて作成いたしました、新しい藩校の姿、『明倫館ネクストステージ・ドリームプラン』でございます!先生方、どうか、どうか、この、拙者の、そして相馬中村藩の未来への、熱き想いの結晶を、ご高覧いただけますよう、お願い申し上げます!」


 老先生たちは、その、あまりにも奇抜で、そして子供の落書きのようにも、あるいは何かの呪符のようにも見える、摩訶不思議な計画図に、最初は呆気に取られ、そして次第に、顔を見合わせ、ひそひそと何かを囁き合い、そしてついに、失笑とも、怒りとも、あるいはただの困惑ともつかぬ、何とも形容しがたい、極めて複雑な表情を浮かべ始めた。


「な、何だこれは…?この、のたくったような絵は…?『論語』や『孟子』の代わりに、『実用算術』と『農業体験学習』だと…?『武士道精神』よりも、『お客様満足学しーえすがく』なる、聞き慣れぬ、そしていかにも軽薄な学問を重視せよ、と…?馬鹿も休み休み言え!これでは、武士の魂を育むどころか、ただの、目先の利益ばかりを追い求める、卑しい商人か、あるいは泥にまみれた百姓を養成するようなものではないか!断じて許せん!」


「校庭に『かぴばら型巨大滑り台』…?『藩営給食センター・キッチンスタジアム』…?『目安箱型ご意見ポスト・生徒の声直通便』…?栗田。貴様は、この、先人たちが血と汗で築き上げてきた、神聖なる学び舎『明倫館』を、一体全体、何だと思っておるのだ!ここは、子供たちの、ただの遊び場ではないぞ!断じて!」


 避難轟々、怒号飛び交う、まさに阿鼻叫喚、四面楚歌の地獄絵図。謙信は、しかし、そんな老先生たちの、それこそ嵐のような激しい反発と、時に人格否定に近いような罵詈雑言を、むしろ楽しむかのように、あるいは、コンビニで理不尽なクレームをつけてくるお客様への対応で鍛え上げられた、鋼のメンタルと、驚異的なスルースキルを発揮し、一つ一つの意見や批判に、丁寧に、そして真摯に耳を傾け、そして、時にはユーモアを交え、時には真剣な、そしてどこか寂しげな眼差しで、自らの計画の、その奥底にある真の意図と、そして揺るがぬ目的を、粘り強く、そして心の底からの熱意を込めて、繰り返し、繰り返し、説明し続けた。


「先生方、どうか、どうか落ち着いて、拙者の話を聞いてください!もちろん、これまでの、我が藩が誇るべき素晴らしい伝統や、そして何よりも、武士としての、人としての、高潔なる精神を軽んじるつもりは、この栗田、毛頭、微塵もございません!むしろ、それらを、確固たる土台とした上で、さらに、これからの、先の見えない、そして変化の激しい新しい時代を、力強く、そして賢明に生き抜くための、より『実践的な知恵』と、そして何よりも『変化に臆することなく対応できる、しなやかで強靭な思考力』を、未来ある若者たちに、平等に、そして楽しく身につけさせたいのでございます!そのためには、先生方。時には、これまでの常識や慣習を、一度、勇気を持って疑い、そして新しいこと、未知なるものに、果敢に挑戦する勇気もまた、必要なのではございませんか?例えば、この、先生方が『子供の遊び道具』と一笑に付された『かぴばらスライダー』でございますが、これは、決して、ただの遊具ではございません!子供たちの、健全な肉体と、旺盛な体力向上はもとより、そして何よりも『どんな困難な壁にも、決して諦めずに立ち向かう、不屈のチャレンジ精神』と『仲間と協力し、共に目標を達成するチームワークの重要性』を、遊びながら、楽しみながら、そして自然に育むための、画期的な、『アスレチック型体験教育ツール』なのでございますぞ!そして、この、先生方が『百姓の真似事』と眉をひそめられた『藩営給食センター・キッチンスタジアム』もまた、ただ単に、生徒たちの腹を満たすだけの施設ではございません!栄養バランスの取れた、安全で美味しい食事を、安定的に提供することで、生徒たちの健やかな心身の成長と、そして何よりも、勉学への集中力と学習意欲の飛躍的向上を図り、さらには、我が藩で採れた、新鮮で旬な食材を積極的に活用することで、地元の農業や漁業の活性化、すなわち『地産地消による地域経済循環モデルの構築』にも、大きく貢献するという、まさに一石三鳥、いや、四鳥、五鳥もの、素晴らしい効果が期待できる、『食育KAIZENドリーム・プロジェクト』なのでございます!」


 謙信の、その、あまりにも強引で、そして論理が飛躍しすぎている部分も多々あるものの、しかし、どこか不思議な説得力と、そして何よりも、その言葉の端々から滲み出てくる、子供たちの未来を真剣に憂い、そしてこの藩を心の底から愛しているという、一点の曇りもない真摯な想いに、あれほどまでにいきり立ち、そして謙信を口汚く罵っていた老先生たちも、次第に、その勢いを失い、言葉に詰まり、ただただ、その常識外れの若者の、底なしの情熱と、そして何よりも、その瞳の奥に宿る、恐ろしいほどに純粋で、そして真っ直ぐな光に、圧倒されるばかりであった。


 その時、これまで黙って腕を組み、厳しい、しかしどこか複雑な表情で、このあまりにも異様な議論の行方を見守っていた、城代家老・酒井忠助が、おもむろに、そして静かに口を開いた。


「…先生方のお気持ちも、そして目安方の栗田の、その…常軌を逸した、いや、ほとばしるほどの熱意も、この酒井、十分に、そして痛いほどに理解できたつもりじゃ。確かに、栗田の申すことは、あまりにも突飛で、我らの、長年慣れ親しんできた常識からは、遥かにかけ離れておるやもしれぬ。じゃが、先生方。このまま、旧態依然とした、そして生徒たちの心が離れてしまっているような教育を続けていて、本当に、この相馬中村藩の、そして日の本の未来があるのであろうか?ここは一度、この、どこか得体の知れぬ、しかし不思議な魅力と馬力を持った若者の、その常識外れの、そしてある意味、無謀とも言える提案に、ほんの少しだけ、そして藩の未来を託すという意味で、賭けてみてはいかがかな?もちろん、その全てを、今すぐ鵜呑みにしろと言うわけではない。先生方の、長年にわたり培われた、素晴らしいご経験と、そして海よりも深い知恵とご見識を、最大限にお借りし、良いものは残し、そして大胆に改めるべきは改める。そうやって、新しいものと古いものが、互いに手を取り合い、そして反発し合いながらも、皆で知恵を出し合い、そして汗を流し、新しい『明倫館』の、そして新しい相馬中村藩の姿を、共に創り上げていく。それこそが、今、我らが、この困難な時代を生きる者として、そして未来への責任を負う者として、なさねばならぬことではないのかと、この酒井は愚考する次第じゃが…先生方、いかがかな?」


 酒井忠助の、その、藩の重鎮としての重みと、そして何よりも、公平にして誠実な人柄が滲み出る、静かだが、しかし力強い言葉に、それまで喧々諤々、まさに一触即発の危機にまで瀕していた執務室の空気は、ふっと、ほんの少しだけ和らぎ、そして、あれほどまでに頑なだった老先生たちの中にも、ほんの僅かではあるが、「あるいは…この若造の言うことにも、万に一つくらいは、聞くべきところがあるのかもしれん…」「酒井様がそこまで仰せなら…」といった、小さな、しかし確かな変化への期待、あるいは諦観のようなものが、まるで固く凍てついた大地から、ほんの小さな草の芽が顔を出すかのように、芽生え始めていたのであった。



 藩校「明倫館」の改革に向けて、最大の障壁と思われた教師たちの(渋々ながらも、そして多くの注文と条件付きではあったが)理解と協力を、何とか取り付けた栗田謙信が、次に、そしておそらくは最後に乗り越えねばならぬ、最も高く、そして最も分厚い壁は、もちろん、あの「鬼の渋沢」の異名を持ち、藩内外にその名を轟かせる、鉄壁の守護神、渋沢勘定奉行との、一銭の無駄も許されぬ、血で血を洗う(かもしれない)、壮絶にして過酷なる教育予算獲得折衝バトルであった。


 目安方執務室に、酒井忠助が、それこそ三顧の礼、いや、もはや土下座せんばかりの勢いで、何とか無理やり連れてきた渋沢勘定奉行を上座に据え、栗田謙信は、これまでの経緯と、そして先の教師たちとの協議を踏まえて、さらにブラッシュアップ(という名の、さらなる奇抜なアイデアの追加)を施した、具体的な藩校改革案。


 そして、それに伴う、およそ貧乏小藩の教育予算とは思えぬほど莫大な(と、少なくとも渋沢勘定奉行には、そしておそらくは他の誰の目にもそう見えるであろう)金額が記された予算要求書を、彼の持てる全てのプレゼンテーション能力と、そしてコンビニバイトで鍛え上げた接客スマイル、さらには、時折、権左衛門の胃を直撃するほどの寒いオヤジギャグさえも交えながら、渾身の力で説明した。


 もちろん、例の、見る人が見れば前衛芸術と見紛うばかりのポンチ絵が、これでもかと満載された「藩校『明倫館』KAIZEN計画書・最終決定稿(仮)~夢と感動と涙と笑いの、教育維新・相馬の夜明けぜよ!編~」と、新たに、そしておそらくは徹夜で作成したのであろう「相馬藩・教育改革と藩財政への波及効果に関する、超絶ポジティブ・フューチャー・シミュレーション(という名の、まあ、ほとんど希望的観測と、都合の良い数字だけで構成された、かなり無理のある皮算用グラフ)」もまた、惜しげもなく、そして自信満々に披露されたのであった。


 渋沢勘定奉行は、その間、まるで能面のように一切の表情を変えることなく、腕を組み、目を固く閉じ、時折、ピクリと、本当にほんの僅かに眉を動かすだけで、栗田謙信の、それこそ滝のように流れ落ち、そしてほとばしる熱弁を、まるで深山に鎮座する石地蔵のように、あるいは、全ての音を吸い込むブラックホールのように、ただただ黙って、一言も発することなく聞き続けていた。そして、謙信が、額に玉のような汗を滲ませ、息も絶え絶えになりながらも、全てのプレゼンテーションを終え、深々と頭を下げた、まさにその瞬間、ゆっくりと、そして極めて重々しく、その薄く、そして真一文字に固く結ばれた唇を、ようやく開いた。


「…目安方の栗田。…貴様の、その…あまりにも壮大にして、そしておよそ現実離れした、まるで子供の夢物語のような戯言、この老体が、最後まで辛抱強く、そして目眩もせずに聞き終えるだけで、正直、少々骨が折れたわ。…して、その…『かぴばら・あどべんちゃー・すらいだー(全長三十間、高低差五間、ゴール地点には、何故か温水かぴばら露天風呂完備!)』とやらやらを、神聖なる藩校の校庭に、それも藩の銭で設置するのに、一体全体、どれほどの莫大な銭がかかると、貴様は試算しておるのかな?そして、その費用対効果は、如何ほどか、具体的に、そして分かりやすく、この老いぼれにも理解できるように、ご説明願いたいものじゃのう」


 その声は、まるで真冬のシベリアから吹き付けるブリザードのように、低く、冷たく、そしてどこまでも、どこまでも冷徹であった。


「は、はい!そ、それはですな、渋沢様!…最新の、そして最も信頼のおける見積もりによりますと、骨組みには最高級吉野檜を使用し、滑走面には南蛮渡りの特殊な磨き丸太を贅沢に使い、そして仕上げには江戸の名工中の名工に、特注で、それこそ魂を込めて製作を依頼した場合でも、わずか…わずか、三百両ぽっきり!でございます!そして、これを導入することによる、生徒たちの健全な肉体と、旺盛な体力向上、日々のストレスの劇的軽減、そして勉学への集中力と学習意欲の飛躍的向上、さらには、この『かぴばらスライダー』が江戸や京の都で評判となり、全国から視察団が殺到し、我が藩の知名度とブランドイメージが爆発的にアップし、その結果、観光客が増え、地場産品が飛ぶように売れ、藩の財政が潤い、ひいては日の本全体の教育レベルの向上に貢献するという、計り知れないほどの、まさに無限大の『投資効果』を考えれば、もはやこれは『実質無料』、いや、むしろ『藩にお金が儲かってしまう魔法のスライダー』と言っても、決して過言ではございませんぞ、渋沢様!」


 謙信は、少しどもり、そして声が上ずりながらも、しかし必死で、そして目を血走らせながら、その無謀としか思えない計画の正当性を、熱く、熱く訴えた。


「…三百両、とな。…ほう、それが、貴様にとっては『わずか』であり、『ぽっきり』なのか。…して、その『実質無料』だの、『魔法のスライダー』だのという、およそ正気の沙汰とは思えぬ戯言の、具体的な根拠は、一体どこにあるのかな?この、貴様が自信満々に広げておる『費用対効果シミュレーション』とやらに、まるで子供の落書きのように書き殴られておる、『生徒たちの笑顔・プライスレス効果(年間一万両相当!)』とか、『藩のイメージアップによる経済効果・測定不能(つまりゼロということか?)』とかいう、ふざけきった、そしてあまりにも不真面目な項目が、まさかその根拠とでも言うつもりではあるまいな?」


 渋沢勘定奉行の目が、カッと、まるで猛禽類のように鋭く見開かれ、その氷のような、そして全てを見透かすかのような鋭い眼光が、謙信を射抜く。目安方執務室の空気は、一瞬にして、絶対零度まで下がり、権左衛門は、そのあまりのプレッシャーと恐怖に、思わず「ヒッ!」と、カエルの潰れたような小さな悲鳴を上げて、そのまま白目を剥いて失神しそうになるのを、隣にいた酒井忠助が、慌ててその肩を支えてやらねばならなかったほどであった。


「栗田。貴様は、どうやら、根本的に、そして致命的に、何かを勘違いしておるようだ。この相馬中村藩の、そして領民たちの銭はな、決して、貴様のような、どこから来たのかも分からぬ、素性の知れぬ若造の、思いつきの、そして身の程知らずの道楽のために、天から降ってくるわけでも、地から湧いて出てくるわけでもないのじゃ。一文の銭も、それは、この藩に生きる全ての領民たちが、夏の炎天下に汗水たらして田畑を耕し、冬の凍てつく寒さの中で漁に出て、そして時には、自らの血を絞り出すような思いをして、ようやく藩に納めた、まさに彼らの『命そのもの』『血肉そのもの』なのであるぞ。それを、この藩の財政を預かる勘定奉行たるこのわしが、そのような、まるで子供の夢物語、いや、もはや狂人の戯言としか思えぬような、馬鹿げた計画に、そう易々と、ホイホイと支出を許可できると、貴様は、本気で、心の底からそう思うておるのか?もしそうであるならば、貴様は、ただのうつけ者か、あるいは、この藩を破滅に導こうとする、悪鬼羅刹の手先としか思えんわ!」


 渋沢勘定奉行の、その一言一句に、まるで千鈞の重みと、そして長年にわたる筆舌に尽くしがたい苦労と、そして藩の財政を守り抜いてきた者だけが持つ、揺るぎない矜持と、そしてどこか悲痛なまでの響きを帯びた言葉に、さすがの栗田謙信も、一瞬、完全に言葉を失い、ぐっと唇を噛み締め、そして俯いてしまった。彼の、いつもは自信に満ち溢れ、キラキラと輝いている瞳から、その輝きが、まるで消えかかった蝋燭の炎のように、ふっと消え失せたように見えた。


(…確かに、そうだ…この人の、渋沢様の言う通りだ…俺は、前世の、平和で、豊かで、そしてお金の価値が軽くなってしまっていた時代の金銭感覚のまま、あまりにも安易に、そして楽観的に、この世界の、そしてこの藩の現実を考えすぎていたのかもしれない…この世界の、一両の、いや、一文の銭の本当の重みを、その裏にある人々の苦労と汗と涙を、本当の意味で、心の底から理解していなかった…ただ、自分のやりたいこと、面白いと思うことだけを、押し通そうとしていただけだったのかもしれない…)


 しかし、栗田謙信は、そこで完全に心が折れてしまうような、ヤワな男ではなかった。彼は、ほんの数瞬、深く俯き、自らの未熟さと甘さを噛み締めた後、再び、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、先程までの自信過剰な輝きとは違う、静かな、しかし、より深く、そしてより強い、まるで青い炎のような、確固たる決意の光が宿っていた。そして、これまでの、どこか浮ついた、勢い任せの暑苦しさではなく、落ち着いた、しかし心の底からの真摯な想いを込めた声で、渋沢勘定奉行に、改めて語りかけた。


「渋沢様。先程のお言葉、誠に、誠に、この栗田の、未熟な心に、深く、深く刻み込ませていただきました。拙者の考えが、あまりにも浅はかで、そしてこの藩の、そして領民の皆様の現実から、かけ離れていたこと、心の底より、深く反省いたしております。まことに、申し訳ございませんでした」


 謙信は、まず、深々と、そして心からの謝罪の意を込めて、渋沢勘定奉行の前に頭を下げた。


「しかし、渋沢様。それでも、それでもなお、拙者は、この相馬中村藩の輝かしい未来を、そして何よりも、この藩の宝である、子供たちの、無限の可能性に満ちた未来を、決して、決して諦めたくはございません。この、拙者が提案させていただきました教育改革は、決して、単なる道楽や、思いつきの夢物語などではございません。我が相馬中村藩が、この、先の見えない、そして厳しい競争の時代を力強く生き抜き、そしてさらに、日の本を代表するような、素晴らしい藩へと発展していくための、最も重要で、そして最も効果的な『未来への、かけがえのない投資』であると、この栗田、今もなお、固く、固く信じておるのでございます」


「…投資、とな…また、聞き慣れぬ言葉じゃのう…」渋沢勘定奉行が、低い声で、まるで独り言のように呟く。


「はい。確かに、目先の銭は、今の藩の財政状況を鑑みれば、決して少なくない額が必要となるやもしれませぬ。しかし、渋沢様。どうか、もう少しだけ、長い目で見てはいただけないでしょうか。ここで、藩の未来を担う子供たちに、最高の教育環境と、そして何よりも、夢を追いかけ、それを実現するための勇気と知恵を与えることができれば、彼らは必ずや、十年後、二十年後、この相馬中村藩を支え、そして豊かにしてくれる、何物にも代えがたい、かけがえのない『人財』へと、必ずや成長してくれるはずでございます。それは、どんな金銀財宝にも、どんな広大な領地にも代えがたい、我が相馬中村藩にとっての、最高の、そして最も価値ある『資産』となるのではございませんか?どうか、渋沢様。もう一度だけ、この栗田の、未熟ながらも必死で考え抜いた計画に、そして何よりも、この藩の、輝ける子供たちの、無限の可能性に、ほんの少しだけ、ほんの少しだけで結構でございます、賭けてみてはいただけないでしょうか。もちろん、ご指摘いただきました予算につきましては、全面的に、そして徹底的に見直し、可能な限り、そして血の滲むような努力で削減し、そして、その費用対効果につきましても、必ずや、渋沢様にご納得いただけるだけの、具体的な、そして目に見える成果を、この栗田、我がコンビニバイトリーダーとしての名誉と、そして目安方筆頭としての職責に賭けて、必ずや、必ずやお示しすることをお約束いたします!」


 栗田謙信は、再び、深々と、そして今度は、先程よりもさらに長時間、渋沢勘定奉行の、その射るような視線を受け止めながら、決して目を逸らすことなく、ただひたすらに頭を下げ続けた。その姿には、これまでの、どこかお調子者のような、自信過剰なまでの勢いは微塵もなく、ただただ、この藩の未来を、そして子供たちの笑顔を、心の底から願う、一人の男の、真摯な、そして切実な、魂からの願いだけが、静かに、しかし力強く込められていた。


 渋沢勘定奉行は、そんな謙信の姿を、じっと、そして相変わらず厳しい、しかしその奥に、ほんの僅かな、本当にほんの僅かな、人間的な揺らぎのようなものが感じられる表情のまま、瞬きもせずに見つめていたが、やがて、ふう、と、これまでで一番大きな、そして何やら様々な感情が込められたような、複雑なため息を一つ漏らすと、ゆっくりと、そして重々しく口を開いた。


「…栗田。顔を上げい。…貴様の申す『未来への投資』とやら、まあ、百歩、いや、千歩、いや、もはや万歩譲って、その…常軌を逸した心意気と、そして何よりも、その…あまりにも真っ直ぐすぎる馬鹿正直さだけは、この老いぼれも、認めぬでもない。…じゃが、予算は予算じゃ。この渋沢監物、先祖代々、この相馬中村藩の勘定方を預かる者として、そして何よりも、あの地獄のような財政破綻の危機を、身をもって経験した者として、一文たりとも、いや、一厘たりとも、無駄な、そして効果の疑わしい支出は、断じて認めるわけにはいかん。その覚悟が、貴様にあるというのなら、改めて、その…『かぴばら・あどべんちゃー・すらいだー(全長三十間、高低差五間、ゴール地点には、何故か温水かぴばら露天風呂完備!)』とやらは、即刻、金輪際、未来永劫、計画から抹消し、そして、その他の、まだ少しは現実味のあるやもしれぬ項目についても、その費用と効果を、もう一度、血反吐を吐くほど徹底的に精査し、より現実的で、より具体的で、そして何よりも、この老いぼれにも理解できるような、費用対効果の高い、地に足のついた計画書を、三日以内に、このわしに提出せい。それを見て、改めて、そして厳正に、この渋沢監物が、この藩の未来にとって、本当にそれが『投資』に値するものなのかどうかを、判断してつかわす。よいな?返事はどうした、栗田!」


 その言葉は、相変わらず、いや、これまで以上に厳しく、そして数多くの、そして極めて困難な注文がつけられてはいた。しかし、その、まるで厳冬の北風のような厳しさの奥底には、ほんの僅かではあるが、栗田謙信の、その常識外れの熱意と、そして藩の未来を、子供たちの未来を心の底から思う彼の、そのあまりにも真摯な想いに対する、一定の、本当に、本当にごくごく僅かな理解と、そして「条件付きの、極めて限定的な、そして風前の灯火のごとき可能性」が、確かに、そして微かに示唆されているようにも、謙信には、そしてその場にいた酒井忠助と権左衛門にも、そう感じられたのであった。


(やった…!やったぞ…!渋沢様が…あの、鉄壁の、いや、もはやダイヤモンドよりも硬いと思われた、鬼の渋沢様が、ほんの少しだけ、本当に、本当にほんの少しだけではあるが、我らの、いや、この藩の未来への想いに、心を開いてくださった…!これで…これでようやく、第一歩を踏み出せる…!)


 謙信は、顔を上げ、その目には、安堵と、感謝と、そして新たな決意の涙を滲ませながらも、これ以上ないほどの、満面の、そして一点の曇りもない、太陽のような笑顔で、再び、渋沢勘定奉行の前に、深々と、そして力強く頭を下げた。


「ははっ!ありがとうございます!渋沢様!必ずや、必ずや、渋沢様のご期待に、いや、そのご期待を遥かに超える、素晴らしい計画書を、三日と言わず、明日中に、いえ、今宵徹夜してでも、魂を込めて作成し、お届けつかまつりまする!この栗田、必ずや、この相馬中村藩の教育を、日の本一、いや、世界一の、感動と笑顔に満ち溢れたものにしてみせますぞ!なぜなら、未来を担う子供たちこそが、我が藩にとって、最高の、そして最強の『お客様』なのでございますから!」


 その夜、目安方執務室には、いつになく、こうこうと、そして力強い灯りが、まるで藩の未来を照らし出すかのように灯り続け、栗田謙信と、そして何故か、いつの間にか完全に巻き込まれる形で、しかしどこか楽しげに(そして時折、深いため息をつきながらも)その無茶な作業を手伝っている、岩田権左衛門と、そして城代家老・酒井忠助までもが、小さな机に頭を寄せ合い、ああでもないこうでもないと、喧々喧々諤々、しかしどこか建設的な議論を重ねながら、新しい、そしてより現実的な(と彼らが信じる)教育改革案の練り直しに、東の空が白み始めるのも忘れて、一心不乱に没頭する姿があったという。


 その傍らには、大量の、それこそ山のような書き損じの和紙の山と、そして何故か、謙信が「これは、徹夜作業の必須アイテム、令和のビジネスマンの秘密兵器なのでございます!」と、どこからともなく持ち込んだ、「眠眠打破(という名の、ひどく濃く、そして恐ろしく苦い番茶を、さらに煮詰めたような液体)」の、空になった湯飲みが、まるで戦場に散らばる薬莢のように、いくつも、いくつも転がっていたという。


 相馬中村藩の、未来を賭けた「学び舎KAIZEN大作戦・起死回生リベンジ編」。その前途には、まだまだ多くの、そしておそらくは想像を絶するほどの困難と、そして予測不能な珍騒動が、まるで梅雨時のキノコのように、次から次へと待ち受けているであろうことは、もはや誰の目にも明らかであった。


 しかし、栗田謙信という、規格外の、しかし底抜けに明るい熱血漢と、そして彼を支える(あるいは、ただただ振り回されるだけのようにも見えるが、しかし心の底では彼を信頼している)仲間たちの手によって、この陸奥の小藩の、小さな、そして古びた学び舎から、新しい時代の、大きな、そして希望に満ち溢れた風が、今まさに、力強く、そして確かに吹き始めようとしていたのであった。



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