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拙者、お客様は神様だと申したはず! ~令和のバイトリーダー、うっかり江戸で天下泰平(主に接客面で)を目指す~  作者: ストパー野郎
第一部 ~バイトリーダー、城下を騒がす! おもてなし改革と七転八倒の毎日~
16/30

幕間5:お駒ちゃんのお江戸繁盛記! ~看板娘は今日も行く~



祝!歴史日間ランキング46位!!!

一瞬で圏外に落ちていきました、、、。


 序章:お駒ちゃん、江戸八百八町を今日も行く!


「おっとう、おっかあ、今日も一日、達者で稼いでくるよ!」


 夜が白み始めたばかりの江戸、神田の裏長屋。威勢の良い声と共に、古びた長屋の戸を景気よく開けて飛び出してきたのは、お駒、自称・花の十七歳。


 くるりと締めた姉さん被りに、動きやすい木綿の着物、素足に履き慣れた下駄という、いかにも江戸の町娘といった出で立ちだ。


 実際には、その日暮らしの長屋で、口うるさいが気のいい大家のおたね婆さんに見守られ(というか、家賃の催促をされ)ながら、気ままな一人暮らしを謳歌している。


 親の顔は、物心ついた頃にはもう覚えていなかった。


 お駒の仕事は、日雇いの手伝い。今日は日本橋の大きな呉服問屋「越後屋」の品出しと店先での呼び込み、明日は浅草の茶屋での給仕、明後日は神田明神の境内の掃除と、頼まれれば何でもござれの便利屋稼業だ。


 おかげで、江戸の地理と、様々な店の内情、そして何よりも多種多様な「お客様」のあしらい方には、そこらの半端な商人よりもよっぽど詳しいという自負があった。


「おーい、お駒!今日は早いねえ!」


 威勢の良い魚屋の若い衆が、天秤棒を担ぎながら声をかけてくる。


「ったりめえよ!江戸っ子は宵越しの銭は持たねえが、朝寝坊するほど野暮じゃねえんでい!」


 お駒は、チャキチャキとした江戸弁でそう啖呵を切ると、ひらりと身をかわし、日本橋の喧騒へと駆け出していった。


 その小さな背中には、今日も一日、江戸という大都会で、たくましく、そしてしぶとく生き抜いてやろうという、雑草のような生命力がみなぎっていた。


 第一部:看板娘は見ていた!~おかしな客と江戸の流儀~


 その日、お駒ちゃんが手伝いに入っていたのは、日本橋の袂に店を構える、そこそこ名の知れた薬種問屋「亀屋」であった。

 

 主人の亀吉は、人の好さそうな丸顔の男だが、商売に関してはなかなかの切れ者で、番頭任せにせず、自らも店先に立って客に応対する実直な人物だ。お駒ちゃんは、その亀屋で、薬草の仕分けや、丸薬を包む作業、そして時折、店番を任されていた。


「お駒ちゃん、ちょいと頼むよ。わしは奥で薬の調合があるんでね。もし客が来たら、愛想良く応対しておくれ。分からねえことがあったら、すぐに呼んでいいからね」


「へい、合点承知の助だい!亀屋の旦那は、安心して奥州(奥へどうぞ、の意)!」


 お駒ちゃんは、威勢良く返事をすると、店の小上がりになった帳場にちょこんと座り、行き交う人々を眺め始めた。


 すると、店の前に、見るからに高貴な、しかしどこか世間ずれしていない、年の頃四十路がらみの奥方様が、供も連れずに一人で佇み、不安そうな顔で店の看板を見上げているのに気づいた。


(おやおや、あのお方は、どこぞのお武家様の奥方様かねえ。しかし、供も連れずに一人とは、ちと訳ありと見たね)


 お駒ちゃんは、持ち前の好奇心と商売人根性(?)で、すぐに店の外へ飛び出し、声をかけた。


「もし、奥方様。何かお探し物でも?ここは薬種問屋の亀屋でございますよ。うちの薬は、江戸でも評判の逸品揃いでございます!」


 奥方様は、突然声をかけられ、ビクリと肩を震わせたが、お駒ちゃんの屈託のない笑顔を見て、少しだけ安心したように表情を和らげた。


「あ、あの…実は、わたくし…その…なかなか寝付けず、夜中に何度も目が覚めてしまうのでございます。何か、良いお薬はございませんでしょうか…?」

 その声は細く、どこか頼りなげであった。


(ふむふむ、不眠症、ってやつだねえ。お武家様の奥方様ともなると、色々と気苦労も絶えねえんだろうねえ)


 お駒ちゃんは、瞬時に状況を把握した。


「さようでございますか。それはお辛いことでございますねえ。それでしたら、奥方様、こちらに『安眠熟睡・夢心地丸』という、とっておきの秘薬がございますよ!これは、うちの旦那が、長年の研究の末に編み出した、門外不出の調合でございましてね。寝る前に一服飲めば、あら不思議、まるで赤子のように、朝までぐっすり、それはそれは良い夢が見られると、江戸中の評判なのでございます!お値段も、今なら特別に、お求めやすい価格で…」


 お駒ちゃんは、まるで自分が調合したかのように、もっともらしい口調で、店で一番高価な(そしておそらくは、ただの気休め程度の)丸薬を、巧みに勧めてみせる。


 奥方様は、お駒ちゃんの熱心な説明に、半信半疑ながらも、藁にもすがる思いだったのか、「…では、それを一つ、試してみましょうかしら」と、小さな声で言った。


「へい、毎度ありがとうございます!きっと奥方様のお悩みを、この『夢心地丸』が、綺麗さっぱり吹き飛ばしてご覧に入れますよ!」


 お駒ちゃんは、内心で(しめしめ、これで今日の売り上げ一番乗りだね!)と舌を出しながらも、満面の営業スマイルで、その高価な丸薬を丁寧に包み、奥方様に手渡した。


 数日後、その奥方様が、再び「亀屋」を訪れた。その顔には、以前のような不安の色はなく、どこか晴れやかな、穏やかな表情が浮かんでいる。


「あの…先日は、本当にありがとうございました。おかげさまで、あのお薬を飲んだ晩から、本当に久しぶりに、朝までぐっすりと眠ることができまして…まるで、長年の悪夢から覚めたかのようでございます」


「それはそれは、ようございました!何よりでございます、奥方様!これも全て、亀屋の旦那の、お客様を思う真心と、そして何よりも、奥方様ご自身の、健康になろうというお強いお気持ちの賜物でございますよ!」


 お駒ちゃんは、自分の手柄のように胸を張って見せた。


 奥方様は、それからというもの、「亀屋」の常連客となり、お駒ちゃんともすっかり顔なじみになった。そして、ある日、こっそりとお駒ちゃんに打ち明けたのだ。実は、自分はさる大名家の側室で、正室からの嫉妬や、世継ぎを産まねばというプレッシャーから、長年、不眠と心労に悩まされていたのだと。


 しかし、お駒ちゃんの明るさと、あの「夢心地丸」(本当は、お駒ちゃんがこっそり、気休めにしかならないと分かっていたが、少しでも眠れるようにと、鎮静効果のある薬草を、ほんの少しだけ多めに混ぜておいたのだ)のおかげで、少しずつ心が軽くなり、前向きな気持ちを取り戻すことができたのだと、涙ながらに感謝された。


(へっへっへ、あたしの『おもてなし』も、まんざら捨てたもんじゃないねえ)


 お駒ちゃんは、少し照れながらも、心の中で得意の鼻をピクピクさせた。彼女のささやかな「商売哲学」――それは、ただ物を売るだけでなく、客の心の声に耳を傾け、ほんの少しでもその人の心を軽くしてあげること――が、思わぬ形で実を結んだ瞬間であった。


 第二部:長屋の揉め事は、お駒にお任せ!~人情裁きと涙と笑い~


 お駒ちゃんの住む神田の裏長屋は、江戸の縮図のような場所だった。


 威勢の良い職人、口八丁手八丁の行商人、日銭を稼ぐ棒手振り、そして訳ありの浪人者まで、様々な人間が肩を寄せ合い、日夜、大小様々な騒動が絶えない。


 そんな長屋で、お駒ちゃんは、持ち前の明るさと機転、そして何よりもお節介焼きな性格から、いつしか「長屋のトラブルシューター(問題解決請負人)」のような存在になっていた。


 ある夏の暑い日のこと。長屋の共同井戸の周りで、二人の男が、今にも掴みかからんばかりの勢いで、怒鳴り合っていた。

 

 一人は、腕の良い桶職人だが短気で喧嘩っ早い辰五郎。もう一人は、普段は温厚だが一度怒り出すと手がつけられないと評判の、浪人上がりの用心棒、源八。

 

 どうやら、井戸の水を汲む順番で揉めたのがきっかけらしい。


「てめえ!このクソ暑い中、人が汗水たらして働いて帰ってきて、一杯の冷てえ水で喉を潤そうって時に、何をもたもたしてやがんでえ!さっさとどきやがれ!」


「何を言うか、辰の字!順番というものがあるだろうが!貴様こそ、割り込んで水を汲もうなどと、武士の風上にも置けん奴だ!」


 周囲の住人たちは、二人の剣幕に恐れをなし、遠巻きに見ているばかり。大家のおたね婆さんも、「おーおー、また始まったよ、あの二人。


 誰か止めておくれでないか」と、軒下で煙管をふかしながら、どこか他人事のようにぼやいている。


 そこへ、「はいはい、そこまで、そこまでだよ!お二人さん、いい加減にしな!こんな暑い日に、そんな血相変えて怒鳴り合ってたら、それこそ井戸の水が干上がっちまうよ!」と、威勢の良い声と共に割って入ったのが、お駒ちゃんであった。


「お駒か…てめえは引っ込んでろ!これは男同士の意地の張り合いだ!」辰五郎が、息巻いて言う。


「お駒殿、これは拙者の武士としての面子に関わる問題。口出しは無用でござる」源八も、苦虫を噛み潰したような顔で言う。


「へん、意地だの面子だの、そんなもん、暑さで頭が茹だっちまったのかい?いいかい、お二人さん。水ってのはねえ、天からの恵み、誰のもんでもありゃしねえ。それを、どっちが先に汲むだの、後だのって、そんなちっぽけなことで争って、一体何になるってんだい?それよりさ、ここは一つ、あたしに免じて、仲良く順番こで水を汲み、その後は、うちの長屋の縁側で、冷えた麦茶でも飲みながら、ゆっくり涼んでいくってのはどうだい?あたしが、とっておきの面白い江戸の噂話でもしてあげるからさ!」


 お駒ちゃんは、まるで子供を諭すかのように、しかしその言葉には、江戸っ子らしい粋な啖呵と、そして相手を気遣う温かい人情が込められていた。


 その、あまりにもあっけらかんとした、そしてどこか憎めない笑顔と口調に、あれほどいきり立っていた辰五郎と源八も、一瞬、言葉に詰まり、顔を見合わせた。そして、最初に辰五郎が、ふっと肩の力を抜き、「…へっ、ちげえねえや。お駒の言う通りだ。こんなことで意地張ってても、暑さがますだけだ」と、バツが悪そうに頭を掻いた。


 源八も、「…うむ。お駒殿の申されること、誠に理に適っておる。拙者としたことが、少々、頭に血が上りすぎていたようだ。面目ない」と、素直に非を認めた。


 結局、二人は、お駒ちゃんの仲裁で、無事に(そして順番に)水を汲み、その後、長屋の縁側で、お駒ちゃんの淹れた冷たい麦茶を飲みながら、最初はぎこちなかったものの、次第に打ち解け、いつしか互いの仕事の苦労話や、江戸の町の噂話などで、大いに盛り上がっていたという。


 その様子を、おたね婆さんは、満足そうに、しかしどこか「またお駒の奴が、うまいことやったねえ」と、ニヤニヤしながら眺めていた。


 またある時は、長屋に新しく越してきた、若い夫婦が、夜な夜な激しい夫婦喧嘩を繰り返し、その物音と怒鳴り声で、長屋中の住人が寝不足とストレスに悩まされるという事件が起こった。誰もが「また始まったよ…」「いつまで続くんだか…」と、見て見ぬふりを決め込んでいたが、お駒ちゃんだけは違った。


「よし、いっちょ、このお節介お駒様が、あのバカップル…いや、お悩み夫婦の、こじれにこじれた心の糸を、見事に解きほぐしてご覧に入れようじゃないか!」


 お駒ちゃんは、まず、夫の留吉と、妻のお咲、それぞれから、別々に、そしてじっくりと話を聞き出した。留吉は「お咲の奴が、俺の稼ぎが少ないだの、隣の旦那は甲斐性があるだの、いちいち比べやがるのが気に入らねえ!」と不満をぶちまけ、一方のお咲は「留さんの甲斐性なし!甲斐性なし!甲斐性なし!もっと稼いできて、あたしに綺麗な着物の一枚でも買ってくれたっていいじゃないか!それに、夜は夜で、イビキがうるさくて眠れやしないんだよ!」と、涙ながらに日頃の鬱憤をぶちまけた。


(ふむふむ、なるほどねえ。要するに、どっちもどっち、五十歩百歩ってやつだね。こりゃあ、一筋縄じゃいかないねえ)


 お駒ちゃんは、腕を組み、しばらく考え込んだが、やがてニヤリと、いつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 数日後、お駒ちゃんは、留吉とお咲を、自分の狭い部屋へと呼び出した。そして、二人の前に、小さな包みを差し出した。


「留さん、お咲さん、これ、あたしから二人への、ささやかな贈り物だよ。まあ、開けてみなよ」


 留吉とお咲が、訝しげな顔で包みを開けると、中から出てきたのは、二つの、色違いの、しかし同じ柄の、可愛らしい小さな巾着袋であった。


「これは…?」


「へへん、どうだい、可愛らしいだろ?これはねえ、あたしが懇意にしてる、浅草の腕のいい職人さんに、特別に作ってもらった、『夫婦円満・仲直り巾着』さね!こっちの青いのが留さん用で、こっちの赤いのがお咲さん用。いいかい、この巾着にはねえ、不思議な力があってさ。夫婦喧嘩しそうになったら、まず、お互いに、この巾着の中に、相手への不平不満や、言いたいことを、小さな紙切れに書いてそっと入れるんだ。決して、相手には見せちゃいけないよ。そして、月の綺麗な晩にでも、二人で一緒に、その巾着の中身を、静かに川に流すのさ。そうすりゃあ、不思議と、心のわだかまりも、スーッと一緒に流れていって、また仲の良い夫婦に戻れるって寸法よ。まあ、信じるか信じないかは、お二人さん次第だけどね!」


 お駒ちゃんの、あまりにも子供騙しのような、しかしどこか温かい、そして真剣な眼差しに、留吉とお咲は、顔を見合わせ、そして思わず、ふっと笑ってしまった。


「お駒ちゃん…ありがとうよ。お前さんの気持ち、嬉しいぜ」


「ええ、本当に…何だか、馬鹿馬鹿しくなっちゃったわ、私たち」


 その日以来、長屋から、留吉とお咲の激しい夫婦喧嘩の声が聞こえてくることは、めっきり少なくなったという。


 そして、時折、月の綺麗な晩に、二人がこっそりと、小さな巾着袋を手に、近くの川べりへ向かう姿が、長屋の住人たちによって目撃されたとか、されなかったとか…。


 お駒ちゃんの、ちょっとした機転と、江戸っ子ならではの人情深さが、また一つ、長屋に小さな平和をもたらした瞬間であった。


 第三部:お駒ちゃんの小さな夢と、運命の貼り紙


 お駒ちゃんは、江戸の町で、日銭を稼ぎながら、たくましく、そして自由気ままに生きていた。


 しかし、そんな彼女の胸の奥にも、ささやかな、しかし確かな「夢」があった。


 それは、いつか自分の小さな店を持ち、自分の目で選び抜いた、本当に良い品物だけを、江戸の人々に、心を込めて届けること。


 そして、その店を、ただ物を売るだけの場所ではなく、様々な人が集い、笑い、語り合い、そしてほんの少しでも幸せな気持ちになれるような、そんな温かい場所にすることであった。


(あたしだって、いつまでもこんな日雇い仕事ばっかりしてるわけにはいかねえからねえ。いつか、いつかきっと、日本橋の表通りとは言わねえが、せめて神田の裏通りあたりにでも、小さくてもいいから、自分の暖簾を掲げてみてえもんだよ…)


 そんな夢を胸に抱きながら、お駒ちゃんは、今日も江戸の町を駆け回っていた。


 様々な店で働き、様々な客と出会い、商売の厳しさ、面白さ、そして奥深さを、その肌で感じ、学んでいた。


「いらっしゃいませ!へい、毎度あり!お代は見ての通りだよ!」


 威勢の良い声、キラキラと輝く瞳、そして誰からも好かれる、太陽のような笑顔。それが、お駒ちゃんの、最大の武器であり、そして彼女なりの「商売哲学」であった。


 そんなある日のこと。お駒ちゃんが、いつものように神田の町を歩いていると、町の辻の、古びた掲示板の隅に、一枚の、何やら奇妙な、そしてひどく目を引く貼り紙が、申し訳程度に貼られているのを見つけた。


「【急募!】相馬中村藩江戸アンテナショップ『相馬屋』オープニングスタッフ大募集! 我こそは江戸一番の看板娘(看板息子も可)たらんとする、夢と情熱と、そしてちょっぴりのユーモアと遊び心に溢れた、そこのあなた! 経験・年齢・性別・過去一切不問! 必要なのは、お客様を心の底から愛し、感動させる、太陽のような笑顔と、ダイヤモンドのように決して砕けない不屈の心だけ! 時給は雀の涙だが、夢と感動とスキルアップは、店長(元熱血コンビニバイトリーダー、現目安方筆頭・栗田謙信)が、我が身命に代えても保証します! 我らと共に、江戸の、いや、日の本の商業史に、新たな、そして輝かしい一ページを刻もうではないか! 詳細は、日本橋裏通り、相馬屋準備室まで! PS:美味い賄い(試作品の失敗作も含む)と、時々、店長の面白すぎる奇行も見られる特典付き!」


 その、あまりにも怪しげで、胡散臭く、そして何よりも長すぎる求人広告の文句と、そこに描かれた、絵は下手だが何故か妙に迫力のある、燃えるような筆文字と、謎の動物(カピバラか?)のイラストに、お駒ちゃんは、最初、思わず吹き出してしまった。


(何だい、こりゃあ…?相馬中村藩…?アンテナショップ…?江戸で何か始めるってのかい?しかし、時給が雀の涙ってのは、正直どうなんだろうねえ…)


 しかし、お駒ちゃんは、その貼り紙から、目が離せなかった。何故か、その怪しげで、胡散臭くて、そして無茶苦茶な文句の中に、これまで感じたことのないような、何かワクワクするような、そして自分の心の奥底で眠っていた「夢」を、激しく揺り動かすような、不思議な魅力を感じてしまったのだ。


(…あたしの夢…自分の店を持つこと…それは、まだ遠いかもしれないけど…でも、この「相馬屋」ってところで働けば、もしかしたら、何か新しいものが見つかるかもしれない…何か、面白いことが始まるかもしれない…!)


 お駒ちゃんの胸は、期待と不安と、そして何よりも、抑えきれないほどの好奇心で、ドキドキと高鳴り始めた。


「よし…いっちょ、この話、乗ってみるか!雀の涙の時給だろうが、面白そうじゃないか!それに、この目安方の旦那の『奇行』っぷりを、ちょっと見てみたいしね!」


 お駒ちゃんは、ニヤリと、いつもの江戸っ子らしい、そして勝気な笑みを浮かべると、その奇妙な貼り紙を、まるで宝の地図でも手に入れたかのように、ひったくるように剥がし、懐にしまい込んだ。


 そして、彼女は、日本橋の裏通りにあるという、その「相馬屋準備室」とやらを目指し、新たな、そして波乱に満ちた冒険への期待に胸を膨らませながら、江戸の町を、いつにも増して軽やかな足取りで駆け出していくのであった。


 その小さな背中には、今日もまた、江戸の空が、どこまでも高く、そして青く澄み渡っていた。


 終章:明日はどっちだ!~お駒ちゃん、新たな一歩を踏み出す(かもしれない)~


 数日後、お駒ちゃんは、日本橋の裏路地にあるという「相馬屋準備室」の、今にも崩れそうな古びた長屋の戸を、少しばかりの緊張と、それ以上の大きな期待を胸に、威勢良く叩いた。


「ごめんくださいよ!先日、神田の辻で、面白そうな店の求人広告を見かけたんだけんど、ちいとばかし話を聞かせてもらおうかと思ってね!江戸っ子のお駒ちゃん、一丁上がりだい!」


 戸が開き、中から現れたのは、想像通り、いや、想像を遥かに超えて胡散臭く、しかし何故か憎めない、そして異常なまでに目をキラキラと輝かせた、例の目安方の旦那、栗田謙信その人であった。


「おお!あなたが、あの伝説の求人広告を見て、勇気と情熱を持って、我が『相馬屋』の門を叩いてくれた、記念すべき第一号のチャレンジャーですな!ようこそ、お駒殿!この栗田謙信、あなたのその心意気に、感動で打ち震えておりますぞ!」


 こうして、江戸っ子町娘・お駒ちゃんの、アンテナショップ「相馬屋」での、波乱万丈、抱腹絶倒、そして時々ちょっぴり涙ありの、新たな物語の幕が、今まさに、高らかに上がろうとしていた。


 その先には、一体どんな出会いと、どんな騒動と、そしてどんな夢が待ち受けているのか。それはまだ、神様と、そして目安方の旦那様だけが知る、秘密の物語。


(お駒ちゃんのお江戸繁盛記! ~看板娘は今日も行く~ これにて一旦、幕)

お駒ちゃん、好きです。


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