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拙者、お客様は神様だと申したはず! ~令和のバイトリーダー、うっかり江戸で天下泰平(主に接客面で)を目指す~  作者: ストパー野郎
第一部 ~バイトリーダー、城下を騒がす! おもてなし改革と七転八倒の毎日~
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第一話 いらっしゃいませー!お客様は神様です!の巻

「いらっしゃいませー! 本日も一日、安全安心、笑顔で満門の福をお届けします! ……あっ、いえ、拙者としたことが! ここは城門警備の任の真っ最中、不審者あらば斬り捨て御免! でございました! 失礼仕った!」


 日の本は江戸時代、陸奥国は相馬中村藩の城門前。槍を小脇に抱え、今まさに三つ指をつかんばかりの勢いで腰を折り曲げようとして寸前で踏みとどまったのは、足軽にして城門警備係、栗田謙信くりたけんしん、表向きは二十歳そこそこの若輩者。その実態は、令和の日本から魂だけタイムスリップしてきた元熱血コンビニバイトリーダー、内面年齢二十代後半である。


「おい、栗田。貴様、また朝からおかしな呪文を唱えておったな。『まんもんのふく』とは何だ、新しい神仏か? それに『あんぜんあんしん』はまだしも、『えがお』で不審者を斬り捨てる気か、阿呆め」


 隣で同じく槍を構える先輩足軽、岩田権左衛門いわたごんざえもんが、眉間に深い皺を刻みながら低い声で唸る。


 彼はここ数ヶ月、この新入りが発する謎の単語群――「オペレーション」「CSしーえす」「クレーム処理」――と、常軌を逸した過剰なまでの「おもてなし精神」に、頭痛と胃痛の種を増やし続けていた。


「も、申し訳ございません、岩田先輩! つい、前世での接客スローガンが……いえ、その、我が家の家訓には『門松は冥土の旅の一里塚、めでたくもありめでたくもなし』と、油断大敵、しかし常に感謝と笑顔を! と叩き込まれておりまして!」


 謙信はぺこぺこと頭を下げる。彼の言う「前世」とは、24時間営業のコンビニで月300時間シフトに入り、多種多様な客層と無理難題を捌き続けた結果、過労でレジカウンターに突っ伏した拍子に異世界トリップした、輝かしくも過酷な社畜…もとい、アルバイトリーダー時代のことだ。気が付けばこの江戸時代、病で夭折したという同姓同名の足軽「栗田謙信」の身体に、都合よくスポンと収まっていたのである。便利設定万歳。


「家訓ねえ……栗田の家は一体どんな教育をすればそんな人間が育つんだか。商家でももっとマシな口上を使うわい」権左衛門は本日何度目かのため息をついた。「それより見ろ、伝令の早馬だ。顔色が悪い。何かあったに違いない」


 権左衛門が顎で指し示す先から、砂塵を上げて一騎の武者がこちらへ向かってくる。馬上の武者は城門前で荒々しく馬を止めると、肩で息をしながら叫んだ。


「開門! 開門せい! 江戸屋敷よりの急使じゃ! 殿が! 殿がお倒れになったとのお報せじゃ!」 


「な、何ぃ!? 殿が!?」


 権左衛門が驚愕の声を上げる横で、謙信の脳内CPUは瞬時にトップギアに入った。


(お客様――じゃなくて、伝令の方がご来店! いや、ご来城! これは緊急事態レベルMAX! まずは落ち着いて、お客様の不安を徹底的に取り除くんだ! 『大丈夫です、お任せください!』の精神で!)


「伝令様! よくぞご無事でお戻りに! さぞお疲れでございましょう、まずはこちらの『おしぼり』で汗をお拭きください! 特製ミント水に浸してございますので、リフレッシュ効果も期待できます! そしてこちらが『経口補水液』もとい、拙者特製の『兵糧水』でございます! 梅干しと少量の塩、そして隠し味に蜂蜜を少々! キンキンに冷えておりますぞ!」


 謙信はどこからともなく、涼やかな香りのする手ぬぐいを固く絞ったものと、竹筒に入った見るからに体に良さそうな液体を差し出した。その手際の良さ、淀みのなさ、そして謎のオプションサービスは、もはや熟練のコンシェルジュか、あるいはカリスマ添乗員の域である。 


「お、おお……なんと気の利く……む、この水は、確かに体に染み渡るようだ……」


 伝令の武者はあまりのことに面食らいつつも、差し出されたおしぼりで汗を拭い、兵糧水を呷った。火照った体に染み入るような優しい甘みと塩味が心地よい。ミントの香りも、気のせいか頭がスッキリするようだ。


「して、殿のご容体は!? 我ら一同、固唾を飲んでご回復をお祈り申し上げております!」


 謙信は、わずかに潤んだ瞳で(もちろん演技。ただし、本気で藩の心配はしている)、伝令の手をそっと握らんばかりの勢いで問いかけた。その尋常ならざる真剣さとプロフェッショナルなまでの丁寧さに、伝令もつい主導権を握られてしまう。


「う、うむ。江戸詰めの藩主、相馬昌胤そうままさたね様が、昨夜、公務の激務でお疲れが溜まっていたところに、お風邪をこじらせられ、そのまま高熱でお倒れになったとのこと。医師団の懸命な治療が続いておるが、予断を許さぬ状況と……」


「まさか……ご無理がたたられたのでは……!」


「ご嫡男の徳胤様も、お側で看病に当たっておられる。じゃが、いまだ意識はお戻りにならず……」


 その場にいた足軽たちから、悲痛な声と動揺がさざ波のように広がる。藩主の病篤し。それは藩の屋台骨を揺るがす一大事だ。特に相馬中村藩は、勇猛果敢で知られるがゆえに幕府から少々警戒されている外様大名。跡継ぎ問題がこじれようものなら、どんな難癖をつけられて改易かいえきされるか分かったものではない。


(店長――じゃなくて、殿がご病気で危険な状態!? これは最優先対応案件! バイトリーダーとして、いや、一人の足軽として、この危機的状況を全力でサポートし、藩の存続という名の『店舗運営』を死守しなければ!)


 謙信の脳裏に、コンビニバイト時代の数々の修羅場がフラッシュバックする。インフルエンザでスタッフ総倒れの中ワンオペ敢行、台風直撃の中での商品搬入、本部の無茶なノルマ達成のための奇策、そして何よりも「お客様の笑顔のためなら」と無茶を通す店長のサポート……。 


「皆の者、悲観するにはまだ早い! 今こそ我らが藩のために一丸となる時ぞ! まずは情報共有の徹底! この情報を正確かつ迅速に城代家老の酒井様にお伝えし、指示系統を確立するのだ!」


 謙信は、いつものへりくだった調子とは打って変わって、腹の底から響くような、それでいて落ち着いた声で周囲を鼓舞した。コンビニで鍛え抜かれた「いらっしゃいませ!」の第一声は、どんな騒音の中でも客の耳に届くように発声訓練された「通る声」の賜物である。


「お、おう! 栗田の言う通りだ! 俺が一番足に自信がある! 城代家老の屋敷へ走る!」


 一人の若い足軽が名乗りを上げ、疾風のように駆け出した。


「岩田先輩! 城内の警備レベルを一段階引き上げ、不測の事態に備えましょう! 他の門にもこの情報を正確に伝達し、不審者の侵入、及び内部からの情報漏洩を最大限警戒してください! 合言葉は『お客様の安全が第一』で!」


「う、うむ。承知した! しかし栗田、貴様、いつものへっぽこぶりはどこへやった? まるで別人ではないか」権左衛門は目を丸くする。


「今は緊急事態ですので! お客様…いえ、藩の危機を救うため、全力でオペレーションにあたらせていただきます! 岩田先輩、ご指示をお願いいたします!」


 オペレーション、という単語の意味はさっぱり分からないながらも、権左衛門は謙信の尋常ならざる気迫と的確な状況判断に気圧され、長年の経験で培った勘で「こいつに任せておけば大丈夫かもしれん」と直感し、的確な指示を出し始めた。


 かくして、元コンビニバイトリーダー・栗田謙信の、江戸時代おもてなし精神と危機管理能力による藩政サバイバル(時々暴走)が、静かに、しかし確実に幕を開けたのであった。


 数日後、藩主・昌胤公の容態は依然として回復せず、城下には重苦しい空気が漂っていた。そんな中、謙信は城門警備の傍ら、今日も今日とて独自の「CS向上活動」に勤しんでいた。


「おはようございます! 本日も一日、よろしくお願いします! 何かお困り事はございませんか? 道に迷われましたか? それとも肩でもお揉みしましょうか? 今なら無料タダですよ!」


 城門を通過する武士や商人、農民に至るまで、満面の笑みで挨拶し、お節介すれすれの親切を振りまく。当初は「気味が悪い」「頭がおかしくなったのでは」と遠巻きにされていたが、最近では「あの元気な足軽さん」「なんか面白いけど悪い人じゃなさそう」と、一部で奇妙な人気者になりつつあった。


 特に、謙信お手製の「城下町ご案内絵図(おすすめ甘味処情報付き)」や、雨の日に貸し出す「愛の油紙傘(数に限りあり)」は、旅人や商人たちから密かな好評を得ていた。


 そして、城門脇に設置した「目安箱」である。当初は誰も見向きもしなかったが、謙信が毎日丁寧に掃除し、「皆様の小さな声が、藩を動かす大きな力に! 匿名でも結構ですよ!」と書いた立て札を横に置いたところ、少しずつ投書が集まるようになった。


「橋の欄干が壊れて危ない。子供が落ちたらどうする」


「最近、夜鷹の辻斬りが出る噂。見回りを強化してほしい」


「隣の家の犬がうるさくて眠れない。何とかしてほしい(切実)」


 中には、「栗田殿の挨拶は大変結構だが、たまに声が大きすぎて馬が驚く」というクレームまがいの意見もあった。


 謙信はこれらの投書を丁寧に分類し、「ご意見・ご要望承り台帳」に記録。内容を要約し、週に一度、「お客様のウィークリーレポート」と題した報告書にして足軽頭に提出していた。足軽頭は、最初こそ「また栗田が何か始めたわ」と生暖かい目で見守っていたが、その報告書が意外にも的確で、しかも「箇条書き」「結論ファースト」「改善提案付き」という驚くべき読みやすさだったため、次第にその内容に真剣に目を通すようになっていた。


「栗田、お主のこの報告書、実に分かりやすい。どこぞの塾にでも通っておったのか?」


「はっ! 前世にて、某大手コンビニチェーンのエリアマネージャー直伝、『鬼のフィードバック研修』で徹底的に叩き込まれまして!『報告はPREP法で簡潔に!』と!」


「ぷれっぷほう? きかぬ名だな。まあよい」足軽頭は、謙信の謎の経歴には触れないようにしつつも、その事務処理能力と情報収集能力を高く評価し始めていた。


「この辻斬りの噂、ちと調べてみるか」


 目安箱の情報がきっかけで、実際に辻斬り犯が捕縛されるという事件も起こり、謙信の「CS活動」は徐々に城内でも認知されつつあった。


 そんな折、藩を揺るがす大事件が勃発する。


 江戸屋敷より、衝撃的な知らせが届いたのだ。なんと、療養中の藩主・昌胤公の嫡男、徳胤様(十五歳)と、側室の子である次男の季胤様(十三歳)が、揃って江戸屋敷を抜け出し、行方不明になったというのである!


「馬鹿な! 若君たちが二人ともだと!?」


 城代家老の屋敷に集まった重臣たちは顔面蒼白だった。藩主が病に倒れているこの時期に、後継者候補の二人が同時に行方不明。これが外部に漏れれば、藩は取り潰しの危機に瀕する。


「何としても、内密に若君たちをお探し申し上げるのだ!」


「しかし、江戸で一体どこへ……」


「あるいは、何者かによる誘拐の可能性も……」


 評定は紛糾する。皆が動揺し、有効な手が打てない。


 その時、末席に控えていた足軽頭が、おずおずと手を挙げた。


「申し上げます。この件、足軽の栗田謙信に江戸への捜索任務をお与えいただくわけにはまいりませんでしょうか」


「たわけ者! 足軽一人に何ができるというのだ! しかも江戸だぞ!」


 厳しい声が飛ぶ。


「されど、栗田は辻斬り犯逮捕のきっかけを作った実績もございます。何より、あの男は常人とは異なる視点を持ち、我らの思いもよらぬ方法で事を解決するやもしれませぬ。それに……」足軽頭は言葉を続ける。「若君たちは、以前城下で謙信の『おもてなし』を受け、たいそう感心しておられたとか。面識もございます」


 藁にもすがる思いとはこのことか。筆頭家老の大和田常政おおわだ つねまさが、苦渋の表情で口を開いた。


「……よかろう。栗田を呼べ。だが、これは極秘任務ぞ。失敗は許されん」 


 かくして、謙信にまたしても白羽の矢が、今度は江戸行きの矢が突き刺さった。


「えええええ!? 拙者が若君たちの捜索に江戸へ!? 無理です! 不可能です! せめて、『遺失物承りセンター』の開設と運営であれば、微力ながら貢献できるかと存じますが!」


 いつもの調子で謙信は本気で狼狽するが、もちろんそんな戯言が聞き入れられるはずもない。

「これは藩命である! いいか、栗田。お主のその『お客様第一主義』とかいうもので、何としても若君たちを探し出すのだ! 旅費は出す! 失敗したら手打ちだと思え!」


 足軽頭に半ば脅され、半ば激励され、謙信は人生初の(江戸時代に来てからは二度目の)江戸出張へと旅立つことになった。お供は、何故か巻き込まれた岩田権左衛門である。


「なぜ俺まで……」道中、権左衛門は百回以上ため息をついた。


「岩田先輩! お客様…いえ、若君たちをお救いするための『プロジェクトチーム』でございます! チームワークで乗り切りましょう! こちら、道中の『携帯用おしぼり』と『のど飴』でございます!」


「もう好きにしろ……」


 江戸に到着した謙信と権左衛門は、まず相馬藩の江戸屋敷を訪れ、情報を収集した。


 若君たちは、「少し江戸の町を見てきたい」という書き置きを残して姿を消したらしい。お目付け役の侍たちは、藩主の看病で手薄になっていた隙を突かれたと肩を落としていた。


(ふむ。お客様、もとい若君たちは、軽いお出かけのつもりだったが、何らかのトラブルに巻き込まれたか、あるいは江戸の広大さに迷子になってしまった可能性が高いな。捜索の基本は『聞き込み』と『目撃情報の収集』。そして何より『お客様の気持ちになって考える』ことだ!)


 謙信はまず、若君たちが最後に目撃された屋敷の門前で、当時の状況をシミュレーションした。


「権左衛門先輩、先輩がもし十五歳と十三歳の好奇心旺盛な若君だったら、江戸のどこへ行きたいと思われますか?」


「さあな……芝居見物か、あるいは美味いものでも食いに行くか……。だが、あの真面目な徳胤様と、活発だが分別のある季胤様が、そんな軽率な行動を……」


「いえ、逆に考えるのです。普段真面目だからこそ、たまの息抜きに羽目を外したくなったのかもしれません。ターゲット層はティーンエイジャー。彼らが好む『アミューズメント施設』や『話題のスポット』を重点的に捜索すべきです!」 


 アミューズメント施設、などという言葉は権左衛門には理解不能だったが、謙信の熱意に押され、二人は江戸の町へ繰り出した。


 謙信は、持ち前のコミュニケーション能力を遺憾なく発揮した。


「もしもし、そこのお嬢さん。このくらいの背格好の、お侍の若様を二人見かけませんでしたか? とても礼儀正しく、キラキラした瞳をお持ちの方々です。情報を提供してくださった方には、もれなく拙者特製『恋みくじ風開運おふだ』をプレゼント!」


「そこのご隠居。この辺りで、何か困っているようなお侍の子を見かけませんでしたか? お礼に肩でもお揉みしましょうか? 秘伝のツボで一発で軽くなりますぞ!」


 そのあまりにも人懐っこく、かつ押しの強い聞き込みスタイルは、江戸っ子たちにも強烈なインパクトを与えた。最初は訝しんでいた人々も、謙信の必死さと、時折見せるおかしな言動(「PDCAサイクルを回して捜索効率をアップさせます!」など)に、つい情報を与えてしまうのだった。


 権左衛門は、そんな謙信の後ろでひたすら頭を下げ続け、時折「こいつはこういう奴なんで、どうかご容赦を」と小声で付け加える役目に徹していた。


 数日間の聞き込みの結果、有力な情報が得られた。日本橋の近くで、身なりの良い武家の兄弟らしき少年たちが、怪しげな男たちに声をかけられ、どこかへ連れて行かれるのを見たという証言が複数出てきたのだ。


「誘拐……やはり最悪のケースか!」権左衛門は顔色を変える。


「落ち着いてください、先輩! まだそうと決まったわけではございません! お客様…いえ、若君たちは、何かのトラブルに巻き込まれただけかもしれません! まずは事実確認、そして迅速な救出プランの策定です!」


 謙信は冷静だった。コンビニバイト時代、万引き犯を取り押さえた経験も(数回)ある。


 目撃情報を元に、二人はその怪しげな男たちのアジトと思われる寂れた長屋へと向かった。


 長屋の一室からは、微かに子供の声が聞こえる。

「どうする、栗田。踏み込むか?」


「いえ、まずは『状況確認』と『内部折衝』を試みます。相手が武器を持っている可能性も考慮しなくては。先輩はここで待機し、万が一の場合は応援を。拙者が『お客様相談窓口』として、穏便な解決を目指します!」


 そう言うと謙信は、深呼吸一つして、長屋の戸をそっと叩いた。


「ごめんください! 私、相馬中村藩より参りました、お客様満足度向上委員会の栗田と申します! この度、こちらの地域にお住いの皆様の『生活実態調査』及び、『お困り事ヒアリング』に参りました! 少々お時間よろしいでしょうか?」


 中から、ドスの利いた声が返ってくる。

「あんだ、てめえ! 胡散臭え野郎だな! 用はねえ、とっとと失せろ!」


「いえいえ、そうおっしゃらずに! 我々は決して怪しいものではございません! こちら、ささやかですが『粗品』でございます! 当藩特産の干し柿でございます! ビタミン豊富で美容と健康にもよろしいかと!」

 謙信は戸の隙間から、懐に入れていた干し柿の包みをねじ込んだ。


 しばしの沈黙の後、戸が少しだけ開き、中から強面の男が顔を覗かせた。


「……干し柿だと? なかなか気の利くじゃねえか。だが、俺たちは今取り込み中だ。日を改め……」


 その時、男の背後から、聞き覚えのある声がした。

「栗田……? なぜここに……?」


 徳胤様と季胤様である。二人は部屋の隅で不安そうな顔をしていた。


「若君様!」権左衛門が思わず叫び、飛び込もうとするのを謙信が制した。


「おお、これはこれは若君様方! このような場所でお会いできるとは奇遇でございます! 実は、江戸の『お客様満足度調査』に来ておりまして! 若君様方も、何かお困り事がございましたら、何なりとこの栗田にお申し付けください!」


 謙信はあくまで平静を装い、にこやかに微笑む。

 強面の男たちは、謙信と若君たちが知り合いだと悟り、顔色を変えた。


「て、てめえら! こいつらの仲間か!」


「いえいえ、とんでもございません! 我々はただの通りすがりの『サービスマン』でございます! ところで皆様、何か誤解があるのではございませんか? こちらの若君様方は、我が藩の大切な『お客様』でいらっしゃいます。もし、何か不行き届きがございましたら、この栗田が責任をもって対応させていただきますが?」


 謙信の言葉には、妙な圧があった。それは怒りや威圧ではなく、あくまで「お客様対応」の延長線上にあるものだったが、それゆえに相手のペースを狂わせる。


「こ、こいつら、俺たちに金を払わずに美味いものを食いやがったんだ! だからちょっと灸を据えてやろうとしただけで……」


 チンピラの一人がしどろもどろに言い訳をする。

 どうやら、若君たちは江戸見物の途中、このチンピラたちが経営する(おそらくボッタクリの)茶屋に入り、法外な値段を請求されて困っていたところを「保護」という名目で連れ込まれたらしい。


「なんと! それは『サービス提供における重大な瑕疵』でございます! まずは、お客様に対し、不当な請求をしたことを深くお詫び申し上げねばなりませんな! そして、適正価格での再精算、及び、ご迷惑をおかけしたことに対する『お詫びの品』を進呈するのが筋かと存じます!」


 謙信は、いつもの調子で滔々とまくし立てる。

「あ、あん? 何言ってやがる、こいつ……」


 チンピラたちは、あまりのことに呆気に取られている。


 その隙に、謙信は若君たちに目配せし、権左衛門と共に二人を保護。


「では、皆様! 今回の件は、双方のコミュニケーション不足が原因ということで、穏便に! 今後このような『クレーム案件』が発生しないよう、貴店の『サービス改善マニュアル』の作成にご協力いたしましょうか? 初回コンサルティングは無料タダですよ!」


 最後まで営業スマイルを崩さない謙信に、チンピラたちは毒気を抜かれたように立ち尽くすしかなかった。


 江戸屋敷に戻った若君たちは、こっぴどく叱られた後、謙信と権左衛門に深く頭を下げた。


「栗田、岩田、この度はまことに相済まなかった。我らの軽率な行動が、皆に迷惑をかけた」

 徳胤様が代表して謝罪する。


「いえいえ、若君様方がご無事であったことこそ、我々にとって最高の『成果』でございます! これもチームワークの賜物! 特に岩田先輩の『バックアップ体制』が素晴らしかったので!」


 謙信は権左衛門にウィンクするが、権左衛門は「俺は何もしておらん」と仏頂面だ。


 この一件は、藩主昌胤公の耳にも入り、いたく感心したという。そして、病から奇跡的に回復した昌胤公は、国元に戻るとすぐに謙信を呼び出し、こう命じた。


「栗田謙信。そなたのその奇抜な発想と行動力、そして何よりもその『おもてなしの心』、我が藩の宝と見た。よって、そなたを徒士かちに取り立て、新たに設ける『目安方めやすがた』の筆頭とし、藩政に関するあらゆる『改善提案』を行う権限を与える!」


 目安方。それは、領民の声を聞き、藩政に活かすための新しい役職。いわば、藩直属の「お客様相談室兼改善提案プロジェクトチームリーダー」である。


「ははーっ! 身に余る光栄! この栗田謙信、お客様…いえ、殿と藩民の皆様の『満足度ナンバーワン』を目指し、誠心誠意、努めさせていただきます!」


 謙信は、涙ながらに(今回は本物)平伏した。


 こうして、元コンビニバイトリーダー栗田謙信の、おもてなし精神による藩政改革は、本格的に始動することとなった。


 彼の口癖「お客様は神様です!」が、相馬中村藩の非公式スローガンとして定着し、数々の迷……もとい、名采配によって藩がちょっとだけ豊かになり、そして江戸幕府から「あの藩は何か変だが、民は楽しそうだからまあいいか」と若干呆れられつつも見守られることになるのは、また別のお話。


(まずは、全藩士対象の『接遇マナー研修』と『クレーム対応ロールプレイング大会』の開催だな! それから『藩内ポイントカード制度』の導入と、『ゆるキャラ』を使った地域活性化も……ああ、やることが多すぎる! やりがいMAXだ!)


 謙信の野望(?)は、江戸の空の下、どこまでも広がっていくのであった。もちろん、その隣には、いつも胃薬を手放せない岩田権左衛門の姿があることを付け加えておこう。



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