聖夜にリボンをかけて
大学生になった瑠花たちのアフターストーリー
祥大と迎える3度目のクリスマス。今年こそ楽しく過ごせるかな
今にも降り出しそうな空。少し暗いけれど期待している白い天使が舞ってくることを。
一昨年のクリスマスイブに初めて祥大に会ったんだ。あれから2年しか経ってないのに、いろんなことがあり過ぎてすごくすごく昔のことのように感じるよ。
来週のクリスマスイブは美弥ちゃんたちの結婚記念日でもある。今年はちゃんと「おめでとう」って笑顔でお祝いしてあげなきゃ。なぜなら去年の結婚記念日の時は例の観覧車事件勃発のあとで、あたしと祥大はぎくしゃくしている最中だったから、ちゃんと気分よくお祝いしてあげることができなかったんだ。だからせっかくのクリスマスもつまんないものとなって、さらに気分は下がる一方だったの。
今年は去年の分まで楽しく過ごせるように。素敵な聖夜を過ごせるように。
24日当日、朝一から美弥ちゃんと今夜のパーティーの買い出しにでかけ、たくさんの食材を買い込んできた。料理を作るのは普段専業主婦をやっている美弥ちゃんの担当だけど、ケーキ作りはあたしに一任されている。だいじょうぶなのかって? これでもあたし、短大では家政科の製菓専攻なんだよ。デコレーションケーキの生クリームだってじょうずに絞れるんだから。任せてって美弥ちゃんに大見得を切った手前、失敗は許されないわけなんだ。でもがんばるから。絶対にお父さんにも祥大にもおいしいって言わせてやるんだ。
昼から男組は家から無理やり追い出されることになって、ぶーぶー言ってたけどいいよね、たまには父と子水入らずで出かけてくるってのも。その間にあたしたち女組はおいしいおもてなしの準備を進めておくからね。
いってらっしゃい祥大。
そんなこんなで外が暗くなると同時に祥大たち男組が家に戻ってきた。ふたりはリビングの扉を開けるなり「おおー」と声をユニゾンさせてる。さすが親子だね、息があってるね。
楽しく歓談する中、あたしは用意していた結婚記念日の贈物をふたりに渡した。中身はなにかというとペアのお茶碗とお箸なの。ずっと気になってた、ふたりが揃いのお茶碗を使っていないこと。特別気にすることではないのかもしれないけどね、再婚とはいえ一応まだ新婚なわけだし、こういうのも大事だよね?
ふたりとも照れながら大喜びしてくれたから大成功。あたしも一緒に笑顔になる。ああ、よかった去年とは違う結婚記念日。祥大もそんな顔してた。
片づけを済ませて3階の自室に戻ろうとドアノブに手を掛けたタイミングで、隣の部屋からあたしを呼ぶ声が聞こえてきた。祥大だ。
「なあに?」
ドアを開け、ひょっこりと顔をのぞかせた。
「片付け終わったの?」
「うん。なんか飲み物いれてこよっか?」
「いや、いい。いいからこっちきて」
いったいどうしたっていうの? ちょっと顔が怖いんだけど。なによ、なんかあたしやらかしたかな? 祥大の食べたケーキの中にだけ卵の殻がはいっていたとか? まさか、口の中からこれ見よがしに卵の殻をあたしの目の前で取り出すつもりじゃないでしょーね。やだ、凹む!!
おそるおそる近づく。
「おいしいって食べてたでしょ? なのになんで今さら?」
「は? なに言ってんだおまえ」
ええー、違うの?
「だって祥大の顔怒ってるじゃん」
「おまえってやつはどこまで失礼なやつなんだ。俺はまじめな顔してるつもりなんだけどな」
「えー、そうなの?! だってー怖すぎだよー」
ケタケタ笑い出したあたしに今度は本気で腹を立てたのか、いきなり強く手首を掴まれ引き込まれた。
「ほら」
祥大はあたしの掌に何かを託しながら顔を逸らせていった。なんだ?
見ると手の中には小さな赤い箱が握らされている。これってもしかして。
「開けていい?」
「おまえに渡したんだからおまえのもんだろ。好きにすりゃいいだろ」
やだぶっきらぼうに。でもその横顔、ほんのり赤くみえるよ。
「リングだあ。すごーい。うれしいよ祥大」
「そうか」
「ねえ、この赤いのはルビーだよね?」
「ああ、瑠花の誕生石だろ」
「だいすき」
祥大にしがみ付いた。
「ばか、言っとくけどそんな高いもんじゃないぞ」
「いいの、なんでも。祥大がくれるものならなんだって嬉しいの」
そっぽ向いていた祥大は今は強くあたしを抱きしめてくれている。なんて幸せなんだろう。去年のことが嘘のようだよ。
「なあ、ところで瑠花。おまえからはないの? クリスマスプレゼントは」
「あ、忘れてた!! 美弥ちゃんたちのプレゼントのことで頭がいっぱいですっかり」
「なんだよおまえ、冷てー女だなあ」
「えへへ、許して」
おどけて誤魔化した。
祥大のテンションが少し下がったのはわかっていたけど、ここはぐっとこらえて気づかないふりしていたの。
クリスマスイブの夜は更けていき、キーンと空気が冷えている静まり返った廊下の小窓を覗くと、そこには白い天使たちが楽しげに聖歌を謳いながら舞う姿が見えた。あたしの吐く息も天使に負けないくらい白く、薄着では風邪をひいてしまいそう。
早く心地いい温もりに包まれたい。
夢の中にいるだろう祥大を起こさないように静かにドアを開け、あたしも眠りに就くことにした。すでにイブではなくクリスマスを迎えている。
祥大にもらったルビーのリングははめたまま、眠ることにした。そのほうが祥大だって喜ぶはずだから。
そろそろ寝返りを打ちかけて障害があることに気づいた祥大が、あたしの用意していたクリスマスプレゼントに気づく頃だ。
まだかな、早くその瞬間が来てほしい。
「ん? あれ、なんで? いつのまに……」
ほら気づいた。あたしからのプレゼントに。
スタンドライトに手を伸ばした祥大が薄く照明を灯す。するとそこには大きな真っ赤なリボンのついたプレゼントがあり、寝ぼけ眼のままプレゼントを胸に抱え込む姿がある。
「なに、このがさがさうるさいもんは?」
「リボンだよ」
「そんなキャミ持ってたっけ?」
「ばか。わかんないの?」
「ばかってなんだよ」
「だからー、これがプレゼントなんだよ。祥大へのクリスマスプレゼント」
「その、少女趣味のキャミがかよ」
「ちがうでしょ。ばか、もうしらないっ」
鈍感、ばかばか、祥大。これ以上あたしにはムリなの。恥ずかしいんだからね。
温かい感触があたしの肌に伝わってくる。一気に身体中が熱を帯びてくる。
「騙しただろ」
「サプライズだよ」
「いや騙したんだ。だったらお仕置きするしかないな。覚悟しとけよ、朝まで寝かしてやんないからな」
祥大へのプレゼント。喜んでもらえてよかった。だって、あたしも嬉しいもん。祥大がいっぱい愛してくれるから。
*** 聖夜にリボンをかけて * end ***




