バカでお人好し
『PEACH SMOOTHIE』直後のアナザーストーリー
不器用な瑠花の交錯する心はどこへ向かえばいい?
まさか、祥大からストレートに「好き」なんて言葉がでてくるとは思ってもいなかった。
だからあたしったら、最初はまともには受け取ってはいなかったの。
またからかっているだけだと思った。けどね、祥大ったらまじめな目をしてたんだよね。
祥大のあんなにも真剣な眼差しはあたし、見たことがなかったから動揺しちゃって、なにがなんだかわかんなくなっちゃうところだった。
帰りの電車の中で、あたしは押し黙ったまま。
だって、あれ以上祥大に詰め寄られたら、あたしの心は潰れちゃいそうだったから。
祥大と有未香の間で、息ができなくなっちゃうんだもん。
「おいしいわね、このケーキ。祥大くんと瑠花のお土産なのよ、あなた」
「ほおう、それは珍しいな。おまえたちが一緒に出かけることもあるんだな」
お父さんが意外だなって顔でふたりの顔を順にみてから、そしてにっこりと微笑んでいる。
祥大に買ってもらった季節のミルフィーユケーキは想像通りにおいしくって、あたしが食べたそうにしていたことに気づいて買ってくれたことがすっごく嬉しかったの。
きっとこの先このミルフィーユは、あたしにとって一番おいしくって思い出に残るケーキになるんだろうなって思った。
チョコでコーティングされた苺がほろ酸っぱくって、まるで今のあたしの気持ちを表しているようだよ。
「俺は瑠花のことが好きだよ」
そう言ってくれた祥大の言葉が、家に帰ってからもしつこいくらいにあたしの頭の中に繰り返されて、どうにかなっちゃいそうに嬉しい反面、祥大の気持ちに応えられないっていう理性があたしを更に混乱させて、まだ17歳のあたしには荷の重い恋にこの先どうしたらいいのか、はっきりとした答えをだせずにいた。
週末が終わり、月曜日の朝がやってきた。
いつもより30分早く目覚まし時計を鳴るようにセットしていた。目覚めた時はまだ窓の外は薄明るい程度のもので、眠い目をこすりながら洗面へと向かった。
あたしの歯ブラシのとなりに祥大の歯ブラシが並んでいる。
それだけのことなのに、こんなにもあたしの胸はどきどきとしている。
祥大にかけられた魔法は今もとけないまま。
以前より数倍、祥大のことを意識している自分がいる。
「あら? 今日は瑠花、随分と早起きなのね。どうしたの?」
キッチンでエプロンを付けて、みんなのお弁当を作っている最中の美弥ちゃんが、驚いたように問いかけてきた。
「うん。今日はいつもより少し早く学校に行かなきゃいけないんだ」
「そうなの。だったら急いでお弁当仕上げて、朝食の準備にとりかからないとね」
「あたし手伝うよ。ごめんね、美弥ちゃん」
美弥ちゃん、ほんとにごめんね。急いで学校に行くってのは実は口実なの。
なんとなく、祥大と一緒に通学するのが気まずいっていうか。どんな顔してあいつと接すればいいのか、今でもあたし……わかんないんだよ。
好きのオーラがいっぱいでていたらどうしようって、はらはらしちゃうんだ。
あたしが朝食をほぼ食べ終えようとしている頃になって、ようやく顔を洗い終えた祥大が、朝食を摂りに2階へと姿を現した。後背で気配を感じとっているだけであるにもかかわらず、あたしの心臓は異常にスピードをあげていく。
祥大があたしに恋愛感情を持っているって知ってから、あたしは自意識過剰ぎみなんだ。
今まで以上に鳥肌が立つくらいに、気配だけでも祥大に異常に反応してしまっているんだ。
土曜に日曜日、日を追う毎にどんどんひどくなっている。
『ああ、だめだ。意識しちゃだめだ』そう思えば思うほど、全身に動揺が走ってしまう。
もうほんとだめだっ! 限界だ。
「美弥ちゃん、あたし学校行ってくる」
緊張した喉からやっとの思いで声をだし、慌てて鞄を手にして、祥大とすっとさりげなくすれ違うようにしてリビングをでて階段へと向かった。
「おい、瑠花。なんで? もう行っちゃうのかよ」
後ろから祥大の声がかかった。だけど振り向くこともできずに、シカトしたようにあたしは階段を駆け下りていった。
ごめん、祥大。
バスがなかなか来ない。こんなときに限って定刻より少し遅れているようだ。
一刻も早く学校に行ってしまいたいのに。もやもやした気持ちでバスを待つ。
バス待ちの列は徐々に長くなっていき、ようやく小さくバスの姿がみえてきた。
列の前のほうに並んでいたから座席に座ることができた。通学時のバスは混み合っていて、席を確保できないとカーブやブレーキごとに身体の自由を奪われ、ついでに体力も奪われそうになるから、いやなんだ。
ほっとため息を付いたとき、あたしの隣の座面にどさっと勢いよく何かが降ってきた。
驚きのあまり、肩をすくめて縮こまってしまった。
いくら席取りとはいえマナーの悪い人がいるんだなって苛立ちを感じ、睨みつけてやった。
降ってきたものを掬い上げて今度はどかっと勢いよく座り込んできた人物はといえば……。
祥大だった。
おかげであたしの身体は祥大が座ったと同時に激しくバウンドする始末。
「やだっ、びっくりするじゃない!」
「おまえなんで先に家でるんだよ。置いてくなよ、ばーか」
「……」
いつもだったらここで憎まれ口を返すはずなのに、言葉がまったく思いつかない。
また、どきどき、どきどき、している。
うるさいよ、あたしの心臓!! 早く静まれ。
こんなに動揺しているあたしの様子にかまうことなく、まだ祥大の容赦ない攻撃が続く。
今度はあたしに密着して寄りかかってきた。
ちょ、ちょっと待ってよ。そんなにくっついちゃ――。
どきどきがばくばくにヒートアップしていく。やばいよ、あたしの心臓。
「おかげで俺は朝飯抜きだ。力がでねー。ぐったりだ」
全体重をあたしに預けてくる。
そんなこと言うわりに、顔は嬉しそうに笑っているくせに。
あんたのせいで、あたしはショート寸前なんだよ。あたしのほうがぐったりなんだって。
この間まですかしていたはずの祥大が、気持ちを明かしたとたん、こんなにも大胆に行動を起こしてくるなんて。
あんたは女の子慣れしてるのかどうか知らないけど、あたしはあれよ、あれ、そう!
罰ゲームさせられてるみたいなんだよ。
こんなにも接近されて自然になんてできない。
それに祥大の気持ちは嬉しいけれど、応えられないんだよ。有未香に悪いって思うから。
だからこれはあたしにとっては、つらーい罰ゲームなんだよ。
揺れるバスの中、鞄にしのばせていたチョコレートを取り出し、箱からひと粒つまんで祥大へと手渡そうとした。
けれど祥大は受け取ろうとはせずに、口を開いて待っている。
あたしに食べさせろって合図?
もうっ、どうしてそんなに甘えた態度をとるの。
包みを剥がしながら顔が熱くなっていくのがわかった。ほらまた、心臓が。
バスって結構揺れるから、チョコをうまく口の中へと納めるのって、至難の業だったりする。
祥大の口に集中するあまり、顔を近づけすぎていたらしい。祥大の視線はすぐそばにあり、あたしの顔をじっと捉えていることに今さら気づいて焦った。
視線があたしの顔に注がれていることを気配で感じながら、それを確かめることなんてできるわけがない。自意識過剰のあたしは意識しすぎちゃって、視線なんて合わせらんないんだ。
ぱくりとチョコを含み、満足げに口角を軽くもちあげる祥大。
「俺、有未香と別れることにしたから」
突然発せられたその言葉にびっくりしたはずみで、もろに祥大と視線が交差した。
しらっとした顔でそんなこと言っちゃだめだよ、祥大。
「だめ。だめだめだめ。祥大に1年半もずっと片思いしてた子だよ。大事にしてあげなきゃだめなんだって」
「おまえ、そんなのきれいごとだろ?」
どくっと心臓に勢いよく血流が流れた。
違う。だってあたしは知ってるんだもん。祥大のことを健気に想う有未香の気持ちを。
そうなんだよ。知っているんだもん。
「違うっ。そんなことない。別れたってあたしは、祥大とは付き合わないから」
「絶対に俺のこと好きにさせてやるからな」
ばか。あたしはとっくに大好きなんだよ、祥大のこと。
でもね……。
「ムリっ」
なんて意固地で強がりなんだろう、あたし。
これ以上ない偽善者だね。
その後も事あるごとに祥大は、あたしに対して大胆に気持ちを向けてきた。
そのたびに、あたしはどんどん否定していった。
半ば条件反射のようにして。
そうした後にいつも自己嫌悪に陥るくせに、友達思いの風を吹かせているあたし。
強がりを言って、照れ隠しのようにして心を翻す。
バカだってわかってる。
お人好しだってわかってる。
だけど……これもあたしなんだよ。
損で不器用な性格してるんだ、あたしは。
*** バカでお人好し * end ***




