'Ano 'ai ka pilina 思いがけない巡り会い
挙式は滞りなく終了し、ひと段落したあたしたちはホテルの部屋に戻って、美弥ちゃんがいれてくれたパイナップルフレーバーのアイスティーを飲みながら過ごしている。
あたしと祥大は海風が心地いいラナイにてデッキチェアに身をもたせアイスティーを飲みながらくつろぐ。
今晩は両親とは別行動の予定なんだ。両親は挙式のプランに含まれているフレンチレストランでのウェディングディナーの予定。あたしと祥大はアラモアナ・ショッピングセンターに行くことにしている。
「美弥ちゃんあのドレスにしてよかったよね。すごく似合っててきれいだった。お父さんもダンディで格好良かったし、いい結婚式だったなあ」
「ほら見てみ、デジカメで撮ってもらった写真もうまく撮れてるぞ」
「ほんとに! 見せて」
「痛っ」
デジカメのモニターを覗き込もうとしたら、勢いあまって祥大の頭とごつんこしてしまった。あ、あたしのが痛いってば。祥大って意外と石頭なんだから。
いたたぁ……。
「なあ、みんないい顔してるだろ」
「うん。いいね、家族写真」
初めてだね、家族写真だなんて。しかもそれが両親の結婚式での記念写真なんだもん。思わず感動してじわっときていた。祥大にそのことがバレないようにと何度も何度もまばたきをして涙分を分散させて。見つかっちゃうと泣き虫だってからかわれるのが落ちだから。
「ほらあ、やっぱりこの柄ふたりで揃えたの正解だったと思わない?」
「そうかあ? お互い両端で映ってるからいいようなものの隣に並んでてみろ、まるで幼稚園の園児みたいだ。俺までガキっぽく見られるのは侵害だな」
「ひどーいその言い方。あたしが全部悪いみたいじゃない。どうせあたしはお子ちゃまですよ、どうせあたしは……」
「また上唇とがらせてやんの。おまえのそういうところがガキだってんだよ」
「とがらせてなんかないもん。ふんっなにさっ。祥大なんか、アラモアナに行ったって一緒に行動してあげないんだかんね。別行動だからね」
「おまえがそれでいいならいいよ俺は。ひとりでもぜんぜん困んねえし。瑠花も英語はしゃべれるんだろうし問題ないな。じゃあいいんじゃないの」
「あっ」
いじわる……祥大のいじわる。あたしが英語に自信がないことわかってて、わざとそんな意地の悪いこと言ってんだから。ずるい、バカ、卑怯もの!
祥大はいいよね、小中と英語習ってたんだっけ? 多少は話せるんだろうから。
あたしったらなにやってんだろ。結局は自分で自分の首を絞めたりして。
「うそだよ。俺ら一緒に思い出作るんじゃなかったっけ? アラモアナに行ったらさ、ハワイアンアクセ探そうぜ。旅の記念に買って帰ろうな」
そういって肩に手をかけてくる祥大。
「いいね、それっ! あたし、祥大とおそろいのが欲しいなあ」
「またペアか?」
「いやなんだ祥大。やっぱり子供っぽい? だめかな……」
「いいやそんなことねえよ。ワンポイントで揃えるってのはどうだ?」
「うんっ、それでもいいよ」
却下されなくてよかった。ダメだしされても食い下がるつもりではいたんだけどね。
祥大とお揃いのものを持つの、夢だったんだ。
ああ、風が気持ちいい。空が少しずつ色を濃くしていく。宵闇の時間帯がやってくる。おしゃべりに夢中になっていたせいで、飲みかけのアイスティーが2層になって、グラスはじっとりと汗をかいたように滴だらけになっていた。
この間までの低迷していたあたしの運気はなんだったんだろう。そう感じるくらい今あたし、すごく満たされている。エンドレスで続けばいいのにってくらいこの旅を満喫している。
日本に帰国すれば、いつも通りの日常生活が戻ってくる。そうすれば非日常的なこの素敵で自由で開放的な時間は思い出に変わり、現実世界へと引き戻されてしまうんだ。
4月からあたしたちは大学生になる。今より少しだけ大人に近づくような気がして、それはそれでわくわくする。高校の制服を脱ぎ捨てて個性が露になる私服での学生生活が始まるんだ。新しく知り合う大学の友達、専門分野の知識を学ぶ講義。全部ぜんぶに期待感大で胸が膨らむ。
ちょっと待って!! でもそうだよ! あたしは短大だから取り巻く環境は今までとさほど変わらない。けれど祥大は4大に通うんだ。男女混合、今度は学内に男も女も存在するんだ。
やだな。そう思うと心配になってきちゃったよ。どうしよう。祥大に言い寄ってくる女の子きっといるよね? 祥大は目を惹くタイプだし、もともとはもてる人だもの。大丈夫かな、祥大は他の女の子になびいたりしないかな、心変わりしないでいてくれるかな?
「おい、どうしたんだよ? さっきからぼけーっとしてさ。親父たちそろそろ出かけるってさ。俺たちも一緒にでようぜ」
「う、うんわかった」
まさかね。こうしていつも一番近くにある存在なんだもの。きっと大丈夫だよね。
ホテルのエントランスで両親はプランナー会社の女性と待ち合わせてフレンチレストランのお店へと向かった。あたしと祥大はシャトルバス乗り場めざして歩く。
日の落ちたワイキキは夜になっても賑わいでいてショップやホテル、それにライトアップされた木々が街を照らし、観光客がたくさんいる。昼も夜も関係なく治安には心配なさそうだ。
アラモアナ・ショッピングセンターの前でバスを降りると自然と列をなし、大きな建物の中へと皆吸い込まれていく。あたしはこの広いモールの中で迷子にならないようにとバスを降りた瞬間から祥大の左手をしっかりと握りしめていた。
日本からのカップルの姿があちこちにあり、こうやって手をつないでいる人たちは意外に多い。
まずはどこを見てまわろうか。すごーく広い敷地だからふたりして迷子になりかねない。ガイドブックを持参してきたことは正解だった。
なのに祥大はガイドブックも見ずにすたすたとあたしの手を握ったまま歩きだした。
「どこ行くつもり?」
「さあ? テキトーにいけばなんとかなるだろ。目についたショップにはいればいいだけだし」
「それはそうだけど、迷子にならない?」
「ばっかだな、なるわけないだろ。広いったってしれてるんだぞ」
「そうかな。知らないよ迷子になったって」
「迷子になりたくなかったら、俺の手放すなよ」
あたしは言葉に不安があるし、都会育ちでもない。こういうところに来たら足がすくんじゃうんだよ。ここは祥大に頼るしかないなあ。行動派的にこうしてひっぱってってくれる祥大が今日は頼もしくて、胸がきゅんきゅんしてハートを熱くする。
「ほら、ここの店アクセいっぱい置いてそうだぞ。入ってみるか?」
「うん。祥大がいいなら」
シルバーアクセがたくさん置いてあるお店だ。ここならいいの見つかるかもしれないね。ふたりで手をつないだまま横歩きでディスプレイされているブレスレットやネックレスを順に見ていく。
「思ったより値段高いな。もう少し気楽にできるようなのにするか」
「そうだね」
それから何軒かまわってシルバーアクセを重点的に探してみるけれど、なかなかぴんとくるようなものに出会えなかった。
「そろそろおなか空いたな。先に腹ごしらえ済ましてから、ショップまわりするか?」
「うん。祥大がそうしたいなら、あたしはそれでいいよ」
「なあ、さっきからおまえ変じゃない? いつもの我の強さはどこいったんだ。あたしこれがいい! とかいつもは自己主張の塊のくせしておかしいぞ」
「そう? そうかな。そんなことちっともないよ」
「やっぱへん」
「普通だよ、あたし、いつだって素直だし」
「まあ、いいか。だったら俺についてこいよ」
「うん」
『俺についてこい』かあ。その言葉に女の子って弱いんだよ。あたしはどこまでも祥大についていくから、この手を離さないでいて。今だけじゃなくってずっと祥大についていきたい。
すたすたと歩き始めた祥大に遅れないよう必死に足を動かす。
あれ? 身体がじわじわってしてきて感覚がなんだかおかしい。まるで夢の中にいるみたいに。まわりの人の声や物音がざわざわと遠くで響いているようで、あたしだけ別世界に漂っている感じだ。気を失うでもなく、細かく痺れるおかしなこの感覚はなに? 鈍い感覚とは別に頭だけは鮮明に自分の心の中の呟きを捉えている。
「すっげえ人だな。まずは座る席を確保するか。ここならなんでもあるだろうし、それぞれ食いたいもん買って食おうぜ」
祥大のその声で、やっと身体に元の感覚が戻ってきた。さっきのあの感覚はなんだったのか意味不明だけれど、でも痺れは心地よく嫌な感覚じゃなかった。今日の祥大はうまくあたしをリードしてくれている。そのことにあたしは刺激され、ドーパミンが過剰分泌されちゃったせいかも、きっとそうだ。
「なに食べようかな。たくさんあって迷っちゃいそう」
「ぐるっとまわってみて好きなの頼めばいいさ」
そう言われたのに、結局あたしは祥大と同じバーガーにしていた。ガイドブックでみていたロコモコを食べようと決めていたのに、いざとなると祥大の食べたいものを真似たくなっちゃった。やっぱり祥大の言うように、今日のあたしってらしくないのかも
「日本のとぜんぜん違うな、この肉質にこのボリュームが半端じゃね。うまいな」
「ほんとにおいしいね。あたしにはちょっと多いってか、食べきれないほどの量だよ。ポテトだってこんなにたくさんあるんだもん」
「残ったら俺が食ってやるから、瑠花は食べられる分だけ食べればいいじゃん」
やっぱり今日の祥大かっこいいよ。
「うん。じゃあそうするね」
「今日は素直でいい子だな。いつもこうなら可愛げあるのになあ」
「また子供扱いしてるでしょ! 別にあたし可愛くなくったっていいんだもん。祥大のほうこそ、いつも今日みたいにひっぱてってくれればいいんだよ。男らしくね」
「ぷっ。やっといつもの瑠花が戻ってきた」
「え?」
「俺はさ、いつもみたいにはねっかえりの瑠花のほうがいいの」
「えー、どっちよ。可愛げあるほうがいいのか、はねっかえりがいいのか」
「はねっかえりのところが可愛くもある」
「なにそれっ」
もうっ、テキトーに答えたりしないでよ。
フードコートで食べたあと、ショップ回りを再開した。そこでようやく気に入ったものがみつかった。シルバーのチェーンに好みの飾りをつけるブレスレットだ。チェーンの微妙な感じがいいねってふたりの意見があって、これに即決まり。あたしはプルメリアとホヌと呼ばれる海がめをモチーフにしたものをつけてもらい、祥大はホヌと波の柄の飾りをつけてもらうことにした。
ホヌがあたしたちの初めてのお揃いのアイテムだ。
ホヌはハワイでは神の使いとされ、幸せを呼ぶシンボルでもあるんだって。
ね! あたしたちにぴったりでしょ。
買ったあとすぐにお互いの腕につけあった。その日の夜もブレスレットはしたままで眠りに就いた。祥大とは別の部屋でもずっと繋がっているみたいで嬉しかった。
翌日はツアーに含まれている観光の日だった。他のツアー客たちと一緒にイオラニ宮殿やカメハメハ大王像の見学をし、パールハーバーからダイヤモンドヘッドまで景色を楽しむ観光スポットなどひと通りをまわって、夕方にホテルまで観光バスで戻ってきた。
夜は家族でアロハタワーへと行き、マーケットプレイスで海をみながら伝統的なハワイアン料理をおなかいっぱい食べた。帰りのビーチでフラの無料ショーが行われていたのを偶然に発見。生でフラダンスを見たのは生まれて初めてだ。すごく感動した。手の表現のひとつひとつに意味があるなんて素敵だよね。
フラのショーを見たあとはアラモアナ大通りでお土産物を買ったり、コンビニで飲み物とスナック菓子を買ったりしながらホテルまではとぼとぼと徒歩で戻った。
4日目の今日はレンタカーを借りて少し遠くのビーチにでかける予定だった。ところが朝からどうも美弥ちゃんの体調がすぐれないみたいで遠出は見送りとなり、今日は祥大とふたりで行動することになった。お父さんは美弥ちゃんの身体を心配して部屋に残ることにして、あたしと祥大はすぐ目の前のビーチでのんびりと過ごすことにしたの。
「ちらちら見ないの」
「ばか、見てねえよ」
「いま見てたでしょ。あの金髪のビキニの女の子たちのこと絶対に見てた」
ビーチに来たのは失敗だったかな。あたしもタンキニタイプになんかせずに思い切ってビキニにすればよかった。あーあ、男ってどうしてこうなの!
「海はいろうぜ」
「勝手にいけば」
「拗ねるなよ。ほら、いくぞ」
無理やり手をひっぱって強引に海へと連れていこうとする。ビーチにいるよりはそのほうが、ちら見されなくていいか。
「冷たいっ」
波打ち際の水しぶきが激しくていきなりの冷たい刺激に襲われた。冷たいけれど気持ちいい。もう少しだけ深いところに行ってみたくなった。
「瑠花」
「や、どうしたの?」
「なんでもない。こうしていたいだけ」
祥大が腰までの深さのところにきたところで、急に後ろから抱きついてきた。びっくりすると同時にたくさんの人がいる場所で恥ずかしいじゃない。とっさに俯いたあたしは抱きすくめられたまま、おそるおそる顔をあげてみた。
ここは外国、開放感溢れる常夏の島ハワイ。日本のように興味本位な目でみられることはないんだよ。
にしても祥大はずっと抱きついたまま、動こうとしないんだけど。
「祥大どうしちゃったの? 泳ぐんじゃなかったの?」
「やきもちなんて焼くなよ。もっと俺のこと信じろよ」
今なんて? さっきのちら見のこと気にしてるの?
「わかってる。さっきはごめん。祥大の気持ちすごくよくわかったから、泳ごう」
背中から伝わってくる祥大の胸の鼓動が、波の音にも負けないくらいに響いてくる。
「よし、もっと深いとこまで行くぞ。ついてこいよ、瑠花」
「待って。あたしあんまり泳ぎ得意じゃないんだよ、待ってよ」
振り返ってきた祥大の笑顔も太陽に負けてない。
あたしだけをみつめて笑う顔。笑うと少し垂れてみえる目もすべてあたしの宝物だ。
あっという間のハワイ旅行。たった5日間だけのパラダイス。
祥大と約束したとおり、たくさんの思い出を一緒に作ることができた。
通常の生活に戻り、幾日かが過ぎていた。
今度ハワイに行くときは、その時はふたりの結婚式を挙げる時だといいなあ。ふわりとそんな想像をした。本当にそんな日が訪れるように、あたしは祥大を信じてどこまでも彼についていきたい。
家族でもあり、兄妹でもある祥大だけど、あたしの一番の愛おしい人でもある。祥大との巡り合わせを考えただけで鳥肌がたちそうになる。
「なあ、瑠花知ってるか? 美弥ちゃんの体調が悪かった原因のこと」
「時差のせいか、日本との気候の違いのせいだったんじゃないの」
「違うぞ」
「なんで? 祥大は原因知ってるの? 美弥ちゃんどっか悪いの?」
うそ。美弥ちゃんが病気。やだどうしよう。そんなのやだよ。
「俺と瑠花の弟か妹がお腹の中にいるんだってさ」
「えーーっ、妊娠してるってこと」
「そうみたいだな」
嘘みたいな事実。ってことはあたしと祥大の血の繋がった兄妹が誕生するってことだよね。
喜ばしいことだけど、ちょっと複雑な気もする。
もしもあたしと祥大が結婚して子供ができたら……考えただけで複雑な家族構成だ。
うーん、もういいや。考えないでおこう。
「俺たちの絆が更に強くなるんだな」
そうか。そういう風に考えればいいんだよね。
「名前なにがいいかな?」
「すぐにそうやって先走るなおまえ。まだ男か女かもわかんないんだぞ」
「あっ、そっか、へへ」
楽しみだね、あたしたちの新しい家族の誕生。
「天気いいぞ。ひさびさに遊歩道でも行ってみるか? 瑠花の好きな花がいっぱい咲いてたぞ」
「ハナミズキのこと、覚えててくれたんだ」
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってんだ?」
「たらしの祥大」
「おい、なんだよそれ」
「うそ、あたしの大事な祥大」
「い、いくぞ」
あはっ。祥大ったらあわてて目そらしちゃってるよ。ここは言ったあたしのほうが照れる場面だったのにな。祥大が動揺するなんてめずらしいね。
「ちょっと待ってよ、祥大」
一緒にいるだけで甘い気持ちに包まれていく幸せな時間。
こうして祥大とあたしの共通の時計は、これからもずっと時を刻み続けていくんだね。
*** Pineapple Iced Tea * end ***




