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おない年の兄妹  作者: 沙悠那
Pineapple Iced Tea
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Moana nani  美しい海

 むうーっとした空気にさらされたとたん、どくんと胸が高鳴った。

 密封された空間に停滞していた血流が、ここで一気に流れを取り戻したかのようなそんな開放感に包まれている。

 空から大洋を渡り、南国の島ハワイ。ホノルル国際空港に到着した。

 うららかな春を迎えつつある日本を飛び越えて、常夏の生温さの中に放りだされた全身は喜びに満ちている。そう感じているのはあたしだけじゃないみたい。あたしに続いて機外にでてきた祥大は南国の空気を思いっきり肺へと取り込んで大きく伸びをしている。

「ねえ連絡はちゃんとしてあるよね?」

「当たり前だろ。何度も聞くなよ」

 祥大がちょっと不機嫌な顔になった。

 だってついね、大切なイベントだからどうしても心配で何回も同じ質問を繰り返しちゃうんだよ。祥大のこと信用してないわけじゃないんだよ。

 Wiki Wikiバスと呼ばれるターミナルビルと入国審査場のあるメインターミナルとの間を連絡しているバスに乗るため列に並ぶ。長い列にうんざりしてしまいそう。

 やっとの思いでメインターミナルへと辿りつくと祥大と並んで歩き、いよいよ入国審査へと向かう。

 今回のハワイ旅行はあたしにとって海外旅行デビューとなる。入国審査なんてものを受けるのだって当然初めてのこと。自分の番が近づくにつれ心臓がどきどきとしてくる。入国審査官は当然のごとく外国の人。あたしはやたらに外国人に対して身構えてしまっている。だってね、あたしの暮らす町じゃ外国人なんて滅多にみかけないんだもの。早口に聞こえる英語が何を言っているのかまったく聞き取れないよ。

 言葉を発することなくひきつった笑みを浮かべ愛想ぶる。なんとか入国審査を無事に終えたあたし。今日の分の体力の半分はたぶん今ので使い果たしたと思うよ。

 家族全員そろったところで預けた荷物を受け取ってゲートをでた。プレートを持って待機している旅行社の添乗員を見つけるとすぐにホテルまでの送迎バスまで案内されバスに乗り込んだ。やっとここでひと心地ついた感じ。

 日本を出発したのは夜だった。けれど到着したら出発した日と同日の午前中ってことになる。時差ってなんだか不思議。だってあたしは変わらず1秒1秒前に進んでいるのに時間だけが繰り戻されてしまうんだもん。地球が丸い球体だから日付変更線なるものが必要であたしはそれを飛び越えてきたんだから、そうなることはしかたのないことなんだけど、でもね感覚的にはちょっと変だよね。一日得をしたと思えばいいだけなんだけど。


 ホテルでチェックインを済ませ部屋へと案内された。

 家族4人で一緒に泊まれるようにとコンドミニアムタイプの部屋をセレクトしている。キッチンやダイニングテーブルが備え付けられている分、ホテルというより別荘みたいな感覚だ。

 クローゼットを真ん中に挟むような形で北側にふたつ並ぶベッドルームはシングルサイズが2台の部屋とキングサイズのダブルベッドが1台設置されている部屋とパターンが違っている。あたしと祥大がシングルふたつのほうで美弥ちゃんとお父さんがダブルベッドのほうを使うのがいいんじゃないかなってあたしは考えていたんだけど、みごとにその考えは的が外れてしまった。祥大とお父さんがシングルのほうであたしと美弥ちゃんが女ふたりでダブルベッドで眠ることになっちゃった。お父さんが部屋割りをしたんだ。親としてはいくらふたりの仲を認めたこととはいえ、未成年の男女を同じ部屋で寝かせるのはタブーで、貞操観念に反するようだ。

 せっかくハワイにきたのに祥大と初めて一緒の旅行なのに残念だな。祥大のほうもお父さんが下した部屋割りに反論もなくしたがっているようだったけど、頬のあたりに不服そうな表情がやんわりとでていた。祥大もちょっとは期待してたんだよね。



「まだ11時よ、時間はたっぷりあるわ。少し早めの昼食にしてショッピングにでもでかける? それともビーチに行ってみる? 空が青いわあ、海も。こんな贅沢な青い世界は初めてよ。瑠花も早く、見に来て!」

 リビングのソファにどっぷりと沈み込んでいるあたしたちとは対照的に、元気が有り余るみたいな美弥ちゃんは、ラナイ(ベランダ)のほうへと向かうと窓越しに望む青い空とエメラルドグリーンの海を眺め歓喜の声をあげている。

「俺と瑠花とで今からのスケジュールを考えてみたんだ。ふたりともそれに合わせて欲しいんだけど」

「あら、いつのまにかそんな相談していたの? いいわ、行きましょう。ふたりの計画にお任せするわ。ねえ、あなたいいでしょ?」

「そうだね。で、おまえたちはどこに連れてってくれるつもりなんだ?」

「それは行ってからのお楽しみってことで内緒だよ」

「瑠花ちゃん、ヒントだけでももらえないか?」

「だめだめ」

「だめかあ?」

「あらまあ、瑠花ったら厳しいのね」

 あたしたちが兼ねてから計画していたことを実行する時がきた。これはサプライズな企画だから口が裂けても教えらんない。

 ホテルでタクシーを呼んでもらい、祥大が行き先の書いた地図をドライバーへと見せて指示し出発する。

 街の中を走行する車はものの10分ほどで目的地へと到着し、なんだか訳のわからないまま連れてこられたって顔をしている両親たちを尻目に眩しいほどの真っ白な壁の低いビルの中へと入っていく。

 店舗が何軒か並んでいる中にひときわ目を惹くディスプレイがある。ショーケースに飾られているものを見て、美弥ちゃんはすぐにぴんときたようだ。お父さんはまだ計画自体を飲みこめていない様子ですました顔をしている。

「瑠花と祥ちゃん、これってあれよね?」

「美弥ちゃんの勘当たりだよ」

「こんなところに昼食を取る店でもあるのか?」

「あなた。瑠花たちがあたしたちのために計画してくれたことにまだ気づかないの?」

「親父にぶすぎだよ」

 ガラス戸越しにあたしたちの存在に気づいた女性が扉をあけて微笑した。

「田中様ですね?」

「はいそうです」

「お待ちしておりました。どうぞ中へお入りくださいませ」

 招かれるまま店舗へと入るとちょうどいい程度に冷房がされていて心地がいい。にぶいお父さんもここまできたらようやく理解したみたいで、四方をぐるりと見渡し頷いている。

 あたしは笑顔にならずにいられなくなった。楽しみにしていた計画がいよいよ幕を開けるんだ。

「親父たち、結婚式してなかっただろ。これは俺と瑠花で考えたサプライズなんだ」

「美弥ちゃんのウエディングドレス姿みたかったんだよ、あたし」

「あなたたちったら……」

「やだ、美弥ちゃん涙ぐまなくてもいいってば」

「だって嬉しくって。あなた達がこんなことを考えていてくれたなんて」

「祥大、瑠花ちゃん、ありがとう。こんな嬉しいサプライズは初めてだよ。おまえたち憎いことしてくれたな」

 このあと早速たくさん並んでいる奇麗なウエディングドレスを家族4人で選んで、美弥ちゃんがフィッティングし、ちょっと照れながら皆の前で披露する。5着ほどの候補の中からAラインのシンプルめのドレスをチョイスした。家族の意見が一致した美弥ちゃんに似合う素敵なドレスだ。それに合わせてお父さんのタキシードも選んだ。眩しい太陽に負けないような白といきたいところだったけど「この年でそれだけは勘弁してくれよ」というお父さんのたっての要望でグレーの抑えた色調のものに決まった。

「ご子息様がたは参列服をハワイスタイルにされてはどうですか? あちらのお部屋にご用意しているものがたくさん御座いますので、よろしかったらご覧になってみられてはいかがですか?」

「そうね、せっかくのハワイでのお式ですものね。お願いしましょうかしら。瑠花たちふたりで選んできなさいよ。その間にわたしたちは挙式の説明をここで受けているわ」

 担当の女性に案内された別室には南国色豊かなアロハシャツ、それにハワイアンドレスがオープンクローゼットにたくさんかけられていた。参列服っていうのはもっとかしこまったものを想像していたんだけど、ぜんぜん違っていてこんなラフな服でいいんだってちょっと意外だった。素敵な海が広がる南国だから、こういうのも有りだね。うん、よくみると結構かわいいよ。

 女性が去るとふたりだけ残された部屋で着たいものをそれぞれ真剣な眼差しで探していった。ハワイアンドレスと言っても丈は長いものから膝丈くらいのものまで様々ある。それにデザインも袖のあるもの、ノースリーブのもの、胸元が大きく開いたものなどバリエーションがたくさんあってその上、柄に色合いまで見ていくと、色々と目移りしてしまって本当に迷ってしまうんだよね。そんな中で半時間近くかけて入念に何着か候補のものを選びだした。同じようにあれこれ迷っていた様子の祥大も何着かピックアップし終わったみたいだった。

「瑠花はどれにしたの?」

「うんとね、丈はショートに決めたんだけどデザインと柄で迷ってるんだ」

「俺も何着か選んでみたけど、どれが合うと思う?」

「あっ、これ、これがいい」

「なんだ即答だな」

 だってね、偶然にしろ息がぴったりあってるって思ったんだもん。こんなにたくさんあるアロハシャツの中から祥大が選んでいた3着の中の1着と、あたしが選んで迷っていたハワイアンドレスの中の1着が同じ柄で色違いだったんだから。

「俺もこれが柄的にも落ち着いているし、いちばんいいかなって思ってたんだ」

 そうでしょ。やっぱり息ぴったりだよ、あたしたちって。

「見てみて、祥大」

「おっ」

 祥大のセレクトしたのと同じ柄の赤いハワイアンドレスを身体にあてがってみせたの。

「あたしもこれがいいかなって思ってたの」

「ちょっと待ってくれよ、ペアで着るのってダサくないか」

「ううん、ぜーんぜん。これがいいぜったい!」

 暫くの間ペアで着ることを強く拒んでいた祥大だったけれど、悶着の結果あたしの押しのほうが勝利して、同じ柄のこの2着をそれぞれ着ることで話はついたの。たぶん、祥大はペアで着ることに照れを感じているんだと思うんだ。

 意外にシャイなんだね。


 衣装を決め、細かなことの説明を聞いたあと、明日実際に式をあげることになっている教会にリハーサルを兼ねて下見に向かうことになった。祥大と立てた計画がだんだんと形をなしていくことがとても嬉しくてしかたがない。今まで片親であたしたちを育ててきてくれたお互いの親への感謝の気持ちを込めて考えたふたりの計画だからよけいに感慨深い。

 ホテルやショッピング店やモールの建物が立ち並ぶ街中を抜けると白い波の筋がきらきらと輝く海岸の風景が対照的な感じで広がる。海岸線を走らせ30分ほどで目的地に到着した。

 あたしたち家族4人だけで挙げる結婚式だから、こじんまりとした教会がいい。それとオーシャンブルーの海がみえる教会。それだけはどうしてもあたしとしては外せなかった条件。あたしはこの条件に見合う教会をどうしてもみつけたかったんだ。偶然にもこの旅行に先駆けてハワイに行く予定だった幾美ちゃんにウェディング関係のパンフレットを街中でみつけたら持ち帰ってほしいってお願いしてあったんだけど、行動力のある幾美ちゃんが今回お世話になることになったプランニングのお店を探しておいてくれたのだ。わざわざお店を何軒かまわって話を聞いてパンフレットを貰ってきてくれた。幾美ちゃんにはいつも助けられてばかりだ。おかげで家族で思い出に残る結婚式を挙げることができそうだよ。そう思って実際に教会を目の前にすると、急に目頭が熱くなってきてしまった。こんなことじゃ明日どうなっちゃうんだろう。絶対泣かないんだ笑顔で式を終えるんだ。両親の晴れの姿もこの白くかわいい教会も青い海も全部涙でぼやけちゃうなんて許せない。もったいなすぎるもん。

「瑠花よくやったな」

 祥大もこの教会に満足してくれたのか、あたしの頭を大きな掌で撫でまわしながら笑顔でそう言ってくれた。

 やった! 褒められちゃった。祥大に褒められたよ。すごく嬉しい。


 担当の女性との打ち合わせを終え、女性は別の商談があるということで先に引き上げていった。あたしたち家族は教会の先のデッキでしばらく海を眺めていた。それぞれに明日のことを思い浮かべながら。青い海の先には遠くダイヤモンドヘッドが見えている。あれが有名なダイアモンドヘッドなんだね。青い海のインクがじわじわと身体中に染み込んでいくみたいにハワイへ来たという実感があたしの身体を包んでいき、じっとしていられないくらいの期待感でいっぱいになりだした。テンションがあがってくるといても立ってもいられない。隣で静かに海を眺めている祥大の手をさっと取ってぎゅうーって強く握りしめてたの。すると少し驚いたようすをみせた祥大。

「一緒に来れてよかったな」

 あたしとは対照的にいつもより静かなトーンの声で祥大は言った。目の前に広がる凪の海のような祥大の穏やかな瞳に自分の姿が映りこんでいるのが見える。その鏡のように澄んだ祥大の瞳の中の自分は笑顔になっている。

「同じものをみて同じシーンに感動して、いっぱいいっぱい思い出作って帰ろうね」

 なんかあたし、普段言わないようなこと言ってるよ。あたしに似合わないようなセリフでもこの景色の前でなら許されるような気がするんだ。

「思い出かあ。思い出もいいけど、俺はおまえと一緒に未来を作っていきたいな。ってちょっと臭すぎだな」

 照れ笑いしてる祥大だけど、今の言葉をあたし忘れないで心に刻んでおくね。ずっと一緒だって約束してくれたような言の葉。大切にしたい祥大の気持ちなんだもの。

 少しずつ移ろう空の色に合わせて海の色が黄金味を帯び始めてきた。夕暮れ時が近づきつつあった。あたしたちと少し間隔をあけて同じように寄り添って海を眺めている両親たちも甘い言葉を囁きあっているのだろうか。結婚してからもずっとお互いを大切に労わりあっている両親はあたしの誇りで理想でもあるんだ。

 あんな風になれたらいいなって思うよ。




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