Episode18 運命の赤い糸
祥大が『瑠花じゃなきゃだめなんだ』そう言ってくれたあの日から何週間か過ぎて、高校の卒業式の日を迎えていた。
桜の花は蕾を小さく付けたところで、艶やかに花を咲き誇らせる姿は、この学校に新しく入学してくる子たちの為にとっておくつもりのようだ。
薄桃色のオーラに包まれ満開に咲き誇る校庭の桜。この大樹に迎えられたのは3年前の4月。あたしはその立派な姿に圧倒されたのだった。
あれからあっという間の高校生活だった。この3年間であたしは酸いも甘いも含んださまざまな経験をした。そう、祥大と出会った17歳があたしのターニングポイントだった気がする。あの時からあたしの運命は大きく動き始めたんだ。これまでの経験が少し自分自身を大人にしてくれたんじゃないかと感じている。
ふわっと風が髪を揺らす。春の香りのする緩い風だ。
続々と在校生たちが講堂に向かう姿がみえる。あたしたちはひとまず別の場所で待機し、在校生の拍手に迎えられ講堂へと入場することになっている。
式典は厳かに進行していき、卒業証書を手にすると、これで本当に高校生活にピリオドを打つことになるんだって、そう思うと感慨無量となった。
『仰げば尊し』を唄いだすと、もうその思いは感極まって泣きだしてしまったの。すでに予行演習の時からこの歌のメロディが流れただけでぐっときて、鼻先がつんとなっていたから。
滞りなく執り行われた卒業式の後、最後となる馴染みの教室でのホームルーム。これが終了したら、この学校とも本当にさよならするんだ。担任の話を聞きながら机を撫でていた。さようなら、ありがとうって心の中でお礼を言いながら。
正門の前で美弥ちゃんが最後のホームルームが終わるのを待ってくれているはずだ。ホームルームが終わるとすぐに、窓際へと向かい美弥ちゃんの姿を確認する。皆は名残惜しそうに教室で友達と話し込んだりしていたけれど、あたしはそうそうに教室を後にした。
幾美ちゃんと目があったから、口パクで「またね」って伝えておいた。幾美ちゃんとは4月から通う短大でも会えるから気軽にそう言えた。
わだかまりが消えないままなのはメグたちだけど、結局勇気もなく、声をかけずにでてきてしまった。メグは祥大のことが好きで、そのことを知ってしまったあたしは、どう声をかけていいものかわからないままで。本当に残念だけどしかたがないんだよね。あたしはメグにとっては恋敵なんだから。そんなこと色々と考えながら、校庭先の正門前で待つ美弥ちゃんのところへと急いだ。
黒のいでたちでシックにまとめた美弥ちゃんは今日もきれいだ。まわりにいる他のお母さんたちがぼやけちゃうくらいだ。あたしは美弥ちゃんの娘でよかったなって嬉しくなった。美弥ちゃんの遺伝子のおかげで、祥大みたいにもてるカッコいい男の子にも振り向いてもらえたんだと思うの。それになんたって、美弥ちゃんの娘だったから、何の接点もなかった祥大と出逢うことができたんだよね。それが最大にあたしにとってはハッピーなことでもある。
「旅行社に寄ってから、ケーキ屋さんで予約してあるケーキをもらって帰ることにしましょ」
祥大は3日前に卒業式を済ませていた。あたしたちの卒業を今夜家族で祝うことになっている。
来週の金曜日からは、予てから美弥ちゃんが計画していた家族旅行に行くことになっている。行き先は常夏の島ハワイ。
家族揃って行く海外旅行。今から超たのしみでしかたがない。祥大とふたりでサプライズな計画もあったりとか。
「あの子たち、瑠花のこと呼んでるんじゃないかしら?」
確かにこっちに向かって手招きしているようだ。少しだけ身体に緊張が走る。
「ちょっと待ってて」
美弥ちゃんにそう言づけて、校庭の端にあるプールのフェンス脇にたたずむ明穂と沙紀ちゃんの元へと走っていった。
「帰るところだったのにごめんね。あたしたちどうしても瑠花に伝えておきたいことがあって、このまま卒業してしまうのはちょっとね。あたしたち本当は瑠花のこと大好きなんだ」
「そうなの。メグの手前最後まで冷たくしちゃってごめんね」
「最後だからちゃんと言って置きたくって」
ふたりともわざわざそれを言うために。胸が熱くなった。
「ありがとう。すごく心が軽くなったよ。あたしだって明穂も沙紀ちゃんのことも大好きだったんだもん」
「るかーーーっ」
3人で抱き合った。
ほんとうによかった。最後に笑顔で分かり合えることができて。
「あたしも明穂も有りだって思ってるよ。その……瑠花と彼氏の関係。兄妹になったのはきっと神様がふたりを巡り合わせるために仕掛けた運命の悪戯だったんだよ」
運命の悪戯――。
ほんとだ。きっとそう、そのとおりだよ。
道程は決してなだらかじゃなかったけれど、こうしてたどり着いた先には、きっと素敵な未来が待っているはずだ。
「がんばって、瑠花」
せっかく引き寄せられた運命の赤い糸だもの。
あたし、ぜったいに切れたり見失ったりしないように大切にしていく。
祥大はあたしに光を届けてくれた人だもの。
これからも大切に大切に育んでいくんだ。
「ねえねえ、瑠花のお母さんと話してる人って、もしかして彼氏なんじゃ?」
「明穂どこ? あたしも見たい!!」
「深くニット帽かぶってて眼鏡かけてるから顔がよくわかんない」
ほんとだ。あれ祥大だよ。来てくれたんだ。
「彼氏でしょー?」
「うん」
「じゃあ、あたしたちも帰るとこだったし、一緒に正門までいこうっか」
「沙紀ちゃんっ、待って」
「だって噂の彼の顔、間近でみてみたいんだもん」
ちょっと恥ずかしい気もするけれど最後だし、まあいいっか。
「こんにちは」
ふたりは美弥ちゃんに会釈し、次に祥大へと微笑んで、最後にあたしのほうをみてにんまりしてきた。沙紀ちゃんがあたしの手をひき、祥大から少し離れたところへとひっぱっていく。
なになに? 今度はなに。
「彼氏めっちゃかっこいい。瑠花がうらやましいよお」
「目がかわいいよね。あたしもタイプだなー」
「そりゃ、瑠花が好きになっちゃうのわかるわ」
口々にいろんなことを言って、興奮しているふたりだ。どの言葉も嬉しくなるようなことばっかなんだけど。あんまり言われると照れるよ。
明穂と沙紀ちゃんと別れてから、祥大と美弥ちゃんと一緒にバスが来るのを待っていた。学校の壁にもたれてバス待ちする祥大のことを通りかかる生徒たちは、必ずといっていいほど目を留めていく。こそこそと友達同士耳打ちしあって、はしゃぎ顔をしている子たち。
当の本人は目立たないようにと、深く被ったニット帽と黒縁の伊達メガネで顔をわからなくしている。それでも皆振り返っていくんだから。
「みんな祥ちゃんのこと見てくね。すごいね」
こっそりと美弥ちゃんが耳打ちしてくる。
「動じないところがキザだよね」
「え? なんか言ったか」
横から肘でついてくる。聞こえてた?
「別に」
そう言ってにこやかに微笑むと、なにげない笑顔が返ってきた。
こういう空気感があたしたちの中に存在するようになった。
初めて出会った頃のぎくしゃくしたふたりは、もうここには居ない。
家族である馴れ合いと、恋人であるときめき。うまく融合させたような関係が、あたしたちふたりの中に存在する。
今のあたしは、この関係が大好きで。兄妹である祥大も、恋人である祥大も、どっちも大好き。
祥大がすき。
*** SPICY APPLE PIE * end ***




