Episode14 疑りの思念と涙
あたしはいじめになんか遭わない人だと思っていた。
幾美ちゃんがいない学校は最悪だ。
ギギーッ
「ちょっとお、邪魔なんだって!」
「七海、そこ、右腕んとこぶつかったんじゃないの? 菌ついてるよ、みだら菌!!」
「やーん、はらって、はらってってばー」
「やだよ、こっちまで感染しちゃうもんっ」
わざとあたしの座っている席の机にぶつかっていったくせに。
歪んだ机を元の位置に戻すと、耳障りな言葉をシャットダウンするためにイヤホンを耳へと突っ込み、音楽のボリュームを大きくした。
休み時間になると、こんな風なことを繰り返している。
みんな遠巻きにみて、知らんぷりする。幾美ちゃんのようにあたしをかばってくれるような人は、このクラスには誰ひとりいない。
ほら、メグや明穂、沙紀ちゃんまで、こっちを見て可笑しそうに笑っているだけで声をかけてなんてくれない。
もう、学校になんて来たくない。
あと少しで卒業だけど、登校したくなんかない。
ああ、そうだ、この間のように――。
「こちらでお召し上がりですか?」
「はい。バーガーセットのBで」
「お飲み物は何になさいますか?」
「オレンジジュース。あ、やっぱりコーラにします」
さぼっちゃった。
今日で2回目。学校さぼったことなんてなかったんだよ、ずる休みだってしたことなんてないのに。
今までのあたしって、本当にまじめだったんだなあってつくづく思う。
こうして学校を抜けだしてみると、案外悪いことをしているって意識がしないもんなんだ。なんでか不思議。今はそんなことよりもあの地獄から解放された感でいっぱいで、気持ちが和らぐ。
コーラがおいしい。祥大の大好きなコーラ。あたしも今日はなぜか飲みたくなった。祥大の好きなコーラ。喉にきりりとした炭酸の刺激がきて、たまんない。
祥大は今頃、授業受けてんだよね。何の教科、勉強しているんだろう。
こんなところで授業さぼってるあたしを知ったら、びっくりしちゃうだろうな。嫌われちゃうかもしれないね。
早めの昼食を済ませて、イヤホンをし再び音楽を聴いていた。そしたらいつの間にか目を閉じて、浅い眠りに誘われていたみたいだ。あれこれ考えるのが面倒で音楽の世界に逃げこんだあたしを眠りが救ってくれているんだと思った。
まわりがざわざわと騒がしくなり始めて、12時を過ぎたことに気づいた。名残惜しいと感じながらも瞼をゆっくりと開いていく。
「やっと起きたよ」
うっわ! びっくりした。
あたしが眠っている間に向かい側に座っていたんだ。
「有未香」
「授業さぼったんでしょ?」
「……」
あたしのことをいびるつもりでここに? 幾美ちゃん以外、みんな敵にみえてくる。身構えるように怯むと、気持ちが一歩も二歩も後退していってしまう。
晴哉くんは祥大とあたしが同じ屋根の下で暮らしていることを知っている。当然そのことは有未香の耳にもはいっているはずだよね? 疑いたくはないけど、その事実を知っているのは有未香と幾美ちゃんだけ。あたしを貶めた忌まわしい黒板の文字が頭に浮かんでくる。
「この間の瑠花のクラスでのこと聞いてるよ」
信じたくはないけど、有未香がやったんじゃ。
喉元まで出かかった言葉を飲み込みながら、有未香の顔をじっと見据えた。
「祥大くんはこのこと知らないんでしょ。瑠花のことだからきっと話してないんだろうなって思ってたけど。きのう晴哉から気になることを聞いたからすごく気になってたんだよ。瑠花のことが心配で、教室に様子を見に行ったらいないし。ここに居てくれてよかった。探し回らなくて済んだから」
「え?」
有未香じゃない。……よかった、有未香じゃなくって。
「あんなことがあって瑠花辛かったでしょ。可愛そうに」
有未香に頭を撫でられて。
じわーっと水分が溢れだしてきて止まらなくなった。惜しげもなく溢れる涙は、ぽたぽたと滴を落とし、みるみるうちテーブルに涙の島を作っていった。今のあたしは優しい言葉にすごく飢えているみたいで、どうにも止められなくなって、うつ伏せて泣き続けていた。
有未香があたしの腕を軽く擦りながら慰めてくれている。
少しでも疑いの目を向けたこんなあたしなのに。自分が恥ずかしいよ。
有未香はあんなことする子じゃない。そのことをよくわかっているくせに疑うなんて……。
心に余裕のない自分がすごく嫌で、今のあたしは自分が大嫌いだ。




