Soda15(R-side) 初めてのデート
まとわりつく祥大を引き剥がしてから、自分の部屋に戻り出かける準備を急いだ。
少し空気が秋めいてきた10月初旬だけど、窓から射し込む日差しは今日もがんばってくれている。雨にならなくて本当によかった。
そうだ、買ってまだ間もないショートのバルーンパンツを履いていこう。これは祥大にも可愛いと好評だったから、あたしもお気に入りなんだ。
祥大とふたり、手を繋いで駅まで歩く。いつものバス停と違って、電車の駅は少しだけ遠い。そんな距離が気にならないくらい、すがすがしい空の下、祥大と手を繋いで歩けるのが嬉しい。
結局、どこに行くか決められなかったあたし。
あたしの頭をぽんと軽く指で弾いた祥大は、券売機に向かい切符を買ってくれている。
祥大から手渡された切符は240円のもの。どこに行くかは祥大が決めてくれたんだね、きっと。
「行き先決めてくれたんだ」
「いいや、決めてない。とりあえずこの切符で入って電車に乗るんだ。ここだって思ったところで降りりゃいいかと思ってさ」
「そうだね、それいい。なんかわくわくするね」
あとで精算すればいいようにあえて近距離切符にしたんだね。
「瑠花、子供みたいにはしゃいで、そんなに嬉しいか」
「うん、祥大との初デートだもん、嬉しいよすごく」
「おおげさだな、おまえって。けどまあそこがかわいいだけどな」
そんなこと言ったら照れちゃいそうだよ。いちばん近くにいて、いつも一緒に過ごしているのに、祥大からもらう言葉に未だにドキドキしてしまうあたしがいる。
これからも続く祥大との時間。
時が流れてもずっと、ずっと、こんな気持ちを忘れないでいたい。
できることならあたしは、祥大の側でいつもときめいていたいから。
線路の上を走る電車の小刻みに伝わる振動が、あたしの心に気持ちよく調和している。
隣に存在する大切な人の心もあたしの気持ちに調和してくれますように。
気付かれないようそっと目を伏せて祈ってみたりして。
センチメンタルな自分がすごく甘酸っぱいよ。恋していると女の子ってみんなこんな気持ちになるんだよね。
「ここで降りてみないか?」
電車に乗ってから2時間くらいたった頃、祥大がそう言った。寂れていくにつれ、電車が駅で停車している時間が長くなっていた。突然思い立ってそう言われてからでも、まったく慌てることなく駅に降り立つことができる。
辺りは山に囲まれただけのなーんにもない、ううん、自然だけが豊富に存在するようなそんな場所だ。
山の裾野の一角はコスモス畑になっていて、少し離れたここからだと、淡いピンク色がほわんと浮かび上がったように見えていて、心惹かれる。
「あのコスモスのところまで行ってみようよ」
「いいよ。少し距離あるけど、足だいじょうぶか? ちゃんと歩けそうか?」
やけに優しいこと言ってくれるんだね。履きなれないミュールを履いてきたこと知ってて、言ってくれているんだとすぐに気づいた。
「うん。心配してくれてありがとう。たぶんだいじょうぶ、ちゃんと歩けるよ」
あたしまで素直にこんな言葉を返せるようになっている。出会った頃じゃ考えられないよね。
やや勾配のついた道をふんばって登った甲斐あって、想像以上に愛らしい姿をみせてくれるコスモスたちにあたしは溜め息がでるほど感動した。それほどの興味はなかっただろう祥大も、あたしの肩を抱き、隣でじっとコスモスを見詰めている。
「あのさ、この先にある施設に寄ってみてもいいか?」
コスモスにばかり気を取られていて気づいてなかった。確かにコスモス畑の100メートルほど先に施設があり、手前にゲートらしきものがみえる。
「あそこのこと?」
「うん」
「あの施設になにがあるの?」
なんにも答えないまま、あたしの手を取って歩き始める祥大。
いったいあれってなんの施設なんだろうか?
祥大は最初からここにくるために電車に乗ったんじゃないか。計画的犯行? ちょっと大げさかもしれないけど、怪しさがあたしの身体にまとわりついてきて、まったくすっきりしない。
ゲートまでたどり着いてみると、ようやくそこが何の施設なのかの察しがついた。
中に入ると、葉を紅葉させた桜の木が道なりにたくさん並んでいる。この先も再び勾配のついた道が続いている。
規則正しく並ぶある物の中を迷路のようにして右へ左へと進むと、祥大が目指していた場所へと辿りついたらしい。静かに足を止めた。
「皆藤家之墓……」
始めはぴんとこなかった。
「これ、俺のおふくろの墓なんだ。大阪からここに移してもらったんだよ」
そうだよ。美弥ちゃんが教えてくれた、祥大がバイトをしていた理由のことを思いだした。
「あたしを祥大のお母さんに紹介してくれるつもりで、ここに連れてきてくれたんだね」
「まあ、そう……かもな。だな」
お茶を濁すように言う祥大は珍しく照れていて、少し頬が赤らんでいる。
かわいい、祥大ったら。あたしのほうから祥大のことをぎゅって抱きしめたくなった。だけど、祥大のお母さんの墓前で、さすがにそれは不謹慎なような気がしてできなかったんだ。
ふたりでお墓の前にしゃがみ静かに手を合わせた。
『はじめまして、瑠花って言います。これからも祥大が幸せに暮らしていけるように見守ってあげてください。それからお母さんの分まで祥大を大事に大切にしていきますから心配しないでください』
心の中で祥大のお母さんにそう伝えておいた。
あたしが祈り終わっても、祥大はまだ目を伏せて手を合わせたまま、お母さんと心の中で対話しているようだ。どんな会話をしているんだろうね。
帰りの電車待ちの駅で祥大は言う。
「初めてのデートだってはしゃいでたのに、似つかわしくない場所に連れていったりして悪かったな。次はもっといいところに連れていけるように前もって計画たてるな」
「そんなことないよ、あたし嬉しかったよ。祥大が大切な家族に合わせてくれたんだもん。嬉しいに決まってるじゃん」
「ほんとか?」
「うん」
祥大の腕があたしの首元にまわってきて、ぎゅっと引き寄せられ、あたしの顔の前には祥大の胸板があり、祥大はあたしの頭に顔を押し付けてきていた。
言葉はなくても、祥大の気持ちが目一杯身体を通して伝わってくるよう。
今朝方みた夢は逆夢だったようで、こんなにも幸せな気持ちに浸れるデートは他にないと思った。
祥大はあたしの最高の彼氏だよ。
大好きだよ、祥大。これからもずっと一緒に居ようね。
*** CRANBERRY SODA * end ***




