Bittersweet9 仮面兄妹の行く末は?
試験が終わったら、さっそく祥大はバイトで不在。
学校から帰って、美弥ちゃんとふたりソファに並んで座り、美弥ちゃんお手製の大学いもを食べながら話をしていたの。
大学いもで思いだすのもなんだけど、ずっと気になっていたことがあった。
「ねえ美弥ちゃん。祥大って本当に医大受験するの? あいつ医者めざしてんの?」
「ちがうわよ瑠花。祥大くんが受験するのは医大じゃなくてE大よ」
「E大?」
なんだ。有未香の聞き間違えだったんだ。いずれにしてもE大だって難関だよ。別れる為の口実かと思っていたけど、まんざらそういうわけでもなかったってことか。にしてもバイトばっかしてて、ちゃんと志望校受かるの?
「この間、学校で進路相談があったの。祥大くんなにも心配ないんですって。ほんと頭いいのね。そういうとこあの人に似たのかしらね」
「あいつバイトばっかしてるよ。いいの? ほったらかしといて」
「バイトの件はお父さんも容認しているからだいじょうぶなのよ。ちゃんと理由があるんだもの」
「理由? なにそれどんな理由?」
「人のことはいいの。瑠花もしっかり勉強しなさいよ。女の子だって今日日は大学くらいは出ておかないと、いい会社に就職するのだって難しいんだから」
わかってるってば。美弥ちゃんったら家に居るようになってから、急に母親っぽくなっちゃって。前はもっと友達みたいだったのに、やだなあもう。
だけどなんだろ。なんなんだよ祥大のバイトしてる理由って。そこまで聞いちゃうとすごく気になっちゃうってか。直接本人に聞いてみる?
まさか大学に受かったら、家でるつもりじゃないよね? その為の準備資金を貯めてるとか。
やっぱりだめ、直接は聞けないや。もしそうだったらショックなんだもん。
祥大にはもう、あたしの気持ちはばれちゃったも同然。それなのにあたしと距離をおくつもりだったら。
どうしようそれは困る。……早く告っちゃったほうがいいのかな。
やだまた、胸がどきどきしてきたじゃない。あたしからは無理だよ。うまく伝えることできないよ。
そうだ、祥大から告ってよね。あたしの気持知ってんだからできるでしょ。男なんだから。
休みの日は目覚ましかけずに、いつもより遅く起床する。寝ぼけ眼のままゆったり大きく伸びをした。
下に降りてくと、リビングのテレビは珍しくついていない。やけに静かな休日だ。家族が増えてからこんなこと一度もなかったのに。
暫くして静かすぎる謎が解けた。
何故なら、朝一で祥大とお父さんがふたりして出かけたらしいからだ。
久しぶりに美弥ちゃんと水入らずのブランチを取る。最近テーブルが手狭に感じていたはずが、いざふたりだけになると、広すぎてなんだか寂しいくらいで。
座り崩した姿の祥大が前の席にいないから、調子までくるってくる。
「ふたりで出かけるなんて珍しいこともあるもんだね。雨降るよ、ぜったい」
「そんなこと言わないの。今日は祥大くんのお母さんの命日なのよ。だからふたりでお墓参りに行ってるの。お墓は大阪にあるから、ふたりとも今日は親戚の家でお世話になるそうよ」
美弥ちゃんは複雑な気持ちにならないのかな? 亡くなった人とはいえ、お父さんの妻だった人の存在を感じて淋しくはない?
あたしだったらダメだよ、きっと。だって、祥大が他の女の子と一緒にいる姿みただけで、あんなに凹んでしまうくらいだから。
祥大をこの世に送りだしてくれた人、どんな人だったのかな。会ったこともない人だけど、祥大を産んでくれてありがとうって気持ちが自然と溢れてくる。
「そうだわ瑠花はこの間、祥大くんがバイトしている理由を知りたがっていたわね。どうしてなのか教えてあげよっか?」
「いいの? あたしあれからずっと気になってたんだ」
ふわっと柔らかな笑顔をみせてから、美弥ちゃんは語り始めた。
「祥大くんはね、お母さんのお墓を建てる為にバイトをしているの。お母さんのお墓は大阪でしょ。だから祥大くん、どうしてもこっちに移したかったんだって。自分でバイトして稼いだお金でそうしたいんだって、わたしたちに申し出てきたのよ。祥大くんのお母さんもきっと喜んでいるわね。なんていい子なのかしら祥大くんって子は」
「祥大がそんなことを」
あいつ意外にいいとこあるんだ。そう思うだけで、胸が壊れてしまいそうなほどきゅんとなった。
祥大が恋しくて、どうしようもない。だけど今日は祥大の顔をみることは敵わない。
「瑠花は祥大くんのこと好き?」
「な、なによ。美弥ちゃん急にそんな……」
びっくりした。心を覗かれているようでほんと驚いた。美弥ちゃんったら、このタイミングでなんてこと聞くのか。今にも顔から火が噴きだしそうなくらいに熱い。
「あれー、あせってるでしょ瑠花。ふーんそうなんだ。うふふ……」
うふふじゃない。そうなんだとか、もう美弥ちゃんったらまるでお気楽そうにそんな顔してるけど。
あたしが焦る姿をみて楽しんでるみたいだけどね、もし万が一、あたしと祥大が恋人同士になったりしたらどう思う?
仮にも兄妹なのに恋人同士なんてイヤでしょ? 世間体もあるだろうし、きっと迷惑かけるに決まってるよね。
あーあ、結局たどり着く結論はいつもそこ。
やっぱり、あたしたちって結ばれちゃいけない運命にあるんだね。
「ちょっと近くを散歩してくる」
あれこれ考えすぎると恋も停滞してしまう。気分転換には散歩するのがいい。
青い空を仰ぎ、木々の緑に目を向けて、少し頭を柔軟にして開放させたい。
ここんとこ祥大との行く末ばかり気に掛け、至難しているあたしの脳を休ませてあげないと。
(メールだよ。メールだよ……)
スカートのポケットに入れておいた携帯が、あたしに呼びかけてくる。
ちょうど小川が流れる遊歩道にさしかかったところだった。
そのまま少し遊歩道を歩いてから、適当なベンチを見つけ腰掛けた。ポケットから携帯をとりだして、メールをチェックすることに。
「休みの日に誰だろ?」
受信箱を開き、どくんっと勢いよく心臓が高鳴って。
うそでしょ、あたしの悩みの元凶。
祥大からだよ。
悩みの元凶ではあるけれど、あたしが恋しいと思った気持ちが、大阪の空の下にいる祥大に届いたようで嬉しくもある。
偶然のタイミングに心が一気に冴えわたっていった。
結局のところあたしは、世間体なんて本当はどうでもいいのかもしれない。たぶん、世間体を気にする以上に、もうどうしようもなく、祥大のことが好きで好きで堪らないんだよ。
憎いハート泥棒。
あたしの心は祥大にすべて奪い取られて、自分の自由は利かなくなっている。
うわついた気持ちのまま、祥大からのメールを開いていく。
『俺いま大阪にいるんだ。帰ったらさ話あるから待ってろよ』
わざわざメールしてまで宣告しなきゃならないのなら……。
それはよっぽど大切な話だってこと?
もしかして、もしかしたら、こ・く・は・くとか。
――だったらいいなあ。




