Bittersweet8 見透かされた心
玄関のドアが開く音がして、階段をあがってくる気配がした。お父さんが仕事を終えて帰宅したのだろう。
あたしは自分の部屋で何もせずに、ただぼんやりとベットの上に座り壁にもたれているだけ。壁掛け時計の針は夜の7時を示そうとしているところだ。
合コンから戻ってから気持ちはずっともやもやしたままで、油断してしまうとすぐに脳裏には美鶴ちゃんと仲良く戯れる祥大の姿が思い浮かんでくる。その度心臓がきゅんっとなって、泣きだしそうになる。
祥大なんか、この家からいなくなればいいのに。考えるほどに腹が立ってきて、あたりどころのない気持ちは、いつしかそんなことまで考えてしまう。
「瑠花ちゃんはまだ帰ってないのか?」
「ううん、違うの。あの子ったら帰ってくるなり部屋に閉じこもったまま鍵かけちゃって、出てこようとしないのよ。なにか学校であったのかしらね。祥大くん、何か心当たりとかない? 多感な時期で難しい年頃なのよね」
「俺、後で様子見にいってみます」
「そうしてくれるかしら? わたしじゃ何にも答えてくれないのよあの子。年頃の子のことは同じ年代の子に任せたほうがよさそうね」
(あいつ、なにしょげてんだ。自分から合コン参加しときながら、途中でボイコットして帰ってきたりしてさ)
「瑠花? 俺、祥大。鍵かけてんだって? 開けてくれよ」
しーーーん
「おい、起きてんだろ? 開けろって。おまえに話あんだ」
しーーーん
話って何よ、いまさら。あたしはぜんぜん祥大となんか話したくないし、顔だって見たくないんだから。あっちいっててよね。
「なにしょげてんだよ。おまえの行動意味わかんねーぞ。とりあえず飯持ってきてやったから食べろよ。腹へってんだろ?」
しーーーん
「おい、シカトかよ。おまえいい加減にしとけよ」
しーーーん
しゃかっしゃかっしゃかっ。荒っぽく歩く祥大のスリッパの音がする。
諦めてリビングに戻っちゃったんだね。いいよ、それで。
あたしに優しくしないで、このままほっといてくれればいいの。
祥大にかまわれると、またあたし、現実逃避しちゃうから。あたしだけの祥大でいてほしいってね、我儘なこと考えちゃうんだよ。
たくさんの女の子から愛されている祥大になんて、こんなあたしの気持ち、絶対わかりっこない。
これからどういう顔して、あいつと接していけばいいのか。あたしの生活の場から祥大の存在は消せない。
もうやだよ。こんなの苦しすぎて。
祥大なんか知らなければよかった。出会いたくなんかなかった。
しゃしゃーー、かたんっ。
「えっ??」
とつぜん窓のほうから音がした。
風通しの為に窓は開けてあり網戸がしてある。その網戸が勢いよく開かれた。驚きのあまりベッドの上で飛び跳ねたあたしは、その拍子で壁に頭をぶつけてしまった。
うそでしょ!!
そんなことしたら危ないじゃないの。
網戸を開いた犯人は祥大で。でもここって3階なんだよ、どうやってここまで?
祥大ったら庭から梯子を渡して登り、あたしの部屋に侵入してきたのだ。
なんでそこまでするの。ほっといてほしいんだよ、あたしは。
「なあ、合コンは? どうしたんだよおまえ。彼氏みつけんだろ」
祥大のほうも怒ってるっぽい口調だ。さんざん無視したからなあ。
「いいのっ。好みのタイプいなかったから帰ってきたの!」
「途中でかよ。空気読めっばか」
今、ばかって言った? ばかって言ったよね? ひどい……。誰のせいで……。
「祥大が悪い。ぜんぶ祥大が悪い」
とうとうあたしはベッドの上で三角座りしたまま、膝を抱えて泣きだしてしまったんだ。
もうがまん限界なんだもん。
祥大を前にすると、ほっといてほしいという強がりな気持ちが、砂の城のようにさらさらと崩れていってしまう。
「なんで俺が悪いんだよ。おまえの邪魔しなかっただろーが」
「みいづぅーるぅじゃんどおーながよぐうじぃでーだぁぁぁ」
なにこれ? ひどい。ガキんちょ丸出しじゃない。こんなはずじゃなかったのに、また祥大に笑われて馬鹿にされちゃうだけじゃない。
「ぷっ。おまえ鼻たらしながらもの言うなよ。ひっでー顔。なに泣いてんの。子供みてーじゃん」
頭なんか撫でてくるな。もういいから……そういうのはやめてって言ってるじゃない。
「やめでっ! ひっく。ざわんないでぇ、ひっ」
あたしの頭を撫でていた祥大の手が止まった。あんまりな醜態に慰める気もうせたのか。
一旦離れた手が、すっぽりとあたしの頭を包みこむ。祥大のおっきな手の感触が伝わってくる。
祥大の声がすぐ傍、耳元で聞こえて。
「美鶴のことか? あいつは一回デートしたら諦めるとかなんとかいうから、付き合っただけだぞ。最初っからあいつの魂胆は見え見えだったからな。あの後うまくもっていって誘うつもりでいたらしいけど、俺もそこまで間抜けじゃねえし、相手しきれねえから、バイバイしてきた」
「でも美鶴ちゃん、そんな簡単に諦めるわけないじゃん。ひっく」
「瑠花は知らない? 桜里女学院の噂とか聞いたことないの?」
「尻軽とかいうの?」
「そうだ。わかってんじゃんか?」
「じらないっ、ひっく」
「じゃあ教えてやるよ。桜女はな、3つの男子校に囲まれてるだろ。だから昔から男漁りひでえって言われてんだ。そういうの目的で生徒集まってくるような学校なわけ。ターゲットみつけてはモーションかけて、ダメなら次。あいつらにとってはゲームみたいなもんで、振られたらそれはゲームオーバーで。あっさりとまた別のゲーム始めんだよ」
祥大からの衝撃発言に涙でぐしゃぐしゃになった顔、忘れてあげてしまった。
祥大はあたしの顔を覗き込むようにして話してくれていたのだ。こんな近くにある祥大の顔。あたし今すっごくブスなのに、かっこ悪すぎてどうしようもない。
「今の話ほんと?」
「ああ。瑠花みたいに純真な子は、あそこの学校にはいないの」
「純真? あたしが?」
「だよ。おまえな、そこまで凹むんだったら、いい加減素直になってくれないか?」
それってどういう意味?
祥大……それはもしかして、あたしの気持ちを見透かした上で言ってるってこと?
祥大はずっとあたしの気持ちわかっていて、それで黙ってみてたんだ。
ちゃんと祥大に向き合う準備ができるのをずっと待っていてくれたって解釈してもいい?
じゃあさ、有未香と別れたのも受験の為じゃなく、あたしの為だってうぬぼれてもいいの?
祥大が気持ちを打ち明けてくれていたあの時から、変わってないって信じてもいいの?
頭の中、たくさんのはてなだらけで、もう。
祥大がドアの鍵を開け、廊下に置いてあったオムライスとサラダが乗ったトレイを持って入り、勉強机の上に置いてくれた。
「そろそろ彼女できた宣言でもしよっかな。なんかいちいち面倒くせーしな。どっかに俺の彼女になってくれるような子いねえのかな? できれば擦れてないような子で」
あたしにまる聞こえなのがわかってか。そんな独り言をいいながら部屋をでていった。




