Bittersweet6 そんな言葉いらないよ
「ねえねえ、校門のところで他校の子が誰か待ってるらしいよ」
にわかにざわつきだす教室。あっちでもこっちでも生徒たちが好き勝手にいろんな推測をして楽しんでいるようだ。
「あれって絶対に男の子との事で修羅場になるんだよ。瑠花もそう思わない?」
教室の窓からみえる校庭の先にある正門の横壁に、背中をもたげて立つ女生徒の姿がほんの少しだけ見え隠れしている。下校する生徒たちは、その存在を意識するようにして校門をでていく。
「ねえみんなどうする? もう帰る? それとも修羅場の見物してから帰ることにする?」
「そんなの待ってたら遅くなっちゃうよ。あたしはバスだから、本数少ないし先帰るね」
「そっか瑠花はバスだもんね。あたしたちは電車組だし、もう少し喋ってから帰ろうか」
メグはどうしても修羅場とやらを見物して帰りたいみたいだ。
あたしはね、一刻も早く帰らないといけないの。祥大と期末試験の勉強することになってるから。祥大は頭が良くて勉強が良くできる。あたしが苦手な数学の問題もちゃんと理解した上でわかりやすく教えてくれるんだ。
こんな風に最近、あたしたちはとっても仲がいい。
でもね、それは限りなく兄妹っぽいシチュエーションの中でなんだけど。
「やばっ、急がないと17分のバス逃しちゃう」
校庭をダッシュで横断し、バス停へと急いだ。
例の修羅場さんがいる。ふーん、桜里女学院の生徒だったんだ。桜女の子ならメグのお望みどおりのシーンが見れるんじゃないかな。あたしにはどうでもいいことだけど。
がしっ
いきなり強く腕を掴まれ、口から心臓が飛び出しそうに驚いた。
うそ! うそうそうそっ! うそでしょー?!
なんであたしなわけ?
だってさ、至って健全なあたしが修羅場になるわけないじゃない。これはなんかの間違い。人違いだってば。
メグたちきっと見てるよね?
あたしは正直いうと、苦手なんだよね桜女の子たちって。高校生なのに化粧がやたら濃いし、服装だって髪型だって乱れまくり。ちまたでは『尻軽の桜女』って呼ばれてるんだよ。
「やーっと見つけたわ」
怖いよお姉さん、顔、顔。目の周り真っ黒な目で睨みつけないで。
ん? あれ?
この人……、目の周り真っ黒にして微笑んでんの? マジ?
「あなたが祥大くんの妹ちゃんよね? 折り入ってお願いしたいことあるんだけどお、いーい?」
この人もだ。鼻にかけたアニメ声してる。甘え声出したってしょうがないよ。あたしは女なんだし、色気でどうこうとかされても困る。だから普通に喋ってくれればいいよ。ぜひそうしてもらいたいくらい。
「あのね、これをね、祥大くんに渡してもらいたいの。あたし美鶴ってんだ。神崎美鶴。ねえ、ちゃんと覚えたよね? それじゃあ、よろしくお願い頼んだもんね。妹ちゃんっ、バイバーイ」
だからいらないってば、その小首を傾げるポーズとひらひらさせる手は。
あーあ、始終あの子のペースに嵌められっぱなしで。なんでか知らない間に強引に手渡されてたんだよね、このブリブリの封筒。
この中身って当然祥大へのラブメッセージが入ってるんだよね。にしてもラブレターって今時古い気もするんだけど、メール世代には逆に新鮮に感じたりとかするのかな? それが狙いだったりして。
祥大はどんな顔してこれを受け取るんだろうね。鼻の下のばした顔で受け取るの?
やだだめ! 今のはなしなし。めっちゃだらしない顔の祥大を想像してしまった。
もうやめよう、変な妄想するのは。
だけど祥大ってマジですごくもてるんだ。祥大を好きな子はたくさんいて、あたしもその中のひとりなんだね。
それなのに、兄妹だからってこんなもの託されても……迷惑なのよね。
「ただいまっ、美弥ちゃん、祥大もう帰ってる?」
「祥大くんね、さっき帰ってきて自分の部屋にいるわよ。瑠花ちょうどいいわ。手を洗ったらこれを祥大くんに持っていってあげて。瑠花も一緒に試験勉強するんでしょ。あなたの分も準備しとくから、早く手洗ってらっしゃい」
妙にごきげんだね美弥ちゃん。最近この顔の表情をよく見かけるようになった。何かいいことでもあったのかな? 今度さりげなく聞いてみよう。
「祥大はいるよ」
ノックして声掛けてからドアを開けた。
あたしがトレイに間食を乗せているのをみて、祥大はすぐに折りたたみのミニテーブルを広げてくれた。そこへとトレイを乗せて、クッションの上に女の子座りした。
「今日は美弥ちゃんのホットケーキか。これうまいんだよな」
祥大もいつの間にか、あたしの母のことを美弥ちゃんって呼んでいる。あたしらも家族としてつながりつつあるって証拠だね。
「あたしさっきさ、校門のとこで女の子に待ち伏せされたんだよ。でね、どんな因縁つけられんのかと身構えてたらさ、ほら、これ渡してって。その女の子が祥大にって」
「瑠花わざわざ受け取ったんだ。で、誰から?」
「誰だっけ。えっと、ちょっと待ってね。美鶴さん……うーんと、何みつるさんだっけ?」
「神崎美鶴か?」
「うそっ、知ってんだその子のこと? じゃあなんでわざわざラブレターなの?」
「ぷっ。ラブレターなわけねえだろ。あいつそんな乙女キャラじゃねえし」
あいつって、そんなふうに気安く呼べる仲なわけ?
心が瞬間ずきっと疼いた。
「ずいぶんと親しそうなんだね。美鶴ちゃんと」
「なーに? おまえ妬いてんの?」
「なわけないでしょ。普通のトークだよ。携帯で連絡とればいいのにね。わざわざあたしの学校まで来なくたってよかったんじゃないの」
「印象づけたかったんだろ。瑠花まで丸め込んだりして。俺からはあいつには絶対に電話もメールもしねーから」
「へー、祥大でも拒むことあるんだね」
「おまえってほんま俺のこと誤解してるよな。拒みまくりだぞ」
確かにそうかもね。全員を全員相手にしてたら、祥大の身がもたないもんね。バイト先やカラオケボックスの一件もあるし、あのもてようならわからないでもない。
そんでもって皮肉ばっか言ってるあたしって、どんどん嫌な女の子に成り下がっちゃってるね。
「あたしだってね、来週N高との合コンがあるんだよ」
あたし何言ってんだろ。そんなことわざわざここで言ってどうすんの? 自分で自分がわけわかんないよ。祥大がそんなことで動揺するはずもないのに、なに馬鹿やってんだか。
「瑠花ってさ、合コンとか参加すんだな。マジで彼氏作る気?」
「わるい?」
「なんだ……。だってさ瑠花は俺のことが好きなのかとマジ思ってたからさ、けど違ったんだな」
「あんたよくもしゃーしゃーとそんなこと言うね。どこまでうぬぼれキツイんだか!」
ほんと、うぬぼれすぎ。女の子にちやほやされすぎて有頂天になってんだね、ばかたれ。
祥大のばかばか、ばか。ほんとは図星なんだよ。そんなこと面と向かっていうなー。
余計あたしは自分の気持ち……言いづらくなってしまうじゃない。
「合コン、がんばってこいよ」
そんな言葉いらないから。




