Bittersweet3 陽だまりの中で
体育の授業の時とは比べものにならないほど、あたしは猛ダッシュしていた。
とにかく群がってくる狼たちから逃れるのに無我夢中で、道も碌にわからない不慣れな場所を見境なくかけだしていたの。
なんとか男の子たちを巻いて、改めて祥大の描いてくれた地図を頼りに歩いている。
そこでようやく待ち合わせすることになっていた喫茶店にたどり着くことができて、ほっと胸を撫で下ろした。
ドアに『陽だまり』と彫られた銅版のプレートがかけてある。間違いないはず、ここだよね?
名前とぴったりとマッチしているこの店は、どこか昭和の香りが漂ってきそうなそんな感じの佇まいだ。
カラーンコローン
お約束通りのドアベルの響き。
だけどね、店内はお約束通りにはいかず、何故だか予想を裏切るような様相だったの。
「いらっしゃい。お客様はおひとりかな?」
初老の口ひげをたずさえたマスターらしき人がカウンター越しに声を掛けてきた。
「いえ、後でもうひとりきます。ここで待ち合わせをしているので」
「カウンターでもいいかな?」そう言われて、なんだか落ち着かないけれど、しかたなくカウンターの席につくことにした。
いや、やっぱりこの中じゃ、カウンターのほうが落ち着くかも。
なんでかっていうと、昭和の風情漂う古めかしい喫茶店の店内は、みごとに桜里女学院の生徒で埋め尽くされていて、すでに満席状態だったからなの。
なんなのよ、この異様な雰囲気は。
そんでもって祥大はどうしてこんな場所を待ち合わせに指定してくるのか、理解不能だ。
いくら学校に近いからってあんまりだよ。居心地悪いんだもん……早く来てよ。
頭の中で不平不満をたらたらと溢しているあたしに、マスターさんがカウンター越しに水の入ったグラスを置くと注文をたずねてきた。
「こいつ子供だからクリームソーダでいいですよ」
「えっ?」
ちょっとなに? いつの間に祥大ったら来てたの?
あたしの後ろから祥大の声がした。また、子供とか言ってるし。
文句言ってやろうと勇んで振り返ると、それどころではなかった。
祥大の更に後ろの気配が、異常に怖かったからだ。
祥大の言葉に反応したのか、女子高生で犇めき合いざわざわと騒がしかった店内が、水を張ったように一気にしーんと静まり返っていった。
そして一斉に突き刺すような視線が、あたし目掛けて容赦なく向けられてきた!
「な、なにこれ? ちょ、めっちゃ睨まれてて怖いんですけど……」
マスターさんの顔が、苦笑いしてるよ。
祥大? ねえってばあ、この現象は何?
もう一度振り返ると、やっぱ睨まれてる。堪えられなくなって祥大に視線を移し、すがるような目で訴えかけていく。
「マスター。紹介が遅れてすみません。こいつは俺の妹なんです」
ま、また妹扱いするつもり? 冗談じゃない。
けど、その言葉を皮切りにして、あたしへと向けられていた棘のあるような視線たちが、すーっと和らいでいったのがわかった。
「そうかね、祥大くんの妹さんね。あはは、だったら安心だ。驚いただろ。祥大くんがここでバイトしてくれるようになってから、徐々に桜里女学院の生徒さんが来てくれるようになってね。今じゃごらんの通りだよ。彼のおかげで店は繁盛して感謝しているんだよ」
途中から小声になりながらそう話し、クリームソーダをカウンターに置いてくれた。
「マスター、代金は今日のバイト代から差し引いててもらえますか?」
「いやなにかまわんよ。祥大くんにはわしも世話になっとるからな。これはわしからのおごりにしておこう」
「マスターさん、ご馳走になってもいいんですか?」
いちおう遠慮ぎみにあたしも言ってみた。
「アイスクリーム増量しておいたからね」
おちゃめにウインクしてみせて、マスターさんはそのままコーヒー豆を挽くため、カウンターの端のほうへと移動していった。
他の客のオーダーを通し終えた祥大は、一段落した様子であたしの隣のカウンター席に銀色の丸いトレーを持ったまま、椅子をまたぐような格好で器用に後ろからすわりこんできた。
普段なら肩あたりまで届く祥大の黒い直毛は、赤いバンダナの中に綺麗に納められていて、襟足あたりの長髪だけが首に沿うように出してある。
そういうバンダナスタイルも意外と似合うんだね。祥大ってば、あたしの大好きなルチアのRIKUに少し似ているせいか、なんでも格好よく様になってるようにみえちゃう。
店内の女の子たちは忙しそうに口を動かしトークに夢中のようだけど、よく観察してみれば常に祥大を意識してか、変わり万古に祥大へと熱い視線を送っている。
芸能人でもないのに、そんなすごいことされてる当の本人は、普通に自然体でふるまっている。
祥大ってある意味すごいと思うよ。
どんだけ女の子の視線を釘付けにしたら気が済むんだよ?
あたしなんかじゃ、まるで物足りないって言われているようで、ちょっと凹んでしまうんだけど……。
祥大を好きになるってことが、こんなにも次から次へとあたしを切なくさせることだったなんて。罪作りだね。
あんたの存在自体が罪なんだよ。
コロンやパフューム、あらゆるフェロモン系の香りを漂わせた桜里女学院の生徒たちがひけた後の店内は、本来の姿を取り戻したようなレトロな空間となっていた。
「祥大くん今日もご苦労だったね。後はわしがやっとくから、もう帰っていいよ。妹さんも待ちくたびれただろう?」
「だいじょうぶです」って意味を込めて、マスターさんに向かって愛想よくにっこりと笑みで返した。
だけど本当は少しくたびれていたんだ。
祥大目当ての女の子たちの多さに圧倒されて、そして現実を突きつけられたようで。
考えてみれば、祥大と兄妹になってひとつ屋根の下で暮らせているだけでも上等なんじゃないかってね。きっかけすらつかめずに、この場所にたむろするしか術のない女の子たちのことを思えば、あたしはなんて恵まれているんだろう。
だけど思い知らされたこともある。この先、前進していくには突破しなければならない難関が待っているんだろうなってことを。




