たしなみ
カゲは最後の蜂蜜を口元に運ぶ。
舐めるのかと思っていたが違ったらしい。
口を閉ざしたまま当てがい、塗るように蜂蜜を薄く伸ばす。
「なにしてるんだ?」
塗り終えて何度か唇を合わせ、満足したのか蜂の巣を探そうと歩き始める。
『蜂蜜は塗れば口元を潤すと聞き、試したところだ』
「へえ」
「知っていてもするとは思っていなかった、唇の乾きなどカゲは心底どうでもいい」
「……塗らなくてもいいんじゃないか?」
「エムのことを思ってしている」
巣はなかなか見つからない。
「そうか?」
「や、柔らかい唇の方が、好きだろう?」
「ちょっと試させてくれ」
歩きながら少しだけ口を拝借。
……塗ったばかりの唇はムッチリしていた。
それでいて微かに蜂蜜の風味も残る。
「魅力的になったな」
ちょうど近くの木で蜂の巣を発見する。
「よし、やるぞ」
「……」
「おい? どうした?」
振り返るとカゲはそこから動いてなかった。
『あ、ああっ! 考えごとを、していた!』
「そんなに考えることってあるか?」
「エムのせいで、たくさんだ」
透明になってささっと木と巣の間を切る。
今回は持って帰る作戦なのでこのまま戻ることにする。
「透明じゃないと、まさに蜂の巣にされて終わりだな」
ブーンブーンと飛び回る蜂がうるさい。
「カゲはずっとこのままでもいい」
「後ろで居る分にはそうだろ」
一瞬でもカゲと離れたら大変だから腰に手を回して貰っている。
「歩け歩け」
俺はめちゃくちゃ怖いのに、カゲという奴は!
「報酬こっそり抜くぞ」
「む、エムが蜂の巣になるまで遠くで眺めよう」
「前言撤回する」
脅されたら勝てないぞ!
「賢明であり懸命、エムのそんな所が良い」
戻っているとルビー達の姿が見えてくる。
消えたまま行くのはあまりしたくない。
蜂は動いたことで減ってはいる。
「カゲ、手を離せ」
「エムが刺される」
「大丈夫だ、痛いのは気持ちいいからな」
強引にカゲを解いて歩く、俺に気づいた蜂が服に乗ってくるが気にしない。
何もしなければ、何もしてこない。
巣を取るという重大な行為で心がチクチク痛む気はしたが、ルビー達の前に巣を置いた。
「やり方が分からないから直接取ってきた」
「ちょ、蜂いるの!?」
女性が煙を炊いてくれたおかげで蜂が消えていく。
残った巣を解体すると、丁寧に蜜が残った。
「え、エム……」
「問題ない」
「大丈夫か? 刺されていない?」
カゲがペタペタと体に触れてくる。
「幸い、な」
本当は足と手周りが刺されて痛むんだが、黙っておこう。
毒なんてないからな!
『いやー危険だよほんと、この蜂自己防衛の軽い毒あるからね、刺されてなくて良かったね』
「なんだと……」
言われて不意に、めまいに気づいた。
「にゃっ!?」
「エム? しっかりしろ!」
力が抜けてく、立てなくなってく。
知らなければまだ立ててたかもしれないな。
「刺されてたんだ? 動けなくなるだけだから大丈夫だよ」
「どこが大丈夫なんだ!」
カゲが俺に触れながら女性と言い合っている。
「少数なら他の魔物に狙われて危ないけど、仲間が居れば死ぬほどじゃないから待てば治る、だから同行者を募集したんだよ」
「本当か、嘘だったらカゲは」
「こんなに早く効いて死ぬ毒ってヤバすぎでしょう」
なんというか、目を閉じたくなってきた。
「し、死ぬなあっ……」
「力が抜けると瞼も落ちてくるんだよ、待てば良くなるから」




