リハーサル
肉は岩のようにがっしりしている。
ナイフで切ってフォークに頼るのが普通だ。
フォークで刺してパクリ。
「どう?」
「塩気がキツい、これが良いかもしれないが」
「へえ、変わってないんだ」
「そうなのか」
「付け合せも何も変わってない」
何度か繰り返していると肉が半分まで消える。
この岩が三人分あるとはな、俺の分は頼むべきじゃなかった。
「ルビー、食うか?」
「にゃっ!?」
皿をルビーの方にずらすと。
嬉しそうに皿を持っていってくれた。
カゲは大食いなのか、ルビーに頼ることなく完食が近い。
「意外だな」
「食べれる時に食べ切る癖が抜けない」
「完食するのか」
「エムは大食いの女は嫌いか?」
「偉いと思うぞ」
ナイフの動きがピタリと止まる。
口の動きに合わせて微かに上下するだけだ。
「……つかれた」
「頑張れ」
応援するが、カゲはナイフの先で皿をカチカチ鳴らした。
カチ、カチ、カチ。
「わかったわかった」
「ふっ」
ニヤリと鼻で笑われてしまった!
わざと分厚く切って反抗しつつ、肉が刺さったフォークをカゲに向ける。
「薄い方が、好きだ」
「だから腕が疲れたんだぞ」
「切ってもらうなら、薄い方が都合も良い」
「これは我慢してくれ」
口の中に肉を押し込むとモゴモゴしながら飲み込んだ。
「薄くしないとカゲはもう食べない!」
「子供か?」
「エム、こだわりという言葉もある」
薄く切ってカゲの口に収める作業を続けた。
「おいしい」
「良かったな」
姫に仕える執事はこんな気分かもしれない。
「さ、最後はカゲでできる」
「そうか」
最後と言っても一口分だが、それを半分にしてパクリ。
もう半分は俺の方に。
「お礼だ」
「要らないぞ」
「む、む……」
こちらを向いていたフォークがクルリと振り返り、カゲは口に収めると肉を残してスルリとフォークを抜いた。
「……」
何も言わずに肉を噛むカゲ。
お礼は受け取った方が良かったかもしれない。
そんな気がしつつ、食べ終えた俺達は金を払って後にする。
ちなみにそれなりの値段だった。
劇場に向かうと舞台が森に装飾されていた。
本当にどこかの自然を拝借してきたのだろう。
『リハーサル、見に来る人もいるから本番だと思って』
女性が淡々と話し、カゲが食いつく。
「き、キスもすると?」
「当然、まさかできないわけ?」
「で、できる! 自信は……」
カゲがチラリと振り返り、アイコンタクトを返した。
「ある!」
言い切った無責任なカゲ。
ハードルは上げるなと、後ろから唇を一瞬だけ盗んでみる。
薄い塩気を感じた。
「上出来、本番では長くして」
カゲがヒュッと振り返る。
「演技はまだ、必要ないっ!」
「演技じゃないぞ」
「え……え、えい」
俺を押し飛ばすと向こうの方に行ってしまった。
「衣装を着てください」
声に振り返ると演技を指導してくれた人が。
「あ、ああ……」
衣装は騎士団と言うだけあって、実際に鉄の鎧を着せられた。
「敵役の方とは本気で斬り合って貰います、なので重厚な装備に」
「敵の商人は薄い衣装だったが」
「基本的に向こうが攻めなので」
「受けることは大得意だ」
戻ってくるとルビーがにゃあにゃあ待っていた。
「ちょっと! この子が衣装を着てくれない!」
「にゃあ?」
周りの人がルビーの服に触れると威嚇されていた。
「こんな薄汚れた服で舞台に上がって欲しくない!」
俺が使っていた服は実際にもみくちゃにしていた記憶がある。
俺がルビーに触れると嫌そうに身にまとっている服を手で押えていた。
猫耳も聞く耳持たずと閉じられている。
「にゃ、にゃああ……」
「俺のお下がりだぞ、ついでに新しくしよう」
「にゃにゃ!」
嫌だと首が振られ、商人まで集まってきた。
「何事? そろそろリハーサルしたくて、たまらな……たまんねえぜ、へへへ」
「この子が薄汚れた布巻きを脱ぎたがらないの」
「汚れた……?」
商人がルビーの周りを歩いて汚れを確認する。
「確かにこれは中古並みのしつこい汚れ……それがいいな!」
「はい?」
「そもそも燃える街から逃げた話なんだ、汚れてる方が良い!」
商人はそう言って自分の顔に黒い液体を塗り、火の中から出てきたように衣装を汚した。
「猫耳族を見習って汚れろ!」
商人に言われて俺も綺麗な鎧を汚してみる。
「姫は汚れにも守られてたことで……これで足りないものが補えた!」
そう言ってルンルン気分で去っていった。
やっぱり、ルビーが中心に世界が回ってるかもしれないな。
良かったなとルビーの肩を叩く。
「にゃっ!」
服を脱がされると勘違いしたのか、俺の手をガブリと噛んだ。
痛くはないが、理不尽。
それからリハーサルが始まり、天の声が話を進める。
『燃え盛る悪夢から逃げ出した三人は羽根を休めるように立ち止まります』
途中まで行くと声の大きさを指摘され。
声に気づいた見物人が続々と表れる。
カゲとキスするくだりでは『おお!』という声も聞こえてきた。
リハーサル故に淡々と進み、最後のシーン。
ルビーを抱き上げ、俺が悲しむシーン。
悲しむ振りは余裕だが、ルビーが終わった後に「にゃーー」と鳴いた。
死んでる設定なのに!
『……』
ダメだぞとルビーの唇を人差し指で塞ぎ、首を横に振って否定する。
「うー……」
「ダメなものはダメだ」
「にゃあにゃあ!」
反抗してくるが、方針を今更変えることはできない。
舞台裏で最後の話し合い、当然だがルビーの話が出てきた。
「やはり、この子は下ろした方が」
「人数が足りない、仕方ない」
舞台の仕掛けを担当する人も居るらしい、そうなると演技する人が最終的に四人なのも頷ける。
「……台無しにしたら、許しません」
休憩が終わり、緊張する本番。
俺が全てをカバーするように、アドリブは数案考えてある。
「エム!」
「どうした?」
「猫耳娘なら、猫耳が欲しい! 作ってくれ!」
黒い髪を近づけてくるカゲのために猫耳を丁寧に折る。
「どうだ、どうだ」
「かわいいぞ」
首を振られると猫耳がゆらゆらーと自己主張。
「あ、当たり前だ! エムもしゃがめ」
「テンション高いな」
「猫耳騎士団にも猫耳は必要、だ」
髪が触られる感覚は慣れない。
しばらくつつかれたが、時間相応の猫耳ができたらしい。
「しゃ、しゃー」
カゲは指を曲げて睨むと舞台の入口に向かっていった。
「にゃあ!」
ルビーも俺を見て何か言ってからカゲの隣へ。
「そろそろ、行くか」
「リュウキ、楽しんでね」
「そっちもな」
「当然!」
リドルは問答無用で壁に消えていく。
俺も、舞台の入口に立つ事にした。




