事実は生き返らない
さっきよりも長く唇を交わす。
何もしていないのに後方へぱたんとカゲは尻もちを着き、キスが終わった。
『わ、わわ』
顔を真っ赤にしたカゲが両手を使ってズリズリ俺から距離を取っていく。
「もう何もしない、安心してくれ」
「気が、動転していた……」
落ち着いたカゲは慣れた手つきで立ち上がった。
赤かった様子はもうない。
「エム、この気持ちに従ってもいいか?」
「なんだ?」
「キスはエムとしかしていない、沸き上がった気持ちの真偽が付けれない」
そう思えたなら従ってもいいんじゃないかと答えてみる。
「……明日、確かめることにした」
「いいと思うぞ」
「おやすみ!」
カゲはそう言って早足で家に戻っていく。
パタンとドアを閉められた。
カチャンと鍵がかかったような気がした。
「そんなまさか」
ドアノブを回すが、ガタンガタンと引っかかる。
空き家に忍び込むほど寝床の大切さを知っているカゲが、こんなミスを犯すとは思えない。
焦っていないように見えて、焦っていたのかもしれないな。
どうしようか考えていると。
「終わったかなーって思って」
リドルが都合よく俺の前に現れた。
「よく分かったな」
リドルの言う通り、俺はまずい状況に置かれている。
「女の子が戻ってきたから、大丈夫かなって」
「大丈夫ではない」
「え?」
リドルに状況を説明する。
「んー、このまま遊んじゃえば?」
「夜だぞ?」
「ここの酒場は夜から本番だよ!」
手を引かれてついていくと劇場を横切った先に小さな家の集まりが。
「色々変わってる」
「酒場は?」
「……ない」
残念そうに呟いた。
「何もかも自分に都合悪くて怖いよ、この街が本当に自分の街?」
リドルは理解できないのか。
「死んだことを昨日のように思い出せるのは、昨日のように根強く覚えているだけなんじゃないのか」
「……」
「街は変化する、店は増えるが減りもする。酒場は昔になくなったかもしれない」
知っていたことが消え、知らないことが増える。
リドルは心底寂しそうにしていた。
「数回しか、行ったことなかったのに」
「残念だが、時は残酷だ」
唐突に懐かしいものを懐かしめなくなる状況。
良いものではないだろうと俺は思った。
「気づいたらゾッとしちゃうくらい寂しいね」
近くの家の酒瓶を手に取り、中身を揺らす。
その場でキュッキュと栓を抜いて嗅ぐ。
匂いは悪くない。
「なにしてるの?」
「気づいたら、誤魔化さないとな」
片足が欠けたテーブルを起こし、皿に酒を注いで置く。
「小さな酒場で小さな話をしよう」




