味が染みた特技
商人の店に戻り、隣の小さな家を紹介してもらう。
『あれは誰も使っていない空き家だ、そこか我々と窮屈に寝るか選べ』
見た感じは普通の家、草木はあるが問題じゃない。
広さも上々。店としても使えるレベル。
「不思議だな」
こんな良い物件なら、盗みを働く少年などが住み着いていてもおかしくない。
「裏が、あるだろ?」
「聞かれたら答えるしかない、知らなければ良いモノを……」
「気になる、教えろ」
「幽霊、だ」
商人はわざとらしく寒がる。
「はっ?」
「あの家はよく分からないが、女が自殺したとかで噂になっている」
「死ぬこと自体は普通の家でもある」
「見たって奴が居るんだ、見たって奴が! 撤去してぇが、取り憑かれたくないって大工職人が嘆いてて無理なんだわ、お前も無理だろう!?」
言葉を崩す辺り、本当に怖いらしい。
「俺はあそこにしよう」
「エム!?」
「にゃっ!?」
「俺はそういうの信じないからな」
家に近づこうとすると「どうなっても知らん」と言われた。
「エム、怖い……」
「二人は商人の家でも良いんだぞ」
「特技を見せると決めている」
ルビーはそんなに怖くないらしい、理解もしてないのか。
知らないってある意味、幸せ者だよな。
「わっ」
カゲを驚かせようと手を広げて声を出してみる。
「な、なんだっ!」
「理由はない」
「エム、カゲの特技は殺しだ」
「怖いな、幽霊よりも」
「元はと言えばっ……」
「悪かった、出来心だったんだ」
しぶしぶ、許してくれたらしい。
草を分けてドアノブに手を伸ばす。
キィッと空いた先は蜘蛛の巣だらけの空間、あまり良い心地はしないが、古巣が多い。
「虫は、慣れている」
カゲは先陣を切って巣を払い除けて入ってくれる。
「助かる」
「ふん」
機嫌はよろしくないようだ。
中に入っていくと階段があり、上がってみる。
思った以上に綺麗で、寝る場所には巣がない。
「不自然だ」
カゲはじっと見てポツリ。
「そうなのか?」
聞いてみると静かに頷いた。
「空き家の世話になったことは何度もある、その全ては寝床なんて使えたものじゃなかった」
虫とか悪臭とか布の繊維が崩れていたとか、カゲは聞いてもないのに教えてくれる。
『何かが居ても、おかしくない』
カゲはそう言い切った。
「綺麗なことに感謝して寝とけ、俺が周りを見ておこう」
「エムも寝るべき」
「必要ない、それよりも特技を見せてくれ」
ルビーはにゃーにゃー言いながらゴロンと柔らかい場所に逃げ込んだ。
「特技は……手先が、細かいことだ!」
カゲは隣に落ちていた手頃の黒い紐を持つと両手だけを透明にする。
丸見えになって浮いているような紐の小さな糸がほろりほろりと崩れていく。
ただでさえ暗いのに。真っ黒な紐なのに。
「どうだ、エム……?」
「急に自信なさげだな」
「良く考えれば、地味な特技だ」
その場に紐を捨てると三角座りで膝を抱いて俯いた。
「そうか?」
「そうだ……」
「とにかく、解いてくれよ」
カゲは紐を解くだけ解くと、丸い背中を向けてしまった。
解かれた事によって残った黒い三つの紐。
短いが、なにかに使えそうな長さをしている。
一番小さい方をなんとなく手首に巻いてみる。
一周できた、小さい人間ならもっと余裕だな。
「地味でも、輝けば一味違うと思うんだが」
三本の紐の端を括り、三つ編みの要領で糸を重ね合わせていく。
スッスッとできれば、三つ編みが解けないようにくくるだけ。
「カゲ~」
「もう特技はない」
「カゲの特技のお陰で良い物ができそうだ、見てくれ」
ゆっくりと振り返ったカゲにチラチラと三つ編みの黒い紐を見せる。
「なんだ、それは」
「右手……いや、左手を出せ」
近づいた綺麗な手に触れ、手首の下で紐を当てる。
端と端を合わせて上で輪にする。
余った長い部分は結び目の補強に一役買ってもらい、簡単には解けなくなった。
「……こんなもの、邪魔だ」
指でちぎろうとするカゲを止める。
「まあ待てよ、確かにこのままでは邪魔かも知れないが」
「チラチラして、うざったい」
「これが切れたら、俺が小さな願いを叶えるって言ったらどうする」
「切る」
「自然に切れたら、めちゃくちゃ偉いからどんな願いも叶えるんだが」
手首と紐の間に指を挟んでいたカゲは、スッと手を引き、手のひらで紐ごと手首を握る。
『……大切に、する』
「価値を見い出せたな、偉いことだ」
それからカゲは結び目に何度も触れていた。
解けてしまわないか、落ち着かない様子で確認している。
「解いたな、願いは無しだぞ」
「ほ、解いてなど……」
「冗談だ」
「…………」
ムッとした様子で何も言ってこなかった。
言ってはいけない冗談だったようだ、気をつけよう。




