涙が暴落
『歩くのは億劫だ』
カゲは残念そうに言葉を吐いた。
『……億劫だ』
分かりやすい。
「怠惰は悪いぞ」
「おねがーい」
急にゴマをするような声でねだってくる。
「変な声を出すな」
「街の男はこんな声でコロリと財布の紐を緩めていた」
「それは男を甘く見すぎだな」
「違うのか? エムは例外か?」
「紐は硬い時と緩い時がある、今の俺は硬い、鋼のようにな」
それを聞いたカゲに「ちっ」と舌打ちされる。
『チャンスをやろう』
「聞く」
食い気味に言い寄られながらも、俺はコインをごそごそ取り出す。
「これの表と裏で、小さなギャンブルと行こうか」
「構わない」
「俺はおんぶだが、カゲは何の代償を払う?」
「……」
言葉に詰まったカゲ。
周りを見て、足腰を見て、両手のひらを見つめて深く黙り込む。
腰周りにめぼしいアイテムはない。
『……ない』
「無くし物か? 今のうちに探しに戻ろう」
「それすらも、ないんだ」
カゲは手を広げて動かない。
『エムにあげれる物すら、カゲは持っていない』
動いたと思えば両手で顔を隠し、肩を震わせる。
『自慢できるものが、ない』
「大丈夫か?」
『価値がないカゲは無価値だ、消えてもないのに消えている』
静かに鼻をすする音が聞こえて、俺まで悲しくなる。
「価値は見い出すものだぞ?」
「見い出して、くれ」
「前に短剣を貸してくれたよな」
チラリと見える金の装飾を指で引っ張り、短剣を抜き取る。
『これは使い勝手が良かった、文字通りサラサラ切れるからな』
「これとおんぶは釣り合うか?」
「釣り合うだろ」
というわけでコイントス。
「ルビー、どれがいい?」
一応、ルビーに裏表を聞いておく。
「にゃ!」
伸びた人差し指は裏を選んだ。
「カゲはどうする?」
「表が良い、賭け事でも裏で居たくない」
「俺は裏にしよう」
始める前にカゲに話しかけておく。
「俺がコインを飛ばしたら、右手を透明にしてくれ」
意味が分からないって顔をされる。
「イカサマ防止だ、それとも、イカサマして欲しいのか?」
「ダメ、ダメだ……」
「そうだろ」
コインをピンと弾き、パチンと捉えて向きを確認する。
透けた右手で透けた答え。
『裏、だな』
短剣は頂くことにしよう。
「カゲは無価値になった」
しょんぼりした様子のカゲ。
「価値はあるぞ」
カゲの髪をクルリと尖らせて猫耳作り。
「かわいくなったな。もっとも、こんなことしなくても俺には必要な存在だが」
「本当か」
「ああ、一緒に居て楽しい、これは大金じゃ賄えないだろ?」
「……そうか!」
「さっさと帰るぞ」
「ああ!」
「オウム返しか?」
はっと口元を隠したカゲ。
「エムの価値ある口調が、移ってしまった」
「ないと思うけどな」
賭けに勝利したルビーは両手に担ぐことにした。
「にゃっ?」
「ルビーは勝ったからな」
歩いているとカゲが早足で俺の横を抜き去る。
『エム!』
振り返ったカゲは先程と違ってニコニコ。
「なんだ?」
「カゲの、価値ある特技を早く見せたい!」
そう言って前を向いた黒髪の猫耳は、ユラユラ揺れていた。




