不真面目
カゲの気配が分からない。
耳をすませば風の音。
草は揺れ、不自然な変化は掴めない。
ただひたすら手を構えて待つ。
『どこだ』
風と花びらを切る拳はルビーの猫パンチ。
どこでもかかってこい、俺はどんな痛い目でも良いんだぞ。
「…………」
しばらくして背後から巻き付く腕が現れる。
「な、なんだと!」
これはカゲの手だ。
完全に背後を取られてしまった。
『エム』
「降参する」
「カゲは」
「どんな目にでもあわせてくれ!」
どんな攻撃をされるんだろうか!
「……しない、エムにはしない」
くっ、殺せよ。
「そうか………………」
ちょっとショックだった。
「エムが不真面目なら、カゲも不真面目になろう」
「どんな不真面目をする?」
「その場で誰に何を言われても、正座を貫こう」
真面目かよ。
「そ、そうか」
「指示を無視することは不真面目では?」
「そう思うならしたらいい」
カゲは離れるとその場で正座を組んだ。
「エム、後悔するがいい」
座られた程度で後悔することなんてあるか?
ニヤリと笑うカゲは不真面目そのものだった。
「じゃあ毛皮剥ぐの手伝ってくれ」
「カゲは不真面目ゆえ、肉の剥ぎ方も知らぬ」
「目の前で剥ぐから覚えろ」
ウルフファングの死体をカゲの近くに転がす。
ダガーで殺しているようで、喉に残った血の跡が証拠だ。
俺はルビーを呼び寄せ、腰の刀を貰う。
「ルビーも覚えるんだぞ」
「にゃー」
自己流でスラスラと切っていく。
首周りから切込みを入れたり、ある程度の規則を言葉に出した。
「正しい方法なんて、ないからな」
毛皮は握り飯が入っていた箱に保管する。
肉は切って近くの枝に差し、火の周りに立て掛ける。
「いやー、楽しみだな」
ルビーも「うにゃうにゃ」と頷く。
「その赤い石は?」
「ただの魔力がある鉱石だ、これでいつも火を起こしてる」
「火の石、か……」
そんなに高い物じゃないんだけどな。
「そろそろできるな」
ちょうど良いやつをルビーに渡してみる。
『……にゃわあ!』
熱かったのか、舌を出したまま首を左右に振っていた。
「冷まして食うんだぞ」
そのまま食べそうなルビーに教えてあげる。
「ふーふー、ってするんだ」
「ふーー」
唇をすぼめて真似をするルビー。
ほどよく冷めた肉を美味しそうに頬張っていた。
「にゃ、にゃあ……」
そしてスジの不味さに気づく。
やっぱり、そうなる。
「カゲはどうする?」
「食わぬ、不真面目ゆえ、頼まれごとは二度としない!」
「真面目だな?」
「不、真面目だ!」
手をグーにして太ももに乗せているカゲ。
「でも不真面目なやつって、仕事中に食べたりすると思うけどなー」
「……ッ!」
「それすらしないって逆に真面目だと俺は思うが」
横目に肉をモグモグ。
『よ、寄越せ!』
俺の食いかけは奪われてしまった。
「新しいの取れば良いだろ」
「不真面目は、他人のご飯を盗る、だろう!」
「正論」
一口分の歯型しか付いてなかった肉は完全に消え去った。
「この肉は、よかった」
「正気か? スジだらけだぞ?」
「カゲはよかった、文句は言わせない」
本人がいいなら、いいか。
次の肉を取って食べてみる。
「それも貰おう!」
また盗まれた。
「そんなに良いのか?」
頷きながら飲み込んでいた。
残りの皮も剥いで、残りの肉も箱に保管する。
二頭目も同じように処理した。
「もう少し、欲しいな」
「四体では不満が?」
「多ければ多い方がいいからな」
「では捕らえてこよう」
「待て」
すぐに消えて歩こうとするカゲを引き止める。
「もう日が下がってる、夜は近い」
分かりやすいオレンジ色の空。
「皮を処理したら帰るぞ」
ゆっくりし過ぎたのが悪い。
なんとかルビーが美味しく食えないか試行錯誤していたら、こんなに遅れてしまった。
「……エムの皮剝ぎを勉強しよう」
せっせと剥ぎ、聞かれた所に答えていく。
「ここから行った方がいいのでは?」
「それが違うんだよ、こっちの方が後々楽なんだ」
肩を寄せて、俺と同じ視点で見ようとしてくる。
「近くないか?」
「……エム、続けて」
「ああ」
三頭目、四頭目。
オレンジになってしまえば黒くなるのは早い。
「よし、帰るぞ」
食えない肉は自然にいずれ帰る。
俺達すら食ってしまう存在の胃に帰る。
出会う前に、帰らないとな。
「エム、風が寒い」
「そう言われてもな」
俺は両手が塞がっている。
ルビーに持たせてもいいが、俺が持ちたいからな!
「風の盾になってほしい」
「どういうことだ?」
「そのまま、歩いててくれ」
前から吹かれる風に隠れるように。
「……エムの背中は、良い」
後ろから腰に手を回してきた。
「手が風の影響を受けるぞ」
「騙しても無駄だ、横に移動して冷たい目にあわせようなどと」
そんなつもりはないんだが。
『騙すことは得意、故に騙されない』
そう言って背中にピタリと引っ付いて離れなくなった。




