手加減してやるからかかってこいよ
『本気で言ってる』
「死んだ人間が居るなんて正気の発想じゃない」
「分かってる、でも見たって人間がいる、生きているなら……」
シンスは拳を握って解く。
「仮に俺が行ったとして、切り刻んで殺せばいいのか?」
「連れて帰ってきて欲しい、できれば、行ってきて欲しい」
「他に居るだろ、行ってくれる人が。俺じゃなくてもできる」
できない。食い気味に帰ってきた言葉。
「サクラ剣術を防げるのはあなただけ、遠慮なく殺せるのもあなただけ、あなたが死んで悲しむ人も私だけ……」
『カゲも悲しむ!』
割り込んできたカゲの気持ちは分かってる。
でも、仮に、もし生きていたら。
『リュウキ様、お願いします。』
考えているとシンスは胸に手を当ててスッと頭を下げてきた。
「わ、分かった、顔をあげてくれ」
「……ありがとう」
「保証はできない、一旦出ていってくれ、準備する」
クルリと去っていくシンスを見届ける。
ドアが閉まってカゲがピッタリ引っ付く。
「い、いくなっ、えむ……」
「行かなかったら、俺も後悔する」
「だめ、だめだめ!」
目尻からずっと涙を流すカゲは俺の分も泣いてくれているみたいで。
「やさしいな」
愛おしく思えた。
「離れるものか……!」
「優しすぎるのも良くないぞ」
「わがままで何が悪い!」
ひっつき虫をどうにか説得しなければならない、一緒に行くのは危な過ぎる。
「たい焼きを奢るぞ」
「要らぬ」
「カゲのお願いを何個も叶えよう」
「いらぬ」
意外に欲がないカゲは手の力を緩めてくれない。
『結婚しよう』
「いら……いる……」
「いらないのか」
「いる!」
カゲの力が少し緩まる。涙もいつの間にか止まっている。
「帰ってきたら、結婚してくれるのか……?」
カゲの真剣な眼差しに頷く。
「本当か……?」
頷く。俺は本当にできるとは思っていない。
この復興しなければいけない状況で、贅沢に式をあげるなんて許されるわけがない。
したい。でもできない。
「本当だぞ」
できたらいいな。
「仕方あるまい……」
カゲは手を離してくれた。
「まだ行くわけじゃないからな」
とりあえず、剣を二本。
シンスから貰った物とカゲから貰った物。久々に握ると貰った時を思い出す。
「背中の奴は持っていかぬのか……?」
「も、持っていくぞ、当然だろ!」
そして元から折れている剣。まだカゲにはバレてない。
リドルに言われて靴に手を伸ばす。
しゃがまないで横着する。
カラン。
背中の短剣が落ちてしまった。
「こ、壊れているではないか!」
「げっ」
「いつ壊したのだ!?」
「貰ってすぐ、だな……」
「早すぎるぞっ!」
カゲがプンプン怒っている。
「すぐは早すぎる、酷いぞ……?」
「ははは」
「言ってくれたら、直してやったのにー!」
言わなかったことを怒っているようだ。
「むう、それはもう置いていけ」
「分かった……」
「不満か!」
「願いは叶えてくれないのかって思って」
「願いはその剣の話! この剣にそのような約束をしてはいないぞ」
ぷいっと律儀にそっぽを向くカゲ。
「そうかー」
「べー」
鞘を抱いたカゲはイタズラに舌を出して煽ってくる。
「カゲ、そのままでいてくれ」
「うぇ?」
ゆっくり近づいてカゲの舌に口を重ねる。
「ん!?」
舌がヒュッと口の中に逃げていってしまった。
「行く前にキスでもと思ったんだが」
「こんなのキスではない! もう行けっ!」
「キスは舌でするものらしいぞ」
「知らぬ、存ぜぬ……」
頬を染めて可愛げに溢れさせるカゲを撫でる。
「行ってくる」
「ま、待て、キスを」
立ち上がったカゲの期待に応えていつものキスを交わす。
「えむっ、帰ってきたら、結婚、だ!」
「分かってる」
俺は部屋をいつもよりゆっくり出る。
「なんか死にそうなんですけど」
「そう見えるか? その通りだからな」
「はい?」
「必死に生きてるってことだ」
リドルと二言交わしてシンスに近づく。
「本当に、行ってくれる?」
「だから準備したんだ」
「頑張って……」
コノハの発見の真意が相当気になっているのか、作業に集中できてないみたいだ。
もしコノハが存在するとして考えるなら、もう帰ってきているはずだ。帰り道は分かるだろうからな。
帰ってきてないってことは、生きていないか生きていても……。
「これ、目撃情報」
渡された紙は近くの森を示す。
視線を感じて振り返るとミトラが支柱の影に居た。
「これから出かけるんだが、ミトラも来るか?」
ちょっとした冗談。
「うん」
ミトラはコクリと頷く。
「良いのか?」
「お手伝い、したいから」
どうやら話は筒抜けらしい。
「いいか?」
シンスを見てみる。
「死んでもいい同盟の結成ね!」
「悪魔め」
ミトラを連れてギルドを出た。
「頑張るぞ」
「邪魔にならないように、頑張る」
情報を貰った場所にひとまず向かうことに。
「全く、シンスは酷いな。死んでもいい同盟だと」
「死んでもいいかな……」
「良くないぞ! ミトラが居なかったら俺は死んでたし、背中が焼けたままだったからな!」
「帰ったら、死なない同盟に、改名!」
「それがいい」
ホウセンカを出て目標の森を探索する。
不意打ちされないようにここからは静かに動いた。
「…………」
森の深くを進んでいると人影が見えてカサカサと草が揺れる。
「っ!」
よく見てみるとウルフファングの皮を羽織った同業者かなにかだった。
「脅かしやがって」
スルーしてさらに進んでいく。
木の影から様子を探る。そしたら本当にコノハが居た。
「……」
ミトラもびっくりしている。
だが様子は変だ、オーラが違うというかサクラ色が常に漂っていて左手に剣を持っている。
その左腕は赤と青が混ざっていて、意味が分からない。
こいつはコノハなのか? という疑問。
サクラ剣術がドラゴンを食ったとでも言うのか。
とにかく前に出てみないと話にならない。
白銀の剣を抜いてミトラに声をかける。
「ここにずっと隠れていろ」
「は、はい」
俺はコノハの前に飛び出した!
「元気だったか!」
声をかけると振り返ったコノハが刃先を向ける。
「…………」
「なにか言えよ」
代わりに脱兎の如く距離を詰めて刀が振られる。
咄嗟に受け止めて押し返す。次の水平も縦に構えて弾く。
「おい! ドラゴンになっちまったのか!」
反応はない。斬撃はある。
無表情の一撃を無心で飛ばす。機械のように。
サクラ剣術の欠けらもない一撃が荒れる。
「くっ……」
リドルがリドルパワーを使ってコノハの足を凍らせようかと提案してくれる。
「頼む、俺のタイミングに合わせて」
俺の剣は予測しているように避けている。
普通にやれば当たらない。
「喋れよ! 喋らないと殺すぞ!」
振り下ろして避けられ、追撃で大きく踏み込む。
水平に大きく凪ぐ。
コノハはバックステップを踏んで引き下がる。
今だ。
『氷を、受けろ!』
左手を突き出してリドルに合図。
その瞬間からビシビシと水もないのに前方が凍る。
着地したばかりのコノハの足を絡めとる。
「……」
コノハは刀を地面に突き刺し、サクラ色のオーラを放った。
ピシピシ、ピシピシ。
氷は一瞬で砕け、氷ごと次の一歩を踏み込んだコノハはガリガリ氷を蹴り飛ばして詰め寄る。
サクラ剣術に白銀の剣が受け止めた衝撃で砕け散る。
寸前で逃げた俺を横向きの刃が追撃する。
ギィンッ。
カゲの黒剣でその場を何とかしのぐ。
両手で武器を扱うコノハの強さ。俺にはないサクラ剣術。
押し退けてもそれらが一瞬で詰め寄ってくる。
クロスに交差する剣と刀。一方的に傾く力の方向。
コノハを蹴って俺は剣を鞘に収める。
『手加減してやるから、かかってこいよ。』
中指で煽る。コノハは大きく踏み込んで飛び込む。
刀がキラリと光る。
グサリと刺さる。刀が俺の腹を食う。
「ッ!!」
「ちょ、なにやってんの!?」
「これしか、これしかねえんだよ!」
コノハの手を逃がさないように両手で引き込む。
「りゅ、りゅうき!」
ミトラの声がグワングワン揺れる。
「ミトラ、早く、俺にやったみたいに、コノハを」
「わ、わかった!」
手を舐めたミトラがコノハに触れる。
大きく目を見開いたコノハは瞬きした頃には刀から手を離し、切れた糸のように膝をつく。
そのまま横に倒れた。
俺も、倒れたくて刀を抜く。
「ああっ……」
地を濡らす、手を濡らす、口を濡らす。赤い液体。
ひたすらに全身の沸騰を感じて氷に背中を落とす。
死にそう、今度こそは死にそう。
「やばいって! 馬鹿だよ!」
「大丈夫ですか!」
熱の外に感じる冷えを感じながら目を閉じた。
ミトラは周りを見て助けなんてないと考える。
助けるなら自分しかない。自分に出来ることをするしかない。
凍らせることしかできない粉を散らした愛用のグローブをリュウキの傷口に当てて力を念じる。
このグローブすらも、自分じゃなくて彼の持ち物。
大きく瞼を閉じた時には視界が滲んで冷気が見えなくなる。
「もっと、もっと、もっと」
青く輝いたグローブは声に答えて三回光る。
キラ、キラ、キラ。
グローブは役目を果たしたように溶けて消えていく。
「あ……」
代わりに傷口は溶けない氷で結ばれていた。
「……」
フッと息が漏れる。
でも自分だけじゃここを出れない。
「どう、すれば」
カチャカチャとなる音に振り返る。
ウルフファングの皮を纏った同業者だった。
「あ、あなたは?」
「…………」
同業者は近づくと何も言わずに鉄のヘルムを外すと。
鎧の中に血まみれの刀を放り込んだ。
「えっ!?」
同業者はコノハとリュウキを担ぐとミトラを見やる。
前を見る動作を三回繰り返し、進めと合図する。
「仲間、ですよね?」
カチャカチャと頷く頭。
ミトラはホウセンカまで戻ることにした。
戻っていく過程でカチャカチャ鎧を鳴らす彼が悪い人ではないと考える。
多分いい人、多分いい人、人かも分からないけど。
ミトラは念じるように心の中で唱えてギルドまで戻ってきた。
『も、戻ってきた!』
ミトラに気づいたシンスが鎧男に気づく。
「え、誰ですか?」
「そ、そんなことはどうでもいいから! リュウキを助けて!!」
満身創痍。シンスは手早く治療する場所に案内する。
同業者は二人をそれぞれのベッドに寝かせるとリュウキの側に立ち尽くす。
ミトラも真似るように様子を見ていた。
始まった処置は氷の解凍と止血と傷の塞ぎ。
順調に進んでいる間にシンスはコノハを見つめていた。
「よかった……帰ってきて」
「あの、水を差しますが……」
ミトラはコノハの現状を告げる。
「もしかしたら、コノハとは似て非なる……」
「これはコノハよ!! 一緒だから!!」
これ以上はミトラも言うことをやめた。
しばらくしてカゲがやってきた。
「生きてるのか……?」
そうですってミトラは答えた。
「寝てるだけなら何してもよいな……」
カゲはそのまま姿をくらましてしまった。
夜になるとミストやソラン、クレアまでコノハとリュウキが居る部屋にやってきた。
タンザはコノハを食い入るように見ていた。
『……ッ!』
ガタガタと揺れるベッド。
「こ、このは!?」
ミトラの助言で拘束されていたコノハは抜け出そうとあがく。
「落ち着いて、いつもの場所だから!」
シンスの説得。コノハの目はシンスをしっかり覚えていた。
次第にベッドの揺れが引いていく。
「昔の話でもする? ギルド作る前の話とか」
シンスはホウセンカになる前のホウセンカで過ごした時間を語る。
コノハの目尻にツーっと雫が流れた。
懐かしさの湖に溺れてきたような、胸を押せば泣いてしまいそうな、そんな表情。
「まだあるから、聞きなさい」
シンスの話はいつまでも続いたと言う。




