桜空にて傾倒す
本気で書いた!
『作り物にしてはよくできてるな』
俺は青いアレの本物感に驚いていた。
『あれは偽物なのか、エム?』
『そうだぞ』
カゲを撫でながら話の続きに耳を傾ける。
「うわああ!!」
商人が悲鳴をあげて走り去る。ドラゴンが口元に火を溜める。
「え?」
「きゃあああ!!」
誰かの声が異常を認識させる。
事件だということがようやく伝染していく。
『逃げろ! 逃げるんだ!』
観客はダダダダと逃げていく。寸前のところで炸裂した火の塊。
眩しい光を堪えて焦土を見つめる。
残った美女はホウセンカギルドのメンバー。
『あなた達! ドラゴンを囲んで拘束して! 残りは避難を促して!』
『はい!』
シンスの声で止まった時間が動き出す。
コノハはドラゴンが広く暴れる前に腰刀を引いて斬撃を抜いていた。
「ぐおっ」
目が潰れているドラゴンはコノハを見ているのか分らないが、相応の返しをする。
俺達も動かなければ!
「クレア達も早く避難しておけ、俺も前線に立つ」
ミトラとクレアは姉妹みたいに息を合わせて席を出ていく。
「役に立てないからそうするけど……死んだら許さないから」
「分かってる」
「行こ、ミトラ」
カゲは座ったまま。
「カゲもだぞ」
「エムといるっ……!」
「ワガママだな」
椅子から救い出してカゲの唇を塞ぐ。
弾けた口が寂しそうに歪む。
「むううっ」
「これが俺の気持ちなんだ、分かってくれ」
「わかった……」
カゲは俺から下りるとクレアが走る方向を追いかけていった。
『リュウキ! なにしてるの!』
背中の折れた剣を抜いて前線に向かう。
「きゃあっ」
ドラゴンの滅裂な体当たりで吹き飛んでいく肉体。
『なんで、こういう時に限ってミストが居ないのよ!』
『同感だ』
美女の呟きに答えながら揺れた尻尾を剣で足で押し返す。
「あ、ありがとう!」
目の動きで次の行動が分かったりするが、こいつに目はない。
あまり大人数で相手にするのは良くない。
「タンザ、下がった方がいい」
ルビーはドラゴンに乗って尖った背中を切りつけているが効果は無さそうだ。硬い鱗に阻まれている。
「そうですか?」
「不意の動きで体を持っていかれる」
「でも、私は強いです!」
そう言って翼の旋風を耐え忍ぶ。揺れる髪が後ろでもつれる。
「そうか」
ふわり足空を舞う桜色のオーラ。
『リュウキ、聞け』
刃筋を指先で撫で挟む。
血を削ぐように撫で抜いて逆手を引き込む。
――チャキン。
人旅から一度戻った鞘は水平に傾いた。
『シンスから話は伺っている』
大きく切り抜いた一歩の前に広がる桜色の横一文字。
ドラゴンの頭にガツンと弾けた満開の桜。
下から上へ移り変わる散り所。
「グオオオォ!」
『この隙に、剣を抜きとれ!』
今まで捨てるように使った剣が桜を嗅いでほのかに輝く。
俺は一気に飛んでドラゴンの顔を踏みにじる。落ちないように剣を掴んだ。
「わかった!」
「返してもらえ! リュウキ!」
「もちろん!」
蹴るように引く。グシャリと血で穢れる剣。
飛ぶように抜く。勢い余って後方に体が吸われた。
『グォッ!』
目元から血を吹きながらのたうち回るドラゴン。
俺は取り戻した二本の剣を手放さないように受け身をとる。
暴れ馬にルビーが落とされていくのが見えた。
コノハは更に追撃しようと桜を散らして一振。
当たり所悪くカチンと反る刃。仰け反ったコノハ。
ドラゴンがその隙に口を広げて横にかぶり喰らおうとする。
「やめろ!」
コノハが食われないように肩をぶつけて身代わりにでも!
『また死んじゃうよ!』
リドルの言葉と見えない障壁。
跳ね返された間にコノハは消えていた。
「あ……」
タンザが非情に声を出す。現状に手を伸ばす。
『グオオ!』
そのまま咆哮を上げて火球を三回に吐き付けるドラゴン。
翼を仰いで炎上を前へ前へ押す。
「くっ……」
火に囲まれては手が出せない!
『コノハ、どの……!』
火の中へフラフラ進もうとするタンザ。
剣を捨てて手を掴んで引き止める。
「どうするつもりだ!」
「だって、だっ、て」
炎の中で声が刃こぼれる。
「それで命を捨ててどうなる!」
「コノハ殿は言ってました、命は何かのために捨てるものだって」
変なことを教えやがって!
「私には攻撃を受ける才能が、あるって!」
「正気になれ、タンザ!」
美女がなけなしの魔法でドラゴンを拘束してくれている。
この間に距離を取らなければ死ぬ!
『私はもうタンザではありません!』
彼女は手涙で俺を突き飛ばし、鞘の紐をちぎって逆手に持つ。
『これからは誰も死なせない、タンザナイトです!!』
一歩一歩、獄炎に進もうとするタンザナイト。
「ホウセンカの皆さんには残念ですが、ホウセンカを捨ててミストが居る隣町に避難しましょう!」
カツリカツリ恐怖と闊歩。一歩一歩俺から離れていく声。
「私がドラゴンを引き受けます、その時にあなたが来てくれるまで、生きれたら」
振り返りもせずに靴底を焼き続けるタンザの服を引く、手首を引く。
「諦めるな! 誰も死んで欲しくないのは同じだ」
「なら、離してください!」
『もし、お前が死んだら俺は悲しむ。今、お前が抱いた気持ちが俺に移る、それはいいのか』
「……っ!」
振り返ったタンザの背後でドラゴンが口を大きく開ける。
大空に赤い光が見えて直感的に悟る。
タンザの手を引いて抱き寄せ、ドラゴンに背中を向けて全てに備える。
直後に衝撃波の炎。炸裂した炎。ドラゴンの叫びで火炎が吹き荒れる。
「ぐっ……」
「ごめん、なさい」
「ア、アカスタムド」
『慣れないこと、言わないでください』
強く吹き付ける背中の焦土感。
消えいりそうな意識に焦燥感。
『死なないで、ください』
奥歯を噛んで消えないように耐えていると熱の収まりに気づいた。
タンザを両手の輪に収めているのにタンザが浮いていく。
俺の意思とは関係なくズルズル服を擦りながら昇っていく。
――違う。
いつの間にか、膝をついてしまったようだった。
「あ、あれ!」
タンザが示した後ろを見るために振り返って座る。
青いドラゴンの上。
『グギャアア!』
赤いドラゴンが噛み込んでいた。
そのドラゴンは尻尾の先がなく、暴れる青いドラゴンを咥えてホウセンカを旅立とうと翼を何度も落とす。
青い尻尾を建物の巻き添えにして抗う。
ガランと転がってまた建物が欠片に変わる。
「と、止めなさいリュウキ! ああ! 500万が!」
シンスの悲鳴がドラゴンを感化させる。
『ググッ!』
ズンッと沈みこんだ赤い足先が大地を食って体をしならせる。
そのまま跳ねて巨体を咥えたまま遠くに飛び去っていった。
「良くも悪くも、助けられたな」
俺は運が良いみたいだ。
「はい……私もあなたに助けられました」
「身の丈にあった無茶をしてくれ」
「奴隷の時から遊びの延長で人が死ぬのは何度も見たことがあるので、誰かが死んでも平然と居られると思ったのですが」
タンザは静かに顔を覆う。
『仲間が死ぬのはとてもじゃないですが、耐えられそうにないです』
悲しくて頭が狂う。そんな人間は多い。
「それは正常だ、俺も悲しい」
俺はまだ実感がわかない。
「にゃあにゃあ」
ルビーはタンザに気づいて背中を撫でていた。
少ししてシンスがやってきて、俺に手を差し伸べてくれた。
「立ちなさい」
なんとか立った。
「リュウキ、よく頑張ってくれた」
シンスに労われるのは初めてかもしれない。
真剣な顔から冗談ではないと知る。
「剣を取り戻してくれた、コノハを守ろうとしてくれた」
「ああ……」
『今度は、コノハがしていたことをしてちょうだい』
俺は歩こうとして不意に膝をつく。
「あらあら、今必要なのは敬意じゃなくて戦意」
「久々に力尽きて歩けないだけだ」
「では、力を貸しましょう」
シンスは俺の脇に手を差し込んで肩を貸してくれた。
「優しいな」
『コノハにしていたことをしてあげてるの』
「そうか」
少しだけ、シンスを頼ることにした。




