してみたがり
宿に戻った俺はゆっくり部屋に入った。
『……えむ』
暗闇になった部屋の中にカゲが起きていた。
「お、起きていたのか」
ベッドに座っている。
「はやく、早く」
バンバンと揺れるベッド。俺は素早く近づく。
「隣に座れ……」
座るとカゲは足を俺の方に置き、ズリズリ近づいて俺の太ももに乗り込んだ。
「起きたら居なくて、心配したぞ」
「悪かったな」
「あ、謝れ」
唇を丸めるカゲにごめんと謝る。
「許さぬ」
今度は背中を丸めて俺の肩に偏る。
すり抜けないように手を回してあげた。
「………」
そのままカゲはすやすや寝てしまった。
意地でも逃がさないらしい。
朝までそのまま過ごした俺は若干の腰痛を感じていた。
カゲが起きないように体を固めていたらこうなった。
朝なのでカゲを起こさなければいけない。
「起きろー」
起きない。
「起きてくれー」
起きてくれない。
揺すっても起きないのは大問題。
結局寝かせているとタンザ達が起きてきた。
『仲良いですね』
「そう見えてるのか? 正解だな」
タンザに起こすコツを聞いてみた。
「雪が振ってきた時は寒くて飛び起きました、寒さは永遠の眠りにも飛び起きにもなります」
「なるほど……」
「ルビーを起こさないといけないので」
「そっちはそっちで大変だな」
こっちもこっちで大変だが、協力者がいる。
「リドル、話を聞いてたか」
「リドルパワー! ふおおお!」
カゲに向けて放たれる冷たそうな青。
「冷たっ」
俺でも冷たいと感じた力はカゲも確かに感じていたようで。
「んん……」
カゲは寒そうに両手を胸に寄せて唸る。
少し可哀想な握り拳に左手を添えるとカゲは目を開けた。
「……」
ゆっくりそれは閉じられる。
「寝るな!」
頬をつねると今度こそ目覚めた。
「寝ぬ」
俺から離れて背を伸ばす。途端にガクンと背中が曲がる。
「いたたた……」
腰を抑えるカゲ。
「変な形で寝てたしな」
「くしゅんっ」
今度は口元を抑えて跳ね上がる。
「お忙しいことで」
「……むう」
「俺も少し痛いぞ、カゲが寝れるように頑張ったからな」
「なら、よい」
嬉しそうに口元を緩めてきやがった!
「ねぎらいはないのか?」
「エムには不満しかない」
そっぽを向いてツン対応。
「そうか……」
「そうだっ!」
ちょっとショック。
『ちょ、朝食でも食べに行きませんか?』
タンザの助け舟。
「そうだな」
何も考えずにタンザの後を追う。
気がつくといつものおにぎり屋。
「何度か食べ歩きましたが、ここが一番なんです」
タンザの人差し指は綺麗なナンバーワンを示す。
「エムの分はカゲが食べる!」
「ダメです、みんなの分はみんなの分です」
「な、なにっ」
「ダメです」
カゲは押し負けて俺の後ろに隠れた。
「むむむ、むむ……」
タンザの眼力には光るものがあるかもしれないな。
「えむぅ」
「なくななくな」
泣きそうな声を出すカゲを撫でる。
「というか食いすぎていいのか?」
「そうだった!」
みんなの分のおにぎりケースがやってきた。
「私がお払いします」
そう言ってカチンと音を立てる。
「それがしたかったんだな」
「そうなんです」
「かっこいいぞ」
「えへへー」
タンザがヘラヘラ笑うのは珍しい。
おにぎりケースは結局、俺が持つことになった。
「にゃー」
そんな握り飯を真っ先に取るのはルビー。
「にゃまーい……」
「元気がないな」
タンザは大丈夫ですよって言う。
「そうか?」
みんながみんなのおにぎり。変わっていくおにぎりの数。
『にゃままーい!!』
三個のおにぎりを食べきったルビーは両手を上げてぴょんぴょん跳ねる。
「そういうことか」
「ルビー、私の分も食べますか?」
手に取ろうとして指を振る。
「にゃっにゃ」
それは君の分だと言わんばかり。
手に取ろうとしてるくせに。既にカゲの分食ってるくせに。
そしてケースの中には二個のおにぎりが残った。
「ルビー、頼む」
「にゃっ」
ルビーに持ってもらっておにぎりを食べた。
久々に摂った塩気はこんなにキツいのかと舌を巻く。
「ゆっくり食べろ、えむ」
「早く食え、カゲ」
まだ両手に食べ物を持ってるのはカゲだけだ。
「ルビーは偉いな」
「にゃにゃーん」
「お礼にこれをあげよう」
俺は昨日のたい焼きをルビーにプレゼント。おにぎりケースと交換。
「……にゃ!?」
ガサゴソ開けたルビーはたい焼きを取り出してニヤける。
「にゃーあ」
俺を一瞥してからパクついていた。
『にゃあああ』
今までにない嬉しそうな声。
「そ、そんなに美味しいんでしょうか」
「うにゃ!」
食べてみろと差し出されたたい焼きの背びれにタンザは噛み付いた。
「……美味しい」
口元を隠して少し恥ずかしそうにポツリ。
「にゃー」
だよねーとルビーは一口食べてはタンザにシェアする。
「カゲも、エムとあんなことしたかったぞ……」
カゲが羨ましそうに服を引っ張ってきた。
「機会があったらな」
「うむっ」
タンザは劇場に人と一緒に行くということでギルドに来た。
おにぎりケースはギルドの一角に置いておく。
「行きましょう! コノハ、どの!」
「真似するな、辞めようとしているのに」
タンザは俺に目で語るとコノハ師匠を連れ出した。
俺もそのつもりだったから都合がいい。
せっかくだからミストも……。
『まだミストは隣町』
「そうなのか……」
「残念ながら当然」
シンスはそう言ってスタスタギルドを出ていく。
「可哀想だな」
気を取り直してミトラを探す。
丸く伸びた小麦の帽子を被ったミトラに気づいた。
『日差しが苦手なもので……』
「似合ってるな」
帽子のおかげでいつもより明るく見える。
「嬉しい」
握手を交わしてグローブの安全性を確認する。
「あの、本当に安全か分からないので、このまま……」
「俺の右手は本物じゃないが、それでもいいか?」
「繋いで、いたい」
ミトラは俺の右側に回るとぎゅっと握り込む。
握られている感じが宿る。
「行こうか」
ギルドの出口に一歩一歩近づく。
『ま、待ちなさい!』
「今度はなんだ」
振り返るとクレア。
「私も、連れていかないと!」
ミトラを見てみると問題なさそうに頷く。
「そうだな、クレア」
「当然ね」
久々な話をしながら新設の劇場に足を運んだ。
もう既に多くの人が用意された椅子に座っていて、劇場から一番遠くの端っこの席が三つ空いている。
「ミトラはどっちに座る?」
「端が……」
そう言って端に座って姿勢を整える。
「私は、ここ」
クレアはミトラから一つ飛ばした席に座って膝に膝を重ねる。
「か、カゲは……」
ボンッと姿を見せたカゲが寂しそうに俺を見る。
「カゲはここだぞ」
俺はカゲを抱えて二人の間の席に下ろした。
「ええっ!」
「なんだ、クレア?」
「べ、別に」
カゲは振り返って『疲れたら交代しよう』と提案してくれる。
「立っていた方がよく見えるから大丈夫だぞ」
カゲを撫でながらしばらく待つと商人の大きな声が聞こえてきた。
「そろそろ始まります!」
始まる? このチケットの確認はいつするんだ?
なんて考える暇も消える。
『……御覧ください。アストラル猫耳劇団の』
【メナスの竜を神と見做すまで】
世界の伝承。誰かの伝書鳩。
青の竜が全領全土の絡まった思惑を紐解く。
それを信じて止まない民衆。
民衆の神である王ですらも、竜の力を求めていた。
『どうしたものか』
白い髭が揺れる。王と呼ばれた人物が声に振り返る。
『争いは絶えません、それはとても耐え難いことです』
今日死ねば明日誰かが死ぬ。それは分かっていた。
『それはそうだが……』
『争いを止めるには蒼き託宣から竜の力を借りるべきです』
僅かな沈黙。
『あなたが英雄にならなければ誰が英雄になるというのですか!』
『託宣は、あるか?』
『あります、王』
伝承によれば手をかざして決められた言葉を読めば竜が舞い降りる。
しかし、舞い降りていないからこそ争いは続いている。
『心に何を秘めれば良いか……』
『私のような家来を思う気持ち、これ程広く慈悲深い気持ちはあるのでございましょうか』
手を広げて懐の広さを語る家来。
『するだけ、してみよう』
それから準備が続いた。答えは民衆の前で続けることにした。
『メナスのように青い竜を呼び、平和を望む。事象の託宣は国民に任せたい』
王の前が歓声で湧く。
黄昏の先で朝日の先で声の中の声が聞こえる。
『私が求めるは平和! その為ならば、死をも留めない!』
手をかざし、言葉をかざし、未来をシワ手でかざす。
『竜よ、聞こえるか? 力を貸してくれたまえ』
蒼き閃光が頂点より堕つる。
バキバキ音を立てる煙の中で世界が燻る。
誰もが確信する。晴れる灰色の中に託宣があると。
『な、な、なんだこいつ!!!』
二枚の剣を宿した双眸が揺れていた。
『グォォオオッ!!』




