裏切りもの!
乾いた布を頂いて戻ってきた。
部屋の中には誰もいない。
『また消えたのか』
返事はない。
どこにいるのかよく考えてみる。カゲのことを考えてみる。
ベッドに向けて投げた布は空中でふんわり留まった。
『また、バレた』
「凹んでたからな」
誰かが座らないと軋まないベッドは分かりやすい。
そのまま布を擦って水滴を取り除く。
ゴシゴシ。
「言うことは?」
「もっとふけえ……」
「痛い、とかはないのか」
「ない」
拭いてなんとなく上にずらす。
あまりカゲのデコをまじまじ見る機会は前髪のせいで少ない。
「な、なんだ……?」
「もしかして男なんじゃないか」
「し、失敬な!」
「してやってる事が弟っぽい」
カゲが手を上げて布を落とす。髪がスルリと戻っていった。
「カゲは女の子だ!」
肩まで反った両手が女の子らしさを強調する。
「本当、だぞ」
胸はミストという前例がある。確実な証拠とは言い難い。
「ほんとう、だぞ……?」
変に高い声を作ってパチパチアピールしてくる。
「まあ、そう言うならそうなんだろうな」
「疑っているのか! カゲの素を見たくせに!」
「そうは言ってないじゃないか」
「触れ、じゃあ……」
俺の手を引き込むと下半身にグイッと持っていく。
手の甲から加えられた圧力に屈して押し付けられる手のひら。
「お、おい」
いっぱいに広がる平らな熱意。
「どうだ、わかったか、えむめ……えむ?」
カゲが俺と下を交互に見る。
「分かった、カゲは本当にお」
「さ、触ったのかっ!」
不意に蹴り飛ばされ、カゲは足をパチンと閉じた。
「えっ?」
「さ、触るなあっ……」
カゲは真っ赤な顔を両手で蓋して首を振っている。
「いや、触らせてきたのはそっちだろ」
「それでも触らないのがエムだとっ!」
「見れるモノは見るし、触れるモノは触るぞ」
「カッとなって触らせたカゲも悪い……エムもそういう男、しかたなし」
「しゃくだな」
スッと冷静を取り戻すカゲ。
「もう少し、手順を踏みたかった」
ぐすんと物悲しさを語っている。
「手順?」
「路地裏で囁かれながら、草木の茂る森奥底で囁かれながら、優しく……」
「囁かれたいだけじゃないか」
「女の子はそういう願望を持っている、という話だ! エムなら分かれ!」
「俺は女じゃないぞ、しかも外ってことは……見てたな?」
カゲがムッとした顔をようやく公開する。
「なにが!」
「そういうことを、むっつりと、透明な姿で眺めてたんだろ」
カゲが明らかに周りを見る。
「そ、そうだぞ、えむ……」
赤い頬と一緒に目線が斜め下に落ちていく。
「えっ」
「引くな引くな!」
必死に手を伸ばして弁解してきた。
「服を脱ぐのはもうやめておこう」
「カゲをいじめて楽しいか!」
「服は個人の自由じゃ……」
「じ、自由だ、しかし、口に出さなくてもっ」
掴まれた手がギュッと爪を擦る。
「悪かった、キスでもするか?」
「カゲはそこまでちょろくない!」
「そうか」
緩やかに時間が進む。
「……キスは」
「さっきちょろくないって」
「してほしくないとは言っていない」
ワガママを沈めるにはしてあげるしかないようだ。
「しょうがないな」
身を寄せてカゲの顎先を人差し指で撫であげる。
「えむ……」
顔を寄せたその時。
ガチャり。
『疲れました』
『にゃー』
タンザとルビーが戻ってきた。
「ああ、おかえり」
俺はキスをキャンセルしてカゲの髪先を整えることにした。
「茶を飲むことにします」
「茶だって?」
「はい」
タンザは床に手のひらサイズの装置を置く。
それは根元が丸く膨らみ、黒ずんだ糸を伸ばした火付けアイテム。
少し離れた上に構えられた固定具に鉄のカップを置くとどこからか取りだした水袋の中身を注ぐ。
手をかざして火をつけ、水の中に数枚の葉を散らした。
「茶です」
確かに、グツグツ音を立てる水の中は茶の色をしている。
「えむ……」
「カゲもアレをしてみたいのか?」
違うとプルプル首を振る。
「つづき」
耳が良さそうなルビーの前で、聞こえないように口パクで袖を引く。
「後にした方がいい」
「 、 」
「なんか言ったか?」
「や、だ、と言った」
カゲはベッドにちょこんと座る。
「にゃー?」
気づいたルビーも茶作り装置の前で不思議そうにする。
「ルビーはダメです」
「にゃーー」
意地悪なタンザに理由を聞いてみた。
「火傷するかもしれないので、後なら飲んでもいいですよ」
火を止めて熱々のカップを丸いスプーンで一口。
「飲みますか?」
「いや、やめておこう、熱いから」
「そうですか」
冷めた頃にルビーがカップを手に取って口元で傾けた。
ホッと息を吐いて幸せそうにしている。
「美味しそうに飲みますね」
「にゃ……わ」
そのままあくびに繋げたルビーに釣られてタンザも。
「寝ますね、どうやら明日は演劇か何かがあるようで」
「アレか」
「ギルドごと招待されてるみたいです」
そう言ってベッドに滑り込んでいくタンザ。
「にゃー」
遅れてルビーも。
「……」
カゲも座っていたと思えば転がっている。
「えむ」
トントンベッドを叩いて招いてくる。
カゲの隣に座ると寝ろと言われた。
「眠くないし」
袖を引かれて仕方なく従う。
「……」
じっと見られる不思議な時間。
「つづきがしたい」
衣類を擦ってズリズリ近づいてくる。
「まだ起きてるかもしれないだろ」
「静かにすれば……」
触れてきた唇を受け入れる。
目を閉じたカゲは静かに舌を歩む。
「…………」
カゲがやめるまで終わらない行為。
「ん」
ほどなくして離れていった。口元に寂しさが何故か残る。
「……」
カゲは何も言わずに寄ってくると胸元の生地を掴んで顔を寄せる。
「良い匂いはしないぞ」
「エムの匂いが濃い」
スンスン鼻が鳴った。
「離れた方が」
『それよりも、暖かい』
カゲの声と吐息の熱が服に染み込んで肌へ貫通する。
『もっと早く誰かと寝てみたかった』
頬がスリスリ擦れる。
離れないカゲの髪に手を添えることしかできない。
「そうか」
カゲは何も言わなくなった。コロコロ俺から離れていく。
寝たな。
俺は静かに身を引いてベッドから降りる。
そのまま部屋も出た。
『一緒に寝ちゃえばいいのにー』
リドルだ。
「流せるモノは流したい」
それは汗でも物事でも。
「たしかに」
「場所は? ギルドか?」
「うん」
久々に訪れたホウセンカギルド。久々の空気。
『リュウキじゃないか』
コノハが出迎えてくれた。
「ああ、少し頼みが」
「なんだ?」
「その前に」
よく見るとミストはいない。
「ミストって寝てるのか?」
「ああ、やつは」
コノハは手首を振って『隣町で荷物運びをしてるよ』と言った。
「なんでだ?」
「前色んなものを壊したから、それの罰ってシンス殿が」
「へえ」
「そちらの頼みが終わったら一つカードでも」
『何の話?』
コノハの後ろからやってきたのはシンス。
「し、シンス!? 寝てたんじゃ!」
殿が抜けている。
「ちょっと起きて、ちょっと来てみたら……」
「ミストの話を少々」
後ずさりながらハハハと乾いてみせるコノハ。
「そう」
シンスは飲み物を口に含むと帰っていった。
「そ、それで、頼みとは?」
「水を浴びたい」
「貸してやろう」
コノハに連れられて案内されたのは四角い一室。
四角く限られたエリアには水が貯まっている。
「さ、さっきまで使っていた……」
「コノハが?」
「そ、そうだ、だから水を抜いて」
「もったいないからこのままでいいな」
桶で掬って浴びることは出来そうだ。
「いや、それは」
服を脱いで準備していると出ていかないコノハに気づく。
「締めないと濡れるぞ」
「み、水を抜け……あとは吊るされた石で水が垂れてくる」
コノハはそう言ってドアを閉めた。
どんな使い方をしたんだ?
不気味に感じて匂いを嗅いでみる。普通の水。
「まあいいか」
「まあいいと思うよ」
「リドル……」
十分に汗を流した。
服を着て動く度に迎えられる熱気を染み込んだ涼しさが返す。
待っていたコノハの問いに良かったと答える。
「それはよかった、カードでもしようか」
恩に釣られてテーブルに引っ張り込まれた。
「リベンジマッチ!」
「勝ったら何かあるのか?」
「ない」
「わざと負けておしまいだな」
コノハは慌ててルールを付け足す。
「ま、負けた方は! 死ぬ!」
「重すぎだ、秘密を暴露でどうだ」
「負けられまい!」
そしてコノハは敗北した。
「くっ」
決めてはコノハの運のなさ。
対処されたら負けという局面でコノハは対処できなかった。
「運がないな」
「ひ、秘密か……」
「水を捨てて欲しい理由はなんだ? これでいい」
「うぬぬっ」
コノハは露骨に慌てている。
「それは……」
「それは?」
「もう使わぬだろうと水の中に飛び込んだのだ……」
「なんだ、そんなことか」
そんなこととはなんだと声を荒らげてきた。
「汗よりコノハの方が綺麗だしな」
「も、もう寝る! お前もさっさと帰れ!」
桜の散り際みたいに逃げ足は早かった。
席を立って振り返る。ミトラと目が合う。
『あっ』
「バチバチの方はどうなったんだ?」
近づいてグローブを外した手を見せる。ミトラは意外にも握ってきた。
「少しだけ分かってきて……」
「ほう?」
「あっ、もう」
寂しそうに手が逃げていく。
「どういう仕組みなんだ?」
「汗とか水滴が何かある? みたい?」
「じゃあこれをあげよう」
さっきまで付けていたグローブを贈呈することにした!
「えっ」
「これを付けたら握手し放題かもしれないだろ?」
まごまごしている間にミトラの手にすっぽりグローブを通す。
「……お礼が」
握って開いて使い心地をミトラは探る。
「そうだな、どうせ外でないなら外を出るってお礼はどうだ」
「外?」
「ギルドの全員が演劇に招待されてる、ミトラも来てくれ」
「はい……」
最後にもう一度だけ握手する。
「これは凍らせるだけの石が散らばってるみたいだぞ」
俺には不要なアイテム。
「凍らせることは得意」
「そうなのか?」
「怪我しても、自分で治さないと」
「それは誰かを治せるってことだ、誇ってくれ」
俺は治せないからな!
「うーん……」
「治したことがないのか? 治せる時が来たら、自信をもてるかもな、あの時は頑張ったんだよって言えるだけでまた変わる」
「……」
「面白い話を見てから考えよう?」
『は、い……』
手を離してギルドを出た。




