悲報
カゲとやってきた場所はホウセンカの一角。
あまり来たことがない方向。
『エム……?』
「たまにはアリだと思うぞ」
仕切られたエリアはそこだけ砂の世界。
「積んで、城でも作ってみるか……?」
「細かいことは得意だもんな」
カゲは砂場に足を踏み入れると手で砂をすくって試行錯誤。
「がんばれー」
「うむ!」
少し経って城ができた。砂にしてはしっかりとレンガ状を再現している。
「城ができたぞ! エム!」
「見てたからな、分かるよ」
「頑張った」
カゲが立ち上がると同時に砂城がサラサラ音を立てる。
「あ……」
「砂、だからな」
「えむ……」
カゲがしょんぼり俯く。
努力の長さに比例しない結果はあまりにも儚い。
「まあ、綺麗な一夜城だったな」
「数秒城……」
「数秒で作ったわけじゃない、俺は見てたんだ」
カゲの頬をつねって口角を広げる。
「落ち込みすぎだぞ」
うりうり動かすと嫌そうに払ってきた。
「すぐに壊れるのは、ショックだっ」
「手でも洗ってこい、全てがどうでも良くなる」
「エムのあーほ」
嫌味を垂れつつカゲは砂を払いに行った。
相当ショックだったのか、両手を水濡らしで戻ってきた。
『拭け、えむ』
リドルみたいに手の甲を見せながら、うらめしや。
「拭け、か」
「うむ」
カゲの両手を取って俺の胸に押し付ける。
「な、なにを」
「拭いてやってるんだ」
水滴を拭き取って手を返す。少し胸が水を吸って陰る。
「ふ、普通にっ!」
「この方が嬉しいんじゃないか?」
「そこまで子供扱い……」
手が引っ込んでいった。
「財宝が拗ねたら、面倒だしな」
磨く道具はあいにく手持ち無沙汰。
「カゲは石ころというわけか」
カゲはそっぽを向く。グスンとくすんでいる。
「石ころを前へ弾ませる遊びでもするか、帰り道みたいにな」
「…………」
最終手段は常套手段。
「さっさと行くぞ」
カゲの髪を撫でながら肩を押して散歩を促す。
「……カゲを蹴らないのか?」
「重いからな、蹴っても動かない」
「お、重い!?」
「なんだ、急に声を出して」
カゲは前へ進みながら、ぺたぺたボディラインを確かめる。
「むむむ……」
前に進んでくれるならなんでもいい。
「どうした?」
「う、運動がしたい」
「じゃあ、走るか?」
「仕方あるまい……これでは」
ブツブツ文句を垂れるカゲ。
走りたくなさそうだが、走る理由はあるらしい。
『一緒に、走れ』
カゲは俺の手を握ってスピードに引きずり込む。
「どれくらい走る?」
駆け足はいくらでもできる。いくらでも走れる。
「ずっと」
「カゲが疲れるまで?」
「うむ」
先導しようと少し足を強く踏む。
「か、カゲの前に立つな」
「わかった」
後ろに回ってカゲの肩に手を添えた。
「後ろも嫌だ」
「じゃあどうしたらいい?」
「真横!」
仕方なく横で足並みを揃える。
「えむっ、えむっ」
カゲは横にいる俺を見ながら腕を振って進む。
「なんだ?」
「なんとなく」
それからも俺と目が逸れることはない。
「……前ではなく、カゲを見ろ」
「前見てくれ」
「カゲはエムを見ることで忙しい」
「危ない」
カゲに手を回して抱き寄せる。寸前で人を横切れる。
「……前見る」
すんなり前を見据えてくれた。
「その調子だぞ」
長期的な運動は夕日がグレるまで続いた。
ゴールテープはホウセンカの温泉前。
『浸かってこい、カゲ』
汗だく少女の背中を軽く押す。
「カゲだけ体を休めるのは癪にさわる」
女しか入れないのは仕方ない。
「行かないのは損だからな」
長い目で見られたが、俺も長い目で見る覚悟を見せるとすんなり入っていった。
『ちょーちょー、なんで一緒に入ってあげないの』
横槍リドルが顔を出す。
「ルールだからな!」
「破ってたくない? 最初」
「それはそれ、これはこれ、あれはあれだ」
「まあ……そう?」
そうだぞって誤魔化す。
「……で、その汗どうするの」
「ルビーに教えてもらった水源を借りる」
「か、かわいそー、いい所紹介するよ?」
「どこだ?」
「ミスト、コノハ、ミトラ、クレア」
リドルは指を丁寧に折って知り合いを数える。
「あとタンザ……辺りに頼めば近場で浴びれるんじゃない?」
「カゲが今入ってるところは普通に女専用、そして普通の美女も入ってる、どうやって俺が浴びれる?」
「ミストは湯水を引き抜けそうだし、コノハもなんだかんだ貸してくれそう」
「……貸してくれる?」
「コノハって自分用の湯流しがあるんだよ」
リドルは俺にしか元々聞こえないのにごにょごにょ手で壁を作る。
「へえ……」
「どうする?」
「そうしよう」
「そうするんだ……」
カゲが出てくるまで待った。
「えむー」
いつもに増して早く出てきたカゲは駆け足で飛び込んできた。
「うわっ」
いつもに増していたのは早さだけではない。
「む?」
「どうしてこんなに濡れてるんだ」
未だに頂点から流れる水滴。
「時間をかけたくなかった、嫌な匂いも残したくない、そうなると削れるのは拭く時間」
そう言って俺の服で頬を拭う。
「嫌な思いも残さないで欲しかったな」
「それは知らぬ」
髪先で丸くなった水袋が揺れながら模様をキラキラ作る。
「拭くものはないのか、拭くものは」
このままではカゲが風邪を引く。
「ない」
「戻るか一旦」
宿に戻るしかあるまい。
「戻りたくない!」
船のイカリが濡れたまま足を引っ張る。
「カゲはお腹も空いている」
「濡れてるのが悪いんだろ」
「早く出ないと陽が落ちると思い……」
カゲの目が口に代わって言葉を繋ぐ。
逸れることのない視線。期待を纏う口元。
「わかった、後悔しても知らないぞ」
「するもんか」
カゲは歩け歩けと手を引っ張ってくれる。
「みながやめてしまう前に食べないと」
「何を食べるんだ?」
「焼き魚を」
ヘルシーに生きていくつもりのようだった。
「いい事だな」
「うむ」
歩いていると不思議と魚の焼ける良い匂いがしてこない。
「本当に魚が?」
チラホラ屋台は見えるが、その中に魚を焼いている雰囲気はない。
「走っている途中で見かけた」
「もう店じまいしてるんじゃないか」
「そう、なのか……」
残念そうに俺を見て不安そうにする。
「どこで見つけた? なかったら釣ればいい」
「この辺だ、たぶん」
匂いがしないので目視で探さなければいけない。
手を帽子のツバみたいにしてカゲは探している。
「見つかったか?」
「あ、あれだ!」
見つけたのか勢いよく走っていくカゲ。
後を追うとおじさんが屋台を片付けようとしていた。
匂いがしないわけだ。
「魚を!」
『さ、魚だって? ああ、焼いてあげるよ』
火元の上に広げられた鉄板にカゲが求めている物が二つ、さらに二つ寝転がる。
「二つでいいかな?」
「うむ……」
その上に垂らされた暗黒色の秘伝。
それを隠すようにパタンと鉄板が合わさった。
静かにできたそれは、匂いも残さない。飛ぶ鳥跡を濁さず。
「はいどうぞ」
三角に二回折った紙に魚が滑り込む。
「ありがとう!」
カゲはそれを二つ渡され、俺にひとつ回してきた。
「これの半分でいいよ」
「ああ、助かる」
払うもの払って後にした。
「頂きます」
両手に持ってサクリとかぶりつくカゲ。
『……あまい』
美味しそうにもぐもぐしている。
「これがたいという魚……!」
カゲは満更でもないのかパクリとまた一口。
「海は不思議がつまっている、えむ」
「言いたくはないんだが、それは焼き魚じゃない」
「なぬっ」
カゲは魚のようなモノと俺を交互に見て一口。
「苦い部分が甘いというのは変!」
「それはアンコ」
「あんこ? 焼いた饅頭を魚のようにして……騙された」
「饅頭じゃない、立派なたい焼きだぞ」
カゲはしっぽまでサクサク食べきっていた。
「たいという魚を見てみたいな」
「ちょっとした伝説の魚なんだ、存在もしない」
「……怒りたいが、美味くて怒れぬ」
「お菓子じゃ腹は膨れないよな、これはどうする?」
俺の分はカゲにあげることにした。
「む、むむむ」
「食べていいぞ」
「せっかく走った消費分が」
伸びていく手をカゲは空いた手で抑え込む。
自制心と食欲が半身半身で共存しているようだった。
『そろそろ宿に着くな、ついたらルビーにあげよう』
「え、えむ……たべたい」
あげてはダメだと俺の進む一歩を塞いでくる。
「食べたらいい」
「……」
決めたルールがあるのかプルプル首を振る。
「水が散るからそれはやめてくれ」
「エムが良い解決法を思いつけっ!」
さっさとカゲの髪を拭いてやらないといけない。
「そうだな、このたい焼きとキスを天秤にかけたらどうだ」
「魚のキス?」
「そうするか、釣ってこよう」
「じょ、冗談! エムの、が一番……」
「諦めがついたようでなにより」
カゲを引っ張って気持ちが変わる前に戻ってきた。
まだルビー達は帰ってきてない。
「カゲ、拭くものを貰ってくる」
「うむ……」
「ちゃんと、居るんだぞ」
部屋を出た。




