闇のおカゲ
声に釣られて背中を預ける。
何者かに引き寄せられて数分。ドラゴンが立ち止まる。
『……』
何事もなかったように背を向けると辺りを見始めてしまった。
何が起きている?
「お前、誰なんだ」
『カゲ、シンス様に頼まれ監視する者』
背中に感じる柔らかな感触。
「助けはカゲの独断、故に影との約束を交わせ」
「なんだ」
『このことはカゲとエムの秘密なり』
「……わかった」
よく分からないが、ホウセンカに属する人間らしい。
「カゲはエムを頑張って隠している」
「エム?」
「お前のことだ、エム」
どうやら俺のことらしい。
「この間に逃げようか」
「アクトとレストを見捨てろって言うのか」
「この運命を変える力は、お前にない」
それは否定できない。
「わかった」
俺はカゲに誘われて街の方向に歩いた。
体さえ触れていれば、カゲのように消えていることができるらしい。
自分の手、足、服。
いつも見える部分が消えているというのは違和感がある。
右手から感じる熱でカゲが俺に触れているのは分かった。
「時にエム、周知の無謀に挑戦したのはなぜ?」
「剣を取り戻さないとシンスが怒るんだ」
「カゲに頼めばいいことを」
「常にこんなやつが付いて来てるなんて思うか?」
カゲは不思議な口調を使う。
まるで、己を他人のように扱う。
『これから思ってくれるなら、カゲを貸そう』
「助かる」
街に戻った俺とカゲは声だけでやり取りする。
透明だから何もわからない。
「金がないのは承知」
「そうだな」
「見えない今の姿で盗め」
「それはしない」
カゲが有り得ないとばかりに声を漏らす。
「普通だ」
「エムはおかしい……」
「そろそろ元に戻りたいんだが」
透明になれるからって悪さをしたいわけじゃない。
「エムが言うならば」
スーッと右手が見えるようになっていく。
その手首を掴む、露出が高い女の子が目に入る。
「エムとは二回目の出会い」
黒くて短い髪はボーイッシュな印象。
胸と声から女だと確信できた。
「……手は離してもいいんじゃないか?」
「ダメならカゲは引こう」
このままにしとくか、ハグれたらまずいからな!
「とにかく、大金を稼ぎに行くぞ、手伝ってくれ」
ついでに稼がないとまずい。
カゲの手を引いて歩く。
「無一文にはできない、カゲならできる」
「こういう時が楽しいんだよ」
クエストワークに向かった俺は依頼を取った。
「エム、正気をなくして大金はない」
「薬草採取も立派な仕事」
冒険者が握っている飲み薬は、この依頼があって成立する。
「……カゲはついて行くのみ」
薬草がそれなりに生えているという草原に足を運んだ。
途中で獣に遭遇。
「エム、消えてやり過ごそう」
「その必要はない、ついてこい!」
俺はふかふかの毛皮を求めて獣とバトルを繰り広げる。
鎧の腕をわざと食わせ、そのまま寝技に持ち込む。
「く、くぅーん……」
そのまま勝利を収めて気づく。
『皮を剥ぐ道具がねえ』
カゲに呆れて笑われた。
「エムが倒した獲物、これで捌け」
「戦う時から欲しかったんだが」
「すまない」
短剣を受け取ってサラサラと皮を剥いだ。
余った肉は均等に切って近くの草で包む。
後で焚き火を組んで焼こう。
「よし、薬草を探すぞ」
カゲと一緒に花の根を掘る。
大量に掘れることはなかったが、報酬分の成果にはなった。
クレアが言っていた場所は本当に凄いようだ。
「エム、すまない」
「どうした」
「カゲはこの程度しか集めることができなかった」
「当たり前だ」
悲しそうな顔をするカゲ。
俺は落ちている枝を組み、火を付けた。
「……帰還しないのか?」
「物事には、優先順位がある」
草に包んでいた肉を開き、枝に刺す。
火の近くに肉を傾けて枝を土に突き立てて固定する。
「ここでしかできないことを、今しておくんだ」
「粗末な肉などいつでも……」
『自然に睨まれながら食う肉は、全然違う』
カゲを隣に座らせ、程よく焼けた串を渡す。
「筋は取ってない」
肉をパクリと噛み切ったカゲが、口をモサモサ動かして飲み込んだ。
「ギルドの方がもっといい食事が出る」
「ひどいな」
「しかし、エムがくれた肉は暖かい」
そう言って肉を頬張ってくれた。
「火を通してるからな」
「そのような意味ではない」
「どういう意味だ?」
「カゲはエムのことが嫌いになった」
よく分からないまま、嫌われてしまった。
「……もう一本だけ肉を拝借する」
焚き火を肉の串で囲む。
「エムは食わないのか?」
「食うぞ」
焼けた肉を強引に噛みちぎる。
やっぱり、肉の調理はできないとダメだな。
不味くてかなわん。
「……俺をエムって呼ぶのはなんでだ?」
「お前はエム、それだけ」
「どういう意味なんだ」
「カゲもエムも意味はない」
顔色一つ変えないカゲ。
よく分からないな、こいつが考えてること。




