09.吐血令嬢、布教する
ヴァーミリオン公爵家。
コーデリアの生まれた家であり、国の中で一番の領地を治めている大貴族。
私が公爵家について知っているのはそれぐらいだった。
他に記憶に残っているのは、公爵自身が攻略対象かと思うほどに麗しい見た目をしていたことぐらい。
正直なところ、コーデリアのバッグボーンは大して知らないのである。
そんなわたしが、公爵のとんでも発言に驚くのは仕方がないと思うのだ。
「なんでそんな結論に……」
見た目が変わらないのなら問題ないなんて、普通は言わないと思うのだけど。
わたしのその疑問にダリオンは頭をかかえながら答えた。
「あの家は……美しさこそが全てなのだ」
「……はい??」
ルッキズムを煮詰めたような家訓に首を傾げると、ダリオンは苦笑いしながら説明してくれた。
「古くからの家訓らしい。人は皆美しくあるべき。美しさこそが全て。……まぁ、だからこそ広大な領地も多くの領民も、美しくいられるように手厚く保護されているのだが……」
なんだその奇跡的な噛み合い方は。
そこまで行くともはや宗教じみているけれど、領地も領民も美しく整えるという考え方ならば納得は行く……かもしれない。
「……こちらで説得ができなかったことを詫びよう」
黙ってしまった私を心配そうに見つめながらも、ダリオンは頭を下げてきた。
「どうか、君の力を貸してくれないだろうか」
申し訳なさそうに言う彼の可哀想な様子に思わず二つ返事で了承してしまった。
こうして、私自ら公爵を説得をする運びとなったのである。
で、ミアちゃんはと言うと。
「……ありがとうね。ずっと顎の下で浄化魔法発動しててくれて」
「はい!! 公爵との話し合いの時も任せてください!!」
私の言葉に、真剣な眼差しで返事をしてくれたミアちゃん。
彼女に癒されればいいのか、絵面に突っ込めばいいのかわからないまま、一日が終わったのでした。
◇
数日後。
私のいる部屋に、四人の人間が集まっていた。
私、ダリオン、ミアちゃん。
そして、四人目。コーデリアの父であるヴァーミリオン公爵だ。
私の身体に気を遣い、こちらに出向いてくれた彼。
……なんか、ゲームの立ち絵よりも数段美しい気がする。
優雅な仕草で挨拶を済ませた公爵は、私に向き直ってから口を開いた。
「――さて。まずは君に礼を言おう」
「えっ、お礼ですか??」
何に対してかわからず困惑する私を前に、公爵は穏やかに告げた。
「娘の身体をこの世に残してくれたことへの、最大の感謝を」
いや。まじか。
そんなお礼を言われるとは。むしろ、娘の身体を乗っ取ったって扱いをされる覚悟もしていたのに。
思いもよらず固まっていると公爵は不思議そうにこちらを見てきた。
「……少しは責められると思っていました」
「何を言う」
私の絞り出した答えに、公爵は間髪いれず否定した。
「娘は美しさゆえ神の元へ行ったと聞いている。空虚となった身体の穴埋めに、娘の身体へ入った君へ感謝をするのは当然だ」
いや、待って。
誰だこの人に“美しさゆえ神に選ばれた”とか吹き込んだのは。
確かに、本来のコーデリアは神になったみたいとは報告したけども。
私がダリオンとミアちゃんを見ると、ダリオンだけがサッと視線を逸らした。
なるほど?? 王家だな?? 王家の仕業なんだな??
どうやら丸く収めるために方便を使ったらしい。
じっとりとした目でダリオンを眺めている私に、公爵が本題を切り込んできた。
「では、本題だが。婚約破棄を望んでいるとか??」
来た。
慌てて視線を戻し、姿勢を整える。
説得しなければと言う緊張からか、口の中に血がゴフッと出てきてしまった。
耐えろ私。ここからが本番だぞ。
ごくりと全てを飲み込んで口を開く。
「私にはとても王妃は務まりません。婚約破棄の了承をお願いしたいのです」
「断る」
頭を下げる前に断りの言葉が聞こえてきた。
早いよ。光より早いよ。
「なぜですか。中身は本来のコーデリア様とは全く違うんです。見た目が同じだからって、さすがに婚約続行は」
「見た目が同じなら問題あるまい」
「教育もまともに受けてないのに無理です!!」
私は思わずテーブルに手をついた。
耐えきれなかった血が飛び出たけど、ミアちゃんが瞬時に浄化してくれる。
その匠の技にお礼を言う余裕もないわたしは、必死に公爵に食い下がった。
「美しさだけでは王妃になれませんでしょう!?」
「いや、考え方が逆だ。我がヴァーミリオン家たるもの、美しさを持って産まれたのならば、それに見合った高みを目指し努力すべきなのだよ」
あぁぁぁ。
コーデリアがああなってしまったのも納得がいく。
「……私はヴァーミリオン家の産まれではありませんが」
「だが、その身体はヴァーミリオンのものだ。安心しなさい。私が責任を持って君の援助をしよう」
ああ言えばこう言う……!!
「気にすることはない。まだまだ現王もご健在だ。学ぶ時間はたくさんある」
私が唸っている目の前で、公爵は冷静に紅茶を啜っていた。
だめだ。このまま正攻法で頼んだとしても、聞き入れてもらえないだろう。
遠い目をしているダリオンを横目に、私は必死で考えた。
この公爵の考えを崩すには、別の方向の説得が必要になる。
けど、どんな説得なら心を動かせるのだろう。
美しさが思想に根付いているから、そこから何か崩せれば……
……美しさ。
私の脳内に妙案が閃いた。
なるほど。
あるじゃないか、私がよく知る美しさが。
「王太子殿下、ミア様。少し、公爵様と二人きりにしていただけますか??」
私の言葉に、二人は訝しげな顔をした。
でも、聞かれるわけにはいかないのだ。
だって、私からすれば、今から話すことはこの二人に大きく関係するのだから。
気遣わしげな視線を残し、退室した二人を見届けて私は口を開く。
「公爵様。私は別の世界の生まれゆえ、こちらとは違う“美しさ”を知っているのです」
「ほう??」
興味深そうに公爵の眉が動いた。
食いついた。
ここぞとばかりに、私は畳みかける。
「公爵様。尊いと言う言葉をご存知ですか??」
ええ、私は元々日本のオタク。
推しの尊さを美しいと思う心は、誰にも負けないのである。
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素敵な1日になりますように!!




