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第五章 part2:聖夜

 とうとうクリスマスがやってきた。今日から冬休みである。


大勢の人たちは浮かれ気分で楽しみ、子供達はもらった新しいおもちゃで遊んでいるだろう。


今日の天気は今まで以上の冷え込みで夜には雪が降り積もるらしい。


 誠は珍しくいつものように布団の中にうずまることなく起きていた。


「湊、準備できたか?」


「うん、できたよ」


「じゃあ、行くぞ」


 二人は掃除道具やお線香、綺麗な花を持って玄関を出た。


 寒い風の中、二人はある場所に向かっていた。


誠は一歩ずつ歩くたびにあのときのことを思い出していた。


おそらく、今までの人生の中で一番悲しかったときだろう。


孤独を感じ、寂しさに溺れ、自分の人生を呪った。未来が見えなかった。明日が怖かった。このまま自分もああなるのかと思った。


 しかし、自分は救われた。あの一言を呟いたときから。


家族が温かく、どんなに大切でかけがえのないものか。


 誠はそっと隣を歩いている湊を見た。


湊はどう思っているだろうか。少なからず気になる。


今までこのことには触れないようにしてきた。話すのも嫌だったし、なにより聞かれたくなかった。


あのときのことを……。


 目的地に着くと、二人は一つの墓の前に立った。


墓石には清水家の墓と書かれてある。


枯葉が回りに落ちており、墓石も少し汚れていた。


「さっそく掃除するか」


「うん」


 誠は雑巾で墓石を、湊は箒で回りの枯葉を掃除していった。


綺麗になると、お線香をあげ、綺麗な花に取り替えた。そして手を合わせるとそっと目を閉じた。


 そう、今日は誠の両親の命日なのだ。


 湊は閉じていた目をそっと開けた。そして隣にいる自分の兄を一目見る。誠はまだ目を閉じていた。


 湊はそっと墓石に視線を戻して考えた。


実は、前から疑問に思っていることがあるのだ。


自分には両親が死んだときの記憶がない。


誠からいろいろ聞かされてはいるが、両親の顔すら思い出せないのだ。深く考えなかったが、この墓の前に立つたびに思う。


 湊はもう一度誠を見た。そこで気づいた。誠の目から一筋の涙が流れていたのだ。


「兄さん……」


 誠は目を開けると呟いた。


「帰るか……」


「……う、うん」




 家に戻ると誠と湊はクリスマスの準備に入った。


誠はクリスマスツリーを、湊は豪華な料理を作った。


瞳も呼んだのだが、久しぶりに家族と過ごすということで断った。


本当かはわからない。もしかしたら遠慮したかもしれない。今年も二人で過ごすことになった。


 誠は準備をしながら思い出していた。


あれから9年経っている。時間が経つのは早いものだ。誠にとってクリスマスは一番忙しい日なのだ。


一つはクリスマス。二つ目に両親の墓参り。そしてもう一つある。それは、湊の誕生日だ。


「誕生日おめでとう、湊」


「ありがとう、兄さん」


 二人はグラスを持ち上げると軽く音を鳴らした。テーブルには湊が作った料理が並べてあった。クリームシチューやケーキ、七面鳥まであった。


「あと、メリークリスマス。兄さん」


「ああ、メリークリスマス」


 すると、湊は赤い袋を取り出し誠に渡した。


「はい、プレゼントだよ」


 湊は満面の笑みを浮かべて誠の前に出す。


「え? お、俺に?」


「うん。開けてみて」


 誠は期待を胸に袋を開けた。中にはマフラーが入ってあった。青色で、下の方に大きくMと黄色で書かれてある。おそらく誠のイニシャルのMだ。


「ど、どうかな? うまくできてるかわかんないけど、一生懸命作ったんだよ」


 誠は笑みを浮かべて嬉しそうに礼を言った。


「ありがとう、湊。大事にするよ」


「うん!」


 湊も嬉しそうにうなずいた。すると、誠も湊に袋を渡した。


「え? これ……」


「俺からのプレゼントだよ。受け取ってくれ」


「でも、プレゼントは時間って……」


「あれはクリスマスの分。これは誕生日の分だよ」


「兄さん……」


 湊は礼を言って受け取った。中には手袋が入ってあった。赤い暖かそうな手袋。


「兄さん、ありがとう。大切にするね」


 湊は嬉しそうに笑みを浮かべると大切に手袋を抱きしめた。


「ごめんな、湊。俺は手作りじゃなくて買ったからな」


「ううん。いいよ、兄さん。貰えるだけで嬉しいよ」


 湊は手袋を見ると思い出した。


そういえば、誠は誕生日やクリスマスプレゼントはいつも欠かさず渡してくれた。一日も忘れず何かを渡す。


たまに忘れても、すぐに何か買いに行く。いつも自分のことを考えてくれて。


両親がいなくても、憶えていなくても、それを補うかのように幸せな気分にさせてくれる。


だから少しも寂しくなかった。誠がいるだけで、自分は暖かい空間の中に包まれていたのだ。


「兄さん」


「ん?」


 湊は聞こうと思った。なぜ自分には両親の記憶が無いのか。なぜ1つも覚えていないのか。


だが、すぐに口を閉ざした。


「ううん。やっぱりいい……」


「ん? そうか」


 誠は気にすることなく再び夕食に手を着け、2人は楽しいクリスマスを過ごした。




 クリスマスパーティーは無事終わり、誠たちは明日に備えて寝ることにした。


「じゃあ、兄さん。明日の9時から24時間ね。寝坊しないでよ」


「ああ、わかってるよ。寝坊したら延長していいから」


「寝坊しないようにしてよ。じゃあ、おやすみ」


「ああ、おやすみ」


 湊は笑顔で手を振ると自分の部屋に向かった。


誠はため息を吐くとソファに深く座った。


今回も何事もなく終わった。毎年神経を強張らせて何事もないように祈っている。


やはり怖い。ばれたくない。このことを知った湊はどんな顔をするだろうか。


誠はふっと笑みを浮かべた。


「俺のことなんて嫌いになるよな。あんなこと……」


 誠はそっと目を閉じた。


 湊は部屋の中で一つの写真を見ていた。


誠と二人で一緒に映っている写真。二人は家の前で笑顔になって並んでいる。


これを撮ったのは誠が小学4年生。湊が3年生のとき。湊は額に入れて大切に保管していた。


しかし、写真はこれ一枚しかない。他に見たことなかった。


一度小さいころの写真を見たいと言ったが、誠はどこにしまったか忘れたと言って見ることができなかった。


それに、自分には小さいころの記憶がなかった。


なぜだろうか。誰でも、幼いころの楽しかったことやつらかったことなど憶えているはず。でも自分にはない。


覚えているのは3年生のときのことから。それ以前は覚えていない。


忘れているのだろうか。いや、そんなはずない。ましてや、両親との思い出もない。


仕事が忙しく一緒に遊びに行ったことがないと言ってもなにか憶えているはずだ。でもない。


湊はため息を吐いた。


「なんで、私には記憶がないの?」

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