第三章 part7:旅行
誠はあの夜から茜に対して心配するようになった。
あの涙の訳。
それは何だろうか。
本人に直接聞いてもいいのだろうか。
いや、それはよしたほうがいいのかもしれない。
誰しも知られたくない過去や秘密はある。
誠もそうである。
このことは、自分の心の奥底に沈めることにした。
「明日、旅行に行くぞ!」
昼間、3人で昼食を食べているときに誠は大きな声で発表した。
「に、兄さん。いきなりどうしたの?」
「また頭がおかしくなった?」
湊と茜の2人は心配した表情で誠を見ていた。
誠は少しムッとした。
「ちゃんと正常な頭です。それよりも、明日旅行に行くから今日の内に準備しておけよ」
「でも、何でそんないきなり?」
湊は茶碗を持ちながら問い掛けた。
「いや、前から考えてたぞ。夏休みは旅行に行こうって」
それを聞いて茜は笑みを浮かべた。
「いいね、旅行。楽しんできてね」
それを聞いて、誠は疑問を抱いた。
「何言ってんだよ。お前も行くんだぞ」
「え?」
茜は少し驚きの表情になった。
「い、いいの?」
「もちろんだよ。いつからお前は遠慮するようになったんだ? お前も一緒に旅行に行こうぜ」
それを聞いて茜は元気良くうなずいた。
「うん」
ということで、今日一日旅行へ行く準備をすることになった。
そして今日は旅行当日。
晴々として絶好の旅行日和だった。
気温が高く蒸し暑いが、これからの楽しみと比べたら平気である。
すでに準備の出来ている湊や茜は居間で誠を待っていた。
「兄さん、まだ? 早く行こうよ」
「誰よ。昨日の内に準備しておけって言った人は」
2人は不満そうな表情でソファに座って待っていた。
脇には大きなバッグがある。
湊は背中まである髪をポニーテールに結びながら、茜は大きな麦わら帽子を持ちながら誠をじっと見ていた。
「悪い。もう少しで終わるから」
誠は自分のバッグの中に服や遊び道具などをめちゃくちゃに入れ、慌てて準備が整った。
「さて、行くとするか。ん? 茜ちゃんもネックレス着けてるんだな」
誠と湊は茜から貰った十字架のネックレスをつけていた。
同じように、茜の首にも十字架が下がっていた。
「うん。私、十字架好きなんだ」
そこであの女性の言葉が頭の中で甦った。
『あの子も十字架が好きでした。特にネックレスは十字架のものばかりでした』
たしかにあの女性もそう言っていた。
もしかして、茜は……。
誠は一瞬一つの考えが浮かんだ。
あまりにもばかげている考え。しかし、スカイを使えば可能な考え。
しかし、すぐにその考えを否定し、頭から消した。
だからと言っても関係ない。
このままでいいはずだ。
「よし、出発するぞ!」
「おお!」
3人は家を後にすると、そこから駅まで10分くらい歩いた。
太陽の陽射しが容赦なく照りつける。
雲一つない空は吸い込まれそうなくらい綺麗だった。
ちょっとした涼しい風が吹き、木々などがざわめいていた。
そして駅に着くと、電車に乗り目的の駅まで一時間ほど費やした。
しかし、電車の中ではそんなに退屈しなかった。
トランプなどをしたりして暇をなくし、時間が経つに連れて変わる外の景色は心が躍った。
茜はその景色を見て立ち上がるほどだ。
町の中を走った景色、農家が汗を流しながら耕した田畑、大きな山、そして海も見ることができた。
その絶景は飽きることがなかった。
そして目的地に着き、そこからまた歩いてようやくお目当ての旅館に着いた。
「わあ~、けっこういいところね」
湊はその旅館を見上げ歓声を上げた。
誠たちが泊まる旅館は和風の感じがし、小さな建物だが見ためは綺麗だった。
木造建築の旅館の入り口には『ひまわり旅館』という看板が立てられていた。
誠たちは中に入り手続きを済ませると、一つの部屋に入った。
「わあ~、広い~」
茜は部屋の中を見てはしゃぎ回った。
外から見れば小さかったが、中はけっこう広かった。
外には縁側も着いており、景色を眺望できる。
床は畳になっており、茶色の木造のテーブルやテレビ、押入れには布団があった。
ちゃんと三着浴衣もある。
「さて、夕食までにはまだ時間があるな。それまで何する?」
誠は床に座り込みながら2人に問い掛けた。
「せっかくだし、ここら辺を少し歩いてみない?」
「私も賛成!」
湊の意見により、誠たちは散歩することにした。
誠たちは旅館から少し離れ、ゆったりとしたペースで歩いて行く。
ここは少し山の中にあるので、周りは木で囲まれているように見え、少し歩いても見えるのは田畑ばかり。
田舎というよりも、自然的な感じがする。
都会の空気よりも新鮮な空気が肺の中に入ってくる。
「いいところね。来てよかった」
湊はご機嫌だった。大きく背伸びをして、胸いっぱい空気を吸った。
「でも、お金は大丈夫なの? あそこの旅館少し高そうだけど」
茜が誠に少し心配した表情で問い掛けた。
誠は笑みを浮かべると茜の頭に手を置いた。
「子供がお金のことなんか気にするな。今はおもいっきり楽しめ」
「うん」
そしてしばらく歩いていく内に、ある場所に着いた。
「わあ~」
湊は今日一番の歓喜の声を上げた。
そこには大きなひまわり畑が広がっていた。
黄色い大きな花が同じ方向に向き、見渡すかぎりずっと先まで広がっていた。
少し感動を覚えるくらいすばらしい景色だった。
上は薄い青、真ん中が明るい黄色、下は少し濃い緑。
一度目にしたらなかなか忘れることができないくらいの価値があった。
「すごいな」
「……うん」
誠と湊はじっとその景色を見ていた。
そのとき、茜は小さな声で呟いた。
「ここ……来たことがある」
「え?」
2人は茜を見た。
茜は呆然とした表情でひまわり畑を眺めていた。
「ここ、前に来たことがある。たしか、お母さんと一緒に」
そのとき、茜の目が少しずつ潤い始めた。
綺麗な瞳に涙が溜まる。
「茜ちゃん?」
湊はしゃがみこむと、茜の目じりをハンカチで拭いてあげた。
「あっ、ごめんね。湊お姉ちゃん。もう大丈夫だよ」
そう言って茜は無理に笑みを浮かべた。
誠は茜から視線を外すと再びひまわり畑を眺めた。
誠たちは旅館に帰って来ると、自分達の部屋で夕食を食べた。
豪華な食事が運び込まれ、味も文句なしだった。
夕食のメインはすき焼きだった。他にも刺身や茶碗蒸などもあり、贅沢な時間をすごした。
そして日が落ち暗くなると、それぞれ温泉に入ることにした。
すでに灰色の浴衣に着替えてある湊と茜は一緒に入りに行き、誠は帰ってくるまで待っていた。
テレビをつけながら肩肘を頭に乗せ、今日のことを考えていた。
嫌な考えが頭を過ぎる。
いや、別に嫌なことではない。
誠が勝手に思っていることだ。
他の人から見ればいいことなのかもしれない。
しかし、誠にとっては嫌なこと。
誠はテレビを消すと縁側に出て外を眺めた。
そこからは綺麗な星と月が見えた。
数え切れないほどの星は、あのひまわり畑のようだった。
その中にある月。それは茜のようだった。
満月に近い月が異様に眩しく感じられた。
誠はふっと息を吐いた。
「この状況はいつまで持つのかな……」
すると、ドアが開いて湊と茜が帰ってきた。
「ただいま、兄さん。気持ち良かったよ」
「誠お兄ちゃんも入ってきたら?」
2人はタオルでまだ塗れている髪を拭いていた。
風呂上りなので石鹸の匂いが鼻に漂ってくる。
「そうだな、俺も入ってくるか」
誠は温泉に行く準備をすると部屋を後にした。
「ふう~。さっぱりした」
誠は温泉から上がり、部屋に戻っていた。
この旅館は、部屋と温泉までが少し距離があった。
しかし、露天風呂は最高によかった。
湯気立つ湯船に入りながら満面に輝く星を見るのは格別に良かった。
すると、目の前に一人の女性がこっちに向かって歩いているのに気づいた。
その正体は以前に誠に話し掛け、行方不明になったアイドルを捜している女性だった。
手には今から温泉に入りに行くのか、洗面用具などを持っていた。
誠の存在に気づいた女性は、軽く会釈をすると誠も返した。
「奇遇ですね。あなたもあの旅館に?」
「はい。家族で来ました」
「そう。それはいいわね。あ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は秋野時雨といいます。よろしく」
「俺は清水誠です。こちらこそ」
「それじゃ、旅行楽しんでね」
そう言って、時雨さんは行ってしまった。
そこで気づいたのだが、あの人の名字は秋野と言っていた。
もしや、あの秋野茜と関係があるのだろうか。
誠は時雨の背中が見えなくなるまで視線を向けていた。
あの状況ではまだ見つかっていないだろう。
だが、さっきから考えていたことはさらに悪い方向にむかって深くなった。
自分の部屋に戻ると、誠たちは押入れにある布団を敷いて寝る準備をした。
真ん中に茜、その左が湊で右が誠。
電気を消すと右にある窓からの月の光だけが照らしていた。
その光が部屋の中に入り、3人に当たる。
茜は疲れたのか、すでに眠っていた。
湊はその様子を見ながら優しく頭を撫でていた。
誠もその様子を見ている。
すると、茜が寝言を言った。
「お父さん……。お母さん……」
それを聞いて湊はクスクスと笑った。
「今茜ちゃんは、お父さんとお母さんの夢を見てるのかな?」
「そうだろうな。きっと楽しい夢だろうな」
誠もそっと茜の髪を撫でた。
湊はそれを見て小さく笑った。
「こうしていると、何だか家族みたいに見えるね。兄さんがお父さんで、私がお母さん。茜ちゃんが私たちの子供。ふふ、何だかおかしいね」
誠もクスッと笑った。
本当にそんな感じだった。他人が見ればそう見えるかもしれない。
「さて、俺たちも寝るか」
「うん」
誠も湊も仰向けに寝ると、静かに流れる風の音を聞きながら眠りに着いた。




