終活ゴブリン
唾液を嚥下する音が店内に響いた。
「お、オール。よく出来た話だな。お前はそんな形なのに吟遊詩人か何かなのか」
まるで見てきたような語り口のオールに、俺はここがバーの中だということも忘れ周囲を見回してしまった。
そのくらいオールの話は迫真に迫っていた。
「そうだな。まぁ、そんなところだ。ノアよ」
「だが、確かにそんな物語があったとしたら、突然消えてしまったゴブリンというのも辻褄があうが、それならなんでワンなんだ?」
「なにがだ……」
「いやなんでもない」
俺は慌てたように残っていたグラスを飲み干した。
「その話だと、そのゴブリンの子はどうなったのだ?」
「さぁ」
「さぁって」
「いや、俺も知らないから」
「そうなのか」
「ああ、そうだな」
オールはそう言うとニヤリと笑って残っていた酒を飲み干した。
「今日はパールサの動乱記念日。100年に合わせて旧教会は取り壊され、新教会ができた」
「そうだな」
「新教会にはマリアはいないのにな」
「え?」
「なぜ、藩王は教会を取り壊したのだろうか」
「古くなったからじゃないか。確か、立て直すこともできないということだったと思うぞ」
「そうなんだろうな。地下も全部掘り返していたしな。ああ、マスター、うまかった。世話になったな」
オールは突然立ち上がった。
そういってオールは金貨を1枚。カウンターに置いた。
「釣りはいらない」
「ちょっと待って」
俺も慌てて外套を取りに行く。
「おい、オール。さすがにもらいすぎだ。こんな酒場で金貨を出す奴がいるか!」
「ああ、気にするな。もういらないしな」
そうマスターと会話をした後、オールはそのまま酒場を出てしまった。
俺もマスターに銀貨を渡し、その後ろ姿を追いかける。
「ちょっと待って。オール、もう少し話をしないか」
「いや、もう話は終わりだ」
「だが、藩王との約束は教会を」
「ノア。やはり知っていて近づいて来たのか」
そういってオールは嬉しそうに笑った。
そのオールの周囲を待機していた兵が取り囲む。
「ちゃんと4代前の藩王から引継ぎは受けている」
「そうか」
「ならなんで」
「約束だからな」
「もう100年も前のことなんだぞ」
「ああ、たった100年だ」
オールはそう言って、しっかりと俺の目をみつめた。
その瞳には何の感情も浮かんでいない。
そのことに気が付いてしまう。
「ゴブリンは長く生きれば生きるほど、成長をする。ゴブリンを超え、人を超え、そして今の俺は何を超えたんだろうな」
「オール!」
「聞こう、若いの。心を手に入れたゴブリンは人間か?」
その言葉と同時にオールの背後に無数の気配が生まれる。
やがて、あちこちから地響きのような足音と、絶望に満ちた人々の悲鳴が聞こえる。
だが俺は視線をオールから離せない。
全身が震える。
終わりだ。
終わるのだ。
俺は理解してしまった。
その様子を見てオールはやや寂しそうに一度だけ視線を下に落とすと、もう一度、真っ直ぐに俺を見つめた。
「聞こう、若いの。人より産まれた俺は人間か?」
その瞳は妖しくも赤い。
そして新たなゴブリンの王はまるで厳粛な神のように言葉を発した。
「ああ、そうだ。俺は、ゴブリンだ」




