士の道・4
080
翌日の朝一番に、シューティングスターはラッツァの街に戻ってきた。
「艦長、艦長無事!?」
『艦長、御無事ですか!?』
メッティと七海が同時に通信してきたので、俺は戸惑う。
君たち、ポッペンのことも心配すべきじゃないかね。
「ポッペンは無事に決まっとるからな……」
『不安なのは艦長ですよね』
心配のされ方があんまり嬉しくなかった。
俺が溜息をつきながらシューティングスターを出迎えると、艦尾ハッチからぞろぞろ兵士が出てくる。
なんだこいつらは。
あ、顔に見覚えがあるぞ。
「やあ艦長、戦地でまた会えて光栄だ。……もっとも、もう戦闘は終わったようだな」
そう言って苦笑しているのは、パラーニャ陸軍の老将デュバルだ。山岳師団の独立猟兵隊長をクビになった後、王室顧問武官に出世している。
それはいいんだが、なんで王室顧問武官がここにいるんだよ。
あんた、指揮する兵隊はいないだろ?
「デュバル殿、彼らは独立猟兵隊の兵士に見えるのだが……」
俺が困惑した顔で軽く手を挙げると、デュバルは笑う。
「彼らは退役して、今は平和な庭師だよ。王室のな」
「なるほど。名目上は庭師ということにして、あなたの部下として再結集した訳か」
「そんなところだ。陛下からは『裏の庭師』と呼ばれている」
どう見てもこれ、パラーニャ版お庭番だろ。
俺が呆れていると、デュバルは微笑んでから背後を振り返った。
「諸君、もっと機敏に動け! エンヴィランの海賊騎士が見ているぞ!」
周辺の警備にあたる兵士たちに、目に見えて緊張感がみなぎってくる。
最近『エンヴィランの海賊騎士』という概念が、ますます俺の手を離れて一人歩きしているようだ。
まあいいや。
デュバルが連れてきた『庭師』たちは総勢百五十名。住民の協力を得て、当面は警備と山狩りに従事するという。残党がいるかもしれないからだ。
これで本当に一安心できるな。
俺はメッティに向き直ると、にっこり笑った。
「受験できたか?」
「う、うん。……あの、合格したかって聞かへんの?」
王立大学といっても規模は現代日本の大学よりずっと小さいので、受験の結果はすぐ判明する。
だが俺は笑ったまま、こう答えた。
「受験できたのならそれでいいんだ。そこから先はお前の人生、お前の問題だ。お疲れ様、メッティ」
「うわ、そない信頼されると重圧感じるなあ……。あ、もちろん合格しとるで」
ニッと笑うメッティ。
そりゃそうだろう。こいつがこの一年間で勉強した内容、数学も理科も現代の高校レベルだぞ。
数学は王立大学で学ぶ内容と同水準だし、理科に至っては遙かに先を行っている。
そして語学やら史学やらについては、もともとメッティは一流だ。
メッティはにんまり笑うと、こう続けた。
「せやけど、私が首席合格やっちゅうのは予想しとらんかったやろ?」
「……それはさすがにな」
この子ったら凄い。パラーニャに一つしかない最高学府に首席合格しちゃったよ。
保護者として鼻が高いぞ。
「さすがは俺たちのメッティだ。よくやった」
「『俺たち』って誰やねん」
「もちろん、シューティングスターの面々だ」
たぶん七海もポッペンも喜んでるぞ。
「ちゃうやろ、そこは『俺の』メッティでええねん!」
なぜか怒られた。難しい年頃だ。
* * *
俺たちは後のことをデュバル王室顧問武官に任せ、シューティングスターで首都へ飛ぶ。今回の件を王室に報告しておきたかったからだ。
俺が行って王の側近に事情を説明すると、王様はいつものように恐ろしく気さくに面会してくれた。
「海賊騎士よ、またしても大活躍をしてくれたな!」
フェルデ六世は、とてもいい笑顔だった。
「ベッケン公国に対しては、パラーニャ王国としても正式に抗議をしておこう。ベッケンの息のかかった船も我が港に出入りしておるようだし、かの国の不作法、見逃してはおけぬ。先王の代に結んだ和平条約にも違反しておる」
まさか戦争する気じゃないよな?
するとフェルデ王はニヤリと笑い、こう続ける。
「ベッケンに対して和平条約の遵守を求め、ついでにライデル連合王国への侵攻をやめるよう圧力をかけるとしよう。これでライデルに恩が売れるであろうな」
王様あくどい。
だがベッケン公国は「公国」という名前から受ける印象に反して、パラーニャ王国より国力がある。パラーニャの言うことを聞くかどうか怪しい。
「だが王よ。ベッケンがそんなに素直に手を引くかな?」
「引くであろう。『エンヴィランの海賊騎士』を敵に回せばどうなるか、連中は思い知ったはずだ」
王様ますますあくどい。そしてちょっと図々しい。俺の名前をまんまと利用された形だ。
だが他国の艦隊がエンヴィラン島の周りをうろつくようになると俺も困る。
しょうがないので、王様にはこのまま好きにやってもらおう。
フェルデはニコニコしながら、さらにこう続ける。
「無論、ラッツァの民には十分な補償をしよう。領主にも領民の救済を命じているが、王室からも継続的な支援を行う。そなたの奮闘を無駄にはできぬからな」
そう言われちゃうと全部許せてしまう。
この人、俺の扱いが巧いな。やはり王様やってるだけのことはある。
王は俺にこんなことを言ってきた。
「今回のそなたの働きに何か褒美を取らせたい。もっと正確に言えば、王室からの感謝の意を受け取ってもらいたい。何か望むものはないか?」
そう言われましても……。
正直に言えば金が欲しいが、金を要求するとこの王様が露骨にガッカリすると思う。
だから俺は全てを諦め、遠い目をする。
「……何もない」
案の定、フェルデ王はとてもいい表情をした。
「さすがは高潔の英雄、海賊騎士だ」
あんたが俺に言わせてるんだよ! そんなキラキラした目でこっちを見るな。
「だが海賊騎士よ、例えば……そう、そなたの部下の少女。メッティ・ハルダと申したな、あの者への奨学金などでも良いのだぞ?」
「必要ない。メッティはまだ年若いが、己というものをよくわきまえている。自分の力で手に入れた物以外、彼女は見向きもしないだろう」
俺はそう言って、ついでにもう一言言っておく。
「俺が最近ここに来なかったのも、受験が終わるまで控えていたからだ」
「おや、そうだったのか。なぜだ?」
「もし俺があなたに頼めば、あなたはメッティを王立大学に無試験で入学させてしまうだろう。俺はそんなことは頼まないが、周囲から余計な邪推をされたくない」
コネ入学だと思われたらメッティの名誉に関わる。
王は深くうなずき、腕組みをした。
「否定はできぬな……。そなたの頼みは断れぬし、それぐらいは造作もないことだ」
でしょ? 王立大学のオーナーなんだから。
俺はメッティが自分の力で道を切り拓いていく子だと信じている。
だからなるべく迷惑はかけたくないし、余計なこともしたくない。
だが国王は少し不満そうだ。
「とはいえ、そなたが領内の敵を平らげてくれたのは事実だ。何か報いねば我が王室が恩知らずと笑われよう。何かひとつでも良い、望みを申してはくれぬか?」
そう言われても、金銭以外に欲しいものなんてないぞ。
俺は腕組みして考え込み、それからふと大事なことを思い出した。
「……それなら、ベッケン兵たちの弔いをしてやって欲しい。ラッツァの民は快く思わぬだろうから、あくまでもひっそりとな」
案の定、フェルデ王は眉間にしわを寄せた。
「それぐらいは簡単なことだが、なぜだ? 彼らは敵国の兵、しかも兵士としての任務を捨てて山賊となった見下げ果てた連中だ。彼らの為に祈る聖句などあるまい?」
俺は小さく溜息をつく。
「彼らとて、無事に帰国できていれば山賊になどならなかっただろう。そしてベッケン公国の民として平和に過ごしたに違いない。パラーニャ領に迷い込み、孤立無援にならなければな」
彼らに罪があるとすれば、山賊になったことぐらいだが、他に方法がなかったからだというのは想像がついた。かつての敵国であるパラーニャに降伏するのは、かなりの勇気がいる。
この世界、捕虜の扱いはあまり良くない。降伏しても殺されることがある。人権や人道といった言葉が存在しない世界だ。
だから俺は無理を承知で国王に頼み込む。
「俺の故郷では死者をホトケと称し、丁重に扱う。すでにベッケン兵たちは掠奪の罪を自らの血で償った。罪を赦し、墓のひとつぐらいは建ててやりたい」
「そなたがそこまで言うのなら、私もむげにはできぬ。ベッケンとの交渉にも役立つであろうし、慰霊の碑を用意しよう」
フェルデはそう即答し、ついでにニヤリと笑ってこう言った。
「そなたの戦いぶりを称える碑文を刻み、戦勝記念碑も兼ねるようにすれば、ラッツァの民も決して悪くは思うまい。歴史に名を遺す街となるのだからな」
さすが王様、軋轢を生まずに物事を処理するのがうまい。ちょっと照れくさいけど。
死んだベッケン兵たちに今さら何をしても届くことはないだろうが、それでも供養しないよりはマシだろう。俺は少しホッとして立ち上がる。
「感謝する、王よ」
「そこは『友よ』と言って欲しいものだな、艦長」
なんでそんなにフレンドリーなんだろう、この人。
でも王様に親しくしてもらうのは悪い気がしないので、俺ははうなずく。
「……感謝する、友よ」
「うむ」
フェルデ王はグッと表情を引き締める。真面目な人だ。
俺は生真面目な友に微笑みかける。彼にしばしの別れを告げると、俺は歩き出した。
うちの子の入学手続きしないとな。
※次回更新は木曜日です(短いので)。




