士の道・2
078
パラーニャ王立大学の入試前日、シューティングスターはエンヴィラン島から出航した。
俺は戦闘指揮所で仁王立ちになり、腕組みして叫ぶ。
「最大巡航速度で首都ファリオ郊外に向かえ!」
七海が困ったような顔をして、それでも笑いながらびしっと敬礼してくれた。
『了解、首都ファリオを目指します。最大巡航速度!』
ふと振り返ると、メッティも苦笑いしている。ポッペンもたぶん、あの感じだとそうだろう。
「何か?」
「いや、艦長のそういうとこもええなあって」
メッティが頭を掻くと、ポッペンも楽しげな声で言う。
「艦長はとにかく、他人事になると自分の事よりも熱心になるからな。実に面白い男、まさに好漢だ」
お前ら、受験を甘く見るんじゃない。
俺は前に視線を戻し、七海に問いかける。
「航路と現地の気象情報を」
『いや、調べようがないのでわからないです……。エンヴィラン島での定点観測から推測すると、途中で低気圧と遭遇しそうですが』
「いかんな、何かあれば入試に間に合わなくなる。落雷とか」
『落雷の直撃ぐらいなら耐えられますし、そもそも本艦には荷電避雷装置が搭載されていますよ?』
よくわからんが、とにかく用心に越したことはないぞ。
いつもなら航海中は艦長室で昼寝したり、士官食堂でみんなとお茶したりするのが日課だ。
だが今回は万全を期す為、戦闘指揮所で待機することにした。
「七海、何か異変があればすぐに報告してくれ。メッティは休養だ。今から無理に暗記するより体調管理の方が重要だからな。山岳地帯に入ったら、ポッペンは哨戒飛行を行ってくれ。気象の変化はお前が一番敏感だ」
なぜかメッティが溜息をつく。
「艦長は、ほんまに心配性やなあ……」
「いいから船室で休んでろ。あ、ミオのとこで焼いてもらったパンがあるぞ。ドライフルーツ入りの甘いパンだ。士官食堂の食料棚の上から二番目に入ってる」
「はいはい、おおきに。艦長のそういうとこ好きやで」
メッティに笑われてしまった。
メッティとポッペンを退出させた後、俺は腕組みをして艦長席に陣取る。
七海が俺を見て、ふっと微笑む。
『艦長は本当に優しいんですね』
「優しいのとは、ちょっと違うな。これは俺の憧れだよ」
去年、メッティは自分の受験よりも人質の救出を優先した。しかも奴隷市場に自らも乗り込み、通訳を引き受けてくれた。
あれこそ真の英雄、誠実で勇敢な人間の鑑だ。
だから俺はメッティを尊敬しているし、今度こそ彼女の力になりたい。
そんなことを七海に説明する。
七海はふむふむとうなずき、ますます楽しげな表情になった。
「やっぱり優しいんですね」
そうじゃねーよ。お前、俺の話を聞いてたか?
もし今度、メッティが受験できなかったら困る。
善人には良いことが起きてくれないと嫌だし、悪人には相応の裁きが必要だ。
現実がそうじゃないことぐらい知っているが、俺はそうなるように努力したい。
これ以上、理不尽なものは見たくないんだ。
だから今回は万全を期して、絶対にメッティを入試会場に送り届ける。
そこから先は彼女の戦いだ。勝敗は彼女が決めればいい。
……というようなことを、つらつらと語って聞かせる。
するとまた、七海の頭上に「きらりん」と星のアイコンが光る。
『私はやっぱり、艦長が艦長で良かったと思ってます』
「なんでそんな話になるんだ」
『いやいや、いい拾いものをしましたよ私は』
ぐふぐふ笑っている七海が気持ち悪い。
俺が溜息をついたとき、ポッペンが戦闘指揮所に入ってきた。
「艦長、前方の街で戦闘が発生している。人間の集団同士の銃撃戦だ」
「なんだって!?」
くそ、冗談じゃないぞ。
俺はすぐに偵察機隊を発進させ、詳細な情報を得る。ポッペンが肉眼で見たものは記録されないし、彼は人間の文化や社会には疎い。
モスキート偵察機によって、すぐに続報がもたらされた。
「ベッケン公国の兵隊やな」
戦闘指揮所にやってきたメッティが、ライブ映像の銃撃戦を見ながらうなずいた。
「パラーニャの東にある大国、ベッケン公国の陸軍制服や。前に見たことある」
七海がメモをめくりながら、ふんふんとうなずく。
『ベッケン公国というと、かなり前にパラーニャとの領土問題で戦争になった国ですね』
「せやで。先王様がメチャクチャ強かったから、ボコボコにしたったんや。おかげで今はパラーニャとの争いは避けとる。ライデル連合王国にはちょっかい出しとるみたいやけど」
俺は首を傾げた。
「じゃあ何で、ベッケンの軍隊がこんな山奥の街を攻撃してるんだ?」
「さあ……?」
隣国の軍隊が侵攻してきたのに、情報が伝わってこない。ネットもテレビもない世界ってのは不便だな。
まあいい、それよりも目の前の戦闘を終わらせる方が先決だ。
「七海、ベッケン兵を撃退しろ」
『了解しました!』
七海はビシッと敬礼した後、こう続ける。
『街に被害を出さないように、ですね?』
「お前もわかってきたじゃないか」
『えへへ。あ、でも必要ないみたいですよ』
なんで?
俺が問う前に、七海が報告する。
『敵勢力、後退していきます』
画面に表示されたのは、こちらを見上げながら慌てて逃げていくベッケン兵たちだった。
どうやらシューティングスターの噂は、隣国にも伝わっているようだ。
その後、俺たちは山奥の街に降り立った。周囲を山々に囲まれた、緑の豊かな土地だ。
街の名はラッツァという。百数十戸ほどの家々が、開拓された農地の真ん中に密集している。人口は千人ぐらいだろう。
出迎えてくれたのは領主の代官だという騎士階級の老人と、不安そうな街の人たちだった。みんな猟銃や大鎌などを持ち、疲れ果てた表情をしている。
代官の老人はポワーレと名乗った。長大なマスケット銃と白いヒゲが立派だが、ヒゲの先が少し焦げている。
「救援に感謝いたします。昼前から攻撃を受けておりまして、もう火薬も弾も底を尽くところでした。あなたが噂の『エンヴィランの海賊魔王』ですか」
惜しい、ちょっと違う。
代官の横にいた息子らしい中年男性が、首を横に振る。
「父上、そうじゃないですよ。『エンヴィランの海賊騎士』です。確か、内海の海賊たちを狩り尽くし、今では陸の悪党たちも片っ端から滅ぼしているとか」
それも違います。
代官がうむうむとうなずく。
「王室の恩人、国王陛下の親友としてどのような地位でも望めるのに、無位無官のまま悪と戦い続ける流浪の英雄と聞き及んでおります」
もう全然違う。誰だそいつは。
パラーニャの人はすぐに話を盛るから困る。
俺は首を横に振り、話を先に進める。
「そんなものは噂に過ぎない……。それよりも、ベッケンの軍がなぜここに?」
「おお、そのことですが。実はあやつら、山賊化した敗残兵なのです」
なんでこんな場所で山賊やってるの?
俺はこの間、北にあるライデル連合王国に行っていたが、どうやらその後にベッケン公国軍が侵攻してきたらしい。
ゾンビパニックで軍が壊滅状態になった南ライデル領を、「治安回復」の名目で支配しようとしたようだ。
だが例のブラッドギア……じゃなかった、天宮狩真がいたので、ベッケン軍はズタボロに撃退されてしまったという。
ここまでは行商人たちの噂だ。
「しかしどうも、間違ってパラーニャに入り込んだ連中がいたようです」
大半のベッケン兵は本国に退却したが、間違ってパラーニャ側に逃げ込んだ部隊がいたようだ。山がそのまま国境になっているので、この手のミスは起きやすい。
パラーニャの山岳地帯を徘徊しているうちに彼らは山賊化し、この山奥でパラーニャの集落を襲撃しているという。
ポワーレは焦げたヒゲを震わせる。
「あやつらのせいで、近くの集落が三つもやられました。襲われた領民の多くは何とかラッツァまで逃げてきましたが、殺された者もいるようです。何より家畜も穀物も奪われ、来年からの暮らしがままなりません」
「領主や王の軍隊は?」
「首都ファリオへ救援を求める早馬を出しましたが、戻ってきました。外部への橋は全て落とされているそうです」
さすが軍隊、手際がいい。かなり本格的な攻撃だな。
連中はシューティングスターを見た瞬間、何も奪わずに退却した。
深い森の中に隠れているが、七海の対人センサーからは逃げられない。街を包囲する形で、百人以上の兵士が潜んでいる。
マスケット銃兵は少数ではそれほどでもないが、さすがに百人以上いると恐ろしい戦力だ。
街の人たちは家屋を盾にして猟銃や弓で応戦し、地の利と数の力でなんとか持ちこたえていたようだ。
幸い、連中が再び襲ってくる気配はない。
『シューティングスターがここに停泊している限りは、敵は手出しできないでしょうね。彼らの目的は掠奪ですから、命と引き替えにしてまで攻撃するはずないですよ』
七海がそう分析したが、状況はあまり良くない。
「だがあいにく、俺たちは明日の昼前までに首都ファリオに着いてないといけないんだ」
するとメッティが俺を見上げる。
「せやけど、ラッツァの街の人たちを見捨ててはおけへんやろ?」
「まあな……」
そこで七海が提案する。
『五百五十ミリ湾曲光学砲で、周辺の山林を完全に焼失させましょうか? 結果的に敵は全滅すると思いますが……』
「里山を焼いたら街の人たちが困るだろ。街まで燃えそうだ」
それに山の斜面の木々を全て焼くと、いずれ土砂崩れが起きかねない。
俺は溜息をつき、それから少し考えた。
なんでこう、世の中ってのは理不尽だらけなんだ。
メッティが何をしたっていうんだよ。受験ぐらいさせてやれよ。大人の事情で子供の未来を奪うんじゃねえ。
だんだん腹が立ってきたぞ。
よし、決めた。
「七海、艦長命令だ。ただちに首都ファリオに向かえ」
『了解しまし……え? いいんですか?』
敬礼しかかった七海が、目をぱちぱちさせる。
もちろんメッティも俺にしがみつく。
「あかん! 街の人たちを見捨てたらあかんやろ! もう受験なんかええねん、来年でも再来年でも……」
俺はメッティの頭をくしゃくしゃと撫で、それから笑いかける。
「子供がそんな心配をしなくてもいい。ここは大人が頑張るところだ。そうだろう、ポッペン?」
俺の信頼する男は、どこを見ているのかわからない顔でうなずく。
「無論だ。未来は子らの為にある。それはソラトビペンギンも人も変わらない」
「そうこなきゃな」
俺はうなずき、メッティに言った。
「俺とポッペンはここに残る。だからお前は入試を受けてこい」
「え? な、なあ……それって……」
不安そうな顔のメッティに、俺は親指を立てて笑う。
「街は俺たちが守る。何も心配するな」
俺の安請け合いも、だんだん気合いが入ってきたな……。




