英雄伝「死の狩人」
※本日は2話(第69・70話)更新しています。
070「死の狩人」
ライデル連合王国の南ライデル領に、隣国ベッケン公国の軍旗が翻る。
南ライデルを守るはずの軍隊は、ゾンビパニックによって壊滅的な損害を受けていた。残った部隊も各地の治安維持のために分散しており、廃村となった地帯を守る戦力は存在していない。
ベッケン公国の軍は、マスケット銃兵を主力とする戦列歩兵部隊だ。隊列を組み、南ライデルの土を軍靴で踏みしめていく。
南ライデルの首都を目指し、侵略者の群れはこのまま前進を続けるかに思われた。
だがそのとき、隊列の前進が停止する。
前方に異様な人影を発見したからだ。わずか一人だったが、その周囲には先遣隊の骸が転がっている。
ベッケン貴族将校の一人が、ベッケン訛りのあるライデル語で叫ぶ。
「貴様、何者だ!」
暗く沈んだ、血のような深紅のシルエット。全身を隙無く覆った甲冑の戦士は、大軍を前にしても全く動じていなかった。
「私か?」
深紅の戦士も、妙な訛りのあるライデル語で応じた。
「私はライデルの『死の狩人』。またの名を」
戦士は不気味なポーズで身構える。
「ブラッドギア」
次の瞬間、ベッケン貴族将校が指揮刀を振った。
「邪魔だ、撃て!」
その号令に従い、マスケット銃兵たちが一斉に射撃する。豪雨のような弾丸。
しかし硝煙が冷たい風で流れ去ったとき、深紅の戦士は相変わらずそこに立っていた。傷ひとつ負った様子はない。
ベッケンの貴族将校も兵卒も、驚愕に目を見開く。
「なっ……!?」
「た、隊長!? なんですか、ありゃ!?」
深紅の戦士は掌の上で鉛玉を転がし、それをブドウの粒のように握り潰す。
「機関砲の掃射に慣れてしまうと、前装銃のラウンドショットは逆に避けづらいな。遅すぎる」
「お前は何を言っている……?」
貴族将校は目の前の光景が信じられず、兵たちに弾込めを命じることも忘れていた。
深紅の戦士は再び身構えると、こう言い放った。
「今すぐ退却するのなら、今回は追撃しない。私は人類全てを愛する科学者だ。科学は慈悲によって運用されるべきだと考えている」
「だから何を言ってるんだ、お前は!?」
全く噛み合わない会話に、ベッケンの貴族将校は苛立つ。
「相手はたかが一人、恐れるに足りん! 銃が通じないのなら銃剣刺突で決着をつけろ! 白兵戦用意!」
深紅の戦士は小さく首を振る。
「時間と生命の浪費だ。賛成しかねる」
「お前の意見など聞いとらん!」
激昂する貴族将校を、深紅の戦士は指さした。
「では慈悲ではなく、暴力で解決するとしよう。お前たちなど、ダークギアやシューティングスターの力を借りるまでもない」
深紅の戦士が指をパチンと鳴らすと、倒れていたベッケンの先遣隊兵士たちが起き上がる。
たちまち、ベッケン軍本隊の兵士たちが恐慌をきたした。
「えっ、ええっ!? 嘘だろ!?」
「うわあああ!?」
「胸に風穴開けられてんのに、どうやって動いてるんだ!?」
恐慌状態のベッケン歩兵たち。
一方、深紅の戦士だけは血まみれのまま銃剣を構えるゾンビたちを見て、満足げにうなずいている。
「なるほど、艦長の言葉通りだ。私を人間だと認識できていないのか。これはなかなかに探求心を刺激されるな」
ゾンビに囲まれて落ち着き払っている深紅の戦士を見て、ベッケンの兵士たちが怯えている。
勝手に発砲する者、信じる神に祈りを捧げる者、中には逃げだそうとする者もいた。
逃げる者は後方の督戦隊に背中から撃たれ、地面に倒れる。大混乱だ。
しかし深紅の戦士は敵の混乱など全く気にしていない様子で、ベッケン軍の隊列を指さした。
「さて、実験の後始末をしようか。……行け」
深紅の戦士は亡者の軍勢に攻撃を命じると、自身も土を蹴って突撃を開始した。




