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脇役艦長の異世界航海記 ~エンヴィランの海賊騎士~  作者: 漂月
第9章(全8話)

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死の狩人・6

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 バフニスク連邦軍は、七海の世界におけるソビエト連邦に相当する。成立や歴史にはいろいろ違いがあるようだが、七海の世界の日本とはやっぱり冷戦中らしい。

『バフニスク連邦軍は、東側諸国の盟主ですからね。そりゃあもう強いんですよ』

 薄暗いコンクリートの廊下を歩く俺たちに、七海が何度も同じ話を繰り返している。



『日本は西側諸国の先鋒として、日本海を隔てて睨み合いを続けていました。もちろん、我が日本の戦略護衛隊の装備と練度は世界屈指ですよ』

 得意げに胸を張る七海。だがすぐに一転して、暗い声になる。



『でも何回シミュレーションしても、開戦とほぼ同時に国土の大半が焦土にされてしまうんです。そのため国土防衛は困難と判断され、開戦を回避する抑止力として九七式重殲滅艦を量産していました』

 後戻りできない感じが凄い。

 俺の世界は冷戦が終わったので、しばらくは安泰だろう。元の世界に帰った俺が、バイクで暴走するモヒカンと傾いたビル群を眺めることはなさそうだ。



 俺はふと気になって、狩真にまた尋ねる。

「狩真の世界では、冷戦は終わったか?」

「ブラッドギアと呼んでくれないか、ダークギア」

 今の俺たちはまた、あの恥ずかしい格好に変身しているのだった。

 建物内部にはやはり監視カメラや物騒な警戒装置が仕掛けられており、俺たちはスーツの力でそれを突破している。



 俺は飛んできた機銃弾をぞんざいに避けながら、もう一度問う。

「ブラッドギアの世界では、冷戦は終わったのか?」

 狩真はブラッドギアの専用装備らしいニードルガンを抜き、バシュバシュと極太の針を射出する。



 機銃を沈黙させた後で、狩真は答えた。

「冷戦は終わった。しかしそれは新たな対立の始まりに過ぎなかった。バシュラン化を治療することは未だ不可能なものの、医療の進歩によってバシュラン化ウィルスの致死率がほぼゼロになったからだ」

 あ、なるほど。俺はうなずいた。



「この医療水準が低い世界では、バシュラン化に耐えられる者が少ない。だが全員が生存してバシュラン化する世界では、それによる社会問題が起きそうだな」

「その通りだ。バシュランが大量に存在し、市民権を有したまま社会復帰する時代が到来した。各地の紛争や差別に、人間とバシュランという新たな対立軸が加わったのだ」

 お前の世界もだいぶアレだな。



 普通の人と吸血鬼の対立。

 その中に、さらに「吸血鬼化を望む普通の人」や「元に戻りたい吸血鬼」も加わる。彼らに対する態度の違いで、また対立ができる。

 中には吸血鬼たちを利用して敵対者を滅ぼし、その後で吸血鬼を滅ぼそうとしている人間もいるという。



 さらにこれが、人種差別や宗教対立とも絡み合う。狩真は溜息をついた。

「ある国に殺人鬼のバシュラン、それも不法移民だけを狙うバシュランがいた。それを不法移民たちが正当防衛の結果として殺害したが、これが原因で暴動と深刻な迫害が起きた」

「どうなったんだ?」

「バシュラン絶滅主義や移民排斥などで人々の意見が割れに割れ、殺人鬼が殺した以上の犠牲者が出ている。二年ほど国家非常事態宣言が出たままだ」

 かなりややこしい状態になっているようだ。



 狩真は額に手を当てる。

「だがバシュラン化によって得られる利益を考えれば、対立などせずにさっさとバシュラン化してしまえばいいのだ。自明の理なのだが」

 なんで?

「バシュラン化すれば寿命が延び、一生の間にできることが飛躍的に増える。研究でも芸術でも、十分に発展させてから後継者に委ねることができるだろう。その利益は他の損失を埋めて余りある」



 そう考えると結構いいな。北斎やモーツァルトが百歳になったときの作品を見られると思えば、確かに興味が湧いてくる。

 でもやっぱり無理だ。ほとんどの人は、吸血鬼になるのは怖がる。



「そうは思うが、なかなか賛同は得られないだろうな。多くの人は研究者でも芸術家でもない」

 俺が苦笑すると、狩真は強い口調で俺に訴えてくる。

「だが生来の体の弱さを克服し、多くの人が平等なスタートラインに立てる。長寿と健康。これなら全ての人が受ける恩恵だろう?」



「いや、それでも多くの人は変化を恐れる」

「なぜだ?」

「お前ほど賢くないからだよ、ブラッドギ……いや、天宮狩真」

 俺は立ち止まると、傍らの相棒を見つめた。



「お前は頭がいい。だから遙か先まで見通せる。だが凡人たちはそんなに先まで見通せない。理詰めで説明されても、感情が納得できないんだ」

「む……。それは確かに、実感することがあったな」

「だろう? 頭が良すぎると世界の見え方が違う。鷹の見る景色をニワトリに理解させることはできないよ」



 俺も凡人だから、それはよくわかる。

 俺の知ってる「頭のいい人」といえばシュガーさんだ。あの人も頭が良すぎて、ときどき何を言ってるのか全くわからないことがあった。



『靴下の柄って、なんであんなにいろいろあるんだろう。困る』

『シュガーさんが何言ってるかわかんないんだけど』

『全部無地にして同じ色にすれば、片方無くしても運用できるのに』

『靴下はそうそう無くさないと思うよ、シュガーさん』

『でも出かけようとすると、どうしても柄が合わないんだよ。こういうのは法律で規制した方がいい』

『自分で同じ柄のヤツいっぱい買えば?』

『うん、そうしてる……』



 ふとそんなチャットを思い出したが、これは頭の良さとは関係ない気がするな。あの人が妙に抜けてるだけだ。

 とにかく、知識や経験が違えば世界の見え方が違ってくる。

 どれだけ言葉を尽くして説明したとしても、本当の意味で理解してもらうことは難しい。



 だから俺は狩真に言う。

「凡人代表として言わせてもらうが、頭のいい人間が凡人に歩み寄っていかないとダメなんだよ。逆はできないからな」

「それはそうだが、知性が低い方の都合に合わせるのは理不尽じゃないか?」

「何を言っている」



 俺は溜息をついて、愚者代表としてもう一言言わせてもらった。

「腕力の強い人間が暴力を使って好き勝手したら理不尽だろう? それと同じで、頭のいい人間が好き勝手する方が理不尽なんだよ。どちらも同じで、弱者にとっては恐ろしいんだ」

「なるほど……。そういう考え方はしたことがなかったな」

 してよ。頭いいんだから。



 すると狩真も溜息をつき、こう答える。

「どうやら真の知性を備えているのは君の方だな。会ったときからそんな気はしていたが、私にはとても敵わない」

「冗談はよせ」

 自慢じゃないが、学校の成績も職場の勤務評定も平凡そのものでした。凡人オブ凡人だ。



 狩真は真面目な口調になった。

「だが君の今の言葉のおかげで、襲牙の言葉が今やっと理解できた」

「彼は何と?」

「『社会は急激な変化を受け入れることができない。急激な変化を起こせば必ず、多くの人々が反発する』とね。だから彼は、強引なバシュラン化には反対していた」

「彼の言う通りだな」



 すると狩真はふと、俺を振り返った。

「君は不思議な男だな。君は間違いなく聡明な側の人間なのに、ごく普通の人の心理、恐れる民衆の心理をよく理解している」

 俺は廊下を歩きながら、前方に見えた監視カメラに『マスターキー』を投げつけた。見事に命中し、監視カメラが機銃ごと落下する。



 手斧を拾い、俺は笑う。

「知性に限らず、生まれつきの強さや努力して得た強さは、その人の中では『当たり前』になっている。だからみんな、自分の強さには気づかない。それがどれだけ他者に恐れられているかなど、想像もできないだろう」

「君は違うと?」

「もちろん」



 俺は次の監視カメラに手斧をぶん投げる。

「シューティングスターにしても、このバシュライザー改……」

「バシュカイザー」

「……バシュカイザーにしても、他人から借りた力だ。俺のものじゃない。だからこそ、力を得た瞬間には恐怖する。持たざる者だからこそ、その力の値打ちがよくわかるのさ」



 狩真がうなずく。

「なるほどな。急激な変化を経験することで、より客観的な判断ができるということか」

「慧眼だな、狩真」

「ありがとう。だが私はブラッドギアだ」

 そこ、そんなにこだわる必要あるか?



 そして狩真はフッと笑い声を漏らす。

「だがそんな君も、君自身の強さにはまるで気づいていないらしい。それが結果的に君の持論を証明しているというのが、実に面白いな」

「俺の強さ?」

「そうとも」

 なんでそんなに嬉しそうなんだ。



 俺たちはどうでもいい話をしながら、ようやく基地地下施設の最深部にたどりつく。

『艦長、じゃなくてダークギア。そのハッチの向こう側が飛空艦格納庫だと思われます。警戒してください』

「わかったけど、俺はダークギアじゃなくて艦長だ」

 これ以上呼称を増やされると、俺の方が覚えきれない。



 俺はハッチ横の無骨なパネルを開き、古めかしいボタンに触れる。

「開けるぞ」

「ああ」

 俺は狩真とうなずき合い、ハッチの開閉コードを入力した。


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― 新着の感想 ―
自分だったら血とミルクしか接種できない人種になって100年以上生きたいとは思わない、かな。
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