死の狩人・4
066
天宮狩真が差し出したベルト状の機械を、俺は不安な気持ちで見つめる。
これ装備したら吸血鬼化しない?
ちょっとお断りしたい気分なので、なんかうまい言い訳を考えないと。
「俺に使えるのか?」
しかし狩真は変身を解除して、ぐぐぐっと俺に近づいてきた。
「それを確かめておきたい。今のニドネという女性の話を聞いた以上、それは私の義務だ」
どういうこと?
質問しようとしたら、狩真のヤツは俺の顎に手を伸ばしてきた。
「動かないでくれ」
「俺に触るな」
スッと半歩退き、彼の腕から逃れる。眼帯型ゴーグルの白兵戦支援機能は実に役に立つ。
だが狩真は不満そうだ。
「君の抗体を一種類、調べさせて欲しいだけだ。バシュラン化ウィルスに対する抗体を持っているタイプなら、感染してもバシュラン化しない。私の世界では十万人に一人以下だが、襲牙もそうだった」
「襲牙?」
あれ、シュガーさんの本名……じゃなくて本当のキャラネームだな。
すると狩真は懐かしそうに目を細める。
「『機関』の陰謀を阻止しようと奔走している男だ。彼とは長らく敵対していたが、今では私の良き理解者、そして親友だよ。あっちはそうは思っていないだろうがな」
俺の知っているシュガーさんとは別人だろうな。違う世界だし。
狩真は綿棒を取り出し、寂しげに微笑んだ。
「このバシュカイザーは襲牙のために私が作ったものだが、彼には不完全なプロトタイプしか渡すことができなかった。きっと苦労していることだろう」
「この完成版を渡す前に、この世界に飛ばされたのか」
「ああ。『機関』の罠にはめられてな。元の世界に戻れない以上、今はこれを誰かに役立ててもらうしかない」
そんなことを言われながらバシュカイザーをチラチラ見られると、俺も断りづらい。
「十万人に一人なら、調べるだけ無駄のような気がするが……まあいいだろう」
「すまないな。すぐ済む」
だからそのねちっこい視線やめろ。
俺は綿棒で頬の内側を擦り、それを狩真に渡す。
彼はいそいそと試薬を一滴注ぎ、じっと綿棒の先を見つめた。綿棒がじんわりと青く染まる。
「……予想通りだ。君はバシュラン化ウィルスに対して完全な免疫がある」
「どういうことだ?」
「君はバシュランに吸血されても平気だし、汚染された土壌からも感染することがない。逆に言えば、バシュランになれない旧人類だな。かつての襲牙のように、バシュランたちの食料庫にされかねない」
「余計なお世話だ」
十万人に一人の割合でしか存在しないレアタイプか。
人生の脇役街道をひっそり歩んできた俺としては、どうも信じられない。ちょっと疑問を呈しておこう。
「俺の世界では、本物の吸血鬼は一人も確認されていない。もしかすると俺の世界の人類は、みんなバシュラン化に対する免疫があるのかも知れないな」
「その可能性は私も考えていたところだ。さすがだな、艦長」
単に自信がないだけです。どう考えても、俺は十万人に一人なんて器じゃない。
しかしそう考えると、俺がこの世界に来たことにも多少の意味はありそうだ。
誰かに呼ばれたのか、それとも偶然迷い込んだのかはわからないが、できることはいろいろあるだろう。
「とりあえず、俺がこのバシュライザー改……」
「バシュカイザーと呼んでくれないか。気に入っているんだ」
やだよ恥ずかしい。
「とにかく、こいつを使用できるんだな?」
「保証しよう。バシュラン化ウィルスに対する抗体の値がこれだけ高ければ、バシュカイザーの培養変異ウィルス注入にも耐えられる」
お前の説明、聞けば聞くほど不安になってくるのを何とかしろ。
俺はベルト型の装備を受け取ると、重い気持ちで腰に巻いた。
「それで、なんと言えば変身できるんだ?」
「『暴装』だ」
なんでそんなパスワードにしたの。
俺を羞恥心で殺す気か。
俺はますます重い気分になりながらも、これを使うことにした。
「生身で軍事基地に乗り込むよりは、お前の珍発明に命を預ける方が幾分マシだろう」
「そう言ってもらえると嬉しい」
もしかして皮肉が通じないタイプなのかな……。
* * *
基地の敷地に接近した俺たちに、七海から通信が入る。
『バフニスク連邦軍のカスピーネンⅡ多脚高射砲が三輌、そちらに向かっています』
「来たか」
俺は変身用インナーの襟を整えると、腰のベルトに目をやった。
なんだかよくわからないけど、頼むぞ。
隣にいるのは狩真とポッペン。二人とも余裕の表情だ。
「君を見ていると襲牙と共に戦った日々を思い出すぞ、艦長」
「よくわからんが、そうだろう? 艦長に任せておけば何も問題はない」
君たち、むやみに俺の前のハードルを高くしないでくれたまえ。
狩真が先に変なポーズで変身を開始する。
「ではいこう……。『神蝕』」
狩真が赤いスーツで覆われていく。
俺もやるか。
俺はベルトに手を添え、心の中で「俺はかっこよくて強いヒーロー……俺はかっこよくて強いヒーロー……」と、何度もつぶやく。
それから半分ぐらいやけくそ気味に、そしてなるべくかっこよく言った。
「『暴装』」
次の瞬間、軽い駆動音と共にインナーが変化していく。全身が黒いスーツに覆われ、顔にはバイザーが展開されていく。でもこれ、どこから出てきたんだ?
疑問に思う暇もなく、あっという間に変身が完了する。
バイザーには妙にカクカクの文字表示。
< 暴装完了 >
< コンディション:グリーン >
どうやら戦えそうだ。
眼帯はスーツの内側にあるので、七海からの通信も届いている。
『わ、わ、艦長カッコイイですよ! すごく!』
「今の俺は、どんな姿だ?」
『船長帽とコートをまとった黒い戦士ですね。ヘルメットが髑髏っぽくて、海賊っぽさが凄いです!』
かっこいいじゃん。
問題は俺がかっこよく戦えるかどうか、というところなのだが。
ふと隣を見ると、赤いスーツの狩真が親指を立てていた。
「襲牙の為に作ったスーツだが、君にもぴったりのようだ。頼むぞ、相棒」
もう相棒にされてる。
でもこいつ、他に日本人と出会ってなかったみたいだしな。寂しかったんだろう。
俺は優しい気持ちになり、親指を立てて応じた。
「任せておけ」
自分でも安請け合いしすぎだと思う。
「さて、では基地内の戦力を掃討するとしよう。狩真」
「この姿のときは、『ブラッドギア』と呼んでくれないか」
「断る」
元の世界ならともかく、いちいち名前変える必要ないだろ。
だが狩真がスーツ越しにもわかるぐらいに落胆しているので、俺は溜息をついた。
「で、俺の方は何て呼ぶつもりだったんだ?」
「ああ、君のスーツは『ダークギア』だ」
勘弁してくれ。
俺はもう一度溜息をつくと、演劇部出身のプライドを総動員する。
「……行くぞ、ブラッドギア」
とたんに狩真の声が弾んだ。
「そうだな、ダークギア!」
なんなのお前。
次の瞬間、俺たちは一斉にジャンプして散った。
ほぼ同時に、俺たちのいた場所が爆炎に包まれる。
『カスピーネンⅡ多脚高射砲の対人榴弾です! 破片当たってませんか!?』
七海の声が聞こえてくるが、スーツにはダメージ表示がない。
直前に着弾警告の表示が出ていたのもあるが、今の俺は単純に動体視力がおかしなことになっている。
飛んでくる破片が全部見えるし、余裕で避けられる。俺の脳は今、どんな状態になってるんだ。
不安になりつつも、俺は七海に短く応答する。
「問題ない」
『カスピーネンⅡ多脚高射砲は短砲身の戦車砲を搭載しています。対人榴弾と対戦車用のAPFSDS弾を使い分けますので、気をつけてください!』
「A……なんだって?」
『進化した徹甲弾だと思えばだいたい合ってます』
高射砲じゃないのかよ。ちょっと性能がいいと、すぐに違うもの撃たせるんだから。
幸い、俺たちはまだ森の中だ。戦車砲でバカスカ撃たれても、直撃はしない。破片だけ気をつけていればいい。
六本脚の気持ち悪い戦車みたいなヤツは、脚にローラーがついているようだ。意外に軽やかな動きで、基地の敷地ギリギリまで寄せてきた。
「今だ、ダークギア!」
「わかった」
嬉しそうな狩真の声に後押しされながら、俺は脚部の筋力強化装置を使って一気に飛び出した。
俺には戦車と高射砲の区別はよくわからないが、とにかくこの手のデカブツは接近戦に弱い。第二次大戦頃の戦車には歩兵の護衛をつけたぐらいだ。
こんなハイテク戦闘車だと接近戦でも簡単には倒せないだろうが、それでも離れた間合いで戦うよりはマシだ。
俺と狩真は、横一列に三輌並んでいる多脚高射砲の間に飛び込む。
即座に砲塔が旋回した。俺たちをロックオンすると同時に、機関砲が火を噴く。
だが当たらない。弾が遅すぎる。
さすがに弾を見てから避けるのは無理だが、今の俺は機関砲の砲口がこちらを向くより先に動ける。
動き続ける俺を捉えることは不可能だ。
そして無駄に放った弾はというと、中央の多脚高射砲に集中していた。
「馬鹿め」
フッと笑う俺の視界に、狩真の赤い影が入る。あっちも無事そうだな。
七海の説明によれば高射砲は戦車ではないそうなので、機関砲の至近弾を当てれば撃破できる。装甲、特に側面や後部の装甲は最低限らしい。
俺と狩真が多脚高射砲の間を駆け抜けた直後、中央の車両が炎を噴き上げて停止した。左右から僚車に撃ちまくられたら、さすがにこうなる。
「ダークギア、残りも片づけるか」
「そうだな、ブラッドギア」
俺たちは拳を握り、親指を立てて笑った。




