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脇役艦長の異世界航海記 ~エンヴィランの海賊騎士~  作者: 漂月
第6章(全8話)

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荒野のレインメーカー・7

048



 シューティングスターが上空にぐんぐん昇っていくのを、ラウドと俺は地上で見送る。

 俺は傍らのラウドに説明した。

「これからシューティングスターは、運んできた空気を雲の高さまで引っ張っていく」

「すると、どうなる?」



「断熱膨張により、空気の中に隠れていた水が姿を現す」

「なんだそれは?」

「説明は省くが、気圧が下がると空気中に雲が生じる」

「さっぱりわからんぞ」

 ラウドが首を傾げているが、それも当然だろう。

 俺もよくわかっていない。



「こう、空気の中の水の粒がだな」

 ラウドのノートにペンで書き込みながら、頭を寄せ合う俺とラウド。

「気圧が下がると、それだけ空気が広がるから……」

「ふむふむ」

 でもこんな説明してるうちに、七海が雨を降らせてしまうな。



「説明は後にしよう。とにかく雲ができる。このとき重要なのが、空気中に漂う微細な埃だ」

『吸湿性エアロゾルが正式な名称ですね』

 七海が上空から通信してくるが、お前の説明は正確すぎてわかりにくいんだよ。



 俺は七海の説明を聞き流しつつ、ラウドに伝える。

「この埃が空気中の水を引き寄せ、細かい水の粒ができる。この水の粒の集まりが雲だ」

 そう言っている間に、上空にもわもわと雲が広がってきた。

 うまくいっているらしい。



 村人たちは突然生じた雲に興奮していた。

「雲だ! ありゃ雨雲だぞ!」

「おお、雨が降る!」

「雨はまだか!」

 まだだよ。



「ラウド、これを読み上げろ」

 俺はラウドにパラーニャ語のメモを渡し、彼らに説明するように促した。

「え? ああ……。なあおい、これ本当か?」

「俺を信じろ」

 これは俺のうろ覚えの知識じゃなくて、七海のデータベースからの情報だ。間違いない。



 ラウドは村人たちに向き直り、緊張しつつもこう告げた。

「まだだ。雲ができただけでは雨は降らない。雨を降らせるためには、雲を凍らせる必要がある」

 村人たちが不安そうな顔をした。

「どうやるんだい?」

「太陽に近づくと、どんどん暑くなるだろ?」



 しかしラウドはメモをチラチラ見ながら、首を横に振った。

「心配するな。上空はとても冷たい。太陽の熱は地上を温め、その温もりが我々を包み込んでいるからだ。上空には地上の熱は届かず、凍てついている」

 時間もないし村人は学生ではないので、気圧の説明とかはざっくり省いておいた。



「艦長の船は今、雲を遙かな高みにまで運んでいる。雲はどんどん冷たくなり、やがて凍りつく。だからもう少し待ってくれ」

 説明の後、ラウドは俺を振り向いて興奮気味に尋ねてくる。

「なあ、この氷晶ってのが水を集めるのか?」

「俺もよく知らん。氷晶は空気に漂うことができないから落下を始める。その過程で合体し、成長して大粒の雪になる。それが溶けて、雨として降り注ぐらしいが……」

 後で七海に説明と図をプリントアウトしてもらおう。



 あ、でも俺にでもわかることがあるぞ。

「氷晶を作るには高さが必要だ。だから上空まで高く伸びた雲、例えば『かなとこ雲』は雨を降らせる」

 するとラウドが目を輝かせた。

「ああ……なるほど! そうか、わかったぞ! ああ確かに!」

 こういうところは、やっぱり学者だよな。



 俺はちょっと嬉しくなり、ラウドにこう言った。

「どうだ、悪くない気分だろう? これが気象学の入り口だそうだ」

「入り口だなんて、とんでもない。俺は今、真理の宝物庫にたどり着いた気分だよ」

 ラウドは興奮しまくっているが、俺は首を横に振って釘を刺す。



「勘違いするな。我々は皆、真理という大海の浜辺で小石を拾っている子供に過ぎないと聞く。知れば知るほど謎は深まり、また新たな発見が続く。それが科学というものらしいぞ?」

「あ、ああ……」

 ラウドは少し冷静になり、表情を引き締めてうなずいた。



「あんたの言う通りだ。研究は果てしなく続く。俺の前に大勢の研究者がいて、俺の後にも大勢の研究者が続く。これからだな」

「そうとも、気象学者ラウド」

 俺は微笑むと、彼の背中を叩いた。



「科学は万能ではないし、唯一の正解でもない。だが少なくとも、生け贄の儀式よりはマシだろう。迷信を終わらせてこい」

「……そうだな」

 ラウドは力強くうなずく。

 立ちこめる黒雲を背景に、ラウドは村人たちに向かって声を張り上げた。



「さあ、今こそ雨をもたらそう! 雨を降らせるのに生け贄など必要ない! これが科学だ!」

 ラウドが振り上げた拳に、最初の一滴が降り注いだ。



   *   *   *



「意外とあっさり終わってしまったな」

 シューティングスターから駆け付けたポッペンがぶるぶるっと身震いし、濡れた羽毛から水滴を飛ばす。

 周囲は数時間にわたって降り注いだ雨で、あちこちに水たまりができていた。

 急造の溜め池にも周囲から水が流れ込み、それなりに泥水が貯まっている。



「艦長。私には麦の育て方はわからんが、これで足りるのか?」

 俺は腕組みをしたまま、堂々と答える。

「俺に聞くな。サボテンを枯らした男だ」



 ポッペンは深くうなずき、それから低く深みのある声で応じた。

「なるほど、大したものだ」

 意味わかってませんよね?

 そもそもお前、サボテン見たことないだろ。



 俺は少し離れた場所で繰り広げられる光景を見つめて、静かにつぶやいた。

「だが少なくとも、この村の物騒な風習は洗い流せたようだぞ」

 ずぶ濡れの村人たちがラウドを担ぎ上げ、おおはしゃぎしている。

「ラウドばんざーい!」

「キショーガクってのはすげえよ!」

「生け贄なんざ、もう必要ねえな!」



 それを見たポッペンは、どこかおかしげにクェクェと喉を鳴らす。

「一時はどうなることかと心配したが、艦長は武勇だけでなく知謀も素晴らしいな。大した策士だ」

「策士は俺じゃなくて、あいつだ」

 恥ずかしくなった俺は、帽子を脱いで髪を整えた。

「あいつが俺を動かしたんだよ」



 ラウドはというと、生け贄にされかかっていたレーニャや、その父親である村長にもみくちゃにされている。

「あんたは娘の、いや村の恩人だ! ずっとここにいてくれ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!?」

「いいや待たんぞ、レーニャが成人するまでいてもらう! 成人したら嫁にもらってくれ!」

「いや、当人の意志を聞けよ!」



 するとレーニャがにっこり笑った。

「お兄ちゃん、ありがとう! 私、お兄ちゃんのお嫁さんになる!」

「待てっての! それ、絶対に一時の気の迷いだから!」

 ラウドは必死にもがいて、俺の方を見る。



「さ、さあもう仕事は終わりだ! 艦長、乗せてってくれ! 帰ろう!」

「ん?」

「いや、『ん?』じゃなくて! 帰りはタダで乗せてくれる約束だろ!?」

 あー、そういやそんな約束したっけな。



 俺はニヤリと笑うと、雷帝の船長帽を被り直した。

「御覧の通り、俺は悪党なんでな。約束など守らんよ」

「おい!?」

「お前はこの村が雨乞いの儀式なしでもやっていけるよう、もう少し手伝え。どうせ暇だろ?」

「いや確かに暇だけど!?」

「心配するな。俺もまた来る」



 気象学者にとっては完全に専門外の仕事だろうが、村の今後のことが気がかりだ。

 ラウドがいれば、村の連中も生贄なんて言わないだろう。

 俺はラウドに背中を向けると、傍らの征空騎士に声をかけた。

「ポッペン、帰るぞ」

「承知した」



 もちろん承知してないのが背後にいる。

「待てこらーっ! この悪党! 詐欺師!」

「詐欺師はお前だ。……いや、もう詐欺師ではなかったな」

 俺は肩越しに振り返ると、かっこつけて軽く手を振る。

「また会おう、気象学者ラウド・メイダス。尊敬する友よ」



 その言葉を聞いた瞬間、ラウドはなぜか急におとなしくなった。

 そして少し誇らしげな顔になる。

「お……おう……。わかった、まあ任せとけ」

 困ったときは、また雨を運びに来るよ。


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