雷帝を継ぐ者・4
039
俺はこのカレンとかいう変な女海賊に、さっさとお引き取り願いたい。女性と争い事はしたくないし、だいたいこいつは賞金首にもなってない雑魚だ。
しかしカレンは俺の予想とは裏腹に、ますます意固地に食いついてくる。
「あたしは海賊よ」
「……お嬢様の海賊ごっこに付き合う気はない」
こいつ、パラーニャ王国の郷士の娘らしいんだよな。貴族とも騎士とも呼びづらい最下級の零細領主の家柄だが、少なくとも平民の出身ではない。
家を飛び出して何やってんだ、ほんとに。
しかし俺の言葉はカレンの何かに火を着けてしまったらしく、彼女はしつこく食い下がる。
「海賊ごっこじゃないよ。正真正銘、本物の海賊よ。舐めないでくれる?」
「……本物の海賊は、もういない」
俺はグラハルドの墓碑を撫でる。
おいおっさん、あんたの手下だいぶしつこいぞ。
カレンは一族の当主ではないので、爵位の類を持っている訳ではない。だが一応、パラーニャの貴族社会の最下層の隅っこに連なっている。
こいつに何かやらかすと、ちょっとまずいことになりそうだ。
ただでさえ、俺たちは規格外の存在だしな。
「小娘に用はない。帰れ」
「だから何で、そんなに邪険にするの!?」
怖いからだよ。
頼むから俺の平穏を奪うな。あと、元の世界に帰る方法も探しに行きたいんだよ。
ここじゃまともな手がかりが見つかっていない。
しかしカレンは憤然とした様子で、腰に手を当てて俺を睨んでいるようだ。七海が転送してきた画像が、俺の眼帯に表示されている。
「こっち向きなさいよ!」
「必要ない」
「あたしなんか、背中向けてても倒せるって言いたいの?」
「そうだ」
うちの無人艦載機が、遙か彼方から対人レーザーの照準を合わせてるからな。
それに近くの草むらには、ポッペンが控えている。〇・二秒あれば、カレンの首でも胴体でも真っ二つだ。
カレンは悔しそうに唇を噛んだが、諦めたように溜息をつく。
「ま、しょうがないか。親父さんが最後の大物と認めた相手だものね」
「……最後の大物?」
なんだそりゃ。
するとカレンは、意外とかわいらしい仕草で肩をすくめてみせた。
「親父さん、もう歳だったの。夜目も利かないし、すぐに息が上がる。走るのもカトラスを振るうのも、めっきり遅くなったって」
おいおい。あのジジイ、信じられないぐらいハチャメチャに元気だったぞ。若い俺が身体能力で圧倒されてたんだから。
若い頃はどんな怪物だったんだ。
でもそれだけに、彼の中では衰えを自覚していたんだろうな。
「だからといって、引退する気もなかった。だから……その、どっかで幕引きを手伝ってくれる相手が欲しかったんだと思うわ」
「……そうか」
「グラハルド一家の他の海賊たちは、船を下りて陸に揚がった。賞金首じゃないヤツは、親父さんが死んだら堅気に戻る。それが親父さんとの約束だったから」
部下たちには、自分みたいな人生を送らせたくなかったんだろう。
あの爺さんメチャクチャなんだもん。
「……なら、お前も堅気に戻れ」
「イヤ」
ここで駄々をこねられても困るんだよ。
いいから帰れ。
おいグラハルド、約束破ってるヤツがいるぞ。何とかしてくれ。
カレンは拳を握りしめて、俺に訴えかける。
「親父さんはあたしの立場に同情して、海賊にしてくれたわ。他に行き場がないの。海賊を続けるしかないのよ」
知らないよ、そんな話されても。
だいたい俺に何しろって言うの、君は?
俺は海賊やる気なんか全くないし、海賊と仲良くする気もないぞ。
「田舎郷士の娘なんて、政略結婚の道具。成金たちが血筋に箔をつけるために欲しがって、貧乏郷士は援助と引き替えに差し出す。それだけの存在よ」
時代が時代だから仕方ないんだろうけど、それはちょっとかわいそうだな。
俺は彼女を追い返すのを一時中止し、話を聞いてやることにする。
「……続けろ」
「あたし以外にも、女海賊は何人かグラハルド一家にいたわ。女が父親や夫の庇護を失ったら、神殿に駆け込むか、娼婦か犯罪者にでもなるしかないの」
イヤな時代だなあ。
神殿に駆け込むといっても、神官にしてもらえる訳ではない。神官たちの身の回りの世話をする雑用係になるだけだ。
私財を持つことは許されず、世間からも隔絶される。衣食住が保証されるだけで、幸せとは程遠い。
でもグラハルドが子分たちに堅気になるよう言い遺したのは、海賊稼業をやらせたくなかったからだろう。
しょうがない、俺があんたの代わりに説得してやる。
貸しだからな。俺が死んだらあの世で返せよ。
「……戻れなくなるぞ」
「構わないさ。身売り同然でどっかの成金に嫁入りするぐらいなら、暴れまくって死んでやるわよ」
なんて頑固な小娘だ。
すると予想外の方向からリアクションがあった。
『なんか、あまり好きになれないタイプですね』
七海がログに割り込んでくる。
『グラハルドはああ見えて理性的で論理的な人物でしたが、このカレンという人物は自暴自棄になって他人を巻き込むタイプだと思われます。危険ですよ』
まあ俺も、同じ船に乗りたいとは思わないな。
でも一応、話ぐらいは聞いてあげようよ。
俺はカレンに問う。
「……そんなに世の中が憎いか」
「憎いね。王国も貴族も、何もかも嫌いだよ。一番嫌いなのは海軍のアホどもだけどさ」
『海軍の悪口は看過できませんね!』
七海がまたログに割り込んでくる。
さっきから何だよ、お前関係ないだろ。
『この人たちが海賊行為を働けるのも、海軍が領海を守っているからですよ? そうでなかったら他国の軍船に撃沈されてます。言ってやって下さいよ、艦長』
やだよ、お前が直接言え。
俺が溜息をついたのを誤解したのか、カレンはますます語気を強める。
「この世の中、強くなけりゃ綺麗事も言えないんだよ! 貧乏人が清く正しく暮らしてたら、飢え死にするしかない。貧乏人のあたしたちが、金持ちから奪って何が悪いのさ?」
一理あるな。パラーニャには社会保障の類が存在していないから、何もしないでいれば餓死一直線だ。
だが七海は受けて立つ気になったらしく、勝手に立体映像を投影してきた。
『カレンと言いましたね。私は七海。艦長の部下で、あの艦の……め、女神?……みたいなものです』
とうとう自分で女神と言い出したか。
カレンはギョッとした表情で七海を見たが、さすがに海賊だけあって度胸は一流だ。すぐさま睨み返す。
「な、なに、いきなり!?」
『海賊風情が海軍の悪口を言える立場じゃないでしょう?』
いいじゃん別に。言わせてやれよ。
カレンは七海の服装を見て、キッと表情を鋭くする。
「海賊風情? あんた、どっかの軍人だね? その服装と仕草、海軍のクソどもにそっくりだよ」
『軍人じゃありませんけど、軍人の悪口はやめてください! 国家と市民のために、命がけで戦う職業なんですよ!』
いや、それパラーニャじゃ通じないから。
案の定、カレンは反論してくる。
「何が市民のためなのさ! しょっちゅうドンパチやらかして迷惑かけるし、海兵どもは港で悪さばっかりしてるじゃないか!」
『えっ!?』
パラーニャ海兵の多くはそこらへんの船乗りを期間雇用してるだけだから、規律も何もない。専門の訓練を受けているのは下士官以上の職業軍人だけだ。
『で、でも国を守る戦士たちです! 海賊なんかより、ずっと立派な仕事ですよ! 少なくとも犯罪者じゃありません!』
「あいつらが守ってんのは、国じゃなくて王室でしょ!? 挙げ句の果てには私掠船まで使うしさ。バッカじゃないの?」
グラハルドも私掠船、つまり国営海賊船の船長だったそうだ。
だが七海も負けてはいない。
『国家がなくなったら、市民も終わりなんですよ!?』
「はん、王室と諸侯が全員いなくなったらせいせいするね! あたしらだけで自由にできるじゃない!」
うわ、めんどくさい議論になってきたぞ。
二人に気づかれないよう、ちらちらと視線を左右に向ける俺。
とうとう二人は互いを罵倒し始める。
「軍人なんてくだらないね! 国なんて形のないもんに命を懸けてるとしたら、頭のおかしい連中だよ!」
『国防は平和の礎ですよ! 少なくとも、海賊ごときに侮辱される覚えはありません! あなたたちは社会秩序を乱す犯罪者です! 奪うだけで何も生み出さない癖に!』
「自分の為に戦うことの、何が悪いのさ!」
『だからそれは犯罪だって言ってるでしょう! グラハルドと同じで、あなたも頭悪いんですか!?』
「なっ、ななっ!? お、親父さんへの侮辱は許さないわ! こうなったら決闘よ!」
『望むところです!』
落ち着け七海、軍艦と生身の人間が喧嘩できる訳ないだろ。
俺は溜息をつきつつ、演劇部で鍛えた喉を使うことにした。
「黙れ」
よく通るように声を響かせつつ、いつもより低い声で凄みをきかせる。
七海はもちろん即座に黙り、カレンもピタリと沈黙した。
俺は二人を睨んでみせる。
「軍人には軍人の、海賊には海賊の生き方がある。憧れて志願した者もいれば、他に選択肢がなかった者もいるだろう。だがいずれにせよ、自身の生き方を選び取ったことに変わりはない」
俺はコートの裾を払い、ガンベルトのホルスターに鈍く光る二挺拳銃を見せつける。
「他人の生き方を嘲笑う者は俺の敵だ」
すると二人は稲妻に打たれたように姿勢を正し、驚くほどに反省の態度を見せた。
『申し訳ありません、艦長! 以後、気をつけます……』
「ご、ごめん……。あたしも言い過ぎた……」
直立不動で敬礼する七海と、うなだれるカレン。
メチャクチャ素直だな、おい。
もしかして俺って、名優の素質あるのかな?
俺はカレンが本当は何の為にここに来たのか、今までのやり取りで何となく察しがついた。
彼女自身、自分の本当の気持ちにまだ気づいていない様子だ。
だから俺はフッと笑うと、カレンに言った。
「面白いヤツだ。特別に俺の艦に招待してやろう」
だからお茶飲んだら帰ってね?




