最後の海賊・1
028
遠ざかっていく古代遺跡を眺めながら、俺はポッペンと会話していた。
「あなたは本当に物好きな男だな、艦長」
冷凍の魚を丸呑みしながら、ポッペンがおかしそうに言う。
「あなたが受け取ったものといえば、その年代物の金属板だけだ。冒した危険と掛けた手間に比べれば、バカバカしいとしか言えない」
彼の言う通りだったので、俺も苦笑するしかない。
「バカだと思うだろう? 俺もそう思う。でも後悔はしていないぞ、ポッペン」
「なぜだ?」
「今度もまた、俺より凄いヤツの手助けができた。これに勝る喜びはないな」
ふふ、役立つサポートができる俺カッコイイ……。
俺の返答に対して、ポッペンはどこを見ているかわからない目つきで首を傾げる。
「艦長はジョークもお得意のようだ。私はあなたより凄いヤツを見たことがないぞ?」
「ポッペンもジョークが得意らしいな」
俺はエンヴィラン特産の紅茶を一口飲む。
井戸水にも微量の塩分が含まれる島なので、それを打ち消すための酸味が強い茶葉だ。蒸した茶葉を桶に漬けこんで発酵させてある。
率直に言って好みの味じゃないが、他に手に入る紅茶はない。
たまにはプリンス・オブ・ウェールズかダージリンが飲みたいところだ。
この世界に似たものがあればいいんだが……。
ポッペンは俺の顔をじっと見て……たぶん見ていると思うが、とにかくますます首を傾げた。
「どうもよくわからないな。艦長、あなたはなぜ自分を『凄いヤツ』だと思えないのかね?」
そりゃ……。
そうか。説明しないとわからないかもしれないな。
俺はアルミのマグカップに注がれた紅茶をじっと見つめ、それからポッペンに言う。
「少し退屈な話をしよう。おおむね俺の独り言だ、適当に聞いてくれ」
「うむ、楽しみだな」
退屈だって言ってるだろ。
「俺は子供の頃、『人生という物語の主役は自分だ』と教わった。だがどうしても、そうは思えなかった」
こんな退屈な主人公じゃ、退屈な物語にしかならないだろ。
「子供の頃から、俺よりも優れた人間は大勢いた。勉強をやっても、どの科目でも一番になれない。部活……剣の修練もそうだった」
中学校の頃は剣道部だったけど、個人戦では二回戦か三回戦で敗退するのが常だった。
三回戦を勝ち抜けられるのは全体の八分の一だから、難しいのはわかるけどさ。
「何をやっても自分の凡庸さを痛感させられるばかりだった。だが考えてみれば当たり前だ。世の中には生まれつきの才能を持ち、しかも普通の人間の何倍も努力している人間が大勢いる」
栄光をつかむのはそういう人間だ。俺じゃない。
せめて努力ぐらいすれば良かったんだろうけどな。
でも努力って疲れるでしょう?
こんな感じで、勉強でもダメ、スポーツでもダメ、就職してもダメだった。
現実を忘れるためにゲームの世界に飛び込んでみたら、俺より凄いヤツだらけでもっとダメだった。
その中には、単に強いとか高額課金してるとかじゃなくて、人間として凄いヤツがいた。
それがシュガーさんだった。
あの人はメチャクチャ物知りで、気配りも上手で、人間としての基本性能が違ってた。
ダメだ、何しても勝てねえ。
そう思った。
だけどそのうちに、シュガーさんがリアルではかなり苦労してるっぽい、ということに俺は何となく気づいた。
あの人でさえ世渡りに苦労してるのなら、俺とかどうなるんだ。
そう思って世の中がまた少し嫌になったが、そうは言っても日々の生活は放棄できない。
しんどいだけの仕事をして、少しばかりの給料をもらって、後は基本無料のオンラインゲームでささやかな楽しみを得る。
それが俺の人生だ。
なんというか、人生の主役っぽさはゼロだ。
俺はそんな話をポッペンにわかるよう噛み砕いて説明しながら、だいぶぬるくなった紅茶を飲む。
「で、いろいろ考えた末に俺は『人生の脇役でもいい』と思えるようになった。脇役は脇役なりに、できることがある」
「というと何かね?」
「お前たちのような『人生の主役』を助けることだよ、ポッペン」
輝いているヤツの手助けをできたら、そのとき俺も少しだけ輝ける。
カッコよくなれる気がするんだ。
そう、『カッコイイ』ということが重要なんだ。男の子ってのはだいたい、カッコイイ自分を夢見る。
とはいえ俺もいい大人だから、自分が何かを成し遂げるような主役の器じゃないことはよくわかってる。これまでの半生で思い知らされた。
でも脇役としてなら、まだ『カッコイイ自分』の可能性が残っているかもしれない。
「シュガーさんと共に……その、死地を切り抜けていた時は、俺も楽しくてな」
死地っていうか、死にかけのオンラインゲームだったけど。
シュガーさんと一緒にゲームしていた頃は、俺もちょっぴり輝いていた。結構楽しかった。
あの人は何かこう……世の中を変えてしまえるような、凄いことができそうな感じだったな。
もう長いこと会ってないけど。
急にログインしなくなったんだよな。
もしかしてやっぱり、こっちの世界に飛ばされちゃってるんじゃ……?
まあいい、それよりも話の続きだ。
「だから俺は、これからも俺より凄いヤツの手助けをして生きていこうと思う。それが俺の生き方だ」
俺のどうしようもない自分語りを聞いていたポッペンは、相変わらずどこを見ているのかわからない目でうなずいた。
「ふむ……。全くわからん」
わかりませんか。
ポッペンはぺたぺた歩き、窓の外を見る。
「艦長の言う通り、私は私の人生の主役だ。一握りのソラトビペンギンしかなれない征空騎士の中でも特に、史上最強の空戦バカと名高いからな。空を飛ぶのが好きで、毎日毎日バカみたいに練習していたせいだが」
「努力を楽しめるのは、いわゆる『天才』によくある傾向だ」
羨ましい。俺にそんなものはなかった。
ポッペンは小さくうなずいた。
「そう。私は才能に溢れ、努力を怠らず、そして勝利と栄光を欲しいままにしてきた。だから艦長、あなたの気持ちは全くわからん」
わかんないだろうな……。それはしょうがない。あんたは主役だ。
するとポッペンは、こう続ける。
「だが、わからんのが私の限界だ。私は他人の人生にまるで興味がない。自分の夢を追い求めることにしか興味がないのだ。だから私はニドネの身の上話にも全く共感できなかった」
ポッペンはそう言うと、ヒレで自分の顔をぺしぺし叩いた。
「そういう意味では、私も七海の酷薄さを非難できんな。もっともメッティもニドネにはあまり同情していなかったようだし、むしろ艦長の方がおかしいのだろう」
「ひどいな」
文句を言ってみたが、たぶんポッペンの言い分が正しい。
「主役はそれでいい。脇役なんか気にせず、やりたいことをやってくれ」
俺の言葉にポッペンが苦笑まじりの声を出す。
「艦長。あなたはそんな風に、何の得にもならない人助けをして喜んでるような性分だから、元の世界でも苦労してたのではないか?」
「どうだろうな。まあいい、生産性のない話はこれぐらいにしよう」
俺はすっかり冷め切った紅茶を飲み干し、もう少しマシな話をすることにした。
「さて英雄譚の主役よ。どうやって金を稼ぐ? 金になることをしないと、いつまで経ってもソラトビペンギンの街は作れないからな」
ポッペンは冷凍の生魚を丸呑みしながら、小さく首を傾げる。
「ふむ、そうだな。私は戦いのことしかわからん男なので、良い知恵がない。艦長は何か良い案があるのではないか?」
「いや、それがだな……」
ポッペンの食べる魚がなくなったようなので、俺は冷凍庫を開ける。
そしてふと気づいた。
「案ならある」
これに気づかなかった俺って、やっぱりバカだ。
※次回更新は木曜日の午前11時です。




