王家の呪い 3
ソフィアは横を向いてふあぁとあくびなどしており、興味なさそうだった。
王家のいざこざ、魔法力の強さ、彼女自身がこの世で最強の魔術師だとしても、そんな事はどうでもよかった。
この下らない修羅場を終わらせて席を立っても良かったが、ワルドが差し出した皿に追加のスコーンが乗っており、それに甘いシロップがたくさんかかっていたのでそれにフォークを伸ばした。すかさずワルドが新たに湯気の立つ紅茶のカップを差し出した。
「叔父上? どうなんですか? 王家の呪いついて何かご存じなんですか?」
フェルナンデスはソフィアの手の内をまだ見ていないが、敵に回すよりは手元に置いておいた方がいい。万が一光魔法を使えるのならば尚更だった。
「これは……お前達が血族だから話すのだ。他言無用、絶対に他所へは漏らすな。そして、使用人は下がれ」
とフェルナンデスが言った。フランを先頭に、メイドや執事達は続々と出て行ったが、ワルドだけはその場に留まった。
「ワ、ワルド、お前も出て行け……これは国家に関する重要な情報……」
と言ったのはヘンデル伯爵だった。
ワルドは肩をすくめて行こうとしたが、
「ワルド、出て行かなくてもいい。君が執事長なのはただの役割なのだから。僕もローガン兄様も君も立場は同じだろ、ねえソフィア様?」
とエリオットが言った。
ソフィアはふふっと笑って、
「ええ、そうだわ。むしろワルドが一番役に立つわ。私が欲しい時にいつも美味しいスコーンと紅茶を用意してくれるもの。前の主が健在な時からそういう世話焼きだったのかしら」
と言った。
「ええ、まあ、以前の主は我儘な方でしたし、それ以外の三つの手足は自分勝手で非協力的でしたからね」
とワルドが答えた。
ローガンは咳払いをし、エリオットは他所を向いた。
「でもフェルナンデス様のお気に障るようでしたら、他にも仕事が山積みですので、私は席を外しましょう」
ワルドにすれば室外にいてもここの会話を聞くは簡単な事だったし、何なら自室でゆっくりと座って酒の肴にしながら聞いた方がましだった。
「気にしなくていいんじゃないか? 叔父様の話が長くなった時にソフィア様の冷めた紅茶を誰が旨く入れるんだ?」
とローガンも言った。
「なるほど、確かに。ではお邪魔にならないようにこちらで拝聴いたしましょう」
ワルドはソフィアの背後に立った。
「さあ、叔父上、どうぞ?」
エリオットが話せ、と言う風に手の平で促した。
「これは数百年前の魔族と勇者の戦争の時の話だ」
フェルナンデスがそう言っただけで、魔王の三肢は互いに視線を交差した。
「古い話ですね」
「そうだ。王家の中でも王族しか立ち入れない禁書庫に僅かに文献が残っているだけ。それ以外は歴代の王が戴冠する時に口伝えに教えられるだけ。それももう半ばただの古い伝説ような内容で、それを知った所で解決策などない。今となっては呪い云々よりも、ただ王族であるのに魔力を賜れないという劣等感だけだ。高名で強い魔術師を自分の護衛に置きたがるのもそれのせいだ。魔力なんぞなくとも、いくらでも強い魔術師を権力と金の力でどうにでも出来るのを知らしめる為に。三年に一度の王家主催の魔法合戦もそうだ。自分の護衛の強い魔術師が勝てば機嫌がいい。それだけの為の合戦だ。魔術師も破格の報酬、安全な合戦、王家の虚栄の為に美しく着飾って側にいればそれでいい。大人気の就職先だ。騎士団や魔法兵が国境で隣国との小競り合いをしていても、瘴気の森で魔物達から村人を救う命がけの任務に就いていても、最強の魔術師達は王宮にいるのだからな」
そこまで話してフェルナンデスは酒で喉を湿らせた。
「現場に出るのは二流の魔術師達か。それでも他国の侵略を許さないのですよね。魔法国家として最強ですね」
とローガンが言った。
「そうだ、我が国の二流でも他所では一流、さらに我が国では鉱脈が豊富であり、辺境には瘴気の森、そこで魔物を退治し獲れる魔法石や素材で加工した物資も高く取引されている。国内では素晴らしい装備を手に入れる冒険者達が増え、万が一に備え勇者の育成も力を入れておる。魔力も武力も他国に引けを取らないのだ」
「それで? お国自慢はもういいですわ。呪いの話を端的にお願いしますわ」
とソフィアがフェルナンデスを睨んだ。
その態度にひやひやするのはヘンデル伯爵だが、自分が何を言ってもどうにもならないのは承知している。フェルナンデスはむっとした様子だが、言葉を続けた。
「数百年前の魔王との戦いは素晴らしかったそうだ。歴代でも最強の勇者はファギータ国の第二皇子、武技にも魔力にも優れた魔法剣士だったそうだ。それの供をする者達、聖剣と呼ばれた剣士に光魔法を駆使する大聖女、そして死者をも蘇えらせる賢者が揃っていたそうだ。そして魔族は滅んだ」
ローガンが足を組み替え、エリオットも肩を動かし、ワルドコツコツと指を弾く仕草をしたが、彼らは何も言わなかった。




