王家の呪い 2
「呪い?」
と言ったのはソフィアだったが、フェルナンデスはばつの悪そうな顔で黙ってしまった。
余計な事を口走った、と悔やんでいるようで、これ以上の事は言うまいときゅっと口を硬く閉じた。
「ふーん」
ソフィアはそう言い、ワルドが運んで来た皿のデザートにスプーンを突き刺した。
「あの太った不細工、呪われてるんだ。ウケル~」
ソフィアは自分の頬をうった皇太子の姿を思い浮かべて、ケッケッケと笑った。
フェルナンデスの顔が歪む。
「ソフィア、その物言いは王家に反逆心ありと不敬罪で捕らえられても弁解出来ぬぞ」
「はぁ? 何だ、お前、調子に乗ってるとつるっぱげに……」
と言いかけてソフィアはある事を思い出し、口を閉ざした。
それから周囲をきょろっと見てから、
「フェルナンデス叔父様、それで? まだ何かご用でもありますの? 食事が終わったらお帰りになったら? 王家の呪いについてここで話し合ってもしょうがないでしょ」
と言った。
「ソフィア、それが目上の者にする言葉か! この家の者はお前の三属性魔法を恐れているかもしれんが、私には効かないぞ!」
フェルナンデスはわなわなと震えながらソフィアを指した。
「叔父様……それでしたら勝負して差し上げてもよろしいのですよ? お父様みたいな芋虫になりたいのですの?」
「もしや……ソフィア……なら呪いを解ける……やも」
と小声で言ったのはヘンデル伯爵だった。
フェルナンデスはさっと兄へ視線を走らせた。
「兄上?」
「ソフィアは……大聖女……賢者にもなり得る……フェ、フェルナンデス、お前も見ただろう? 凄まじい聖なる魔法……」
「ローガン、お父様はおぼけになられてるのかしら?」
とソフィアが言い、ローガンは少し肩をすくめた。
エリオットはぷっと笑った。
ワルドは真顔で皿を差し替えていく。
「ねえ、お父様、仮に私が賢者ばりの魔法を使えたとして、あの皇太子の王家の呪いを解くようなお人好しに見えるの?」
ソフィアがヘンデル伯爵を睨みつけてから、小首を傾げた。
ヘンデル伯爵はう、と言葉につまり俯いた。
「……ソフィア、お前は解呪の魔法を使えるのか?」
とフェルナンデスが言った。
王家に恩を売る絶好の機会、といえばそうだった。
「ソフィアが王家の呪いを解き、我らが血族が王家に恩を売る事が出来れば、今後、この世に我が王家、ファギータ大国が存在する限り、我ら一族は繁栄し続ける。兄上、ヘンデル伯爵家も公爵へと地位が上がる事を望んでも叶えられるだろうし、領地も増える。我がレインディング公爵家と合わせれば、四大公爵家筆頭よりも力を持てるぞ!」
フェルナンデスは意気揚々とそう言い、兄弟、甥姪を見渡した。
「お気の毒に、フェルナンデス叔父様も少しイカレテらっしゃるのね」
とソフィアは言った。
「ソフィア!」
フェルナンデスの拳がテーブルを叩いた。
乗っていた銀食器が宙に浮き、食事途中の料理が飛散する。
グラスは倒れ、液体が白いテーブルクロスにシミを作った。
「どうなのだ! 解呪の魔法を使えるのか! 返答によってはヘンデル伯爵家が近世では類を見ない出世をするのだぞ!」
「解呪の魔法が使えたとしても、王家の呪いなんかを解くの嫌だわ」
ソフィアはツンと横を向いた。
「ソフィア! これは国家存続に関わる件だ。貴様にやる、やらないの選択肢はない!」
「じゃ、使えませーん」
「ぐ……」
憤怒やるかたない表情でフェルナンデスの顔は真っ赤だった。
「呪いの詳細を聞きたいな」
と口を出したのはエリオットだった。
「詳細?」
「ええ、叔父上、魔力持ちが生まれないというのが王家にかけられた呪いであるならば、それは誰によって? いつ? 何の目的で一国家の王にそんな呪いをかけたのです?」
エリオットはソフィアと同じく八歳の少年の姿をしているが、中身は魔王の右足という魔族の中でも重鎮だ。知性が高く、未来を先見する才もある。魔力も高く、万という残虐な処刑方法を編み出した魔王の右足はもちろん、彼だけで人間の国を堕とす事も可能だった。
しかしそれも過去何百年も昔の話だ。
今ではソフィアの魔力に縋るしかない。
「確かに、それは私も知りたいですね。過去、ファギータ王国は有能な魔術師を輩出する事で有名だった。国の大地から溢れる魔素も濃い土壌。近隣諸国にはそれが牽制とになり、侵略の驚異を警戒する必要すらなかった。その後、王家にだけ魔力持ちが生まれなくなっても、貴族や一般庶民から魔術師が誕生するため、国家が脅かされる危機には陥らない。今では王家に魔力持ちが生まれなくてもどうという事もないのですよ。有能な王宮魔術師や聖騎士団が忠誠を誓い、王家の盾になるのは間違いない。しかし王家は魔力持ちが生まれない現在の状況には納得いっていないのでしょうね。呪いならば解きたいはず。私も興味ありますよ。呪いがかけられた経緯。叔父上、ご存じなんですか?」
とローガンも言った。




