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殺人鬼転生 鏖の令嬢  作者: 猫又


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惨敗

 ソフィアを連れた一行がヘンデル伯爵家へ着いた時にはすでに日が暮れていた。

 ケイトとマルクは窓から外を覗いたりとそわそわして過ごしていた。

 人間の使用人達はフェルナンデスや騎士団へ食事を出したり、伯爵夫妻の世話をしていたが、何がどうなったのかさっぱり分からないまま命令された事をこなしていた。

 ローガンやエリオットも姿を見せず、家政を取り仕切っていた執事長のワルドも不在で人間のメイド達は途方に暮れるしかなかった。唯一のメイド長フランこそいるが、彼女は頭の中でフェルナンデスにつくか、それともソフィアにつくかを決めかねていた。

 フェルナンデスについて、彼がソフィアを討伐出来ればいいがそうでなければ、万が一、負けてしまったら今度こそ、自分は始末されてしまう。ソフィアは裏切りを許さないだろう。

 マルクの態度を見てもまだどちらにつくか決めかねているのが分かる。

 ここまで生き残ったのだから最後まで生き残る、フランはじっと息をひそめていた。


 副団長のアウザーは縄で縛ったソフィアをフェルナンデス閣下の前に引き出した。

 その瞬間もまだ、この幼女が実親にあのような虐待を行うとは信じがたかった。 

 突き飛ばされたソフィアはよろよろと絨毯に膝をついた。

 大広間のソファに座ったフェルナンデスは眉をしかめた。

 大罪人のソフィアは思ったよりも弱々しく、儚げだったからだ。

 だがその横に座っていた四肢を無くしたヘンデル伯爵の顔色が変わった。

 青白く、油汗をかいているのは再び惨劇が脳内に蘇ったからだ。

 その隣のマーガレット夫人もその視界にソフィアが入ると、「キー」と金切り声を上げた。


「ソフィア・ヘンデルだな」

 とフェルナンデスが言った。

 その重々しい声の日に来だけで、騎士団員達の姿勢がぴっと正される。 

 転んだソフィアは顔を上げた。

 ブルーグレーの瞳がふるふるとフェルナンデスを見つめた。

「この外道が! 実の親をこんな目に遭わせて!」

 フェルナンデスは立ち上がった。

 勲章をたくさん着けた騎士服に大剣、大ぶりなマントは魔獣の毛皮で出来ており、魔法遮断効果がある。この国で数少ない闇魔法の遣い手で、多大な魔力量と無慈悲さで効果は絶大。誰もがフェルナンデスの闇魔法を恐れていた。

「実の娘、妹を虐待するような家族ですもの。どんな目に遭っても自業自得ですわ」

 とソフィアが言って微笑んだ。

「よくも兄上を! 貴様、ここから逃れられるとは思うなよ!」

 フェルナンデスはどん!と剣で床をついてソフィアを威嚇した。

「この剣の錆びにしてくれるわ!」

「あら、そんなのでよろしいの?」

「何?」

「一族をそんな目に遭わせた仇を剣の錆びにするくらいで? フェルナンデス叔父様ってお優しいのね」

「何の余裕かは知らぬが、この私の力を知らぬのか? 小娘が!」

「知ってますわ。ちゃっちい闇魔法でしょ? 魔法学院のしょっぼい生徒達相手じゃ凄いお家芸かもしれないけど」

 と言いながら立ち上がった。

 その場にいた者が氷の刃に気が付いた時には、ぱらっと縄が外れソフィアは束縛から逃れていた。

「貴様!」

 無詠唱で氷の刃を数枚呼び出し、手足、腰を縛ってた縄を綺麗に切断して見せた次の瞬間その氷の刃は真っ直ぐにヘンデル伯爵の喉元に集まっていた。

「ヒ……ヒィ!」

「お父様、馬小屋で大人しくなさってましたら、老後はマルク兄様がお世話をしてくれたものを……ご自慢の弟が助けに来てくれて嬉しいですわねぇ? でもフェルナンデス叔父様が私を切り捨てるよりもお父様の首がころっと落ちるのが早いですわ。どうします?」

「ま、待って……ソフィア」

 ヘンデル伯爵は顔中に油汗をかいている。

 フェルナンデスは密かに闇魔法の詠唱を始めていた。

 たかが八歳の幼女と油断はしていた。

 これだけの騎士団を前にひるみもせず、たいした度胸ではある。

 しかし氷属性の魔法をソフィアは披露した。

 フェルナンデスの闇魔法に対抗出来るのは聖魔法属性の光魔法しかない。

 ここでフェルナンデスの闇魔法に対抗すべき技がソフィアにはない事がはっきりしたのだ。

 フェルナンデスに敗北はなく、この哀れな幼女は闇魔法に蝕まれて、死あるのみだ。

「フェルナンデス……助けてくれ!」

 ヘンデル伯爵は真っ青になって弟へ懇願した。

「あらぁ? お父様ったら、助けを乞う相手を間違ってますわよ? 私、こう見えて研究熱心ですの。最近、新しい魔法を覚えましたの。お父様の為にね。そうね……魔法名は「ナイチン・ゲール」なんてどうかしら?」 

 ソフィアがナイチン・ゲールと言った瞬間、ヘンデル伯爵は両肩、両足の付け根が酷く痛んだ。うなり声を上げて、少しだけ残った四肢を振るわせた。

 しかしそこからもの凄い痛みが四肢を貫き、ヘンデル伯爵は咆吼を上げた。

 身体が引き裂かれるような痛み。

「ぐあああああ!」

「兄上!」

 フェルナンデスが手を差し出そうとした時、ヘンデル伯爵の両腕両足、それぞれが少しずつ復元され始めた。

「こ、れは、聖魔法!」

 フェルナンデスは目を大きく見開き、ソフィアを振り返った。

「貴様! 二属性持ちか!」

 ソフィアはクスクスと笑った。

「お父様、叔父様を説得してくださいます? 私を殺してしまっては、もう二度とご自分の足で歩くなんて出来ませんわよ? 叔父様にそのちゃっちい闇魔法の詠唱を止めた方がよろしいと提案なさった方がいいわ」

 ソフィアが指を鳴らすと、ヘンデル伯爵の首元でシュインシュインと出番を待っていた氷の刃が四方に散って、また伯爵の四肢を一撃で切断した。

「ぎゃあああ!」

「まあ、叔父様がお知り合いの聖女にでも頼めば簡単に治せるかもしれませんけど」

 フェルナンデスは二属性持ちで、更に二属性同時に使用するソフィアに言葉が出なかった。

「さあ、どうなさいますの? お父様? もうすぐローガン兄様もエリオット様も帰ってきますわ。ワルドにお茶をいれてもらって、家族団欒といきましょうよ。それには叔父様には帰っていただいたら?」

 そしてソフィアはフェルナンデスの方へ視線を向けて、

「闇魔法使いに聖魔法使いのお友達がいるとも思えませんけど、どうします? お父様とマーガレット夫人をあなたが治せるなら、私をここで殺せばよろしいわ」

 と笑った。

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