学院崩壊
ソフィアは今や罪人で、後ろ手に縛られ、綱に引かれてとぼとぼと歩く姿は哀れだった。
八歳の幼女の足ではそれほど歩を進める事も出来ず、何事だと学院中から見物人が出て、教授や教員達も慌てふためいて走り出てきたが、レインディング公爵家の旗の下に動く騎士団達に対し、足を止めて理由を問いただすことすらできなかった。
ただ、生徒総会室にいたレミリアだけはほくそ笑んでいた。
理由は分からないがソフィアの悪行が明るみに出たのは間違いなく、ああやって縛られて引き立てられて行くのを見下ろすのは愉快だった。
ぐいっと引っ張られては前のめりにバラスを崩し、転んで膝をつき傷口から赤い血が流れる。見物人達は久しぶりに見る面白い見世物にわいた。
以前のいじめられっ子、哀れなソフィアが戻ってきたのだ。
ふるふると細い肩は震え、俯いて歩くソフィアは本当に可哀想な少女に見えた。
あと少しで門を出る、という時にひゅっと音がして石が飛んで来た。
それはソフィアの頭に当たり、また新たな傷を作った。
美しいプラチナブロンドを鮮血が汚した。
どこからともなくソフィアを罵倒する声が響いてきた。
それとともに投げつけられる、石や木の枝、昼食後の残飯。
教師が駆けて来てそれを止めるように声を上げたのはソフィアを哀れんでではなく、大公閣下の騎士団にまで被害が及び、学院が咎められるのを恐れたからだった。
騎士団が足を止めたので、ソフィアも立ち止まり魔法学院を振り返った。
飛んで来る残飯や小石、罵声をソフィアは眺めていたが、しばらくして上を見た。
正面玄関から上階は職員室や生徒会室や、そして最上階にはレミリアがいる生徒総会室がある。ソフィアはそこを見上げた。レミリアが自分を見下ろしてるのは確認出来た。
顔を歪め、高級な紅を引いた唇を突き出してさぞかし満足げに自分を見下ろしているだろう、とソフィアは思った。
「カスばっかりだな。一人二人殺ったって変わりゃしない。自分に火の粉が被ってこなきゃ虐めってやつは面白い見世物、エンターテインメントってやつか。そんなら大きな祭りにしてやんよ」
とソフィアは呟き、縛られている両手を上げた。
右手の人差し指がピンっと立つ。
「ほら! ぐずぐずするな! 歩け!」
ソフィアは騎士に引っ張られ、また歩を進めた。
十秒後、ソフィアと数人の騎士が門を出た瞬間、もの凄い爆音と高熱を発した、巨大な岩が数十個、空から降ってきた。
罵倒は悲鳴へ変わり、逃げ惑う魔法学院の生徒達。
巨大な火の弾は次々と落下してくる。
最大級の火系魔法、超炎爆。
すでに魔法学院の強固な建物の上層階は巨大火弾が命中し、次々と崩れだしていた。
レインディング公爵家騎士団で指揮をしている男は一瞬の吃驚ののち、すぐに気を取り直した。
部下の魔法剣士や魔術師に号令をかけ魔法結界を展開させ、生徒や教授たちの生命を守るように言付けた。
数名の団員が動き、結界展開のための詠唱をしているが、その間も次つぎに落下してくる灼熱の巨大火弾。
逃げ惑う生徒たち、顔に火弾にあたり、真っ赤に焼けただれている女生徒が顔を抑えて泣き叫んでいる。倒れた足に真っ赤な火の弾がかぶさり、助けを求める男子生徒。骨は折れ、足の肉は焼けていることだろう。彼らを救助すべく教授たちは、落下してくる火の弾の軌道を変えようと躍起になっている。
そのころ、ようやく詠唱を終えた魔術師たちの魔法結界が魔法学院の上空に展開された。
学院とその広大な敷地をすべて覆う形の巨大結界が展開され、それは次つぎと落下してくる火弾を見事に防いだ。
「未曾有の災害だ。もうじきに国王軍が到着するだろうが、我らの半数にも怪我人が出た。しかし動ける者はここで救助、または原因の解明に助力する。アウザー副団長、大公閣下がお待ちだ。何人かでその娘を連れて行け」
騎士団長が部下に命じ、騎士団は二手に分かれた。
十名ほどが敬礼をし、先頭のアウザーについて動き出すが、かすり傷一つついていないソフィアを見て首を傾げる者もいた。
当のソフィアは退屈そうな顔であふぁと一つあくびをした。
そのソフィアの目の前にどさっと落ちてきた物があった。
目を大きく見開き、顔は焼けただれ、右肩から切り裂かれたように半身を失っている。
その傷も火傷のせいで身がしまり、出血が止まっていた。
彼女はもう命の灯が消えかかり、意識も半ばないようだった。
その大きな目で恨めしそうにソフィアをじっと見あげた。
「まあ、大変、レミリア様だわ」
とソフィアが言った。
ソフィアを囲んでいる騎士団員達がぎょっとなって足を止める。
「タスケテー」
騎士団員が駆け寄ってレミリアを抱き上げた。
「これは……酷い傷だ! すぐに治癒師を呼んで治療しなければ!」
しかし学院の中はまだ騒動が続いていた。
灼熱の火弾はまだ落ち続けている。
結界で防いでいるが、それも長くは続かない。
結界で魔術師の人員を割いているので、治癒に人が使えず、怪我人は放ったままになっていた。そこら中でうめき声がする。
「聖女候補でいらっしゃるんだから、これくらいの傷、ご自分で治せますわよね」
と言ってソフィアが笑った。




